第27話

 一つの扉、何年もそのままの状態で放置されていたのか扉は白いペンキが剥がれ木製の部分が露出していた。

 誰がこんな場所に設置したのかはわからない。ただ、僕は無性に向こう側に居るであろう誰かに会いたかった。名前も顔もわからないただそこに居ることだけはわかるその人と話がしたかった。

 僕は一面色を失った空間に一つポツンと設置された扉のドアノブを握ると向こう側の人間は僕を制する。


「その扉から離れてくれ」


 声だけでは性別が判断できないが向こう側にはやはり人が居た。


「なあ、キミは誰だ?」

「お前には関係ない」


 僕を突き放すその声には温かさは無かった。誰かに似る冷たさ、冷酷で人との関りを自ら断ち切りたがっているひねくれ者である気がした。

 ここがどこであるかなど僕にとっては問題ではない。ただ僕はそこに居る誰かと話して、その誰かの心を扉と一緒に開きたかった。

 余計なお世話かもしれないが僕は好奇心で動く生き物であるためにその衝動は僕には抑えることができない。

 何もない空間であってその扉は唐突に現れた物だ。壁も無ければ天井もないただ自分が立つための透明なのか白なのかわからない地面があって、扉の裏側も同じく無限に続く銀世界が広がっていた。

 扉の向こう側から声がするのにその姿は見えないという僕にとっては不思議であった。扉を開けたら違う世界が繋がっているとでも言うかのように。


「ここはどこだ」

「お前の知らない世界、いや……知らなくていい世界だ」

「知らないということは苦痛だ」

「知らなくてもいいことはこの世には沢山ある……お前もよく知っているはずだアイザワソラ」


 向こう側の誰かは僕の名をフルネームで知っている。僕はこの人を知らずにこの人だけが僕を知っているということは解せないが、頑なに自分とこの世界が何なのかをこの人は僕に教えない。

 軽くノックをするとその人はまた「扉から離れろ」と、強い口調で僕に警告をする。


「出口はどこだ」

「出口はお前の目の前に佇む扉だ」

「じゃあ、開けていいじゃないか?」

「ダメだ。ここを開ければお前は苦しむこととなる」

「どうして?」

「全ては運命、お前も俺もみんな運命の奴隷なんだ……誰かが作り出した道を知らぬ間に歩むこととなり、死も苦痛も全ては誰かの思惑通りに俺達の下へやってくる」

「なら幸福だってその誰かの作った運命に従って僕らの下へやってくる。全てが苦痛なわけがない」

「幸福とは感覚が一瞬であり、瞬きをするよりも早くその感覚を失うこととなる。だが、苦痛とは幸福とは違う。ヤツらは人間にとっての一生をかけて精神を支配する……いずれ自ら命を絶つまでにお前の心をゆっくりと蝕んでいく」


 その人の言うことは正しい。

 僕は急に語り始めたその人にもっと質問がしたくなってしまった。


「じゃあキミは僕を苦しませたくないから扉を開けさせないと……?何度扉を押しても何かが突っかかったようで動かない、キミがそこに居るんだね?」

「そうだ」

「でもそれはキミのエゴだ。僕は苦痛も幸福も受け止める……それが僕にとっての運命だ。この世に生を受けたからにはどんな道でも僕は歩み続けるつもりだ」


 そのとき一瞬だったが、何度押しても何かに引っかかっていた扉が動いた気がする。しかし、ソレはすぐに押し返されまた振り出しへと戻ってしまった。

 その人は一瞬僕の答えに迷っていたのだ。


「なんで僕の邪魔をするんだ」

「……お前は知の探究と言う論文を知っているか。お前が生きる世界のずっと前に発表されたモノだ」

「知らない」

「知の探究、幸福とは知識でありそれを知る為に人間は地獄に入ることができるという。それは危険であるとその男は世界に対して警告していた。だが男は見事、探究心によって世界を巻き込む大騒動を引き起こしそして身を滅ぼした……自らが警鐘を鳴らしていた知識への探究心によってだ」

「皮肉だな」

「これはお前のやろうとしていることだ。お前はこの扉を開けて世界樹とは何かを知ろうとしている……それはその男と変わらない。いずれ身を滅ぼす原因であり、それは多くの人間を巻き込む結果となる」

「それがどうしたって言うんだ……僕は最初から人の為に戦っていない。僕は自分の為、世界樹とは何かを知る為に戦っている。リッパーが気に食わないのは僕よりも先にソレを知ろうとしているからだ」

「ならばなぜ人の為に怒り、子供の為に世界を変えようとする?」


 僕は図星だった。

 今までずっと強がって世界樹に近づく目的が自分の為だと思い込ませてきた。だが、その人の言う通り僕は人が死ねば怒りを覚え悲しくなる、人が僕から離れれば寂しいと感じる。特科との関係を「協力関係」という曖昧なモノにした理由はソレが原因だ。彼らはバケモノと戦う以上死ぬこととなる。

 その寂しいという感情はいつしか怒りに代わりこの感情が僕にとってはひどく不快なモノだった。耐えられない切り離したいモノだ。

 だからこんな不愉快な感情を持つくらいなら最初から人と関わらなければいい、親に捨てられたと言うなら家族を持たなければ僕はもう別れによって寂しい思いはしなくていいと思っていた。

 気が付いたときには既に僕は歪み始めていた。


「お前は長い間一人ぼっちであったが故に人との関係を怖がっている。お前の思っている通り最初から関係を持たなければお前が悲しむことはない……逆も然りだ」

「何が言いたい」

「お前はクロエをどう思っている」

「彼女がなんだ……」

「お前は彼女に一目惚れしてしまった……ロマンチックだな。知性があり強く頼りがいがあると短い時間の観察で見抜きおまけに美人であった。お前の好みでストライクじゃないか。だからお前は本名を明かした」

「そうだ……彼女を抱えたとき女性らしい体つきが凄く良いと思った……本名だって流れで明かしてしまったけど彼女は多分それをどうも思っていない」


 確かに僕は彼女にいろんな感情を持っていた。その人の言う通り宮殿の宝物庫で彼女に本名を明かしてしまった……それは事実だ。

 だが、それと今の話にどう繋がっているのか納得ができなかった。彼女は今の話に関係がない。


「いや、関係はある」


 その人も僕の感情、考えていること全て手に取る様に知っていた。


「どう関係があるって言うんだ」

「世界樹に近づくってことは彼女を巻き込むこととなる」

「それがどうしたって言うんだ」

「強がるな……お前がその先へ行くなら必ず彼女は巻き込まれる。死ぬことよりも辛いことが待っているかもしれないな」


 強がっていないと反論するつもりだったが、僕の唇は震えたままその人の言葉を飲み込んでしまった。

 だが、僕はそれでいいのか?何のために一度命を捨てたんだ。何のためにバケモノと戦っていたんだ?全てはこの時の為、今目の前に存在する扉の向こう側を知る為のはずだ。

 このまっさらな世界に一つ存在する扉の向こう側へ行けば何かを見れる、何かを知れる。その人の言う通りそこには世界樹があるはずだ。

 チャンスを逃すのか……?


「どうした……口を閉じちまったようだが、答えは沈黙か?」


 答えは沈黙だ。

 僕はドアノブに手を掛けた。


「何をするつもりだ?」

「忠告感謝するよ……だが、僕は途中で自分の決めたことを投げ出すなんてできない」

「お前……話を聞いていたのか?お前は自分の目的の為なら全ての人類を巻き込むつもりなのか?」

「これが運命であり、その運命に向かって進まなければいけないというのはもう確定した未来だ。キミがなんと言おうが僕は運命に縛られた奴隷なんだよ」

「待ッ―!」


 僕の答えは決まっていた。その人の忠告を受けようが、この世界に来なかった世界線であれ僕のやるべきことはあの日、フルフェイスの男と出会ったあの日から決まっている。

 その人の警告を無視して僕はドアノブを握った手に再び力を加える。内側から力で抵抗する誰かであったが、僕の精神に干渉することはできず最後はあっさりと扉は開かれた。

 ギィィと音をたて、長年開かれなかった木製の扉の蝶番は錆びを剥がしながらゆっくりと向こう側の世界、裏に広がる銀世界ではないその扉の向こう側の姿を現した。

 さっきまで話していたその人の姿は無かったが、代わりに広がる崩壊した……現在進行形で崩壊が始まっている争いの世界がそこにはあった。

 何十体も横に果てしなく並び鋼に身を包んだ巨人たちがどこかへ向かって一直線に歩み始めた。彼らの足元には草木は残らず破壊の限りを尽くしている。

 空中を飛ぶのは船であった。夢ではない、何を言っているかはわからないかもしれないが、本当に船が飛んでいるのだ。

 鋼の巨人、ロボットだろうか……それに空を飛ぶ船と僕の世界では存在しない未来の文明、いやもしかしたら過去に滅んだ最高技術達かもしれない。その光景は戦争でなければワクワクする光景だ。だが、実際はその巨人と船は戦い、巨人の歩いた後は火柱が上がっていたり叫び声が彼方から聞こえてくる。

 彼らは戦っていた。命が散っていく音が聞こえる。


―死にたくない……。

―なんで戦争が始まったんだ。まだやりたいことが沢山あるのに……。


 その嘆きの声は虚しく、巨人たちには届いていないだろう……彼らに感情があるとは思えない。

 そしてあの時の光、このとき三度目と見たことのある淡い緑色の光が巨人たちの奥の山、攻撃によって山頂の削られた山の向こう側から見えた。僕はあの光に取り込まれたところまでを覚えている……僕はあの光に導かれるように飛び込んだのだ。

 今度は僕ではなく光の方から近づいてきた。触手のように伸びたソレは僕の体に取りつくと僕は光と同化することに成功する。

 光の中では沢山の記憶や情報が僕の頭に流れ込んできた。あの日と同じく生命の誕生から終わりまで、そして二人の王や彼らから生まれた神と悪魔。神と悪魔を倒すため、人類を守るために禁忌を破った魔術師の記録……。


―全てをキミに託す……。

―温かい光……これがキミの見せたかった光、なのか……?

―これが、運命……?これが運命だっていうの!?

―これは一巡した世界……全ては世界樹で繋がっている。

―俺に何を見せるッ!貴様の思い通りにはさせない!


 誰だ……いったい誰なんだ?僕に語り掛けるこの人たちはこの記憶はいったい誰の残したモノなんだ!?

 僕を取り込んだ光、世界樹から流されてきたその記憶達には感情もあり世界樹を希望と捉える者、そして世界樹を敵と捉える者など人ごとに違う反応であった。

 この状況の説明が必要だがシャドーの声は聞こえない僕はこの空間で一人、誰かの無限に流れ込むその情報たちに圧し殺されそうになる。頭が割れるように痛くそれはひどく苦痛なモノであった。

 あの人の言う通り何かを知る為、扉の向こうに行くには苦痛が伴うというのは本当のようだ。そして目の前には一本の道、光が続く先に見える現実の世界……僕は流れに沿ってその世界へと抜け出ることに成功した。


「ここはどこだ……?」


 光から吐き出されるとその先に広がるのは道だった。

 たった一本、どこかへ導くその道沿いに僕は歩いていた。

 光りを点滅させながら胞子が空中を漂い戦闘の跡のような人工的に抉られた大地に咲く一輪の白い花へと付着するが、その花はすぐに枯れ変色した花びらを地に落とす。儚い一生はどれだけ時間が経ったことを意味するのだろうか。

 僕は道の上を歩き続けた。さっき見た巨人ほどではないが、焼け焦げた鉄の塊がそこら中に放置されている。腕らしきモノが切り落とされ中から配線が露出していたり破壊のされ方が同じものが一つもなかった。

 道を歩き続けようやく新しい景色が広がる。

 それは大きな壁であった。30mほどの高さの壁は見たこともない金属を使用したちょっとやそっとでは傷をつけることはできなさそうなモノだが、弾痕や溶けた部分があったり壁に取り付けられた機関銃はぐったりと項垂れるように地面の方を見ていた。

 もう彼らは仕事をこなしたことで役目を終えたのか、それともひと時の安息なのだろうかこの時代を体験していない僕には知る由もない。

 そして壁に近づき興味本位で触れようとしたそのとき、どこかで一度聞いたことのある声が背後から僕に話しかけてきた。


「これはこれは……エイリアンではなく人間がこんな所に迷い込むとは、珍しいこともあるもんだねぇ」


 僕は声のする方向へ咄嗟に能力を使用しようとしたが、力を使用した時いつも感じる自然とのつながりをこのとき感じることができなかった。

 この世界では僕の力は発動しない。原因はなにかわからないが髪の色も変化していないためそうなのだろう。


「どうしたんだい?構えちゃって……いや、説明はいい。僕がキミを観察して当ててみたいんだ」


 背中まで到達するボサボサの白髪を手作りらしき一本の赤い紐で束ね僕と同じ瞳をしたその人を女性だと思っていた。あまりにも美人だから間違えるのも仕方ない、だがその人は彼だった。

 男は白衣を身につけていたがその下はインナースーツのようにも見える機械が取り付けられたスーツで、機械から伸びるコードは彼の背中に引っ掛けられたヘルメットに繋がっている。

 僕はそれをどこかで見たことがある。


「キミの瞳……僕もよく知っている。もしかしてキミも奴隷なのかい?」

「奴隷?」

「そうか……奴隷という表現は良くないね。絶対的な力に魅かれた者と聞いた方が適切かもしれない」


 扉のあの人の言うようにこの人も自らを奴隷と表現する。

 誰の奴隷なのか、誰が彼らの自由を奪っているのか何となくそれはわかる。そして僕もその奴隷であるなら答えは一つしかない。


「キミも世界樹を見たのだろう?」

「……ええ、見ました」

「どうだった?」

「すごかったです」

「ハハッ!すごかった……凄かったか……そうだよな。そうだよ、そうだよ。アレは凄いんだ……凄く凄く凄いんだ」


 狂気を孕んだ瞳の男は手招きをして自分の世界で僕の案内を始める。

 それはさっき見た長く高い何かから財宝を守るように聳え立つ壁、戦闘の跡が今も生々しく残り血痕であったり緑色の液体までもが付着していた。

 壁沿いに数分歩き続けても見える景色は変わらず壁、壁、壁と代わり映えのしない風景に退屈し始めた頃、ようやく男はその壁をなぞりながら昔話を始めた。なぜこの壁があるのか、戦闘の跡は誰と戦っていたのか。


「僕らは月の住民と戦っていた……同じ人間、同じ地球で生まれた兄弟同士だったはずが僕らは対立してしまった」

「兄弟げんかですか?」

「そう、兄弟げんかだ。どちらが優れた兄なのかって今思えばどうしようもない理由だよね」

「いや、優劣をつけることは大事ですよ。この世界は平等を謳うが平等であっては人は生きられない」

「キミは賢いようだね……」


 男は僕の答えに口角を少し上げるだけの複雑な表情を浮かべ、中途半端に笑った。


「キミは賢い、おまけにリアリストときた……少しの会話だけでソレが伝わってしまう。別にそれが悪いってことは無いが、あまり冷たい言葉は人との関係に亀裂をつくることとなるよ……」

「現実を見なければ常に変わり続ける世界に置いて行かれてしまう。貴方だってそうなんでしょう?」

「まるで僕のことを知っているような口ぶりだ。どこかで会ったことでも?」

「ええ、僕がここに居る理由は貴方ですから……」


 そう、全てのきっかけはこの男だ。

 僕が死んだ理由も誰かの為に戦うこととなったのも全てはフルフェイスの彼……今は素顔を晒しているから最初はわからなかったが、口調や雰囲気と言葉を発さずともオーラはあの男と同じで気が付かないわけがない。

 目の前の彼は素顔なら僕にバレないとでも思っているのだろうか。


「へぇ、僕がキミのきっかけなのか……僕はキミに託したのか」


 男は自分の唇を指でなぞりながら赤い瞳で僕を見つめる。だが、すぐにまた僕から視線を外し壁沿いを歩き始め、僕もすぐ彼の背中を追いかける。

 絶対に縮まらない距離が二人の間には存在した。ソラが警戒しているわけでも男がソラに合わせているわけでもない、


「世界樹の話を聞かせて欲しい」

「キミは世界樹について何を知りたい……なんの為に」

「……僕はあんたに戦えと言われた。世界樹を利用しなければ僕の住む世界は崩壊し沢山の犠牲者が出ると言った。だが、世界樹を利用するにはまず、世界樹を知らなければいけない」

「そうか、僕はそんなことまでキミに言っていたのか……随分切羽詰まった状況だったんだね」

「ええ、世界樹が突然何かを選び始めたとか言って何の説明なしにあの世へ飛ばされましたよ」


 男は自分の失敗を自ら笑いそして僕が最初に出会った自分を罵った。それに何の意味があるのか、それは彼にしかわからないが違う時間軸の自分に対しても厳しい彼はプライドは高いのだろう。まるで今の自分が一番であるようだった。


「世界樹とは何かだったね……結論から言って、正直言って僕もよくは知らない」


 彼の自信を感じさせる態度から出た知らない発言には思わずその場でズッコケてしまうところだった。なんせ今、彼の顔には未だに自信が満ち溢れている。


「し、知らない!?」

「ああ、僕もヤツだけはよくわからない。恐らくキミが最初に出会った僕はソレを知っているだろが、ソレを説明する時間が無かったんだな」

「何か少しでも情報は?」

「知っていることと言えばここは世界樹の中だということかな。キミが僕の世界に干渉しているってことはわかる」


 時間ではなくて男のに干渉している?

 前回は僕の世界、正確には僕の住む世界が崩壊したところに男が干渉していたが、今回は僕の方から男の世界へと干渉している。

 男の世界は崩壊……バケモノによっての破壊ではなくほとんどが人工的なモノで必ずしも世界樹の中は崩壊した世界に繋がっているわけではなさそうだ。あの時と同じく破片などの物に触れることもできるので実体はあることが証明された。


「世界樹に取り込まれた時、多くの情報が脳に流れ込んできたはずだ……アレは世界樹に導かれた者たちの記憶。いや、彼の記憶なのだろうか?まあ、世界樹を知る者たちが沢山いるってことは同時に世界樹がこの世界……幾万と存在する道に最低でも一本は存在するってことだ」

「世界が沢山存在する?世界樹が沢山ある?」

「ああ、そうだ。世界樹は沢山存在する。キミの世界にも最低でも一本はあるが多いときで数十本」

「なんでそれを知っているんですか?」

「……僕の世界には三本存在するが、一本は僕が破壊した」


 「なんで世界樹を破壊したのか」と質問をしたかったがやけにそのときの男の表情はそれ以上の詮索を拒否するように僕から目を逸らしたためそれ以上の深い部分までは知ることができなかった。

 ここで一度世界樹についてをまとめようと思う。

 世界樹とは生命の頂点に立つ絶対者で僕らの運命を司る存在、僕らは世界樹によって運命の奴隷となっている。男の世界、もっと言えばここへ来るときに脳内に入ってきた記憶の元、そして世界樹を始めて見たときアレに近づくなと警告をしたフルフェイス男の協力者の世界に最低でも一本ずつとその数は世界の数だけ存在する。

 他の世界に干渉するのは恐らく世界樹の力と考えて良いだろう。

 そして一番大事なことは世界樹は人間の手で破壊することが可能なことだ。

 今まで世界樹に関わる者……フルフェイスやその協力者そしてシャドーと皆世界樹に忠実でソレを守るような存在ばかりであったが、彼は違う……彼は既に一つを破壊していた。

 だが、フルフェイスと彼が同一人物であるならなぜ彼には世界樹を壊せてフルフェイスは世界樹を守る存在となったのか新たな謎が生まれる。どちらが先の世界であるかも重要だが、持っている情報が少なすぎてソレを知ることは僕にはできなかった。


「世界樹は簡単に言えば僕ら人類の歴史だ。感情も思考も持つ完璧な存在である彼の気まぐれによって彼の作ってきた人類の歴史が道となって繋がることが稀にある。今、僕とキミが会話しているのも世界樹が道を繋げたからだ」

「世界樹が道を繋げる条件ってのは?」

「条件何て存在しない。さっきも言った通り全てヤツの気まぐれだ」


 まるで世界樹とは生きた生命体かのような説明であるが、そんな自由奔放なモノによって僕らの歴史は作られている。誰かが作った物語なら最高の設定であるが、現在僕がどこかの誰かと繋がってしまっていることで僕はソレを笑うことができなかった。


「世界はいくつもの道で繋がりどこかで必ず世界樹が導く存在、導かれし者が生まれる。導かれし者は世界樹に導かれたようにその世界に住む住民たちを道に沿って必ず世界樹の下へと導くんだ」

「生命の始まりと終わりは世界樹である」

「そう、キミも見た通りソレは世界樹とは何たるかを端的に説明してくれている。世界樹は生命の生みの親であり監視者だ……そして君臨する者」

「じゃあ導かれし者ってのは……」

「ソイツは運命の奴隷だ……」


 男は近づき僕と顔が残り数㎝、呼吸が交わるまでに接近した彼は僕の頬に触れ記憶を見せた。

 彼の今まで見てきた記憶、彼の愛する女性が目の前で撃ち殺され彼は人生で初めて怒りを覚えた。だが、彼は復讐をしない……彼もまた運命の奴隷であり世界樹に定められた未来を道を紡ぐため彼は操られていた。

 そして彼は誰にもその素顔を晒さなかった。


「今のは……」

「また会おう少年……導かれし者は常にどこかでつながっている」


 雲一つない青空は突如世界樹の放つ光に染まり、ソレは脈打ち始めた。

 勘の鋭い者ならそれがタイムリミットであることをなんとなく察することができる。

 触れられた僕の体は次第に光の粉となり半透明に透け始めていた。男の体に触れようとしても突き出した指先は男の体を貫通し虚空に触れる。


「全てはこの物語を終わらせるために戦え……少年よ抗え。人間の限界を超えるんだ」


 僕は男の言葉を最後に地面から放出された光に包まれた。

 心地よく今までの苦痛や痛みを忘れてしまうくらい安心する光だ。

 母親に抱かれ寝るその赤子は運命を託された。拒否権のない理不尽な願いを背負わされ彼は正しい道を紡ぐためこれからも彼の命続く限り戦うことを強制される。


 愛しき我が子よ恐れも、安らぎも今は感じなくていい。

 ただその行きつく先まで我に従い、我に誓い、我の名を呼べ。

 運命の奴隷たちよ。

 我は汝らを導く。



「お……しっかりし、新人……目を、けてくれ……!」


 その声に聞き覚えがある。

 若い男の人の声だ……ジードさんかな?

 やっと僕は帰ってきたんだ……闇しか存在しない暗く底なしの深海からようやく引き上げられた。

 手を地上に伸ばせば僕を求める誰かがその手をしっかり握ってくれる。


「やっと目を覚ましたか……ジード、ウエムラくんのもとへ行き後処理を頼んできてくれ」

「も、モモカさんは?」

「それは後でいい……ここに居ないあの女が悪い」


 意識はゆっくりと、今までに感じたことのないくらいゆっくりと覚醒を始め視力もそれを追うように感覚が戻り始めた。

 モノクロの靄が晴れ、視界が明瞭になったかと思うとまず最初に移ったのは嘴だ。いまだ視線の先がわからないその人は僕の体を起こし意識の確認を行った。ライトの強い光を眼球に直接当てられてとても眩しかったが、瞬きをするほどの体力がない。

 ベンチに座る僕は瞳を動かさずとも視界には嘴以外にも他の色々な物が見えている。

 破壊された宮殿の壁、盛り上がると限界に達し裂けた大地や粉々に割れて地面に飛散する窓の破片が太陽の光を反射させていたり……何よりも担架で運ばれた怪我人は僕と同じくここへ集められていた。腕を失った者、目元を包帯で巻いて塞ぐ者など戦闘の激しさがよくわかる。

 それは敵も同じ。

 捕虜となった者たちも適切な処置が施され担架に縛り付けられ拘束されていた。もう彼らに戦う意思がないのはここからでもよくわかる。


「ウッド……私の声は聞こえるかな?」


 僕はやっと動かせるようになった頭から力を抜き相槌を打つように反応を見せる。彼はそれを肯定と捉えた。


「まずは無事にに帰ってきてくれて良かった。あの光に取り込まれた者は帰ってこれないときがたまにある……」

「し……た、んですか……?」

「ああ、知っているともあの光だけは忘れたくても忘れられない……記憶の中にたった一つ存在するモノだ」


 ロムさんは世界樹の放つあの光を知っている。

 だが、今はもうどうでも良かった。どうでもいい、全てどうでもいい……。

 ただ、ただ……。

 今は独りゆっくりと眠りたかった。

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