第32話

「クロエさん立てるかい?」

「え、ええ……なんとか」


 不格好ではあったが人形を作ってリッパーから逃げられたことは奇跡と思っておこう。だけど僕があの場に居ないことをリッパーは既に勘付いているはずだ。

 島に天井を作り出した植物たちはいずれも完全に停止し一番古い物から順番に朽ち始めていた。街中に降り注ぐ巨大樹の根が建物を押しつぶしあちこちで轟音をたてながら崩壊が始まっている。

 一番島を破壊しているのが僕だというのが島の住民に知られないことを祈っておこう。


「お嬢様が……」


 彼女はボロボロになった自分の体よりも自分の仕える主を優先していた。

 よろつく彼女の体を支えているが反発するようにその体はお嬢さんの下へ向かおうとしている。

 だが、あの男は誰だ?なんであの男の足元でお嬢さんが倒れている?


「戦いやすくなった……この島を荒らすバケモノが全て俺に向かってきてくれているおかげでヤツらの殺気が判別できる。感謝するよお姫様……」


 男は何かに触れるよう優しく空中をなぞり彼の信仰する『神』に対し祈りを捧げた。


「……ッ!?アンタら今すぐ建物の中に隠れろ!」


 男を中心に空気の変化を感じとったソラは建物から散らばって逃げ出す島の住民を一カ所に集合させる。

 そうしなければ彼の使う神によって敵として判別されてしまうと判断したからだ。


「この島を荒らすことは俺が許さない……」


 水龍の誓い〈汀〉

 人の密集する建物を覆うように生い茂った植物の中にクロエを抱え飛び込んだ刹那、呼び出された神と思しき龍による攻撃の余波が島全土に広がった。

 呼び出された龍は島中を縫いながら脅威と判断した気配、バケモノたちを飲み込み核を破壊しながら上空を舞い始める。

 龍は蟠り球体となると飲み込んだバケモノを巻き込み上空で炸裂した。


「なんだあの力……能力じゃない」


 何となくであったが、お嬢さんの傍に出現した男の水龍は僕らの力とはまったくの別物であるような気がした。

 魂や命を持った生命体……僕の植物と同じだがそれよりも高い領域に達した自然が顕現させた神だ。

 何者なんだ……?


「お姫様……俺は貴女に会いたかった」

「わ、私……?」


 男は私に手を差し出し立ち上がらせると腰に手を回し抱き寄せた。

 耳元で囁くように彼は名乗った「アルト」しかし、ソレはこの島では珍しいモノで恐らく偽名であろう。

 彼は私を東大陸の王女であることを知ってか常に全方位をカバーするため密着しながら建物までエスコートする。クロエは彼に納得できない様子で目つきが戦う時の殺気を孕んだ目で睨み続けていた。


「ソラさん……植物で腰くらいまでの長さの棒を作ってもらえませんか。できればあの男を殴り殺しても折れないくらい頑丈なモノを」

「用途がそれなら渡すことはできませんよ。まあ、あの男の気取った態度はムズムズする」

 

 二人は助けてもらった恩人であるはずのアルトに対し拒否反応を滲みだしていた。だが、彼を見た瞬間建物に避難していた住民の顔にはカレンが登場したときと同じ希望の光が現れる。

 住民は二人を囲み大喜びの様子だ。


「ああ、島の英雄だ!」

「姫様と英雄だ!俺達は神に助けられたのだ!」


 島の英雄?


「クロエさん島の英雄って?」

「さぁ……?」

「なんだあんた達英雄を知らんのけ?」

「ええ、まったく」

「彼は月影の騎士団をこの島から追い出してくれた。だから英雄なんだ」


 月影の騎士団。名前しか知らないが、その組織は中央政府老中院が各大陸、そして各島に派遣していると言われる自警団的なモノであるが、中央政府が組織させたというだけあって組織の目的は中央に対して不信感を持った者たちを拘束することであった。

 それがこの世界の平穏に繋がる。

 僕は騎士団を見たことは無いがこの島ではその騎士団メンバーの顔が割れているほど悪い意味で有名人であったようだ。

 ソレを彼が撃退したということは中央に対して宣戦布告を行ったも同然だ。いまだに彼が中央に消されていないということは彼が強いのか、まだ中央が彼に脅威を感じていないのか正解は誰も知らない。

 それにしても英雄サマは人気があるようだ。

 老若男女問わず彼の周りを囲む住民に笑顔を振りまき人混みを掻き分けながらやっと英雄サマは僕の下までやってきた。


「すまないね。いつも俺を見かけたらお礼をくれるんだ」

「流石、英雄は人気があるようだね」

「そうらしい……だが、キミが来てくれなかったら二度と彼らからお礼の茶菓子とか果物がもらうことができなくなってたよ。ありがとう」


 爽やかイケメンは僕に素直な感謝の気持ちを述べる。

 彼の両手に持たれた小さな花や果物を見る限り、彼の言っていることに嘘は無いようだ。

 だが、僕はクロエさんとお嬢さんを助けに来ただけであって礼を言われる程のことをやっていない。


「俺の名前はアルトだ。やっと会えたよ俺以外の女神に選ばれた人間に」

「女神……?まさか!」


 突如風の一切が入ってこない建物内に二人の間に風が集まり始める。その風は散乱したガラスの破片などを巻き上げ彼女を顕現させた。

 彼女によって選ばれた者にしかその神々しい姿は見ることはできない。


『呼ばれなくても私は現れるー!』


 いや、神々しいというのは訂正しよう。

 現れたちんちくりんは誰にも見えないその姿を見えるはずもない一般人に見せびらかすように彼らの目の前を浮遊しながら話を続ける。


『その男は貴様と同じ私に選ばれた人間だ。ホムラには既に報告は済んでいる』

「いつから?まさか、最近見ないと思ったのはこれが?」

『そうだ。その男は私の駒で、私の命令で動く。あの女に感知されることは無いし、ホムラはどこにも報告をしない。私だけの武器だ』

「と、言うわけでよろしくなソラくん」


 僕は彼と握手を交わした。



 上空で水龍による爆発から程なくしてバケモノの行進が止まり、日の沈み始めた島には不気味な沈黙が続く。

 しかし、沈黙の中で動き始めた組織が続々と輸送の拠点である空港と港に到着する。全員が黒い覆面を被りその表情は不明で何を思い、何を感じ、何を考えその男の下で戦うことを決意したのかも不明である。

 そしてその部隊の中で一人だけ覆面をしていない長いブロンドの髪の毛を揺らし男の傍へ近づく女が居た。


「レオ様……港、空港と輸送増援の要となる箇所全ての奪取に成功致しました」

「血はどれほど流れた」

「空港に駐留する東大陸の軍隊と軽い戦闘がありましたが戦力差を考え彼らは大人しく降参してくれましたよ」


 どんな軍人であれ自分の命は惜しい。

 投降兵の行動は軍人としては風上にも置けない裏切り行為であるが、ごく普通の人間としては正しい行動だ。戦力を理解できず撤退することで勝機があったモノを潰すような愚か者の方が私は嫌いだ。


「ミレイネ、ウッドの行動は」

「それがこの島の英雄、騎士団を追い出したと言われるアルトとの接触があったと」

「そうか、二人で私に勝つつもりなのか」


 報告によればウッドは大陸のお姫様と島の住民を守れたようだ。やはり、命に優劣をつける決意があっても切り捨てる勇気はない……か。


「レオ様……彼らを今のうちに片付けておかないと大陸から特科が呼ばれてしまいますよ」

「……ソレに関しては大丈夫だ。既に結界を島中に張り巡らせて情報網を島と大陸で切り離している。大陸に連絡ができるのはこの島を管理する中央のシゲキ議員しかいないが、彼は私が買い取った」

「なんとまぁ、地上の政治家も地下と変わらないのですね。力あっても金の魅力からは目を逸らすことができない」

「さて、ミレイネ。キミがウッドなら次はどうする。私はそれが知りたい」

「まずここには来ませんね。どこか人を安全に逃せる場所を探すため動ける人間だけで動くでしょうね。彼らがどれ程の戦力を持っているかは不明ですが、今確定しているのはメイドと英雄と彼……恐らくメイドを残して二人は別れて捜索するかと」

「そうか……」


 その相づちでは正解であるのかそうでないのか、長年リッパーの秘書を務めるミレイネにも判断ができなかった。



「アスタ……やっぱりこの島は」

『ああ、貴様の考える通り結界が張られ外とコンタクトを取る方法はない。古い結界術ではあるが私自身出られない程に頑丈な物だよ』

「じゃあアスタはもう役には立たないのか……」


 夕焼けに染まる空を目を凝らしよく見るとシャボン玉の膜の様な物が張られているのが見える。これはリッパーの作った物なのかヤツの仲間が作った物なのかハッキリはしていないが、アスタの言うことが正しければ僕らは大陸に助けを呼ぶことができない。

 正直ホムラさんが居なければ僕らに勝ち目はないし、ここに居る避難民と散らばった島の住民を無事逃がすこともできない。


「空港は?」

「ダメだ空港と港はヤツらに取られているようだ」

「なんでソレがわかるんだ?」

「俺の友達がそう言っている」


 友達?

 避難民が集まる建物の屋上には僕とアルト、そして女神アスタだけだ。彼の言う友達とは誰のことだ?


「じゃあどこに行くのが正しいんだろうな」


 僕はこの島に詳しくない。

 地元の人間にしか知らない隠れた名所は当然のことながら役所の位置すらハッキリとわかっていないんだ。そんな人間がどこに逃げれば安全だなんて判断はすることができない。

 頼りは彼、アルトのみだが正直言って僕はまだ彼を信頼するほど親しく思っていないし、アスタに選ばれたと言ってもアスタが彼を利用して何を目的としているかもわかっていない。

 とにかく僕のまずやるべきことはお嬢さんたちを安全なところに逃がす。そして、この島にある世界樹を探すだ。


「二手に分かれよう。ここはあの美人なメイドさんに任せて」

「ああ、ソレがいいとも思ったんだが……この島にはリッパーが居る。下手に戦力を分散させては後々面倒なことが起こりそうだ」

「じゃあどうするんだい泥棒さん」

「ヤツは僕を狙っている……結局はヤツと戦うしかないんだよ」


 アルトは胸ポケットから煙草を取り出しソレを咥えるとマッチで火をつけた。「これが美味い」と何やら呟いていたが、咥えていた煙草をすぐに吐き捨てて床に押し付ける。


「何がしたいんだ?」

「ソラ、あんたはここを狙え」


 煙草を押し付けられた屋上の床には黒い点が一つ。そしてその黒い汚れを指でなぞり何やら絵を描き始めた。


「どういうことだ?」

「これは地図だ。この島のな俺達が居るのはここ。で、お前が攻める場所はここ」

「どこ?」

「ここからでもよく見えるあの鉄塔だ」


 アルトの指差した方角を見ると確かに立派な鉄塔が建っている。どうやら最近北大陸の企業が土地を買い取っていたらしい、見る見るうちに建った鉄塔による電波障害に住民は困っていたそうだ。

 アルトはこの状況を利用しどさくさに紛れてあの鉄塔を壊すことを考えていた。


「俺はあの塔が大嫌いだ。いつかは壊したいと思っていたが、この島の住民じゃないお前に戦いの中で壊してもらえば誰も悪いとは言えないからお前に頼む」

「僕がアレを壊す理由はない」

「見晴らしがいいあそこに居りゃ何か思い浮かぶよ……ソレにお前の気配に気が付いたヤツらは必ず襲ってくる。俺はソレを利用してここに居る全員を連れて安全な島の屋敷に行く」

「まあ、いいや。わかった僕が囮になるよ」

「助かる」


 こうして僕が囮になっている間にアルトが全員を連れて島に来て最初にお世話になった屋敷を目指すこととなった。

 僕は囮だけでなくできるだけ派手に戦闘するよう頼まれたがリッパーと今回ばかりは正直戦いたくない。ヤツが現れたら僕も撤退することにする。

 まずは避難民にそのことを伝えるためにアルトが声を掛けると彼らの表情に希望の光が現れ全員がやる気に満ち溢れていた。英雄と呼ばれるだけあってこの島では彼の言葉に人を動かす力があった。

 だが、そんな言葉を聞いても一人不満な顔を浮かべる人物がいた。


「ソラさん……なぜ囮をやるつもりなんですか。彼に強制されたのですか」

「いや、自分の意思ですよ。クロエさんはお嬢さんを守らなきゃいけないし、彼はこの島をよく知っている。ならば僕がやるしかないんですよ」


 言い訳でしかないが、中々筋の通った物だと自画自賛してしまう。誰もが納得するその理由に対して彼女も納得せざる得を得なかった。

 だが、その表情は未だ不満が残り後味の悪そうな様子。


「クロエさん……もう少し彼を信頼してもいいと思いますよ」

「私はしているつもりですけどね……貴方からはそうは見えないのですか?」

「はい全然」

「本名も名乗れない人間を信頼できるのでしょうかね……彼は何かを隠していますよ」


 アルトと言う名前はこの島では珍しいモノだった。

 この島独自の言語が存在する中で彼は唯一僕ら大陸側の名前を使っている。出身がこっちだと言うなら納得もいくが彼曰く生まれも育ちもこの島で、島から出たことがない様子……親の影響なのだろうか。

 だが、偽名と言う可能性はまだ存在する。彼女はソレが信頼できない一つの要因であると打ち明けた。


「まあ、まだ僕らは出会ったばかりですし、彼はお嬢さんを守ってくれましたよ。そこは認めてあげてください」


 僕はアルトをフォローするつもりはないが、この島を出るには彼の協力が必要であることをよく理解している。

 彼女は潜在的にアルトに対して何か拒否反応を持っているようだが僕と別行動になった瞬間ここに居る人たちを守れるのは二人だけだ。彼女には私情を捨てて彼と共にお嬢さんを守ることに対して集中して欲しいと思っていた。が、あの男は僕のフォローを無に帰す行動を行う。


「ああ、俺のお姫様……俺は貴女を守るナイト!つまりは刃!この島を無事脱出出来たらぜひ貴女の下で働かせてもらいたいのですが!」

「え、ええ……考えておくわ……」


 気取った野郎はお嬢さんの腰に手を回し抱き寄せるとその距離はもうキス寸前だった。若干お嬢さんの頬は赤らんでいたが、アルトへの明確な殺意を孕んだ彼女の視線に気が付き表情はまた真面目な王女へと戻る。


「ソラさん……私は、今、我慢していますよね。これは成長ですか?」


 僕は何も答えられなかった。

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