クズ星兄弟の哀愁―3―
部屋は薄暗かった。
玄関手前にユニットバスやキッチンなどの水回りがまとめられ、その奥に8畳ほどの縦長の部屋がある、いわゆるワンルームマンションというやつだ。8畳のスペースには敷きっぱなしの布団とカラーボックスが1つ、床には脱ぎ散らかした洋服やコンビニの袋、プラスチック容器が散乱していて、突き当たりには、大きな掃き出し窓とその向こうには狭いベランダがある。
「マリアさん……」
その窓を、菌糸状に広がって覆い尽くす半透明の“何か”が、近隣のラブホテルのネオンに照らされ極彩色に点滅していた。そのところどころに赤いマニュキュアの塗られた爪らしきものが見え、セイはその菌糸が“
だが、それはセイが知るあの眩しい笑顔ではない。絶望と怒りに満ちた表情を浮かべ、じっと二人を睨みつけている。
「マリアさん……なんで…」
セイはうわ言のように力ない声でその名を呼びながら、マリアだった“それ”に向かい、よろよろとした足取りで数歩踏み出す。
次の瞬間。突然“それ”は部屋中がビリビリと震えるほどの絶叫を上げ、セイに向かい菌糸を伸ばした。
「バカ野郎!」
後ろから力任せに突き飛ばされたセイは、勢いのまま石膏ボードの薄い壁に肩を強く打ちつける。
「ぐっ!」
押し殺した呻き声にセイが目を開けると、自分の身代わりに菌糸が巻き付いた葛生のコートの腕から、ジュウという音と共に水蒸気が上がっていた。
菌糸をまともに浴びたコートの腕部分は薄い紙くずのようにボロボロと剥がれ落ち、薄膜状の菌糸が直接張り付いた顔面や、むき出しの両手の甲は火傷のように水ぶくれになっている。
「兄貴!」
思わず叫んだセイ目掛けて、再びマリアから菌糸が伸びる。
これを間一髪躱したセイは、片膝をついた葛生の襟首を掴みキッチンの方に思い切り引き倒した。
再びマリアの絶叫が響き、窓にへばりついた体から菌糸が連射されたが、セイは葛生を庇うように背中を向け、龍の刺繍が入ったスカジャンでこれを受けた。ボスからの支給されたセイのスカジャンには、あらゆる霊障から身を守る効果がある。いわば鎧だ。
「大丈夫か兄貴!」
マリアの悲鳴にかき消されないよう、大声で叫ぶセイの胸ぐらを掴むと、葛生は「情けねえ面してんじゃねえぞセイ!」と、その鼻っつらに思い切り頭突きを叩き込み、思わず仰け反ったセイの髪を掴んで力任せに引き寄せる。
「てめぇ、覚悟決めてこの部屋に入ったんだろうが。だったらプロらしくしっかりやれ! それが出来ねえなら今すぐ出てけ!俺がやる!」
叫びながら胸ぐらを掴んでいる葛生の手の甲は水ぶくれが破けてボロボロだ。ただでさえ霊障を受けやすい体質の葛生がまともに動ける状態でないのは、付き合いの長いセイの目には明らかだった。
「あぁ、すまねえ兄貴。でもよ、こんな時まで一人で抱え込もうとすんじゃねえよ。それ、悪い癖だぜ」
「うるせえ。鼻血垂らしながら説教すんじゃねえ」
そう言われたセイの鼻の穴からは、ふた筋の血が垂れていた。
「いや、これは兄貴のせいだろ」
そう言って笑うと、セイはスカジャンのジッパーを首元まで引き上げる。久しぶりの完全武装だ。
「これも使え」
葛生がポケットから取り出したメリケンサックをセイに渡す。
受け取ったそれを右手にハメると、セイは一つ大きく深呼吸してから立ち上がり、ゆっくりマリアに向き合った。
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