クズ星兄弟の旅路-4
3
暗い廊下を進むと巨大な吹き抜けロビーに出た。その先の壁には大きく重そうな木製のドアがあり、その上に「大礼拝堂」と書かれたプラスチック製のパネルが貼り付けられていた。雑虗の気配はそのドアの中から漂ってくる。
ゆっくり扉を押し開けると、階段状にズラリと椅子が並んだホールがあり、その先にステージが見える。窓が暗幕で塞がれ日光が入らないためホール内は薄暗く、酷く饐えたような匂いがした。いや、違う。この匂いは――。
「臭せぇ……」セイが顔を顰める。そう、この匂いは雑虗の放つ腐臭だ。
「ステージからだね」
スカジャンの袖で鼻を押さえながらセイが言う。俺は頷くと、周囲を警戒しつつステージに向けてゆっくりと歩を進めた。
進むほど匂いがキツくなるが未だ雑虗の姿は見えない。ステージの手前まで来ると、箱状の演壇の裏から灯りが漏れているのが見えた。ステージに上がると、演壇の裏には人一人がしゃがんで降りられる階段があった。
「隠し部屋ってわけか……」
演壇をくぐり下に降りると、人一人がやっと通れるくらいの無機質な白色の短い廊下。その突き当りには扉があり、その奥から強烈な腐臭が漏れ出ていた。俺はセイに目配せすると突き当りのドアを思いっきり蹴り破った。
「「何者だ!」」「「神の御前であるぞ!」」「「図が高い!!」」「「不遜である!」」
部屋の壁や天井を動き回る何百もの目が俺たちを睨みつけ、数百の口達が俺たちを罵倒する。
なるほど、これが「化け物」の正体か。
部屋の奥一面が、ダイヤル付きの巨大な鉄扉になっている八畳ほどの正方形の部屋。
その鉄扉を守るように、目・鼻・口・耳と、何百人分ものバラバラな顔のパーツが、規則性なく何重にも張り重ねたコラージュしたように重なり合って出来ている巨人が立っていた。
「なるほど、そういうことか」
最初に建物に踏み込んだ捜査員が見たという「化け物」とは、コイツの事だったのだろう。
その正体は、教祖に騙され、全財産をむしり取られ、死んだ後も教祖を信じ続けて、この建物に集まった哀れな信者の群れ。
俺たちが気配を感じ取れなかったのは、こいつらが、建物内にバラけて俺たちや捜査員といった侵入者を見張っていたからだろう。
イワシの群れが集まって巨大な魚影に擬態するように、一匹一匹はほとんど気配しか感じられないほど、貧弱な霊力しか持たない雑虗どもが大量にこの教団本部に集まって住み着くことで、この建物自体が一体の巨大な雑虗になっていたのだ。
しかし、生前教祖が最も執着していた、この隠し金庫を守るため、建物に巣食う全雑虗がこの隠し部屋に集まり、人の形を成して、俺たちと対峙しているのだ。
だが、コイツら守ろうとしている『神』は既に死んでいる。今、この建物にあるのは生前の教祖が残した薄汚れた欲望の残りカスと、それに縋る哀れな信者の群れ。
巨大な空っぽの箱に入ってったのは、有りもしない“何か“に縋る信仰の残滓だけだった。
「「この無礼者!」」「「膝まづけ!」」「「神を崇めよ」」
口達が、俺たちを罵り続ける。何処にもいない神を崇めろと叫ぶ。それは、あまりにも空虚で、愚かで、哀れで、虚しい光景だった。
「まったく、見ちゃいられねぇな……」
「「なんだと!」」「「生意気な小僧が!」」「「神の御前である」」
「ぷっ、ぶふっ!」
「「何を笑う!」」「「神の御前であるぞ!」」「「不謹慎だ!」」俺の隣でいきなり噴出したセイを、口達が叱責する。
「だってお前ら、さっきから『神の御前』『神の御前』って言うけどさ、お前らの後ろにあるのは金庫の扉じゃんか。お前らの神様ってのは金庫なのかよ」セイは「カルトの神が金庫って話が出来すぎだろ」と、笑いが止まらない。
「「カルトなどではない!」」「「我らが神を罵るか!」」「「下賤の小僧が生意気な!」」「「神はここに御座すのだ!」」
「いねえよ」
俺の声に口達は驚いたように言葉を止めた。
「お前らが神と呼んでる詐欺師、山田金蔵はもうこの世にはいねぇ。お前らの元仲間に殺されちまったからな」
「「なっなにを――」」
「そこにあるのは、お前らがヤツから毟られた金だけだ」
「「嘘つきめ!」」「「この下郎が」」「「我が神はここに――
「大体よ、」俺はギャーギャーと喚くうるせえ口共を遮る。
「お前ら神ってなんだか分かってんのか?」
「「馬鹿者め」」「「愚か者」」「「我らは神の神々しいお姿を――
「ば――か」あまりの無知さ、無邪気さに思わず鼻を鳴らしてしまう。
「人間が神になんか成れるわけねえだろ」
そもそも、神ってのはこの世界を動かすためのシステムの事だ。だから本来の神ってヤツを、ほとんどの人間は見たことがないし見たとしても認識できない。
だから人間は、“宗教“という手段を使って、神というシステムにアクセスしているのだ。
対して、コイツらはその“手段“だけを真似した宗教の劣化コピー。信者どもが信奉してんのは神でも何でもねぇ。神を名乗るただの人間だ。
「つまりは最初から、お前らが神と呼ぶ男はただの詐欺師で、お前らは今も詐欺師に騙され続けてるただの被害者なんだよ」
「「うるさぁぁぁぁぁぁい!!」」
数百の口が一斉に叫ぶ。
「「黙れ!」」「「この嘘つきめ!」」「「バチ当たりめが!!」」「「我らは神と共に」」「「我らが御神の盾である」」
俺の言葉に逆上した巨人は、数百の口で喚き散らしながら、振り上げたこぶしを俺めがけて振り下ろす。だが、その拳は俺には届く前に、セイの蹴りで粉砕された。
「「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
「兄貴!」「おう!」
俺たちはほぼ同時にダッシュすると、巨人の懐に潜り込む。数百の目が俺たちを補足した時、すでに俺たちは巨人の両膝に渾身の蹴りとパンチを叩き込んでいだ。
「「ぎゃぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!」」
数百の口が悲鳴を上げ、両膝を破壊された巨人の左胸が、達磨落としの要領で俺の目の前に降りてきた。
「もう、楽になれ」
俺は、メリケンサックを握りこむと、渾身の右ストレートを寄せ集めの巨人の、寄せ集めの心臓に叩き込んだ。
つづく
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