第三章

第28話

『ライヤ、ヤツらに動きはあるか?』

「いいやまったく……餌に食いつく気配すら見せない」


 無線からは皆が信頼する世界最強の声に緊張感が削がれるようなチャラい声が応答する。

 東大陸の人が寄り付かない山奥に佇む廃墟を囲むように彼らはその時を待っていた。

 夜の帳に隠れ特科の暗い部分、ライヤ率いる暗殺などの汚れ仕事を請け負う部隊が動き始める。今回も目標を抵抗すれば殺すか捕獲するかの二択でありその全ての決定権は彼にあってそして敵にある。

 いつも通り抵抗せずともあの世に送ってやるつもりだったが今回はそうもいかない。今日の目標が大物であった為に特科の責任者がホムラの同行を義務付けていた。

 ライヤ率いる部隊は五名と他よりも多く皆戦いに特化した能力を所持しているが、特科リーダーが自ら参加する理由は相手が強敵であることを意味している。だからいつもより緊張感があった。


『俺は何かハプニングがない限り動くつもりはない……その方がお前たちもやりやすいだろ?』

「ああ、気遣い助かるよ。それで確認だが、目標を見つけたらどうすればいい?」

『目標は確保するんだ』


 ライヤは内心ひどく残念がるが、今回の作戦で主導権を持っているのはホムラでその命令は絶対である。これに背くことは敵対行為とみなされ敵もろとも自分までもが彼にやられてしまう。

 彼には勝てないだから手を出すな。それが能力者にとっての常識であり、人間の道を外れ生きてきた彼にも理解できるルールであった。

 そんなルールだが、この間確保された少年。商店街でたまたま出会った白髪の学生は彼に能力を使用していた。あの時は面白い奴もいるもんだと思ったが、彼はただこの常識を知らない新参だっただけだということを後から知りこれまた残念なことであった。

 そんな白髪の新人はロムの下で最初の作戦を行っているようだが、ロムの所じゃスリルが足りない。新人の力が何かは詳しく判明していないが、戦いの中でその力を覚醒させれば確実に彼は化けると俺は考えている。


「こっちに来ればよかったのに……」

『なんか言ったか?』

「……何でもない。新人くんは初めての仕事でヘマしていないかなって思ってよ」

『彼ならリッパーの部下と戦って無事に生還しているから大丈夫だ』


 突入の合図が出た。敵は俺達とは違う力を持たない人間であるが、用心棒として地下の人間を雇っている可能性がある。

 廃墟と言ってもその広さは金持ちの感覚で造られた屋敷、一つの方角から何人も突撃したところでヤツらにしかわからない別の出口で逃げられる可能性がある。そこで三人と二人の二手に分かれ正面と裏側、中に侵入したらまた分かれて捜索をするということになった。

 全員が戦えるためこのような大胆に動くことができるのもこの部隊の良いところだ。

 裏口から侵入すると早速正面の方から銃声が聞こえた。これが始まりの合図だ。


「マック!予定通り目標を見つけたら足の骨を砕いて拘束しろ。抵抗すれば指も何本かだ」

「了解」


 表情の変わらないマックはライヤの命令通り屋敷二階の窓に飛び込んで銃撃戦を開始する。

 叫び声は全て敵のモノばかりだった。

 ライヤは部下たちの動きを音で確認し、冷静になったところで地下室に視線を向ける。

 自分を呼ぶように放たれる地下室からの殺気は彼の肌をひりつかせていた。そこに居るのは強い敵、目標を守る用心棒として地下から雇われた誰かが居る。


「お、おい……何をしているんだ!?はやくお前も戦え!」

「……それはできない。俺の仕事はアンタを守ることだけだ……俺がアンタから離れれば守ることができない可能性がある」

「部下が死ねば突入してきたヤツら全員がここへ来る!お前がここに居てもいなくても変わらない!」


 会話の為の口以外の全身を血で汚れ乾燥した包帯で隠す不気味なソイツは雇用主である議員の命令を無視する。

 武器もなく防弾チョッキのような防具もつけないソイツは議員が地下帝国から借りている用心棒であったが、ソイツは誰の言うコトも聞かない。ただ、屋敷に侵入した五人の能力者の中で一番強い人間が近づいていることを知っていた。議員の傍に居れば強い人間と戦えると知っているからソイツはその場から動かない。

 そしてソイツの考え通り五人の中で一番強いヤツは自らソイツのテリトリーに侵入した。

 荒々しくも繊細な能力のコントロールにソイツは彼を自分と対等な敵として認める。

 殺気が扉の隙間から入り込み議員の隠れる部屋中を満たした頃、ようやくその木製の軽い扉は見た目以上の重々しい鈍い動きで開かれた。

 ソイツの背中に隠れ議員は瞬きにより視界を閉ざした刹那、戦いは彼を置いて激しくなっている。

 壁に飛び散った血はいったいどちらのモノかなんて確認することのできない拳の打ち合い。

 ソイツはライヤの先制攻撃以外を全て受け流しカウンターを試みるが全て読まれていた。


「これが、お前の力……なるほど」

「何がなるほどだクソッタレ!」


 二人の攻撃はさらに加速し白熱する。

 ソイツの言う通り議員が少しでもソイツの背中から体がはみ出れば彼は死んでいた。ライヤは今回の目標が議員だと理解しているが、ソイツとの戦いから手を抜けば自分が負けることを理解し手加減ができなくなっている。

 ソイツが全て攻撃を議員に当たらないようにしていなければ彼の任務は失敗となっていた。初めて彼は敵である包帯の男に感謝した。


「もう一つの方は使わないのか……?」

「もう一つだと?」


 戦いの中で包帯のソイツは特科№3の実力を持つライヤに対して話しかける余裕があった。包帯の隙間から覗く深紅の瞳は光の一切が入る隙間のない部屋の中で自らの力で輝き、ライヤの拳一つ一つの動きを確認しているのが瞳の動きで確認できる。

 体術には自信のあったライヤは能力を一つしか使用しなかった。それは敵を侮っていたとか使い方を忘れたとかそういうわけではない、ただソレを使うのは今ではないというだけだ。だが、包帯のソイツはソレを見抜き力を使えと煽ってきた。

 しかし、ライヤはその挑発には乗らなかった。

 力を再び使用しソイツを再び上回ろうとした。始まりの一撃目がソイツに届いたときのように。

 脳の回路に電流が流れた感覚に陥った瞬間、全ての動きがスローモーションに変わる。包帯のソイツが次に出す拳の位置、議員の瞬き、そしてソイツの腕から流れる血液が飛び散る光景までもが彼の視界でゆっくりと動いていた。

 対人戦負けなしのライヤは敵の動きを読むことができた。

 それは最強と謳われるホムラも特科の№2であるロムの動きも全て彼には見えている。だが、二人の動きを超えることはできなかった。


「ホントに!ホントにムカつくんだよ!」


 超えられない壁に腹が立っていた。

 廃墟に入った瞬間から感じられたえげつない殺気、誰かを呼ぶソレに期待し、ソレを放つ目の前のソイツは二人を超えるバケモノであると思っていたのにソイツは二人よりも弱かった。

 手に取る様にわかる次の一手、俺が能力を使用せずともソイツの動きは読めた。だが、決定的な一撃は喰らわせられない。

 二人よりも弱いが、そんなソイツに圧勝できない自分に腹が立っていた。

 次第にライヤの拳がソイツの腕を躱し体へ入るようになった。戦いの中で成長を実感するライヤであったがソイツは焦りを一切感じさせず、見た目通りかそれ以上に不気味なくらい冷静だ。


「俺は失った物を取り返すためお前をいずれ殺す……」

「なに!?」


 突然戦いの手を止め包帯を外した男の腕から飛散する黒い液体に触れた瞬間、ライヤの拳から力が奪われた。

 拳だけではない黒い液体が付着した部分から順番に脱力している。


「外の連中が増え始めた……今日のところは帰らせてもらう。だが、俺はお前たちに奪われたモノを全て取り返す」


 男の解いた左腕の包帯の下にはなにも存在しなかった。

 腕の形を形成していた黒い液体がみるみる肩の方から流れ落ちソレが腕を再生させる。包帯は意思を持ったように自らその黒い液体で造られた腕に巻き付き元の包帯姿へと戻っていた。

 敵を前に跪いてしまったが、目標を抱えソイツは宣言通り俺の横を素通りして帰るつもりなのだ。それを許すわけにはいかない。しかし、体に付着した黒い液体はライヤの体を徐々に浸食し始めていた。

 ライヤは震える腕を必死に動かし無線を起動して緊急事態が発生したことを知らせる。


「お、おい……私は無事に帰れるのだろうな?」

「そのアタッシュケースを奪われない限り無事であることは保証されている……」

「ならばそのアタッシュケースは置いて行ってもらおうか?」


 屋敷の出口に到達するとソレを阻止するように門の前で仁王立ちする男が居た。

 金色の刺繍が入ったタンクトップにジーンズ短パンとサンダルの如何にも戦闘に不向きな恰好をした男だったが、鍛えられた太い腕と足は喧嘩すらしたことのない議員の目でも理解できる強い雰囲気を発していた。


「俺はアンタと戦いたくはない……。だが、邪魔をするなら病院に送るくらいはするつもりだ」

「なんだ俺に手加減してくれるってのか?敵から気遣いを受けることは初めての経験だが、目標を確保しなければ地下でピンチになっている部下に俺の顔が立たない。帰りたいのならそのアタッシュケースを置いて帰りな」

「何している木偶の坊!は、早く逃げろ。あの男に構っている時間は無いんだぞ!」

「さあどうする?」


 ソイツは再び腕の包帯を解き夜空に昇る満月の光をも吸収してしまう黒い液体をホムラに向けて放ったが、彼は動くことなく彼の放つ炎によってその液体は蒸発した。

 腕を組んだままその場から一歩も動かずに攻撃を阻止する。汗一つかかず端正な顔立ちが崩れない男は最強の名に相応しい力を持っていた。


「それがお前の攻撃か?黒い液体みたいなのを飛ばしやがって気色が悪いな……」


 包帯が解かれた左腕はやはり存在せず、左腕を形成していた黒い液体を飛ばして攻撃を行っていた。


「じゃあ、俺からも一発」


 ホムラは右手でピストルのハンドポーズを作り指先から火の玉を発射する。しかし、玉はソイツを掠ることなくソイツの顔の脇を通過して自然に消滅した。


「どんな力を使っているんだお前?詳しく知りたくなったよ」


 もう一発ホムラは指先から火の玉を放つがソレもソイツを掠ることなく方向を変えあり得ない場所へ流された。


「無駄だ……俺に生命いのちを持たぬ攻撃が到達することは無い。そして俺は脱出経路を確保している」


 するとソイツの言う通り、ソイツが抱える議員ごとホムラの目の前から一瞬のうちに消え去った。ソイツの声だけは聞こえるがそこにはもういない、頭が混乱する状況であったがホムラは冷静にこれ以上の深追いは諦めることにした。

 そして戦闘の音が止んだ廃墟の中へ侵入するとそこは不自然なくらい静かな場所となっていた。


「ライヤ、無事なら返事をしろ」


 部下の名前を呼ぶが彼は返事をしない。

 とうとう負けてあの世に行ったのかと手を合わせるがそうではないと気配で教えてくれた。ライヤの気配は弱弱しく消える寸前の蝋燭の火のように微かになっていたが、屋敷の地下室から確かに感じられる。

 地下室に向かう階段にはソイツの落としていった液体がトラップのように付着していて、ソレに触れてしまったライヤ部隊のメンバー何人かは伸びていた。生きてはいた触れるだけで力を抜き取られてしまうことが分かっただけ今回は良しとしよう。


「おいライヤ生きているか?」

「な、何とか……」


 呼吸もままならない弱った様子で彼は無様に膝を突いていた。ソイツにも同じく跪かされたのなら彼のプライドは破壊されている……背中を見ればよくわかる。

 だが、少し触れただけで階段で伸びていた部下とは違い全身に液体を浴びても意識だけは保っている分、彼はまだ負けてはいないのだろう。

 その付着した液体は徐々に範囲を広げいずれ体を飲み込む可能性があるが対処法が分からない。

 さてどうしたものか……。


「アイツは……?」

「逃した」

「ナニ……?!アンタでも勝てなかったのか……?」

「いや、勝つつもりは最初からなかった。俺は言ったはずだ目標を確保しろと」

「じゃあ、戦わなかったのか?」

「それも違う。俺は目標だけに能力を使った」

「じ、じゃあ……あの議員を拘束したのか?」

「アレはいらない。俺が必要としていたのはこのアタッシュケースだけだ」


 それは議員の持っていたシルバーのアタッシュケース。取っ手から下のケース部分だけが見事焼き切られていた。


「それは……?」

「さあ、俺もこの中身については詳しくは知らないがあの女がこれを持って来いと命令したということは重要なモノであるのは確かだな」


 厳重にロックされたケースはその中に入っている物の価値を象徴するようだった。振っても何しても中から音は聞こえないし、何か入っている様子もない、空気しかないというわけでもなさそうなのでとにかく軽いなにかが入っているのだろう。

 この日は目的の物を回収しソイツが残していった黒い液体を触れたことによって気絶していた三名と全身に浴びたライヤはすぐに病院へ運び込まれるが、数時間のうちにその液体は蒸発して彼らの意識は順番に戻ることとなった。

 蒸発したことで彼らの意識が戻った……とても良いことであるのだが、あの液体がなんであったかは蒸発したことによってその色と同じ闇の中に葬られてしまう。

 そして次の日、東大陸現与党政権老中院派のカウンセイ議員の遺体がハルベイド地区で発見された。

 カウンセイン議員は昨晩包帯のソイツによって俺から逃走することに成功したが、仲間割れとでもいうべきか目的の物を手に入れることに失敗したことで彼は殺害されたのだろう。

 これには老中院派の議員であったために老中院のサカイ議長も対応や説明を求められたが、彼はなんとカウンセインが大陸の裏切り行為があったと説明するが自分たちは関与していないと笑えない行動に出た。これには皆驚きだが、その裏切り行為というモノについて詳しくは説明されなかった……恐らくこれからもない。

 そして彼はツイている。会見と同時に発生したカペストラ宮殿での武装勢力とロム達の参加する治安維持隊の衝突が起きたということでその日の会見は終了し彼は無事逃げ切ることに成功したのだから。


「ホムラ……珍しいわね。あなたニュースなんて見る人だったかしら?」

「アンタの知る俺はもうこの世には存在しない」

「それは寂しいわね……こうやってお茶を飲んでいるときくらい素直になってくれてもいいのに」


 そう言いながら女は渦眼かがんを使用し強制的に俺を従わせようとする。指先からゆっくりと支配されていく感覚は抵抗できそうだができないという何ともうざったい。

 じわじわと俺を意識ある状態で支配するから意味がある、だからこの女は俺に本気を出さない。


「ヤツが誰に殺されたかはなんとなくわかる……だが、ソイツが誰だかはわからない」

「……リッパーなの?」

「違う。別のヤツだ。包帯で全てを隠していて、わかることと言えばソイツが使用する力は黒い液体だ……ソイツにライヤたちは負けた」

「例の力を吸い取るって言う黒いやつね……」

「ご丁寧にソイツは死んだカウンセイン議員の傍にシロツメクサの花冠なんかを用意してくれちゃってな……有名な花言葉は調べなくてもわかっちまう」

「復讐……」


 そのとき、普段氷のように変わらない張りついた表情のモモカであったが、一瞬その顔に変化があった。


「どうした……?」


 平生を保とうとしているが瞳孔を大小白黒と見たことのない忙しさから取り乱している様子であることは察することができた。

 何かを恐れている。


「具合が悪いんだったら帰った方がいい……顔色がいつも以上にひどいぞ」

「私は今、宮殿に帰ってはいけない……。我々の頂点に君臨される絶対者による選定が始められた」

「なにを言っているんだ?」


 冷や汗をかきひどく緊張している様子で窓の外、現在報道が正しければ武装組織と衝突が発生した宮殿の方角を見つめては口角を上げるが心の底から笑うことのできない作られた笑顔が張り付いている。

 初めて見る反応でソレが何を意味するのかホムラには理解できなかった。そこでモモカを落ち着かせるために新しいお茶を淹れ話題を変えようとすると突如、窓の外が緑色に発光する。

 

―目覚めの時は近い。導かれし者よ我の下へ集え。


 少年の声だった。

 脳天からつま先まで疾走した電流に乗って流れてきたのは無邪気な少年がこの指とまれと号令をかける呼びかけ、俺は思わず手に持っていた茶器を床に落としソレは粉々に砕け散っていた。

 すぐさま声の聞こえた方角を見るとさっきから彼女が見つめる宮殿の方角であり、光の位置も一致している。


「おい……アレはなんだ?」

「何かがきっかけになった……声を聞く者と導かれし者が接触したって言うの?でも、なんであそこに世界樹が……?」

「世界樹?」


 モモカは光を見ながら何かをブツブツと呟き一人状況を整理し始める。

 だが彼女の言うことのほとんどはホムラにとって違う言語に聞こえていた。唯一わかったモノと言えば導かれし者と世界樹であった。

 導かれし者とは彼にもわかる。

 数千年前、この世界がまだ大陸ではなく国家としてそれぞれが力を持っていた時代、突如地上を襲った月の悪魔を倒したとされる英雄セナはその導かれし者と呼ばれ各地で伝説を残している。

 ホムラも彼に憧れ彼を尊敬する者の一人であった為、何度も英雄に関する文献を読みその導かれし者とは何なのかと言うのを調べたことがある。結果は一切謎のままで論文によっては人々を導く神である、というモノもあれば強さの先に行きついた者であると結論づけたモノも存在していた。

 だが、モモカは今までの論文とは違い光を見たことでソレが何であるかを即座に理解し可能性を探すことができていた。

 この女はやはり何かを知っている。


「導かれし者がなんだ……英雄とあの光がどう関係するっていうんだ」

「……ホムラ、記憶操作を使用できる人たちを集めて……なるべく多く」

「あの光のことを隠ぺいするつもりなのか……また俺達から真実を遠ざけるのか?」

「これは命令よ……従わないというなら私は規則に従って貴方の今後を確定させるわ」

「隠す意味を知る権利はあるはずだ」

「もう一度警告します。今すぐ記憶操作を使用できる者を連れてきなさい。できないのであれば私も力を使用します」

「やってみろ……」


 俺は真実を知りたかった。

 今まで中央政府、そして目の前のこの女は何度もこの大陸に住む住民から記憶を奪ってきた……。何度も俺はソレから目を逸らし従ってきたが、先日の知性を持ったバケモノといいウッドの体を使用したアイツとウッドの出現によって今まで感じてこなかった世界の変化を感じた。

 世界は一歩前進したんだ。今更何を政府は隠したがるんだ……。


「ホムラ……最後の警告です。ここへ記憶操作を使用できる者を連れてきなさい」


 俺は動かなかった。

 能力を使用し渦眼かがんを発動させるが俺の精神を支配できないことを理解した彼女は手首の包帯を外し自らの爪で皮膚を裂いた。

 深く切れた腕から流れ落ちる血で手のひらに何かを描いたモモカは詠唱を始める。

 詠唱が開始されすぐに俺の筋肉が麻痺し始めた。誰かに背後から掴まれているような感覚、詠唱によって呼び出され意思を持った何かは五感を順番に奪い始め、最初に奪われたのは視覚だった。


「次は味覚、そして嗅覚」


 モモカに指定されたようにホムラの感覚は順番に奪われていた。暗闇の中、彼女の煙草の匂いと味が消え去ることでようやく感覚がなくなったということを理解することとなる。

 可笑しなことだったが、なくなって初めてソレに気が付いた。


「筋肉を麻痺させ触覚を……そして順番に視覚、嗅覚、味覚を奪うがアンタの声を聞くための聴覚だけは残しておくなんて相変わらず性格が悪いな」

「貴方はそんな私が好きだったんじゃないの?」

「いや、アンタに好意を抱いたことは一度もない」

「あまりハッキリ言われると傷つくわ……」


 暗闇、瞼を開けているというのに何も見えないという恐怖、そして四肢を動かそうにも何かが邪魔をしてそれは上手くいかない。

 完全にヤツのペースだ。今まで通りどこかで折り合いをつけて和解しなければ本当に殺すつもりだろう。だが、殺気の様子……あの切羽詰まった様子は最後に俺が見ることのできた光について何かを知っている様子であった。

 俺はどうしてもソレが何なのか知りたかった。

 そうか……そうだ俺にはアイツが居る。


「分かった……今すぐ部下を呼んでくる。その代わり条件がある……俺の部下も人間だ。それも特殊系ってのは神経を使うデリケートな部類だってのはアンタも分かっているだろ?そこで俺の部下を精神支配することだけはやめていただきたい」

「命令通り動いてくれるのであれば私は約束を守ります……」

「なら助かる」


 俺の視界がようやく光を取り込んだ。

 モノクロームに移る景色であったが目の前で手首の包帯を巻き直すヤツを中心に色が戻り始め、麻痺した筋肉が痙攣しながらだが自由に動く。

 初めての領域に踏み込んだがヤツの力が単純な俺らの力、持って生まれた力とかそういうモノではないことが分かった……あれは黒魔術の様な類、魔法ではない魔術だ。手首を切り裂いて血で魔方陣を手のひらに描くことで発動する魔術、ソレが何かもいずれ俺は知らなければいけない。

 力の魅力に取りつかれ道を外れた馬鹿野郎を助ける為には進むしかないんだ……。

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