クズ星兄弟の哀愁―4―

 部屋中を揺さぶるようなマリアの絶叫に脳を揺さぶられ、気を抜けば手放しそうになる意識を必死に繋ぎ留めながら、セイは一歩づつ、彼女に近づく。

 次々と発射される菌糸を両腕でブロックするが、広がった菌糸がむき出しの手の甲や顔につくと、まるでタバコの火を押し付けられたような激痛が走る。

 それでもセイは、ボクサーのように両腕で顔面を庇いながら、愚直に前に進むしかない。後ろには深手を負った相棒がいる。縦長の狭いスペースで迂闊に避ければ、菌糸が葛生に当たってしまう。

 そんなセイに気圧されるように、マリアの攻撃は徐々に減っていき、その表情からは怒りが消え、驚きと悲しみに変わっていた。


 セイがついに“マリア”の正面に立つ。

『ア……アァ…セ…イ……』

 彫刻のようだったマリアの表情が崩れ、何かを伝えようと必死に口を動かす。そして窓に張り付いた菌糸が剥がれシュルシュルと巻取られていくように、空中に手の形を作っていった。その指先はセイに向かって伸ばされている。

 セイは、その手を掴むと一気に自分に向かって引き寄せた。

 すると窓を覆うように張り付いていたマリアの“身体”が剥がれ、シュルシュルと音を立てながら、セイの胸の中で生前の形に戻っていく。

 セイはそんな彼女の背中に手を回すと、優しく抱きしめた。


『セイちゃん、ごめんネ。痛かったデショ。ごめんネ』

 彼女もセイの背中にそっと手を回すと、子供のように泣きじゃくる。

「何言ってんだ。本当に痛いのはマリアさんだろ」

 そんな彼女の髪を撫でるセイの声は柔らかい。

『ワタシ、死んじゃったヨ。イッパイ、イッパイ神様にオネガイしたのに、神様ヒドイヨ。オネガイ何も聞いてくれないヨ』敬けんなクリスチャンだったマリアだが、強烈な心残りを抱えながら祈り続けた最後の瞬間に至っても、何も与えてはくれない神にそれまでの信仰心が裏返り、“契約”が切れてしまったのだ。

 声を潤ませるマリアを、セイは何も言えずに抱きしめる事しか出来ない。

『ワタシ、死んだら、二人の子供たちどうするノ。ママも、パパも困る。ワタシ、まだ、死にたくないヨ。セイちゃん……』

「ごめんよ。俺が神様だったら、絶対にマリアさんを死なせたりしないけど。俺は神様じゃねぇからマリアさんのこと助けてやれない。でも、マリアさんの家族のことは、俺が必ず何とかするから。約束するから……だから――」


 何も心配せずに、ゆっくり眠ってくれ。


 そう言って、セイは右手にハメたメリサックを、彼女の背中からそっと心臓に押し当てた。宿器に。


 小さな呻き声を漏らすと、マリアの身体は再び解け、端から淡雪のように溶けていく。そして最後に残った彼女の唇も、傷だらけのセイの頬に優しいキスを残して消え、同時にセイや葛生の火傷も消えた。


 セイはその場に蹲り、空っぽになった自分の腕を抱きしめながら、声を上げて泣いた。

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