第26話
覚悟を決めろ。
サワベはウッドを見て懐かしい言葉を思い出した。
バケモノとの力比べに負け吹き飛ばされ無様に地を這う彼の姿は、あの頃の自分にソックリで彼に必要な言葉は自分へ暗示をかけるためのお呪いだ。
「私の覚悟を見せる……」
地下で親から唯一学んだ教育、空気の悪い不衛生なスラム街で生き方を学んだのはアレが最初で最後だった。
母親に愛想尽かされ捨てられたデブで汚く臭い父親しか居なかった私はいつもアイツが呑むための酒の盗みをさせられ、バレたときは私の体を売って自分だけが逃げる卑怯者に育てられた。
ハッキリ言ってアイツはこの世に居てはいけないカスでいずれ自分の手で殺さなければいけないと思っていた。
何度もソレは実行に移したことがあったが、いつも失敗した。当時能力を持っていなかった私が単純に弱かっただけではない、まるで私の動きを読んでいるようにヤツはいつも私の行動を一手先をいく。
それが不思議だった。
大柄な体格であったが、お世辞にも動けるような見た目ではない。喧嘩を吹っかけられれば逃げる足だけは速かったが、戦う姿を見ていなかったのでヤツがあれほど強いとは思っていなかった。
私が自分の命を狙っているとわかった時からヤツは私に人の殺し方を教えた。
確実に人間の脳を揺さぶる蹴りの方法、筋肉を剥がすことのできる絞め技、顎を砕く拳などこの世に存在する技全てを学び、同時に全てを受けてきた。
自分を狙うヤツにそんなことを教える意味が分からないが、ヤツは私に教えたのだ。
そして望み通り私によってヤツは死んだ。
今戦っている目の前のバケモノが父親に見えて仕方がなかった。自分よりでかい図体で丸太の様な太い腕から繰り出される重たいパンチ、全てあのクソ親父そっくりだった。
加減を知らない男はだから嫌われるんだ。
「覚悟を決めろ――。自分の娘に殺されると覚悟を決めた俺の覚悟を超えなければ、お前は俺を殺すことなんてできない。――、覚悟を決めるんだ!」
バケモノは私を殺すと決意した。どんな殺し方なのか、どのようにして私を苦しめるのかはわからないが、私をヤツは超えようとしている。
勝つために腕を捨てる覚悟を持て、勝つために眼球を抉り取られる覚悟を持て。父親は五体満足で勝つ方法は教えなかったが、私が父親に勝ったとき私は体の部位を一つも失わなかった。
私は覚悟でクソ親父に勝った。何かを捨てる覚悟を持てば勝てる。
そして私が差し出したのは右腕だ。内部から浸透する鈍くゆっくりな痛みが全身を走り抜けるとき、私の覚悟を受け継いだ彼は飛び込んできた。
私は再び勝ったのだ。
私の能力『加速』によって怪我を修復した彼の拳は音を置いていくまでに加速し、体格差をものともせず知能を持つバケモノの巨体は衝撃波を生み出し宮殿まで飛んでいった。
凄い腕力だ……いや、加速による運動エネルギーの変化なのだろうか?まあ、そんなことどうでもいい。
ヤツがウッドに殴られる瞬間、スローモーションに見えてその光景がとても滑稽だった。ヤツは私に見惚れていてウッドに気が付かなかった……私は最初からウッドしか見ていなかったけど。
「ははッ……ちょっと休憩する」
ピントが定まらない私は自分でもこれ以上動けないことを理解している。能力の容量、加速の連続使用によって体力が尽きた。
体から力が抜け背中から倒れる私の体を彼はしっかり受け止めてくれる。
「覚悟、見せてもらいました……。ここからは僕がヤツと戦います」
「そうしてもらわないと困っちゃうわ」
そっと気絶したサワベを地面に降ろすとソラはシャドーを呼んだ。
彼は主の呼びかけに応えるようにその姿を彼の体の外へと現す。主は白い肌が褐色に染まり全身に蛇のようにも見える黒い痣を出現させ、ソラとはまるで別人であった。
太陽に照らされたソラの背後を追う影は人型であるが、その頭部は山羊を模した巻き角で彼のモノではなかった。意思持つ影は太陽に逆らい自ら先行、討つべき敵のバケモノに向かってその体を伸ばす。
カインとソラの間には一本の道ができた。それは何かを飲み込もうとする深淵にも見え、何かを掴んで離さない呪いにも見える。
影から出現する無数の人間の手、何かを手探りで探していた。
『何なんだ……。その力は?俺をここまで飛ばすパワー、明らかに小僧だけのモノではない。他の何か、もう一つの能力なのか?』
頭を打ったことで思考の鈍るカインはウッドの変化した姿に違和感を覚えていた。肌の色が変化し瞳は能力者の持つ澄んだ赤色ではなくリッパーの片目と同じサファイア色に染まっていた。
そして、現在自分の足はウッドの足元から伸びる影の触手の様な無数の手によって掴まれている。これは植物を能力として使うウッドの力ではないのは明らかであるが、第三者の能力、さっきまで戦っていた女は寝ているおかげで誰の力なのか判断ができなかった。
だが、ずっと足を掴まれてはいけないと彼の直感がそう言っている。
何かマズイ……。それだけは彼にもわかることだった。
『無駄だ……。お前のような出来損ない、
見た目だけでなく口調までもが元の人格とは変わっていた。本当に別人だ。
『誰だお前は?』
『誰だって良かろう……お前はもうすぐ死ぬんだからな』
『なんだと?』
ウッドの足元の影が液状化すると同時に形を変え何かを射出する。ウッドが掴んだそれは命を刈り取る死神の大鎌、一振りで数十人の命を刈れるサイズの大鎌だった。
先程の女の銃弾を防いだように筋肉を全て腕に集中させれば鎌を防げるかと一瞬は考えたが、すぐに正面から受けるのは危険だと推測する。
ならば逃げるのが最適だ。しかし、足元にしがみ付くように腕を回す誰かの影がすぐには解放してくれるはずもない。
ハッキリ言ってカインは詰みであった。ソラがソラの間、それかサワベを先に倒し切っていればこうはならなかった。
『お前、俺のことを
『そうか、魔人は己を魔人と認知せず作ってくれたパパと同じ悪魔を名乗るんだったな……哀れなヤツだ。悪魔による改造は苦しいと聞く、だから心優しい俺がお前を解放してやるよ』
毅然とした態度、悠然と構え余裕を見せるウッドには隙が無かった。だが、命を刈り取る大鎌を構えたヤツの動きはそこで止まる。
そのあまりにも不自然な間にカインはチャンスと見たが、彼の脳内にも電流が疾走し同時に少女の声が二人の戦いに介入する。
―カインよ……戦ってはいけない。
カインは宇宙で一人彷徨っていた。
彼の前に広がる無数の道は一カ所に集中しそして光となって弾け飛ぶ。
まるで彗星の如く輝き流れていくソレ、その光となった道の先に生命の誕生があると言うなら俺の立つこの場所はいったいどこなんだろうか。
いや、関係ない。考えるだけ無駄なんだ。
「全ては無駄なんだ……始まりがあって終わりが来る。俺はそれだけを知ってればいいんだ」
少女に囁かれ宮殿に居た俺は夢のような景色に囲まれ何かを悟っていた。彼女の言う通り俺の体は戦うことをやめ、悪魔の姿ではなく偽装の為の人間に代わっている。軍人から奪い取ったいつもの姿だ。
ウッドなのか、もう一人の別人格なのかわからねぇが、ヤツの居ないここは平和な世界だ。誰も俺を殺そうとはしない初めて感じる不思議な感覚、心が安らぐとはこういうことを言うのだろう。
全ては道なりに進む運命である。それだけが俺に理解できるモノだ。
無限に増える情報、頭をパンクさせるには十分すぎる量で天才だけが見ることのできる世界に俺は閉じ込められた。あの少女によってだ。
これが生命の始まり……これが世界樹の見せる世界、お前の見る世界なのか……?
「…………?世界樹っていったい誰なんだ……俺はなんでその名を知っている?」
『クソックソッ……!何なんだ!?なんなんだ!テメェ、何しやがった……!お前だお前!今、ここで復活するんじゃあねぇだろぉなァ!?』
ソラの体を使用するシャドーは宮殿の中央に向かって叫んでいた。だが、その取り乱す様子は誰の目にも映らなかった。それは誰もこの宮殿の付近で立っている者は居なかったからである。
突然頭に響いた少女の声、突如脳に迸った電流によって宮殿内の生命は完全にヤツによって支配されていた。それはソラの生み出した植物も例外ではない。
膨大な情報を流され一時的なショック状態に陥ったため人間、そして目の前で倒れている魔人も白目を剥いてみっともない表情で気絶していた。
先刻の騒がしさ、宮殿を取り囲む傭兵と軍隊の戦いは少女の声が聞こえた瞬間ピッタッと止んだ。
『力を行使した……?いったい何のために、この体の主を探していただと?何を言っているんだテメェはよォ!?』
ソラを探していた。絶対者はシャドーにそう語り掛ける。
そして絶対者の力によって強制的にシャドーの魂とソラの魂は入れ替わった。
「あ、頭が割れる……痛い」
「お嬢様しっかり!」
声が聞こえる数分前、クロエがエレンの膝を普段曲がらない方向へ折り曲げ顎を砕き割ったそのときカレンが蹲りそう呟いた。
刺激の強いモノを見せたことによって彼女がショックを受けた……と、いうわけでもなく彼女は突然の頭痛に苦しみ悶えていたのだ。
「私を呼ぶ声……うるさい、うるさい、うるさい!」
「お嬢様、落ち着いて!深呼吸してください」
カレンの耳にその声は届かない。ロムたち、そしてカインとは別の彼女を呼ぶ声が彼女にだけ聞こえていた。
―神の声を聞く者よ。我の声に従え。
その神のお告げに耳を傾けるだけでカレンの耳には雑音が混濁して今にも彼女の頭を割る勢いであった。
誰かの囁き、誰かの叫び、誰かの嘆き。彼女に語り掛ける声を探すためにはそれ以外を掻き分ける作業が必要だ。
彼女は懸命に自分の仕事を全うするためその声を聞き分けようやくたどり着く。その時にはもう彼女を落ち着かせようと声をかけ続けていたクロエは気絶していた。
自室で動けたのはカレンただ一人、眠ったように倒れるクロエと先程まで腕を折られうめき声をあげながら泣いていた潜入者も静かになっていた。脈を測ると二人とも生きているが、ただ眠る様に呼吸することなく静かに倒れている。
―カレン、ここへ来なさい。我が下へ……。
小さい頃、父親に教わった神の声が私を呼んでいる。
カレンは二人を置いてその声の下へと歩き始めた。彼女の歩く道は光輝きまるで彼女をその光が導いているようにも見える。
大陸中から宮殿に集まる貴族たちの居住スペース、政治家たちが仕事をするスペース、そして外で戦闘を先刻まで行っていた軍隊や警察たちまでもが皆部屋で倒れる二人のように眠っていた。
とても不気味であった。誰も動かない世界がこうも異様な世界だと彼女は考えてもいなかった。だが、その声は彼女に進む勇気を与えるよう声をかけ続ける。
―ここへ来なさい。
彼女はその声に従った。
彼女が身につけるペンダント、身につける者に全ての真実を教えると言われるCS4が共鳴するが如く光輝き、一本の光の線をある場所へ向けている。その光は彼女の見る光の道の導き通り宮殿の中央広場を指していた。
彼女アルナートの一族は代々神の声を聞く者として東大陸の頂点に君臨していた。イリニインゼル初代王のようにその力は本物で一族の中にはその声の主を見たことがあると言った者も居る。その声の主、神の声の正体は一本の巨大樹であったと伝えられていた。
導かれし者と共鳴したその巨大樹はアルナート一族だけでなく、彼女らと同じ神の声を聞く者たちへ再び声をかける。そう約束していた。
そして、今日がそのときだ。カレンは今までの王たちと同じく声を聞いた。
彼女が宮殿の中央広場に辿り着くと大地は緑色に輝き始める。その地震の震源は宮殿を中心としていてマグニチュード7.3と立っているのがやっとなほど強力なモノであった。
それも彼女と巨大樹の接触が原因である。
地震と同時に彼女の足元、中央広場の中心に位置する少し盛り上がった大地に亀裂が入り内部から光を発しながら現れる巨大な木、ソレは彼女を確認するとみるみるうちに成長を始めいつしか大陸のどこからでも確認ができるほど大きくなっていた。
神の声を聞く者たちとの約束通り巨大樹は彼女の目の前に現れた。
「貴方が私を呼んだのですか!」
彼女は輝く巨大樹に向かって問うが巨大樹は答えることなく光を放ちただジッとその場に佇んでいた。まるで数千年ぶりに外の景色を見たら発展していて驚いているように……。
「ここは……?」
僕は気が付いたときにはロムさんが傍にいた。さっきまで宮殿の外でカインと戦っていたのにいつの間にか宮殿の廊下でペストマスクの彼に支えられていた。
「やっと気が付いたか……」
「他の人たちは……?サワベさんは?」
「皆寝ている。気持ちよさそうにな……だが、私たちは別だ」
「いったいどうして?」
「それは私にもわからないが、キミだけはここまで歩いてきた。無意識でここまで来たようだが、何か覚えていないか?」
僕はカインと戦う為に僕より強いシャドーを呼んだ。彼が僕の体を利用して戦っていたことは何となくわかっていたが、いつの間にか体の所有権は僕に移りそしていつの間にか僕はここに居る。
理解が追い付かないが、なんでここに居るかはわかる気がする。
僕は彼女に呼ばれた。あの時の……いつもバケモノが現れたときに金属の擦れ合う不愉快な音と一緒に囁いてくる彼女が僕を呼んだ。
―起きて……。
シャドーと初めて出会った……まだ一度も顔を見たことはないが、彼の居る暗闇に僕は居た。空腹も幸福も時間をも一切感じない無の空間に僕は居た。
彼が僕の体を使用している間はあそこにいるのだろう。僕は彼の感情を感じることができた。慈愛に満ちた何か憐れむような見下す……それが僕に対する感情であれば気分が悪いが、カインに対する感情であるだろう。
そして、一瞬の昂揚を感じた次の瞬間あの光が僕の居る暗闇を包みこんだ。初めて世界樹の存在を詳しくシャドーから語られた時のように、光に包まれた僕は彼女に呼ばれた。
―起きて……。ここに来て。
いったいどこかはわからない。だが、体の所有権が移った僕は一人で歩いていたようだ。そしてロムさんと合流していた。
不思議なことに僕とロムさん以外の兵士や傭兵は眠っている。いや、眠っているように気絶しているだけかもしれないがどうでもいい。
「なぜ我々が無事なのかはわからないが……ここでの攻撃は全て無になる。壁を破壊することも敵を殺す事もできず、最終的にはその感情……敵を殺すという戦意すらも無になってしまう」
「ああ、だからロムさんは敵をこの間に全滅させなかったんですね……」
敵が倒れて誰も動かないなんてチャンスは絶対に訪れない。その間に敵を倒すのが賢い選択であるが、ロムさんの言う戦意の無力化が原因で彼は敵を倒せなかった。これは誰の能力による攻撃なのか僕にわかるはずがないが、とてつもない力が関わっていることだけはわかる。
ふらつく体で僕はまたどこかへ行こうとし始める。それに僕の意思は存在せず、声が聞こえた時のいつもの無意識による行動だ。バケモノを倒しに行くように僕の体はどこかへ歩き始める。
「おい、そんな体でまだ動くんじゃなッ――」
ロムがソラを止めようとしたとき地震が起こった。縦に激しく揺れる地震で窓ガラスが飛散し宮殿の壁や天井が音をたてて軋み始める。そして何より宮殿の中央が緑色に輝き始めていたことがロムの本能を刺激する、それは危険だ近づくなと彼は自分を信じるがソラは違った。ソラは自らその光に向かって近づき始めている。
「新人!その光に近づくな!」
ソラは彼の制止に耳を傾けることなくどこか間の抜けた顔をして何かに憑りつかれたように一直線にその光へ向かう。
ロムは彼を止めようと腕を引っ張るが、彼の力でも止まることのないソラと誰かの能力によって彼のソラを止めるという意思が無に変わった。自分と同じ力を使う何者かに舌打ちをしながら彼はソラの行く道を先回りし、光の正体を突き止める。
「まさか……!?この世界にもヤツが、アルナート一族がこの大陸で権力を保持し続けた理由がこれなのか!?新人、その光を見るんじゃない!」
だが彼はその光に向かって腕を伸ばした。幸福を掴むような彼の表情は憑りつかれているだけでは説明のつかない奇怪なモノだ。
『兄弟!今すぐその光から離れろ……!俺もお前もヤツに取り込まれるかもしれない!』
「うるさいなシャドー……僕は今すごく気分が良いんだ。邪魔をしないでくれ」
ロムと同じくソラを光に近づけてはいけないと考える者は居た。だが、シャドーの説得も虚しくソラは光に向かって進み続ける。
彼の戦う目的は今、彼の目の前にあるのだから。
『おいおいおい、馬鹿野郎!俺までヤツの養分になるのは勘弁だぞ!』
「まてウッド!その光だけはダメなんだ!」
ソラは光の中にその体を捧げた。
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