第23話

「カイン、位置についたか……?」

『ここは地下だ……いや、俺らの住む地下よりも汚い場所だ。俺は今すぐ出て行きてぇぜ……』


 無線からは無事弟分の返答があった。

 カインの言う薄いとはそのままの意味なのか比喩なのか気になってしまった。地下よりも薄汚い場所など早々ない、それとも本当に下水道でも薬物の売買が横行しているのか?

 しかし、結局はアベルにとってはそんなことはどうでも良かった。

 現在、彼は腐れ縁とでもいうべき悪魔にとっては天敵と言っても過言ではない組織と同じテントに居た。同じ主人に雇われた傭兵集団。


「それで……彼は強いのかな?」

「貴様らよりは優秀だと思っているよ。でなければ我々を作り出した御方に顔向けできない」


 ガスマスクを着けた男はその言葉に息を詰まらせるように笑った。この男はどういうことか私たちを作り出した悪魔を知っている、だから笑ったのだ。

 その侮辱はアベルの神経を苛立たせたが、ここで感情に任せこの男と戦闘を始めてしまえば今の主であるレオ様リッパーを裏切る行為となってしまう。今はヤツらも我々と同じ主に仕えている。

 アベルは自分の慕うリッパーを思い出しどうにか精神を落ち着かせた。

 二人以外の存在は確認できない部屋の中、小さな木製のテーブルを挟んでお互いの前に置いてあるコーヒーは既に冷めきっていた。


「リッパーの目的はなんだ……。なぜ我々を使うことを選んだ」

「それを聞いて何になるというのだ」


 長年この仕事をこなしているハンクは大体の予測、察しは付いていたがソレを彼から聞かなければ納得ができなかった。

 客人の前でもマスクを外さないハンクであったが、目の前の狐の面を外さない男の態度に苛立ちを覚えていた。彼は吸収缶を回し彼らの行動の予測に入る。


「我々の仕事にはよく悪魔退治の依頼が入っていた。今からずっと昔の話だがな」

「だからどうだという」


 共同作戦。二人はこのとき味方同士であったが、遺伝子レベルで信頼できない相手を目の前にしてハンクは今からでもこの作戦を破棄しようかとも考えていた。

 狐の面を外さないこの男は悪魔、或いは魔人デルマ。古くから存在する薔薇の傭兵にとっては討伐対象の敵であった。例え高額な報酬が用意されていても彼らアベルとカインを信頼して仕事をすることはできない。

 再び彼らを支配したのは沈黙。相手の出方をうかがい、腹の内を探り合っていた。


「お前らは魔人デルマなのか」

「そうだと言ったらどうする」


 何の生産性もない無駄な会話、それがハンクをまた刺激する。だが、彼もアベルと同じくここで戦闘を行うことが無駄だということを理解していた。

 魔人デルマであれただの悪魔であれその戦闘力は人間を遥かに超えている。そして、それを支配するリッパーはもっと頭のいかれている人間だ。だから彼はなるべくリッパーとは関わらないようにしてきたというのに彼の方から依頼が来てしまった。

 時間はこうしている間にも進んでいる、部屋の外ではアベルと戦える戦力を集め作戦の準備を行っている。


「それで、リッパーサマの作戦とはいったい?」

「我々の援護だ……」

「それだけ?たったそれだけなのか……」

「ああ、そうだ。あの宮殿内に貴様らは入れられないからな」


 それはリッパーからの命令だった。宮殿内での戦闘はアベルとカインの二人、宮殿の外に配属された警備を傭兵に任せる。

 これには例え主であるリッパーの命令であってもアベルは真っ向から反対していた。信頼のできない組織に背後を任せることはできなかった、先行して宮殿に傭兵を入れるくらいの命令が良かったが最終的には命令は変わらなかった。


「アルナートの嬢ちゃん誘拐の件は」

「それも必要ない。我々には別の任務がある」


 カレン・アルナート誘拐は東大陸にあたかもそのような作戦があるかと信じ込ませるための囮、既に流出した作戦を実行するほど地下も馬鹿ではない。実際、東大陸の警察や公安は宮殿への直接攻撃によって架空の作戦、カレン・アルナートの誘拐は本当にあると信じて宮殿の守りを固めている。

 潜入するのには少々警備が堅くなり過ぎたが、東大陸に存在するアルナカートの古文書を奪い取る。それが本来の目的であった。

 それを傭兵は知らないし、知る必要もない。信頼のできないコイツらには沢山暴れて沢山死んでもらって構わなかった。その方がこちらは動きやすくなる。


「では、作戦の内容はこの紙に書いておいた……安心しろ地上の言葉でだ」


 アベルはそう言い残すと半分以上が残ったコーヒーのマグの下に挟めその部屋を後にした。

 ハンクはアベルが居なくなってもその紙を開くことは無かった。補佐のマイヤーがコーヒーを回収するときに開かなければ彼は一生その紙を読むことは無かっただろう。



「さて、エレンくん……そろそろ吐いてくれないか?唾液も吐しゃ物もそれ以上はいらない。私が欲しいのは情報だ……」


 ロムによる尋問は休みなく夜通し続いていた。彼女が吐しゃ物をぶちまけて気絶しようが失禁しようが旧世紀の中世を彷彿させるヨレヨレのワイシャツを着たペストマスクは彼女を自由にはさせなかった。

 これが人権を尊重する中央の息がかかった警察との違い、監視が無ければ法を無視することのできる特科の強みであり狂気だ。椅子に手足を縛り付けられたエレンは能力によって視界を奪われたままロムの尋問にひたすら耐えるしかなかった。

 見えない恐怖、見えても恐怖。


「このまま私の作品になるつもりかい?私は遠慮や加減と言うモノを知らない、おまけに道徳などと言う暗記科目は全てパスしてきてしまった……私は私がわからない。何をするかもな」


 そして男はエレンの顎を掴み彼女の口の中を観察する。それは健康な歯が何本あるかの確認だったが、爆発から逃れようとしたとき飛んできた瓦礫の破片に当たって折れた一本以外全て健康だったことに彼は安堵した。

 黒い皮手袋を丁寧にはめると細く長い人差し指をゆっくりと口の中に入れていく。指は舌の奥を擦り始め吐き気が込み上げるが胃の中身はもう残ってはおらず出てくるのは嗚咽に近い喘ぎだけだ。

 ロムは興奮していた。生を実感できるのは誰かの悲鳴や苦しむ喘ぎを聞いている時で彼は今、最高に生を謳歌している。

 口を閉じようと必死に抵抗するがロムは彼女の顎を掴む力を段々と上げていき遂にはビクともしなくなってしまった。

 尋問であり拷問。ロムはもう彼女からの自白は求めていなかった。ただ彼は楽しんでいた。

 拷問で意識が遠のいていくなかエレンは遠い故郷、南大陸の田舎に置いてきた父親のことを思い出していた。

 毎日の畑仕事で全身の肌が小麦色に焼けた小太りの父を。彼はエレンが傭兵になることを強く拒んだが、金がなかった彼女は親の言葉に耳も貸さずそのまま家を飛び出し戦場を駆けた。

 最初の仕事から辛いモノだった。

 やめたかった。だが、金の為、そして自分の憧れた傭兵の隊長ハンクの為に彼女は戦った。それは彼女の存在意義であり目的だった。

 だが、例え彼女が仲間の為に戦っても捕まれば誰も助けには来ない。

 私は仲間の為に死を求められたが、

 死に方は選べない……。


「ま、待って……待って、待ってよ……。何でもする。何でもするから私を解放して!」

「なんだ……初めて口を開いたと思ったら命乞いか……?」

「なんでもするって言ってんでしょ……私は私が一番大切なんだ。父さんと約束した。お金を稼いで帰るって……私を雇ってよ。傭兵の情報でもなんでも渡す」

「フン……お前は敵を簡単に信頼するのか?」

「ええ、私は傭兵よ……?金さえあれば何でもする薔薇の傭兵。アンタが私を信頼してくれるなら私はアンタを信頼する。金があれば簡単に信頼するのが私たちだ」


 ロムは皮手袋を外しながら何かを考える。エレンにはソレが自分が協力するということに対して何かを考えているわけではなく、次の拷問を選んでいるようにしか見えなかった。

 これは彼女にとっては一世一代の賭けだ。ロムがそれを認めてくれれば彼女は言葉通りなんでもする覚悟があった。


「フフッ……ならば彼に決めてもらうか。お前は必死に演技の練習でもしておけ、彼を堕とせたら合格だ」


 そして部屋を出て行った男は数分後少年を連れて帰ってきた。

 男は少年に何かを耳打ちすると部屋には私と少年の二人だけになってしまった。少年は気まずそうに室内をうろつき椅子を用意するとそこへ腰を下ろす。


「ね、ねえ坊や……私はアンタの為に何でもする。大人にしてあげてもいい……だから助けてくれない?」


 髪が白髪に染まった少年は私の足先から頭のてっぺんまでを観察すると私の肩に入れられた薔薇のタトゥーに視線が固定された。ソレが気になったのだろう。


「エレンさんって言うんですね……。それいれるとき痛かったですか?」

「……ええ、とっても痛かったわ。でもコレが誰かとの繋がりになった気がした」

「繋がり……ですか?」

「そうよ。あなたも特科に居ればわかるんじゃない?仲間っていう繋がり」

「いや、僕は一人ですよ。協力をしている間は信頼はしますが、僕は裏切られると辛いから人を信頼しない。綺麗な肌に仲間との印を入れられるあなたが少し羨ましい……」


 エレンは特科に居ながら一人を貫く少年の言葉の真意が理解できなかった。だが、彼女は生きるのに必死だった、この場で死ぬ気の無い彼女はどうにか少年を説得するのに必死だった。

 白髪の彼は次に何を聞こうか迷っているようだったが、彼から動かないのであれば私からアクションを起こさなければいけない。

 外見から察するに彼は高校生くらいだろう。大人の色気で興奮するお猿さんと言っても過言ではない、今まで通りに。


「ねぇ坊や。私をここから出してちょうだい……お礼は何でもする。貴方が望む物なんでも、金でも勿論私の体でも……抵抗はしない、私で自由にしていい」


 少しでも少年をその気にさせる為、彼女は必死にアピールをした。今までの男たち、戦場で捕まった時はこれで何度も命が救われた……何度も体を差し出して何度も、何度も、何度も……。

 野獣のような体格の男に上から乗られヤツらを満足させたところで喉元を切る、それが何度も続いた。

 厭らしく下品な男たちとこの少年も変わらないと、人間であるがゆえにその欲望に忠実だと思っていた。

 だが、彼の表情は今まで見てきた男たちとは違った。


「お姉さんは美人だから……あまり自分を安く売らない方がいい」

「え?」


 それは心から出た「え?」という声だった。私は呆気にとられ彼から視線が外せなかった。

 彼の顔は今まで見てきた誰の顔よりも優しく、そして寂しい顔だ。何かを知って何かを決意して、何かを受け入れていた。直前に何があったらそんな顔ができるのかエレンにはわからなかった。

 エレンもソラと同じく死といつもの隣合わせの戦いに身を投じているが、彼のような顔はできない。慈愛に満ちたその瞳に心を奪われた。


「だから……その、お姉さんが美しさを安く売ることは不釣り合いだ。もっと自分を大切にしてよ」


 子供らしい顔からは想像できない、いや子供らしいから出た純粋な言葉なのか。エレンはソラの言葉に心打たれ自然と涙が出ていた。

 今まで戦った敵、そして自分を傷つけてきた男たちの姿がそのときキレイさっぱり消え去り、また父親の顔の肉がキツそうな優しい笑顔がフラッシュバックする。

 彼女は誰にも悟られぬよう俯き涙を必死にこらえていた。


「あれ、どうしちゃったんだ?動かなくなっちゃった……」


 ソラは直前、ロムに言われた通り心を無にして彼女と会話をした。

 「何を言ってもいい。誰も聞いてない、見ていない、彼女が望むならそれをやれ。お前が何かを感じたならそれを素直に言え」と言われ素直な言葉が不思議と口から出ていた。

 これがロムの力とはソラはまだ気が付いていなかった。


「話す……」

「え?」

「話す……正直に。だから、坊やだけでいいから私を信じて欲しい……」


 扉の外で彼女の自白を全て聞いていたロムはその嘴を磨くように丁寧に摩りながらハンクの動きを予想していた。

 木製であったが分厚く頑丈な扉の向こうから聞こえた女の泣きながら何かを語る情報には彼女の過去の昔話ばかりで何も役に立つ情報は無かったが、優秀な新人の能力を引き出すことができて満足していた。彼は一人ソラに尋問の才能を見出していた。


「ロムさん!ヤツらが動き出しました。下の宮殿警備を任されている警察も何かを感じ取ったようで――」

「わかった。お前はお嬢さんたちのもとへ先に行っていろ、なるべく安全なところでな」


 ジードの話を全て聞かず途中で遮るとロムはマスクの嘴を繋ぐ紐をきつく縛り能力を解除した。これからの戦いは薔薇の傭兵だけが相手ではないことを彼は知っていた為、ソラの力が必要だった。

 乱暴に扉を開けると泣きながら何かを語るエレンの話を頷きながら聞いていたソラだったが彼の顔を驚いた様子で振り返ったが、何かを察して彼の次の命令を待つ。


「新人、十分情報は引き出せたか?早速で悪いが仕事に戻るぞ」

「え、いいんですか?」

「ああ、ソイツは後で回収してじっくり私たちの方で話を聞き出すことにした」

「彼じゃなければ私は口を開かないわよ……」

「それは貴様が決めることではない」


 予想以上の結果に上出来だとソラを褒めたかったロムであったが、薔薇の傭兵以外の敵が彼の予定以上の速さで行動していることに焦りがあり彼はすぐにソラをサワベに合流させた。

 もう一つの敵、地下からのお客さんは薔薇以上に手ごわいことを知っている。だから戦闘に長けた能力者が数人必要だった。

 そこで新人の力を使って敵の力を見極める、そして本命であるサワベは確実に敵を倒せなければいけない。


「どうやら今回もお前の所には行けないようだ……英雄」



「ねえ新人くん……敵は何人だと思う?」

「えっと……あの捕虜が言うには今回の傭兵は50人規模らしいですけど」

「そうじゃなくて本命よ」


 その本命とは薔薇を雇った地下の存在、ボートで自害した薔薇のおっさんの遺言だった復讐。誰が来ようとソラはソイツを倒すこと以外なかった。ここでリッパーが自ら乗り込んできてくれるなら最高だ、勝てる保証はないがな。


「恐らく少人数精鋭ではないでしょうか?」

「それはどうして?」

「でなければリッパーが薔薇を雇う理由がない。僕は何かおびき出されている……そんな気がするんです」

「そうね……リッパーは自らの戦力を削ることなく作戦を進めたい。だから今回、薔薇を用意してなるべく自分たちに痛みが少ない方法をとっているはず。では、敵は今どこに?その少数精鋭はどこに潜んでいるのかしらねぇ」


 彼女は僕を試しているようだった。その質問一つ一つにヒントがあり答えがあった……僕は彼女の求める答えを出せば合格、と言ったところだろうか。多分、この人は僕の言ったことを信頼してその通り行動するだろう。

 もし、地中に潜んでいるとでも言えば彼女は土を削りその敵が現れるまで穴を掘り続けるだろうし、宮殿に既にいると言えば中に居る人たちを一人ずつ確認しに行く。

 なぜだかそんな気がした。


「僕が敵なら警備の固い場所になんて飛び込みたくはない。何か合図があって薔薇が突入するのに合わせて行動を起こす、はず……」

「そう。じゃあ、私はキミの言葉を信じて待つわ」


 そう言って彼女は宮殿に繋がる橋、大きな川によって街と隔てられていた宮殿を繋ぐ大きな橋に視線を向ける。

 彼女はなにかを察知していた。警察や公安の他の部署が何やら慌て始めていたのだ。物騒な武器を構え宮殿に何機もヘリを応援に出して橋をライトで照らしているのだから何かあることに間違いない。

 機動隊の装甲車が数台でその橋の宮殿への出入り口を塞ぐ。

 彼女の野生が残した本能による嫌な予感はよく的中する。恐らく何かが始まって自分たちはすぐに戦いに参戦しなければいけない。


「新人くん……私の後ろに隠れていて。来るときは一瞬よ……そして、死ぬときも」


 彼女の言う通りそれは一瞬だった。



―宮殿前

 宮殿前には連日、姫誘拐を阻止するために沢山の警察や機動隊そして軍隊や公安の特科が警備に当たっていた。


「なあ聞いたかよ昨日の話」

「ああ?昨日の話ってなんだ?」


 先日は風の噂だが、特科の誰かが今回お姫様を狙う敵を倒したと聞いた。おかげで誰もこの宮殿には近づいていない。


「だがよお……特科っていったい何者なんだ?大人数の敵を一人で片付けたらしいじゃないか」

「知るかよ。それより見張りに集中しろ……なにか嫌な予感すんだよ。こう、なんていうか俺のこの感じよく当たるんだよ」

「悪い予感って当たるよな。わかるわかる……俺も学生のときよく赤点とる予感したときに限って当たっちまう。ありゃ何なんだ?」


 彼らは雑談をする余裕があった。これもソラが未然に傭兵の作戦を防いだことにより傭兵が作戦に慎重になっていたがために余裕が生まれてしまった。

 しかし、合図があれば傭兵はいつでも作戦を開始できることに彼らは気が付いていなかった。

 


「ん?何だありゃ?人、なのか……?」


 宮殿と街を繋ぐ橋を誰かがゆっくりと渡っている。しかし、街からの入り口は大勢の大陸が派遣した軍隊によって守られているため彼らの内の誰かだと皆が思っていた。何かを伝えに来たのかと誰もが思っていた。

 だが、橋を渡るそいつは軍服も武器も何も持っていない、丸腰で何かを体に括り付けている。


「お、お前……何者だ!そこから動くな!」


 一人の警官の声を無視して橋を歩く男はゆっくりとフラフラ千鳥足で近づく。彼らは拳銃や武器を向けて警告を出すが男は止まる様子を見せない。


「おい入り口の奴らはどうした!?」

「通信が途切れています……!応答がありません!」

「ナニィ!?」


 通信が途切れたということはこの宮殿を囲むように妨害電波を流されているか、考えたくはないが入り口を守る軍隊が壊滅しているということになってしまう。そんなこと誰も信じたくはなかった、だから全員妨害電波であることに賭けた。


「き、ききき……貴様!止まれ!止まらなければ撃つ、これは警告だ!」


 橋を渡る男の足元を狙って撃ってみるが男は構わず歩き続ける。残り距離は数十mまで迫っていた。しかし、誰も彼に当てようとはしない。誰も責任は取りたくないのだ……彼を撃ったことによる責任を。

 そして男は奇声を上げて彼らに向かって走り始めた。全員が発砲し数弾が命中するが、男は止まることなく橋の出口を塞ぐ装甲車に飛び込み爆散した。

 それは彼らにとっての合図、どこに居てもどこを見ていても聞こえる、見える最高の合図だった。


「お前たち……任務を遂行せよ」


 隊長のハンクの号令により彼らは動いた。宮殿を囲むように流れる川の中に潜む伏兵、宮殿の橋の入り口を守る軍隊と戦闘を始めた陽動部隊、全ての動きは連動し大陸の軍に対し傭兵は数に劣る戦力の差を経験で補強していた。

 数々の修羅場、戦場を生き抜き時に仲間を見捨て時に悪魔を殺してきた彼らは強かった。

 これは陽動作戦ではない、戦争だった。


―ギイィィィィン

 脳内に響く不快な金属の擦れ合う音はヤツが近づいている時の合図、そして彼女の笑い声が聞こえた。どこか人を嘲笑うような少女の幼い笑い声が。


「……ッ!?来る!」


 その予想は的中する。

 爆発のあった方角を見ていた僕だったが頭痛でヤツの存在に気が付くことができた。足元に全神経を集中させ地中に眠る生命の声を聞き彼らに呼び掛ける。


「動き出せ植物たちよ……!」


 その呼びかけに応じた地に眠る植物たちはいっせいに成長を始め固く重たい大地を盛り上げその姿を外界に晒す。

 太く巨大な木の根は敵の方向へと一直線に伸びていく。アスファルトで舗装された宮殿の歩道へその鋭い根の先端を突き刺し先制攻撃を行う。だが、浅かった……敵を倒し切れなかった。

 アスファルトの下、亀裂の入った地面の中から光が発生する。バケモノの出現だ。

 攻撃をおこなった地面から現れた人影、いやバケモノの影は大きく僕の数倍はあった。サワベさんも攻撃態勢に入るが、その影は一直線に僕へ向かって来た。

 まるで僕以外には興味がないかの様に。


「ソイツが本命よ!」


 言われるまでもなかった。僕は手に巻き付けた植物にシャドーの黒いオーラを纏いヤツとの力比べが始まった。

 ヤツの出現したときに発生した煙や埃は二人の拳が重なった衝撃によって晴れ、ようやくヤツの顔を拝むことができた。ひび割れた歪な顔にサングラス、僕は彼と一度戦ったことがある。


『久しぶりだなァ小僧!少しはいい顔になったじゃねェか!』


 工場で会った二人組の片割れか……!

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