第12話 悪意の言葉と偏見と
「貴女が何も言わずにいなくなったからジュールはね、食事が喉を通らなくて元気がなくなってね、それはそれは大変だったのよ。貴女のことを伯爵に聞いても教えてくれないし、まさか国を出ているなんて思わなかったわ。それについてどう思うのか聞かせてくれる?」
にこりと微笑む王妃様の顔は笑顔なのに怖くて言葉を探す。
「何も言えないの? 悪いと思っているからかしら? あんなにジュールと仲が良かったのに薄情な子ね。貴女のお母様譲りかしらねぇ? お茶会に誘っても断ってくるんだもの。ジュールがあんなに聞いても伯爵も口を割らなかったし、親子揃ってどう言うつもりなのかしら……! こんなことなら貴女を王宮に通わせるんじゃなかったわよ。貴方のお母様はお友達だから分かってくれると思っていたのに」
お父様とお母様は王妃様がこんな状態で三年間も私の居場所を伏せてくれたんだ。
ウェズリー様が手を重ねてくれた。テーブルの下だから王妃様には見られてないだろう。勇気づけられる気がした。
きっとウェズリー様が何も言わないのは王妃様の様子を窺っているからなんだろうと思った。でも絶対怒ってる。
「だんまりね……その通りだから何も言えないのね。ようやくジュールが元気を取り戻してきたところに貴女が帰ってくるものだから、あの子は動揺しているわ。知っての通りジュールの相手は東の国の王女なの。身分的にも血筋的にも貴女じゃ敵わないけど、ジュールの愛人くらいにはしてあげられたのに!」
……愛人という言葉を聞いて、悲しくなった。……この国にいたら私は幸せな結婚なんて出来ない。明るい未来なんてなかったんだ。
悲しいし悔しい気持ちだけれど、ここで泣いてなるものかと瞑っていた目を開いた。
「……ジュール殿下のお側を離れたのはわたくしの意思です。わたくしなりにジュール殿下の今後の幸せを祈っての事でした。臣下として東の国の第三王女殿下との婚約を心から祝福いたします。殿下とは幼い頃から親しくさせていただいておりましたが、お側にいる時間は限られていました。わたくしはわたくしなりに考えて単身外国にいる叔母の家に身を寄せました」
「逃げたんでしょう?」
チラッと王妃様が嫌な視線を寄越してくる。
「まだ十二歳だった少女がその時に出来る事を考えて行動したんですよ。単身で他国に来るのはとても勇気のある行動だと私は思います。そして両親と離れて暮らすのはさぞ寂しかった事だと思いますし、ご両親も離れたくはなかったと思います。それでも彼女の意思は強かった。それを誰も責めることなど出来ないと私は思います」
ウェズリー様がジュール殿下にも言ったように答えた。
「寂しくて他国の王子を誑かしジュールを忘れたの? とんだ阿婆擦れにウェズリー殿下も捕まってしまったのね。国の恥さらしじゃないの! たかが伯爵家の令嬢が一国の王子と婚約なんて身分不相応だとは思わないのかしら! 嘆かわしいわ」
王妃様から溢れ出る悪意……こんなことを言われても昔の私なら多分それも受け入れていたのかもしれない。それくらい狭い世界だったから。
私を国から出してくれた両親には本当に感謝しかない。
いろんな体験をさせてくれて、美しい風景を見せてくれたウェズリー様に感謝だ。
「身分不相応? ですか。うちでは両親も兄達も重鎮達からも異論は出ませんでしたよ。国によっての違いはあれど、たかが伯爵家とは私は思いません。それに彼女から誑かされるのであれば、それは喜ばしい事ですよ! 二年かけて彼女を口説いたのですから」
「何がジュールの幸せを祈っているよ。自分勝手な子達ね」
王妃様は、はぁっ! と大きなため息を吐き扇で口元を隠された。
「生意気なことを言いますが、彼女に明るい未来があってはいけないのですか? ミシェルの人生はミシェルのものであり王妃様であっても干渉してほしくはありません。
それに他国の王族である私の婚約者を愛人でも良いだなんて、国際問題に発展しかねませんね。ジュール殿と彼女が幼い頃に思い合っていたのは私も知っていますが、それはあくまで過去の話です。ジュール殿は東の国の第三王女殿下と婚約をされた。大事にされるようにお伝えください」
にこりと落ち着いて笑顔で王妃様に向き合うウェズリー様。さすが王族だわ、王妃様に引けを取らずに会話ができるなんて。
でもその笑顔が怖い。
「国を挙げて大事にしているわよ!」
「そうですか。それは王女殿下もご安心でしょうね。王女殿下は美しく勤勉な方ですし、さぞかしジュール殿を立てて下さるでしょう。血筋も問題ありませんね」
王妃様が苛立つように紅茶のカップを持つ。
「ぬるい!」
カップをテーブルに叩きつけるように置くと勿論カップは割れて、破片が私の頬をかすめた。
つぅーっと血が流れる感覚がした。カップに入っていた紅茶もドレスを染みにした。
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