クズ星兄弟の哀愁―2―

 葛生くずうのスマホを耳に押し当てたまま、セイは伝えられた住所に向かって走った。寝不足と疲労で何度も足が縺れそうになる。


「でも、なんでマリアさんが!」

 そう、雑虗になるのは宗教に関わりを持たない、もしくは完全に関わりを切った人間のハズ。だがマリアは多くのフィリピン人がそうである様に、日曜日のミサを決して欠かさない敬虔なクリスチャンなのだ。雑虗などになるハズがない。

『本当のところは“本人”に訊くしかねえが……』と前置きしたあとで、葛生は彼女の最後に関係があるかもしれないと言った。

『マリアって女は国にガキを残してるんだろう? そいつが強烈な心残りになっちまったのかもしれねぇ。信仰さえ消し去っちまうくらいに』

 セイの目が葛生の姿を捉えたのは、葛生が話し終えた丁度その時だった。


 二丁目の路地を入ったホテル街にある、鉄筋コンクリート5階建てのマンションの前に、いつものようにタバコを咥えた葛生と茶髪の若い男が立っていた。

 ゼイゼイ息を切らしながら近づくと、葛生は顎で横の男を指し「依頼人だ」と言い、男は落ち着かない様子でセイを見た。

「夜、仕事を終えて部屋のドアを開けたら、中にマリアがいるのを見つけて慌てて逃げたそうだ」葛生は簡潔すぎるほど簡潔に状況を説明する。

「けど、なんでソレがマリアさんだって分かるんだよ」

 セイの問いに、葛生は男に顔を向ける。自分の口で説明しろと促しているのだ。

「先日の事故の時、俺はあの交差点で信号待ちをしてて……、それであの女の人の顔を見てたし、そ、それにニュースでも顔写真も出てたから……」

 男はセイとは目を合わせずに早口でそう言う。


「事故で突然死んじまう時、霊魂は助けを求めて最後の瞬間たまたま目に入った無関係の人間に憑いちまうケースが稀にある。今回も恐らくそういう事なんだろう」と、葛生が補足する。

「悪いがアンタも一緒に来て、事が済むまで部屋の前で待っててくれ」と依頼人に言うと、葛生は足早にマンションに入っていった。男とセイも慌てて続く。


 エレベーターで3階に上り部屋の前につくと、葛生は男にここで待つように伝えドアノブに手をかけ――。

 そこで一旦動きを止めて、葛生はセイに目をやると無言のままじっと見つめる。覚悟はいいのか?と。

 相棒の視線に一瞬躊躇したセイだが覚悟を決めて頷く。中の雑虗が本当にマリアなら、彼女を天国に送るのは誰でもない。自分の役目なのだ。

 セイの意思を確認した葛生は、ゆっくりとドアノブを回した。

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