第14話

「ウッド、体はもう大丈夫なのか?」

「多分……」


 ルカの不慣れな応急処置で体中ヨレヨレの包帯で拘束されたウッドが休憩用にと用意された車から降りてきたが、その表情は暗く責任と負い目を感じている様子だった。

 だが、それも無理はない。

 事件発生直後、建物に残っていた生徒教職員を合わせて289名の内で生き残った生徒が攫われた女子生徒を含めても10名にも満たない。そして問題となるのはバケモノの正体がここの生徒……遂に地下帝国は人工的にバケモノを作ることに成功していたようだ。


「ウチの子はどこに!?会わせてください……!」

「私の子もよ……!誰がいったい、こんなことを!」


 バケモノによる未知のウイルスや遺体から読み取れる情報を集めるために被害者の体はウチ数名と科学捜査部門が協力して捜査に当たっていたが、説明なしに家族から引き離すのは失敗だった。

 だが、どう説明する?どう説明すれば納得してもらえるのだろうか?

 自分の子の姿が性別も分からない状態になっているのを突き付けるのは残酷であるが、それを求めるなら俺は今すぐ返したい。


「ウッド……もう少し車の中で休んでいろ。お前はよく頑張った」


 彼なりに沢山の感情を感じ取り被害者の家族から視線を外さないウッドをどうにか立ち直らせなければいけない。

 だが俺は震えるウッドの肩に手を置くことしかできなかった。こんなとき大人としてなんて言えばいいのか、俺も全ての命は救えない……いつも命に優先順位をつけて守っていると言ったら彼はこの仕事が如何に理不尽で過酷なのかをわかってくれるだろうか。


 この仕事は全ての命を救えない。命の価値は平等ではない。


「ホムラさん。僕はなにをすればあの人たちに罪を償えますか……僕が弱かったから、あのとき僕がバケモノと互角に戦えたら……少しは未来が変わったんですか……?」

「結果だけを求めるな。万とある未来の中で抽選された一つの未来を受け止めろ……実際お前は8人救った。その救われた8人にとっては記憶から消えることのない命の恩人だ」


 未来が行動によって変わるか変わらないかなんて誰にもわかるモノじゃない。8人にとっては命の恩人であっても被害者、被害者の家族にとっては救えなかった無能として記憶に刻み込まれてしまうのもまた事実。

 携帯でネットニュースを確認すると早速ウッドは複数のマスコミ各社によって二つに分かれた評価を得ていた。動画付きでソレを専門家が解説するシンプルな動画がソーシャルメディアに出回っているようだ。


『最近発見された大陸生物学研究所のレポートでは人造人間に関しての研究内容が記されていたんですよ。なんとその研究には国が資金を提供していることも確認され、今回とそして今年になって発見された白髪の少年がその研究によって誕生した怪物、国の作りだした怪物によって281名の尊い命を奪われてしまった!これに対して沈黙することは許されません!』

『現地に居た人の映像を見る限りでは少年の他にバケモノが確認されています。一部マスコミの報道ではその映像が切り取られ最後の少年が飛び込んでいった体育館内での爆発のみを報道している。これは報道の自由を盾にあることないこと拡散させ政府を批判する売国報道だ』


 極右極左によるネットでの論争はさらに過熱し、一時ソーシャルメディアサイトのサーバーダウンが起きるほど大陸に住む人間がウッドに注目をしていた。

 真相を知る者からしたら彼らの主張がいかに滑稽で無意味なモノなのか、そして情けないモノなのか正直呆れてしまう。


「安全なところから声をあげるのは結構だが、デマを拡散するのはよろしくないな」

「ホムラさん……!僕、あのバケモノがどこに行ったのかわかります。もう一度チャンスを貰えないでしょうか」


 切り替えたかと思ったら驚きの発言だった。


「…………。キミは死ににもう一度行くと言っているようなモノだ、それを許可する大人がどこにいる」


 少し圧をかけるがたじろぐ様子も見せず意志を曲げないつもりのようだ。しかし、どんなに真剣な表情で俺を睨んでも結果は変わらない。


「力の差は充分感じたはずだ。それともお前はわからなかったのか、お前は一度死んだんだぞ?」


 ソラは返す言葉が見つからない、それはソラ自身充分バケモノとの力の差と守らなければならないモノがある者とそれがない者の戦いがどれだけ大変なのか思い知った。

 だが、負けっぱなしでセラを攫われたままこの件から離れることはできなかった。

 するとホムラさんの携帯が鳴り始める、どうやらホムラさんよりも偉い人からの電話の様だ。丁寧な言葉遣いとは裏腹にその表情からはその言葉が偽りであることがわかる。


「チッ……盗聴しやがって」


 ホムラさんは電話が終わると吐き捨てるようになにやら呟いていた。


「ウッド、お前に指名だ。バケモノの場所と正体を知るのはお前だけだからを許可するとのことだ……だが、討伐命令は出ていない。これは誘拐された少女の救出が任務だいいな?」


 僕が安全な場所に連れて行かず戦いを続行し挙句の果てに負けた所為でセラさんが連れて行かれた。原因を作ってしまったのは僕だ、その責任は取らなければいけない。


「……わかっています」

「だが、これには俺からも一つ条件がある」


 ホムラさんは僕に近づいて思いっきり頭を鷲掴みして髪が乱れるなんてお構いなしに撫でまわす。


「絶対に無理をするな危ないときは俺を呼べ……お前の命も一つの命だ。人助けは立派なことだが人を救うためだけに放り出していい安い命じゃない、もっと大切にしろ。命の価値はどんな奴も同じ尊いモノなんだからな」


 心がポカポカした……これが大人、僕が求めていたのはこの人なんだ。

 こんな大人を僕は目指したい。



『マスター、全ての爆弾を設置完了しました……』


「よくやった。後はお前のタイミングに任せる。それとカズヤ、例の薬は完成しているか?」

『もちろんです。丁度今、貴方のもとへ薬を持った部隊が向かっています。象の皮膚も簡単に貫く針を利用しているので、もし暴れて元の姿になっても成功します』

「そうか……。今回の作戦を知る者は私に忠誠を誓う者でなければいけない。ヤツはどっちつかず、地下に戻って再教育が必要になるだろう。その時の為にヤツの入ることができる器を用意していてくれ」

『了解しました……』


 リッパーは次なる作戦へと準備を進めていた。

 ガリュートによる陽動は特科を引きつけ部下が動きやすくなった……だが、なんだこの身の毛がよだつような嫌な寒気と胸騒ぎは、まるであのときと同じではないか。丁度あのときもカインとアベルに少年を殺すか仲間に引き入れろと命令したときだったが、まさか同じことが二度も?

 リッパーは確認のためにウッドを殺したと断言する悪魔の休む建物の二階フロアへ降りるとそこでは元の男の姿に戻って汗を流すためにシャワーを浴びているガリュートの姿があった。


「何をしている……」

『準備運動ですよ。俺様は意外と人間の女が好きでね封印される数百年前なんて戦いの前は毎日こんな感じだ』


 ゲスはどこまで行ってもゲスだ。地獄に行こうとこの悪魔は人間の想像する悪魔通り醜く卑しい存在だ。

 ブシ道も騎士道も持ち合わせていない悪魔を下に置くのは少々気が引けるが、ガリュートという人間を超えた本物のバケモノはパワーバランスを変えるのには必要な犠牲だった。世界を変えるにはカインとアベルとは違ったベクトルの強さが必要だ。


「嫌な風の変化を感じた、私は先にここを出る。貴様はもう少しゆっくりしているといい、それと女は連れて行く」

『…………。ああ、そうさせてもらう。女ももう用済みだ勝手にしろ』


 リッパーはソファに倒れる女を担ぎ上げて部屋を出る。


「各員用意しろ……」


 ガリュートの持つ悪魔の力は人間を遥かに超えている当然能力を使わないときの私を超えるほどに、だからその力は私の下にあるべき力で私に向けて使えないよう教育する必要がある。

 建物を出ると部下の用意した猛牛のように鍛え上げられた体に、全身バズーカの爆発にも耐えた装甲で対悪魔戦闘の準備を完全にしている部隊が到着していた。

 そして対悪魔部隊は私と入れ替わる様に建物の中へと突入する。

 悪魔とは恐ろしいことに彼らのように悪魔という生物専門に訓練を行い、実際に地獄に潜り小悪魔インプ狩りで実戦を積んだ部隊でも簡単に無力化できるモノではない。

 私が建物から出た瞬間に何かを感じ取ったヤツはすぐに戦闘態勢に入ったのだろう。数分後建物から小規模な爆発が発生する。


「おーおー地下帝国は爆発がお好きなようだな。もしかしてお前もそうなのか?」


 建物から噴き出る炎に目を向けていると気配を消し、音もなく背後に近づき拳銃をこちらに向ける男が居た。


「ホムラか」

「久しぶりだな会いたかったぜ。お前が少女を誘拐するようなマニアだったとは知らなかった。しかし残念だが、その子は返してもらう。ソレが目的だからな」

か?」

「ああ、そうだ」


 そしてもう一つ急速に建物へ近づく殺気、ホムラとは対照的に隠す気もなく正面から突入する気なのだろう。

 死を賭けた命のやり取りをしたことのない者には感じることのできない恐怖をただの一般人にまで振りまくとは死神のようだ。

 そしてその死神は鎌を振り下ろした。


「紹介するぜウチの新入りだ」


 上空から飛来した黒い影がビルの壁を突き破り中に入ったそのとき、内側から剣山けんざんのように鋭利に尖った植物が現れた。

 根の先端には花ではなく先に戦闘を行っていた対悪魔用部隊を飾り付けている。装甲や喉を貫かれた屈強な体躯の男たちでも不意打ちには対応はできず即死で、自分の体を支えきれなくなった筋肉は服と共に裂ける音を出しては、やがて地面に数十mの高さから落ちて複数の骨が砕ける音と肉の潰れる音が通りに響いた。

 はたして今飛び込んできた黒い影と中に居るバケモノ、どちらがホンモノの悪魔なのか。



『ヤツが俺様を裏切ることは承知の上だったがこれは予想外。お前生きていたのか……?』


 突入してきたリッパーの部隊とほぼ同時に天井を突き破って現れた小僧はまるで部外者を排除するかのように俺以外を植物で戦闘不能にした。

 どうやらヤツの能力は触れたモノから植物を生み出すことができるのか……わざわざ天井を破壊して破片を拾った意味がようやく分かった。


「邪魔者は消えた。決着をつけようじゃないか」


 手に握っていた小石を窓の外へ捨てると外から建物を覆い隠すように植物が壁となって天井にできた穴を隠す。

 これはマスコミから中の様子を隠すためだが、すぐに目の前のバケモノによって意味のないものに変わるだろう。


『なぜ生きていたのか気になることは沢山あるがそんなことはどうでもいい、俺様は外に居る裏切者の男に用がある。今はお前に構っている暇はないんだ』

「ふん、お前が僕に用が無くても僕はお前に用があるんだ」

『死に損ないが……』


 人間の姿に近かったバケモノは大きく息を吸い込むと膨らんだ胸元から背中、足へと徐々に変形させいつもの醜い姿へと変わっていく。

 近くに居るだけで火傷しそうになるほどの熱と蒸気が室内に充満し始めた所為か目を開けていると大量の汗と涙が出てくる。


『小僧……もう一度死にたくなければ今すぐ家に帰れ、これは最後の忠告だ』

「優先順位が変わっただけでどうせ外のヤツを殺したら僕なんだろ?」


 口を開くだけで喉を焼く蒸気が体内に侵入してくる。

 幸い窓が割れているおかげで全ての蒸気が溜まることは無かったが、それでも人間が耐えられる温度と湿度を優に超えている。二度目の死によって痛みに鈍感になっているのか人間の限界温度を超えていても僕はまだ動けていた。


『どうした小僧!お前は苦しみにまた俺様の前へ戻って来たのか?』

「違う!人質を助けお前を倒しに来た!」

『あのいい声でなく女か……楽しませてもらったよ』

「……ッ!?こ、この野郎……!」


 口火を切ったのは僕の感情に任せた攻撃となってしまった。

 バケモノの全ての意識を僕に向けている間に視界外から迫りくる植物だったがすぐに感づかれてしまった。

 液体を吸い過ぎて動きがとろくなり過ぎていたか……。


『俺様に何度も同じような攻撃が通用すると思うな!プージヒューズ!』


 背後から迫る歪な形に膨れた植物に向かってバケモノがあの時と同じ攻撃、右腕にため込んだエネルギーを放出させたことで奇襲は失敗したが、これでいい。

 植物がため込んでいた液体にバケモノの放出したエネルギーが着火剤となってほぼゼロ距離からのカウンターの爆発、爆風によって飛散した無数の針にバケモノは悶絶する。


『グッガアァァァ!アァ……クソッタレ!何をしやがったッ……!』

「むやみやたらに爆発させるなよ……。匂いに気付かなかったのか、ガソリンのよ……。おまけに西の大陸にしか咲かない猛毒のサボテンのプレゼントもお付けしたんだが、気に入ってくれたかな?」


 西の大陸に咲くアンティポサボテンは一本の針で人間より数倍頑丈な肉食動物を数本で、象レベルを瀕死の状態にまで追い込む強力な毒を持っている。例えバケモノでも数百本の毒針を喰らったら何かしらのダメージは負うはず、現に今目の前でのたうち回るバケモノは傑作だ。


「僕はお前を許さない。どんな手を使ってでもお前を苦しめてやる……」


 このクソガキ、毒針のような姑息な手まで使ってきやがってどんどん悪魔に近づいていやがる……。

 だが、不意打ちとはいえこの毒は効いたぜ……体を動かすたびに突き刺すような痛みと筋肉を緩める成分でも入っているのか足から立つ力をどんどん奪われていく。


「お前は多くの人を殺した。彼ら……彼女たちには明日があった、お前が彼らから明日を奪ったんだ!」


 右手に巻かれたイバラにはまたあの黒いオーラが拳を包み込んでいた。

 その拳は強烈で立ち上がることが精一杯なガリュートの顔面を容赦なく殴りつける拳から感じ取れたものは痛みだけではなかった。

 黒い人間の持つ闇……甘いな小僧、感情に任せた拳というわけか……。

 ガリュートの体がめり込んだ壁には蜘蛛の巣張りに亀裂が入る。亀裂だけでなくめくれ上がった壁のコンクリートはガリュートの体を貫いている。


「や、やったか……?」


 満身創痍、ソラの体は限界だった。できればもう立ち上がらないで欲しいというのが本音だ。

 バケモノの姿は内部から煙が噴き出てみるみるうちに風船のように体がしぼむと傷だらけではあるが元の体であるタツキの姿へと戻っていく。


「くッ……う、うあうわあぁぁぁぁ!』


 意識の戻ったタツキはその体にできた傷に悶絶して床に血の痕跡を残しながらのたうち回る。


「頼む……もう動かないでくれ……」


 小声だが僕の本音が漏れ出る。


『こ、小僧……この俺様を追い詰めるとは……なかなかやるな。だが、貴様は俺様を殺せない!この体、この器である男は生きているからな!」

「た、助けてくれソラぁ……』


 一人の体から二つの声が聞こえるのは不気味だった。

 目の前で膝と肘をついて何とか起き上がろうとしているバケモノはタツキの意識を半覚醒させて痛みに敏感な人間を利用することで、気絶しそうになっていた自分の自我を何とか繋いでいた。

  そしてタツキは意識が戻ったことで盾としても利用される。


『貴様はこの俺様を……卑怯な手を使ってでも倒すつもりなんだろ……なら俺様も生き残る為に同じく利用できるモノは全て利用させてもらう、卑怯とは言うまいな……?」

「そ、ソラァ……!やめてくれ、殺さないでくれ!』


 どうすればいい……?ヤツを殺してタツキだけが生き残るなんて都合のいい話はないだろう。何十人何百人と無実の生徒を虐殺したあのバケモノを見逃すことはできない……!だけど同じく体を利用されただけのタツキには罪があるのか!?


『その決断力の無さ、判断力の低さがお前を殺すのだ……白狼ホワイトフェンリルの舞いヴェイパーダンス


 室内に充満したガスや煙が実体を持って僕に噛みつき右肩の肉を抉り取る。血と肉を取り込んだ白狼は牙を紅く染めてじわりじわり距離を詰める。

 僕の体はもう力を使い果たし動かない。

 もうおしまいだ……アイツの言う通り僕は子供で弱い。なんであのときホムラさんの言うことを聞かなかったんだ、僕は本当にただ死にに来たようなモノだ……。死に急ぎ野郎だ。


―そうだ。お前は弱い、だから俺が守ってやる……。


『やっとだ……。体の再生が間に合った……小僧今どんな気持ちだ勝利の光が見えた瞬間、絶望という暗闇に叩き落される気分は!」


 傷が塞がり始め体がまた一段と軽くなったような気がする。

 身体的に回復したというのもあるだろうが謎の多い人間側のイレギュラーを一人殺せるのだ、心が躍る様に軽い。


「お、おいお前、俺の体でどうするんだ……?』

『器よ……お前はこれから俺様と共に逃亡生活を楽しむこととなる。あの男、お前に薬を渡したヤツはお前を見捨ててお前から俺様を引きはがそうとする。そうなったらお前は抜け殻状態で死ぬことが無くても一生意識は戻らない。二つだ……ここで男に殺されるか、そこの小僧を殺して俺様と共に逃げるか」


 あの男が俺を殺す……?俺は男に利用されただけってことか……。

 雑草刈り、やっぱり普通の雑草ではなかったようだ。

 目の前にいるのがその雑草、右肩の肉をえぐられ肩からあり得ない量の出血をする白髪の男、数頭の煙が実体化した狼に取り囲まれてもう逃げることもできない様子だった。いや、もうあの怪我で逃げる気なんて最初からないだろう。


「アイツを殺さなきゃいけないのか……見逃すことは?』

『ダメだ必ず殺さなきゃいけない。お前にとっても俺様にとってもコイツはいずれ邪魔になる。それにお前の存在を知る者は全て殺した方が今後の為には良いことだ。さあ、あと一撃、お前の手でお前の超えたがっていた男を殺せ……」


 不思議な感覚だ、自分の体なのにその体は勝手に一歩前進をする。

 手刀の構えになった右手は人間の持つ手とは異なった不気味な手で、ゴツゴツとしたソレは熱によって赤くなった鉄の塊のようでひび割れた皮膚の内側から蒸気を放出している。

 この手で触れただけでも人間は熱さでショック死するだろう。これで俺はコイツを殺す……?

 残虐な方法だがどういうわけか俺の中で興奮する感情が既に芽生え始めている。人間の悲鳴、喘ぎや呻きを求める残忍なもう一つの人格が俺の意思を無視して足をまた一歩前へ進ませる。


「そんなこと、そんなことやっていいのか……?』

『ああ、問題ない。これは俺様とお前の為だ」


 そしてまた一歩俺の体は前に進む。

 目の前で血の水溜まりができる量の出血、完全に弱り切って呼吸をするたびに上下する上半身は重たそうに項垂れた頭を細い首で何とか繋いでいる男に見覚えがある。そして俺はさっきそいつの名前を呼んだ。


『さあやれ!やるんだ!」


 テレビで毎日のように報道されていたウッドはソラだった。俺は体育館でソラに助けられた、それなのに俺はあいつを殺そうとしている。

 だが、やるしかない……!俺だって死にたくない、あの男が逃がしてくれるはずもない利用されて死ぬなんてごめんだ!


「俺のために、死んでくれ……』


 ソラにとっての三度目の死。

 死に際、誰かの声が脳内に流れ込むがそれも虚しく僕はこれからバケモノではなくタツキに殺される。生きる為、弱肉強食の世界で負けた僕はウサギで勝ったヤツこそ狼、腹を空かせた肉食動物の前で膝を突いた僕はどんな命乞いをしても生き残ることはできないだろう。

 そんな生きることを諦め魂の抜けたセミの抜け殻に等しい体の主導権は突如僕ではない誰か、僕の中でいつの間にか生まれた存在、第三者に委ねられていた。



「ホムラ、なぜ邪魔をする……」

「地上に住まう人々の為……って言ったらお前は理解してくれるかな?」

「なるほど、私は間違っていると言いたいのだな。お前は変わらないなホムラ」


 ホムラは肯定するかのように口元を少し緩める。


「そうだ。俺は頑固だからなお前と違ってそう簡単には変わらない、お前だってわかっているはずだ」


 リッパーは一歩前へ足を踏み入れると人通りがなく閑散とした通りに銃声が鳴り響く。ホムラの持つ拳銃の先からは細い煙が上がっていた。

 どうやら本気のようだ。


「今更私を殺したところで計画は進んでいる。地上の人間に罰が下る未来はもう誰にも止められない」

「神にでもなったつもりなのか?勘違いするなお前はただの人間だ。俺や中で戦っているウッドと同じ人間なんだよ……」

「フフ、ハハハハハハ!私とお前は神を見たからその言葉には説得力があるな。そうだ私はまだ子供に近い、いやそれ以下の胎児だ。地球という母親と自然という父親が居なければ生きていけない程に無力だ。神と女神、ヤツらはそれを必要としない、それが私達との違い……しかしそれがひっくり返るとしたら?」


 白髪の仮面をつけた男は俺に質問する。

 世界を知る万物の頂点、ヤツの光に魅了され心を奪われた人間の末路がこれか……宗教にのめり込む者にはなりたくないもんだ。

 ホムラはチョーカーの紐を引っ張り能力を発現する。

 物を拾えない、服がボロボロになるなんてデメリットはあるがダメージの無効化という恩恵を得ている以上文句も言えない。背後から流れる風が変化したことを気にして能力を使ったがソレが杞憂であって、俺が心配しすぎなだけであってほしいモノだ。

 目の前に居るのはただの人間じゃない、死神の名を継いだ怪物リッパー


「どうした……。怖くなったか?」


 能力を使用する者はどういうわけか体の一部が白化する。

 一部の噂では悪魔との契約で最初に能力を使用した人間が寿命を代償にしたことによって、サンゴのように寿命で白化面積が広がっていくってのもあるが、リッパーは常に髪の色を抜かれている。丁度新入りのウッドのようにだ。


「なんでお前がしつこくウッドを狙うかわからないんだが、まさかそっちの趣味もあったりするのか……?」

「彼はお前と私のように神と女神によって力を受けたのだろ?同じ宿命を背負わされた私の後輩である彼に挨拶をするのは当然のことじゃないか……?」


 すると背後に植えられていた街路樹が次々に倒れ始める。器用なことにその鎌鼬かまいたちは俺を避けるように周りだけを傷つけていた。


「ホムラ、お前はまだ人の暗い過去には触れないという生半可な優しさで新入りの出生を掘り下げていないようだが、あの少年の過去はよく掘り下げていた方がいい。女神や神に選ばれてしまうのもそうだが、彼はお前が思う以上に我々と似たモノ同士……」


 悪いことというのは連鎖的に発生する。

 体が動かなくなるような重圧、強者の放つプレッシャーとは違う、支配する者が出す恐怖。食われる者だけが感じることのできる食う者が出す死の気配によって、リッパーの脳天をぶち抜くための引き金も発動させた力も無力化されてしまった。

 だが、この気配はリッパーも例外なく対象になっていた。


「や、やはり来たか……遂に傍まで来ていた。ホムラ、キミの望む私との決着はまだつけられないようだな。私の目的は達成されたことだこの女はもう用済みだ」


 先に重圧を払い動けるようになったリッパーは誘拐された女子生徒を置いて文字通り風と一体化してどこかへと消えて去った。それと同時に建物からはバケモノの上半身のみが壁を突き破り建物の目の前、俺の立つ道路へと落下してきた。

 呻きながら上半身に残された腕で必死に立ち上がろうとするが刹那、大地を揺らすような轟音と共に建物を破壊して現れた少年の姿を見てその気力を失った。


『て、テメエはホントに何者だ!?なぜその姿、なぜその力を持っている!?」


 情けない叫びだったが、建物から出てきた少年の出す圧の前に動けなくなっている俺もバケモノと同じ気持ちだ。

 顔や能力を使用した時の白髪などウッドと姿は同じはずだが、どこか違う雰囲気と殺気。そして俺に目もくれず通り過ぎていくウッドの背中から体中に巻き付いたように描かれた蛇の紋章には禍々しいオーラを感じる。


『貴様から感じる知性も品性の欠片もない薄汚い闇、の部下か何かなのか?』


 アルナカートという引っ掛かる言葉を呟くと、裸足の少年は足の裏につけた粘りっけのある人間の血を地面に残しながら俺を無視してバケモノの方へと歩み寄る。

 ゆらりと風が吹けば簡単に飛んでいってしまうような脱力した体だったが、不思議とその体はどんな怪力が押しても動くことはないと思った。


『お、俺様はアルナカート三皇帝のメニエデウス慈愛の悪魔様によって作られたガリュートだ!」

『ほお……メニエデウスか、アイツのような慈愛の悪魔から貴様のようなゲスが生まれるとはな……しかし、それを知れてよかったよ。俺はヤツがアルナカートの次に嫌いでね、自らを三皇帝と自称する哀れなアイツから生まれたというお前にかける情けは無い』


 少年はしゃがみ込み太陽によって照らされ地面にできた自分の影に触れると影は見る見るうちに液状化し、命を刈り取る死神の鎌へと形を変え実体化する。


『なんで俺の殺気に耐えられているか知らないが、そこの人間助かったな……俺の背中に太陽がきていなかったら貴様の影を使うつもりだった。命拾いをした』


 残念そうにウッドではない少年はそう言った。いったい俺の影を使用したら俺はどうなるって言うんだと疑問が残るが、そんなことはすぐにどうでも良くなってしまう。

 冷静に影を使用された時のイメージを行う俺を指さした少年は「では」と意識をまたバケモノへと向ける。

 体の二倍はあるであろう死神の鎌を構えて横に一閃、試し切りを行う。

 倒れるバケモノの頭をすれすれに掠めた飛ぶ斬撃はバケモノの背後に存在した建物や木、信号や電柱などの少し離れた物にまで切れ込みを入れると一拍遅れて発生した突風によって切られた上部を空高く上空へと舞い上げる。

 人間の為せる技ではないが、アレはもう人間ではない。ウッドの姿はしているが中身はもうただの少年ではない。


『さてと、俺はこの体の持ち主のために戦うことにしよう。おいガリュートとやら、貴様はこの世界の何を知る。俺にわかるようにから何が起きて何が変わったか説明しろ。同じ線を辿って来た仲だろ?』

『し、知らねえ……俺様もアンタと同じくこの世界に来た時には既に戦争は終わって勝者も敗者もわからないままムゲンの地獄に入れられた!」

『何も知らない?俺と同じか……じゃあ死ね』


 少年はもう一度鎌を振り下ろす、今度は確実にバケモノに触れる角度だった。

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