第13話 渾身の淑女の礼で退出
「仕切り直してお茶を入れ直しましょうか?」
何もなかったように笑顔で話をする王妃様……私の知っている優しくて穏やかな王妃様ではなかった。
いえ、優しくて穏やかなんかではなかったのかもしれない。
王妃様の表の顔しか知らなかったのだ。
ジュール殿下との関係は婚約者が決まるまで……。
そこに私たちの感情なんて必要がないから。
分かっていて甘い夢を見させられたのだから。
大人の事情に巻き込まれ、この先の未来まで……残酷だ。そう思った。
「結構です! ミシェルの怪我の手当てを急ぎますので失礼します! 手厚いもてなしに感謝しますよ。行こうミシェル」
ハンカチで頬を拭こうとしたら、ウェズリー様に止められた。
「破片が残っていたらまずい!」
立ち上がり手を引かれた。ウェズリー様はもうここには用事はない。と言った。
「王妃様、わたくしはウェズリー様を心からお慕いしております。ウェズリー様がいなかったら、きっと今も泣いて過ごしていました。ウェズリー様はわたくしに色んな美しい景色を見せてくれたから、世界は広いと教えて下さったから。両親が許してくれなかったらわたくしはウェズリー様と出会うこともありませんでした。十二歳の幼いわたくしを他国に行かせてくれた両親に感謝しています。わたくしは確かに幼い頃、ジュール殿下をお慕いしていましたが、それはあくまでも過去の事です。臣下としてジュール殿下の幸せを祈っております。言いたいことはそれだけです。失礼いたします」
渾身の淑女の礼をした。
初めてこの礼をした四歳のとき、王妃様はとても褒めてくださりました。
恐らくこれで最後になると思います。三年前もそう思っていたけれど、もう個人的なお誘いは無くなることでしょう。
ピリッとした空気が流れたけれど、逆に気持ちは落ち着いた。
振り向かずに扉に向かった。また何か飛んできたけれど、もう、良い。
早くここから退出したい。
「どこか落ち着ける場所は……」
ウェズリー様が心配そうに私の頬を見ていた。顔に傷をつけるという行為は本来ならばとても厳しい処分になる。故意ではなく偶然ついた傷かもしれないが、ウェズリー様は黙ってはいないつもりだよ。と言った。
「ミシェル様!! 血が……」
アガサさんが驚いた様子で近寄ってきた。
「大したことはありませんよ」
「医務室へいきましょう。早く手当てを!」
近くのメイドに指示し医務室へ行くので医師の手配を! と指示するアガサさん。
「ありがとう。また面倒をかけてしまいました」
「当然です。さぁ、殿下、ミシェル様急ぎましょう!」
その後医務室へ行くと医師が待っていて手当ての準備もされていた。少し染みるけれど破片も入っていなかったし、傷跡が残ることはないでしょう。と言われウェズリー様はホッとした顔をした。
「どうせなら私の所に破片が飛んで来れば国際問題になったのに! その場で……」
ぶつぶつと言いながら憤っていたので、私が怪我をして良かったと心から思った。
手当ても無事にすみ今度こそ帰ろうと思っていたら、陛下がお待ちです。と呼ばれてしまった。
なんていう一日なんでしょうか……。
ウェズリー様も同じだったらしくため息をついていらした。
「面倒だけど終わらせる?」
「はい」
呼ばれた先は陛下の執務室の隣の応接室でした。初めて入るその部屋は豪華絢爛で見るからにお金が掛かっています! と誇示された空間だった。
「二人ともよく来てくれた、ミシェルは久しぶりだ、夫人に似て美しくなったな」
「ありがとう存じます」
淑女の礼をした。お茶が掛かった所はなんとか染みにならずにすみそうだった。アガサさんによる早期の染み抜きが役に立った。また何かお礼をしなくてはいけませんね。
「ウェズリー殿、我が妃が無礼を働いたと聞いた。申し訳ない」
「陛下に謝られるとこの件は、ここで終わった事になりましょう。私への事は良いですがミシェルとその家族を侮辱した事に関しては許す事は致しませんよ」
にこりと笑うウェズリー様に陛下はなんとも言えない顔をした。
「ウェズリー殿ミシェル、婚約の件は聞いた。めでたい話だ。わしからも祝福する」
「「ありがとうございます」」
「ときにミシェル、三年前はすまなかった。まだ幼い少女だった君に辛い思いをさせてしまった。あの歳で単身外国へ行くというのは相当な覚悟があっての事だ。ジュールの事を思って出て行ったということも分かっておる。男というのはいつまでもうじうじして、成長しないではないか! うじうじするくらいならすることはまだあろうにと思うと、我が子ながら頭を抱える問題だよ」
「勿体ないお言葉です」
「ジュールがしつこくミシェルの居場所を探すようにと言ってきた。わしはミシェルが南の国へ行ったことは伯爵から聞いておった。だがジュールには教えなかった。教える必要はないと言うわしの判断だ。婚約が決まる前に、ジュールが何度もミシェルと婚約したいと言ってきていた。だからわしはある条件を出した。それが出来るのなら婚約を許すと言った。愛しているのなら出来るだろう? と」
条件?
そんな話聞いてない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます