クズ星兄弟の哀愁―5―
セイが落ち着くのを待って、葛生は依頼者の男を部屋に招き入れた。
「土足で入っちまったのは許してくれ。靴も俺たちの仕事道具なもんでね」
葛生の説明が耳に入っていないように、男は落ち着きなく目を泳がせる。
「それにしても今回は災難だったな。普通は事故で死んだ霊が、たまたま居合わせた、無関係の人間に憑くなんてことはめったにないんだがね」
葛生は構わず饒舌に話し続ける。いつもぶっきらぼうで最低限のことしか話さない彼とは別人のように。
「普通、事故死の霊ってやつは自分が死んだ場所に縛られるか、そうでなければ自分が執着した物や人に憑く事がほとんどでね。
例えば、大切にしてた物とか、酷く恨んでいる人間とか。今回のケースで言えば、散々バイクに引きずり回された彼女を轢いちまった車の運転手か、バイクに乗った引ったくり犯。とかな」
“ひったくり犯”と聞いた瞬間、男の肩がビクリと上がる。
「あと、俺たちみたいに霊感の強い人間なんかは向こうも分かっちまうから、助けを求めて憑いちまうわけさ。だから、あんたみたいに現場に居合わせただけの人間に憑いちまう可能性は限りなくゼロに近い」
「な、何が言いたいんだ!」男はヒステリックに声を荒げる。
「別に。ただ専門家としてとても珍しいケースだって話をしてるのさ」
葛生がいなすように言う。
「分かった。分かったから、もう帰ってくれよ。アレはもう消えたんだろ」
葛生は「そうだな」と言ってセイにチラリと目をやる。
「俺たちはただの祓い屋で、警察でも何でもねえからな。例えあんたが例のひったくり犯でも、捕まえることは出来ねぇ」
「はぁ!? 何言ってるんだアンタ!そんなわけ――」
再び声を荒げる男の鼻っつらに、葛生は小さな白いハンドバックを突きつける。革の肩下げ紐は伸びきって千切れかけ、赤いシミがついていた。
「仕事中、キッチンの棚の奥にコイツを見つけたよ」
男を睨みつける葛生の目が、針のように細くなる。
「コイツは、テメェのバッグじゃねえよな」
そのバックにセイは見覚えがあった。マリアが持っていたお気に入りのハンドバック――。
「ち、違うそれは――」
男が言い訳を終える前に、メリケンサックをハメたままだったセイの右拳がその顔面にめり込んだ。
後ろに引っくり帰った拍子に床に後頭部を強か打ち付け、セイは我に返った。
見上げると葛生が息を切らしながらセイを見下ろしている。先程まで掛けていたサングラスはなく、右目の端が腫れていた。
「そこまでだって言ってんだろうが! このバカ」
起き上がると、血に染まりジンジンと痛む拳のその先に、原型を止めないほど顔を腫らした男が仰向けに倒れていた。
「それ以上は死んじまう」
そう言って、セイの握ったまま固まってしまった右手の指を一本ずつ剥がすように開くと、葛生は血まみれのメリケンサックを外して革コートのポケットに放り込む。
部屋の外から数人の足音が近づいてくる。恐らく葛生が警察に連絡したのだろう。と、セイは思った。
これで全て終わったのだ、と。
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