第17話

「レオ・カーバイン様……旦那様がお呼びで御座います」


 どれだけ高貴に着飾り部屋の内装を変更してもメイドが扉を開くことで発生する地下特有の砂埃は防ぎきれない。メイドも気をつけてはいるもののこればかりは私でも対策することはできないので目はつぶっているが、毎度絨毯を汚されるのは気分が悪い……。


「すぐに行くと伝えておけ……」


 旦那様と呼ばれるはガイア・モルヘンシュタイン・ローセイアン、この地下帝国最後の皇帝である其の人だ。

 彼は己を神として民に崇めさせ神の言葉を聞かぬ者には裁きを与える。

 信仰心と恐怖によって独裁を150年以上続けられていた。

 彼の周りに存在するは政治家ではなく遅れた貴族主義、権力だけを持つ無能が集まり月に二度宮殿で政治と称するパーティーを開いて満足をしているだけだった。当然そのパーティーで政治についての議論など行われることもなく、地位の向上を目論む肥えた豚共が皇帝に貢物を贈り領土と地位を得るだけの民にはなんの関係もないモノだ。

 だが、この帝国で皇帝は神だ。彼を侮辱、批判でもしようものなら天罰を受けることとなっている。法律にも皇帝の言葉は絶対と書いてある。

 遅れている……中央政府という一つの組織に支配される地上の政治が完璧であるとは言えないが、未だ神の言葉を全てと捉え人類が人間の為に政治を行えないとはいかがなモノか。

 決して覗かれてはいけない心の中で愚痴を吐きこぼしながら皇帝の待つ玉座の間へ向かう。

 連日地上で浴びていた太陽光が恋しいほどに地下と言うのは薄暗く陰鬱とした場所だ。

 土壁、土天井により降り注ぐのは砂埃、宮殿周りの比較的発展した場所よりも下に住む民の中ではその砂埃を吸ったことで呼吸器官がやられたという報告を聞くが、皇帝の開く政治の場ではそのような話題が一度もあがったことはない。

 幸運なことなのか不幸なことなのか民は外出をする時に仮面を着けることが義務であり、そのおかげで症状は軽く済むことが多いようだ。

 しかし、仮面を着ける理由と言うのが神聖な土地で下民の汚らしい顔を晒すことは許さないという先代皇帝の考えであり、それが彼らを救うというのは可笑しな話だ。



「おお、レオ……。いやリッパーと呼んだ方が良いのか?」

「どちらでも構いません。陛下のお呼びになった名が私の名前です」


 リッパーは心にもないことを言ったために内心で静かに舌打ちをする。


「それより地上の様子はどうだった。憎きイリニインゼルの愚か者共を抹殺してから我々がいずれ支配する場所だからな……特に東大陸」

「東は今のところ反撃をする力を持っていても使えないと言ったところでしょうか……我々にとって財政の要となっていたハルベイド地区のガサ入れに対する報復はヤツらにとって良いダメージになっています。彼らは目を失ってしまったのですからね……」


 それを聞いた皇帝は豚のように鼻を鳴らし手を叩いて上機嫌になる。

 それもそのはず、召使いの噂では地下帝国で栽培する薬物と武器の売買ができなくなったことにより、それらを管理する貴族からの不満が相次ぎどこか不機嫌で常に立場の弱い彼女らに当たり散らかしていたようだ。

 偶然にも我々親衛隊は、東大陸の目である諜報部長官の暗殺を近頃帝国内を嗅ぎまわるネズミを捕獲したことで独自に報復を計画していた。象のような大きな目を潰すより鷹のように鋭く賢い奴を先に仕留めた方が効果的だからな。

 タイミングよくそれが功を奏しそれを利用するべく、地上での失態に頭を悩ませていた皇帝が我々親衛隊を利用し報復を行ったとのデマを流した。

 単純な皇帝は狙い通り我々の地位は皇帝によってあげられた……この国で動きやすくなるには皮肉なことに皇帝の存在が必要だ。


「これでお前たちの株は上がったも同然、どうだ我が帝国軍が進める南との侵攻計画への介入を認めてやるが……?お前はいつも反対していたが今日は私も気分が良い、話くらいは聞いてやろう」


 まったく単純なヤツだ。政治に私情を挟むことで利益を失うことになるとは微塵も思っていないのだろう。


「陛下、南への侵攻作戦にはどれほどの勝算があるのでしょうか?私は侵攻内容と南大陸のどこをお望みなのかなどの説明をしていただきたいのですが」


 今まで私は南大陸への侵攻作戦は反対側として親衛隊を派遣しないと宣言していたが、こちらの利益になるなら話は別だ。

 いずれ私は皇帝を利用しなければいけなくなったときに信頼が今以上でなければ面倒なこともある。部隊の規模や皇帝の本気度によっては参加することで親衛隊への利益、そして皇帝に恩を売ることも可能だ。


「先日我が帝国は地上の中央に悟られることなくある協力者を手に入れた。ヤツらは我が帝国の能力者、つまりお前たちをそして我々はヤツらの持つ最強の戦士たちを共有することで握手することができた」

「協力者ですか?」

「北大陸だよ……」


 ここに来て予想を遥かに上回る誤算が発生してしまった。

 ここ数日、帝国軍の武器輸出資料がハルベイドを失ってからも続いていたことに疑問はあったがそれは小規模のテロ組織、或いはマフィアなどの組織に提供しているものかと決めつけていた。

 まさか一つの大陸が相手だったとは……全ての実権を貴族が持つ弊害がここに来て出てくる、武器薬物の輸出は我々親衛隊と軍隊の専売特許だというのに貴族共は断りなく輸出を行っていたのか……。

 我々の断りなくこれ以上の取引を行わせるのは危険だ。

 それに能力者親衛隊を北の戦士と共有するだと……?無能力者共に何ができると言うのだ。


「北大陸は中央から離れたがっている、そして我々は地上を我が物顔で支配する中央が憎い。これ以上協力するのに理由が必要かどうか、いいや必要ない。我々は共同戦線を張ることで意見が一致した……しかしヤツらの考えていることは予想が付く」


 北は我々親衛隊を利用したいだけだ。

 能力者は一人いるだけで戦況を変えることのできる秘密兵器、四大陸で一番能力者が集まっている東と違い中世の騎士道精神を重んじる北の戦士たちは能力を拒む傾向があった。中でも聖隷騎士団のシユウは悪魔にも名が知られている程の実力者であるが、彼もまた能力という人間の邪道を歩むことを誇り高き騎士として拒んでいる。

 だが、能力を持たぬ男の実力は噂通り本物でホムラと同等かそれ以上、純粋な筋力や剣技と彼の右に立つ者は世界中を探しても存在しないだろう。

 そこは私も認めている……私が正面からぶつかり合っては団長殿には勝てない。

 しかし、それは正面からのぶつかり合いの場合であってどんな最強の男でも不意打ちには対応できない。比べて能力者は一つの力を極めることでに限ってだが、その力と同化することができる。

 自然系能力者は体を自身の持つ力と同化させ、ある者は炎となり、ある者は風となり攻撃を受け流すことが可能だった。

 その為、能力を持たない最強の男を持ってしても彼は人間に変わりなく北は潜在的にバケモノ能力者を使役する地下帝国と東大陸に恐怖の感情を持っている。だからどちらかに接近しなければ能力者を持つ国との差を埋めることはできない。

 東は公安のモモカが居ることによって人材に困ることはないだろう。実際私の下を離れ生き残った者は皆ヤツに捕まり使役されている。憎いことだが、彼女は私の一歩先を行っていると認めざるを得ない。


「ならば私も北大陸に挨拶をしに行かねばなりませんね……最強の男とは一度顔を合わせて話がしたかった」

「フッフフ……フフフッ、フハハハッハハハ!そうだな、我々は中央を倒すためならば何でもするがヤツら北大陸に利用されるわけにはいかぬ。行けッレオ……!我々の持つ戦力とはどういう物か手始めにヤツらに教えてやるのだ」


 私はこの地に息を潜めるように生きることしかできない民の為、お前皇帝をも利用させてもらう。


 リッパーは皇帝との話を終えると自室に戻る。

 行きと同様に宮殿の廊下から見える薄暗く埃っぽい地下の景色を眺めながら深いため息をつき、皇帝によって狂わされた計画の立て直しを図ると共にある人物へ連絡を行う。

 連絡先の人物はリッパーに対し声のみで敵意を表すが、それはリッパーも同じだった。しかし、リッパーからの提示された報酬の額などで渋々彼は要求を呑んだ。

 自室に戻ると男の信頼する部下が三人、正確には二匹と一人だが……表情はそれぞれ違っていた。特にアベルは隠すことなく難色を示していた。


「マスター、なぜ皇帝に賛成を……」

「アベル……キミはカインと計画通りに東大陸のお嬢さんをここへ連れてくるんだ。そしてカズヤ、キミは私と共に北の大陸へ向かう」

「マスター!なぜあの老いぼれに協力をッ……」


 アベルの口元を塞ぐようにリッパーの人差し指が立てられる。


「アベル、ここは宮殿だ。キミが彼を嫌うのはわかっているが興奮に身を任せ口走るのはキミらしくない。誰が聞いているかわからない、発言には注意しろ」


 自分の慕う主からの命令でアベルは口を閉じるが、彼は納得ができていなかった。


「お前たちの不満もわかる。しかし、この帝国を変えるにはまず我々が変わらねばならない……ではカズヤ、しっかり偽の情報を東大陸に送れたかな?」


 三人の中で唯一の人間、リッパーと同じく瞳の色が左右別の男は指で丸を作る。それと同時か少し遅れて脳内に響く『バッチリです』の言葉、喉元を切られたことで声を出すことができなくなった彼は私の力で声を手に入れた。

 脳内に直接言葉を送れるのは彼の一つの能力だ。

 戦闘に不向きだと思うかもしれないが彼はこの帝国で一番の知能を持っていて判断力も素晴らしい、それに他の能力を併用することで彼は言葉だけで敵を無力化することも可能だった。


「特科は必ず動く……大陸で影響力のある人間が襲われるなんて例えデマであっても起きてからでは遅いからな。だが、兵隊は最小限に恐らくNo.2辺りが作戦の指揮を執るはずだ」

「あの小僧は……?」


 ここで初めてカインが口を開く。それもそのはず、彼は油断していたとは言え一度ウッドと戦って致命傷を受けていた。

 その顔に浮かぶのは復讐、彼の顔につけられた傷を指でなぞりながら問いかけてきた。


「そこまでは私にはわからないが、誰が来ても油断をするな……。そしてお前たちには特別助っ人を用意しただ」


 カインとアベル、二人の表情はまたしても変化する。

 それもそのはず、助っ人が来るということ自体彼らにとっては喜ばしいことではないのだが、それ以上に私の用意した助っ人に納得がいかない様子だった。

 薔薇の傭兵、地上や地下で活動する傭兵部隊のことで帝国のように彼らには彼らの歴史があり、旧世紀では悪魔とも戦っていたという資料が残っている長く続く組織だった。私とも古くからの腐れ縁ではあるが、二人もまた傭兵とは因縁がある。


「金で動くようなヤツらはどうしても信用できねぇ……例えアンタが手配した組織でも他は無かったのか?」

「そうかな?私は戦いを好きでやっているヤツよりも金で雇ったヤツの方が信用ができる」


 「金を払えば何でもやる」初代隊長から続くモットーの通り今回は戦闘車両を購入できる程度には報酬を払う約束をしている。彼らが動かないわけがない、それに隊長さんには大きな貸しを作っていた……彼らは絶対に動く。

 そして彼らを使う一番の理由は私が自分の持つ戦力を消耗したくなかったということだ。

 最近は帝国軍よりも働く親衛隊であったが我々だって数には限りがある。

 カインとアベルを中心にした実行部隊にはよく働いてもらっているが、ここのところミスが目立つ……特にカイン、彼はウッドに負けた日から少しずつ動きが鈍っていた。

 二人以外の親衛隊に所属する駒にも疲労が見えている。

 目的を達成するには彼らを死ぬ気で働かさなければいけない、しかし士気を下げることはいらぬ問題を引き起こすきっかけとなってしまう。例えば反乱とかな……。

 反乱は面倒だ。

 これから帝国に対して行うことを自分が先に受けるなんて笑えないジョークだ。

 その点、形だけの忠誠と契約で結ばれ、他の駒と違う彼ら二人は私に反抗することは無い。

 命ある限り私に忠実な彼らは健気で嫌いではない……。


「私もカインと同じく薔薇だけは信頼できません。悪魔狩り集団、我々が無能力集団であるヤツらに負けることはないとしてもいつ背中を刺されるか……せめて背中を信頼して預けられる者に頼みたい……」


 確かに薔薇と彼らは相性が悪いだろう。しかし、薔薇も二人も大人だ……仕事だと割り切ってやって欲しい。

 リッパーは改めて精神支配の力を自分に付与したいと心の中で強く願った。




――北大陸


「お前たちシユウ殿はいったいどこへ行かれた?」

「お、王子!?シユウ殿ならどういうわけか門の前で番を代わりたいと……」


 セラスバオム宮殿の正面門には一頭の獅子、金色の鬣を風に靡かせる大男は遥か先の雨雲に包まれた空を睨み誰かを待つかのように佇んでいる。

 本来門の前は門兵によって守られるはずだが、どういうわけか彼らを宮殿に移動させ自ら門の前で門番を行っていた。

 ラジオでももうすぐ雨が来ると放送していてそれを彼も聞いていた。だが、男は銅像のようにその場から1mmも動かずただひたすら何かを待っている。


「シユウ殿、もう時期雨が来ます!稽古は中でできますので早く移動を!」


 私の声は届かなかったのだろうか?

 男は殺気と離れたところで彼を呼ぶ私の背筋をも緊張させる重圧を放ち、遂に腰に下げていた大陸に伝わる英雄にのみ所有が認められた宝刀に手をかける。


「な、なにをする気なのですか!?それをここで使用するのには父上の許可が……!」

「さがれ王子!」


 やっとこちらに顔を向けたかと思えば刹那、轟く雷鳴と内臓に響く衝撃、現れた招かれざる客人と最強の男の鍔迫り合い。

 雷と共に現れた二人組はその顔を隠しそのまま宙に浮いていた。


「人間の道を外れた愚か者がなんの用だ!」


 最強は問う。


「挨拶だよ聖隷騎士団シユウ団長……」


 内戦が終わってから久しく見ることのなかった血を求める猛獣の瞳、団長はあのときと同じく目の前に現れた敵を生かすつもりは無いようだ。

 だが、空中を飛び回り何度も団長に透明な刃で攻撃を仕掛ける男は次第に団長の読みを超え始めている。

 ヤツは人間の領域を超えている……あれが能力者というヤツなのか……?父上の言う通り、最強を以てしても能力を持つ者には敵わないというのは本当だったようだ。


「なぜ未だ力を受けようとしない?貴様なら使いこなすことは容易いだろう」

「貴様のように人の歩む道をそれることは我が家系では禁じられている!」


 古臭い考えだ。リッパーは改めて彼の主張を聞いて口の中そう呟いた。


「な、なんなんだあの男たちは!?」


 初めて見る能力者が最強の男とほぼ互角の戦いをしていることに王子の心には絶望の色が見え始めていた。

 仮面の男の連れは宙を浮いているだけで攻撃を行う様子もなかった……いやもしかしたら何か仕掛けているのかもしれない。二人の戦いを私と同じく見届けるだけであった。

 能力者は王子にとって未知の存在、噂程度に稽古の中で彼の耳に届いた情報では人ならざるモノの姿へと変わり、人を取っては食うバケモノとして伝わっていた。当然彼の尊敬するシユウも同じく能力者を毛嫌いし人間としては扱っていなかった。

 しかし、仮面をつけてはいるが能力者は自分たちと同じ人間の姿をしていた。人を食うような腹をしていない。手の形も身長も我々人間と同じ普通であった。


「私は団長殿との対話の為に全ての力を利用しているというのに団長殿は手を抜かれている様子。騎士道とは何なのか……」


 嘘だ……ヤツも全力ではなかった。

 剣技などの技をまだ修得途中である王子にも二人の打ち合いからは本気のホの字も見れなかった。

 団長は最初に見せた瞳も徐々に消えていて、今ではこちらに仮面の男の攻撃が流れないようけん制をかけた防御の姿勢だ。男の言うことは正しかった。

 騎士道精神というモノを基礎すら知らない能力者にソレを語られ黙っていられるほど彼は腐ってはいなかった。またあの飢えた獣の瞳へと戻る。

 

「フン、よかろう……我が剣を知りたいというならば見せてやる」


 一度宝刀を鞘に納めた団長は構えを変えた。いつも見ていた稽古での構えとは違う、本気のモノなのだろうか……?

 明らかに空気の流れが変わった……全ての風が彼に集約し始める。


「私はもしかしたら片腕を持っていかれるかもしれないな。カズヤ……アレを記録しておくことを忘れるな。能力を使用しない剣技……興味深い」


 鞘に納められた剣が内部で振動し光輝き始める。

 技の使用には我が父、北の最高指導者アダムス・コルヴィチェフの許可を必要とした。それはその力の強さを隠すためでもあるが、内戦で使用されたときの被害、一振りで現代戦力の最高峰と呼ばれた戦車を装甲車を破壊し数百人をあの世に送ったと聞く。

 宮殿の前でそんな技を使用しては被害の予想ができない。

 しかし、団長の手に握られた鞘は音を立て早くその刀身に血を塗らせろと言っているような気がした。


「では……行くぞ!」


 自分が彼の剣を止めなければいけない……だが、やる気の彼を止めることはできるのか?

 そんな王子の決まらぬ心に神の声と言うべきか、団長が刀身を抜くそのときにかけられた絶対の命令によりその一撃は不発に終わった。


「剣を納めよシユウ!」


 それは我が父の叫びであった。

 光を失った剣にはなんの力もなかったが、不発に終わったとはいえ見えない斬撃、シユウの鍛錬によって生まれた飛ぶ斬撃は宮殿を囲むように広がる森林の四分の一を扇状に裸にしていた。

 これには王子の口は開いたまま小刻みに震えることしかできなかった。シユウに関する伝説が真実であったことがここで証明されたからだ。


「陛下、なぜ止めるのですか」


 彼は、すぐ後ろにシユウ団長の右腕である槍使いフランを率いた父の姿に気づき納得のいかない様子で乱れた服装を整える。


「馬鹿者。ヤツらに手の内を見せてどうする……それに彼らは客人であるぞ」

「しかし、彼らの方から私に挨拶をと言うことなのでこちらも返すのが礼儀であり、それが彼らの求めるモノだった。加減もできます」

「いい加減にせんか。なぜ我が息子がおってこんなことになる。お前もだ馬鹿者!」

「シユウ様それ以上の言い訳はみっともないですよ。子供ではないんですから強い人間を見て興奮するのはそろそろやめてください」


 槍使いのフランも父に続くようにシユウ団長を叱る。

 彼女もシユウ団長と同様にこの大陸では五本の指に入る人間を逸脱したような存在だ。父を守るために護衛として傍にいるが戦いのときは必ず団長の横に居る。

 そんな彼女にのみ許された説教に団長は耳を塞ぐ。

 シユウ団長は不服そうに抜いた剣を鞘に納め純白のマントを翻しこちらに歩み寄る。二人の男から視線を外してはいるが意識は彼らに向けたままだ、もし父に仕掛ければこの位置からでも来訪者、あの二人組を葬れるのだろう。


「王子……このことは他の者たちには内密に」


 静かに頷きもう一度二人の男に視線を向けると先刻とは打って変わって完全に大人しくなった様子で能力を解除し空から降りてきた。

 武器を持たなくても暗殺を行える二人に警戒してフランは常に槍を構えている。


「団長は本当に剣技を見せるおつもりだったのですか?」 


 口にするなと言われたばかりだったがなかなか二人きりになれず、今を逃したら二度と聞くことができないと思い口走ってしまった質問だった。

 少年らしい反射的質問だ。


「私も大人だ。手加減をして必殺まではいかぬ……上位から少し下の技を使うつもりだった」


 つまり上位の下、そして父の制止で緩んだ斬撃はそのまた下と考えると彼もまた人間を逸脱した者として納得もいく。

 だが、彼はその逸脱という言葉を嫌っていたため私はそれ以上を口に出すことは無かった。

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