第13話

『なんだその力は……』


 ガリュートの顎を粉砕し200㎏を超える巨体を建物の端から端まで飛ばすパワーはウッドの筋力では不可能と言い切れる。

 それが常識で頭の悪いガリュート本人にもそれがどれ程馬鹿げたことなのかも理解できていた。だが、現実はウッドの一撃によって床に背中をつくという無様な姿を晒している。

 数百年ぶりに上がって来た地上だったから体がなまっている?

 どんな言葉も言い訳にしかならず、結果のマイナスにマイナスを自分で重ねることとなってしまう。


「おいバケモノ……お前、好き放題やりやがって。お前には話してもらわねぇといけないことが沢山あるからなぁ、覚悟しろよ……」


 唾液と混ざりトロッとした血が声と共に口から零れ落ちる。

 例えバケモノのガリュートを跳ね返す力があってもウッドの体は限界が近づいていた。

 それを悟られないように強気の姿勢を見せるが、かえって長年歴戦の猛者と呼ばれる者たちと戦ってきたガリュートの目にはウッドの隠された正直な部分が見えて冷静になることができた。

 まだ幼い。

 ガリュートは観察する。ウッドが拳に纏った黒いオーラが何なのか、そしてウッドを殺すにはどのような戦い方が望ましいのか。

 近づいたらまたあの攻撃が来るかもしれないが、一瞬だったが自分で自分の能力に驚いたウッドの顔を見たガリュートは敢えて接近戦を選ぶ。


『小僧、お前は建物の中で何人の死体を見てきた?奴らはお前があのとき俺様を止められなかったことによって死んだ哀れな者たちだ。そしてそこの女も順番が来たら殺すつもりだ』

「何が言いたい」

『お前は俺様をここで仕留められなかったらまた一人犠牲者を出すって言うコトだよ。勿論あの女を殺すのは俺様の匙加減、いつでも殺せる射程だってことを忘れるな』


 例え知能が低いバケモノが相手だとわかっていてもこれがハッタリではないことをウッドは知っている。


『俺様はある男にお前を仲間に引き入れろと命令された。殺すなと言われているのだが、俺様の考えは変わった……お前は危険だ。その能力を俺様は今ぼやけているが思い出した。それは危険だったはずだ、そうだ危険だアルナカートの旦那が警戒していたような……。だからお前があの男の仲間になるのも生きていられるのも俺様にとっては悪いことなんだ』


 靄にかかった古い記憶だったが、ガリュートの従う絶対者と黒い何かが対立していたという記憶が少ない脳みそに記録されている。

 彼らは何年も争い、お互いが人間を器として人間同士の争いにまで持ち込み代理戦争をも引き起こすが遂には決着を見届ける前にガリュートは封印されてしまっていた。

 もし、その黒い何かを受け継いだのがウッドだった場合自分の従う絶対者が居ないこの世界をヤツに支配される可能性、そしてウッドを味方につけたあの男がその力の本領に気が付かないはずがない。

 アルナカート絶対者の支配すべきこの地上をウッドの持つ力が本物であれば簡単に支配することができる。

 それだけは阻止しなければいけない。


『だからここで死んでもらう!』


 ガリュートは接近戦に特化した能力向上をかけてウッドに殴りかかる。

 どの攻撃もウッドを苦しめる程度には効果を発揮するがしかし、どれも決定打とはならない。

 高速のラッシュや熱を利用した攻撃がなぜ利かない、なにか膜の様なのがヤツに届く前に攻撃を和らげているのか?


「次はこっちの番だ!」


 一瞬態勢を立て直すために距離を取ったガリュートに追い打ちをかけるようウッドは接近する。

 壁の亀裂から現れた植物が棒のようなモノを射出するとウッドはそれを掴み黒いオーラを纏わせる。まだ全体を覆うことはできていない不完全ではあったがそのガリュートの頭のてっぺんに振り下ろされた木刀は残された一本の角を叩き折った。

 これは死者と同等、痛覚などの感覚が鈍い悪魔にとってもハッキリと感じられる痛み、一度折られたあの時と同じ痛みによってガリュートと器の魂が入れ替わる。

 白目を剥いて倒れた姿はみるみるうちに縮んでいき、赤く湯気の立ち昇っていた体から人間と同じ皮膚に変わっていく。


「……ッ!タツキ!?」


 そこにはもうバケモノの姿は無くほぼ全裸状態のタツキが大の字になって気絶していた。

 急いでタツキに近づこうとするがいつまたあの姿に戻るかわからないソラは先にセラの確認を行う。

 目立った外傷は特になくバケモノによって乱暴な扱いを受けたことで気絶している以外素人目で見て体に異常はなさそうだった。セラを落ちてきた天井の瓦礫の上に寝かせるとソラは問題のタツキに目を向ける。

 ほぼ全裸で武器は携帯していない様子だったが、バケモノの姿のあの拳は人を殺すのには充分な武器だ。恐る恐る傍に近寄ると胸元に赤く太陽の光を反射させる宝石が目に付いた。

 これはバケモノの弱点である核だろう、これを壊せばバケモノは死ぬがもしタツキとバケモノが一心同体ならどうだ?タツキももれなくあの世行きかもしれない。


「一か八かで天任せの賭けに出るか?」


 それで死んだらこの男はその程度の人間、賭けに負けたということだが勝手にギャンブルの席に座らせて死なせるのはどんな人間でも可哀想だ。

 せめて意識が戻ってくれたら……。


「う……んん……」


 そのとき全裸で寝ていたタツキが目を覚ますとバケモノのときの赤い瞳はいつもの黒色の瞳に戻っていた。

 そしてなぜ全裸なのか体育館がボロボロなのかソラが血まみれで目の前に立っているのか、状況が飲み込めず驚きすぎて瞳孔が完全に開いていた。

 俺は大会のあと寝ていてなど過去の記憶を遡っているようだが思い出せない様子で慌てていたがやがて落ち着き始めて状況を飲み込もうと周りを観察し始める。

 幸運なことに僕の髪の色は普段の黒髪に戻っていたので余計な情報は増えなかったようだ。


「どれから説明すればいい?」

「どれから聞けばいい……」

「難しい質問だな。キミに残酷な真実を教えることは僕にとっても苦だし恐らくキミもそうだろう。セラさんがなんであそこで寝ているのかとかね」


 タツキは胸元に埋め込まれた宝石のような核に触れてようやく自分の体に起きた異変に気が付いた。


「俺がやったっていうのか……これを」

「そうとも言えるし、完全にそうとも言えない。キミがやったていう証拠はあるがソレがキミだという証拠もないからキミは無実かもしれない」


飲むんじゃなかった……俺はなんてことを……」


 完全に気が動転して狼狽えるタツキを見るのは初めてだ。

 錯乱状態の頭でどうすればいいのか必死に考えているがさっきも言った通りタツキがやったことではあるが、タツキの体を利用したバケモノがやったことであってタツキが百悪いのかと問われたら前例のない事件で司法がどう判断するかは僕にはわからない。


「大丈夫だ一度落ち着いて深呼吸をするんだ……。お前はこれ以上なにもしなければ罪には問われないしこの状況、バケモノが居ないところに僕が一人いるってことはマスコミは僕がやったと解釈するはずだ」


 丁度体育館の落ちた天井から差し込む光は太陽のモノではなく人工的な光で、同時にプロペラの音が丁度真上で停止している。嗅ぎつけてきたかと慣れている僕は舌打ちをするが、タツキは違う。


「あ、ああ……!!俺がやったんだ、俺がこんなことをやったんだ!俺の人生は終わった!」


 プロペラの音は一つや二つの警察が出すモノではなくマスコミのヘリも既にたくさん集結していた。それを見て余計パニックを引き起こしたタツキは泣き叫び逃げ出そうとする。


「落ち着け、お前は悪くない!すべてお前の内側に寄生するバケモノが悪いんだ!ソイツさえ抑えられればこれ以上の被害はでないんだから一回止まってくれ……!」


 子供が駄々をこねるような可愛げはないタツキはとにかくその場から逃げようとする。だが、僕には今の状況でいつバケモノの姿に戻るかわからないし、タツキがどのくらい力を制御できているかもわからない。

 バケモノを野に放つなんてことはできないしホムラさんたちが到着するまでは大人しくしてほしい。世間体を気にしてしまうタツキにとってこの現状を自分がやったと世界に知られることは死を意味している。

 「この事件は全てバケモノがやったタツキは操られていただけだ」と例えソラ以外がそれを知らなくても今のタツキには無自覚な罪の意識が芽生え、全てを世間に知られていると思い込んでいるからこそ防衛の本能として逃げようとしていた。


「馬鹿野郎!なんで逃げるんだ。お前は悪くないんだってば、だから止まれ!」

「ダメだ!もう終わりなんだ!俺は完璧でなくてはいけない、それが他と違う。違わなければ俺を、俺の存在を正当化できない」

「なに言ってるんだ!正当な理由なんて今必要なのか?!」


 そのとき僕はタツキに顔を殴られた。なぜ殴ったか僕にもタツキにもわからない、だが、タツキの口からは僕への恨み妬み嫉みと彼から初めて聞く言葉だった。

 強い存在である彼は初めて本音を僕にぶつけてきた。


「お前は実力があるのにいつもできないフリをしていた!ガキの頃テストだってお前は最初に答えを全て書いて、それを消してわざと間違った答えを書いていた……なんでわかるかって?俺が初めてカンニングをしたんだよ……お前に負けるのが悔しかった」


 突然のことに僕は困惑していた。いや、彼も同じくなぜこのタイミングでこんなカミングアウトをしているのか理解できていない様子だ。

 口を開けば過去の話、僕のやってきた演じてきた学校での僕を彼は気に食わなかった。人は人格を上手く使い分けている、タツキも常に誰かの憧れとして生きてきたがそれはただの一つの人格であった。


「なあ、お前はあのフェンスの向こうから何を見ていたんだ?俺を見て何を思った……?」


 タツキはソラに対して初めて会ったときの感情を聞く。

 小学校が始まる前タツキは外れの孤児院、教会の近くでソラと出会った。孤児院のフェンスはまるで外界の俺らと遮断する壁だ。

 フェンスの向こう側に立つソラはタツキに気が付くと脳みその中身全てを見ようとしているかのようにジッと見つめていた。


「不気味なくらい、その時の感情や思考全てを観察されていた気分になって俺は気が付いたら逃げ出した……」

「……すまない記憶がないんだ」


 タツキには申し訳ないが、僕にはそんな記憶は存在しなかった。僕の知っているのは小学校に入ってからだ、彼と出会っていても僕の記憶にはもうない。


「なんでできない演技をしたんだ。俺を馬鹿にしたかったのか?成績も運動も全部お前が気に食わなくて、他の奴らはお前を馬鹿にしていたが俺はお前を買っていた。他とは違うと思っていたから俺は努力でお前を超えたのに……」

「僕も他と同じだよ」

「違う!お前は他とは違うんだ!力のない奴とは違ってお前は選ばれた人間の方なんだ!なのにお前はそれを知っていて隠していた、道化を演じていたお前が俺は大っ嫌いだった!」


 何も言い返すことはできなかった。今までおこなってきた目立たない演技とは彼にとっては真逆の効果があったようだ。


「俺はお前に勝ちたかった……勝たなきゃ俺の努力は無駄になる!今までの……今までの俺はいったい何だったんだ……?」

なんてこの世に存在しない。人間には力がある、それを生かすも殺すもその人間の才能と努力次第だ。タツキ、お前は努力したんだろ?ならそれでいいじゃないか」


 するとタツキは大粒の涙を流し泣き叫ぶ。

 タツキは初めて認められたのだ。そして自分の求める答えをソラから聞けたことに彼は喜んでいた。


―もう十分だろう?


 そんなタツキの喜びに水を差す声が一つ、頭の中反響する。その声の主は自分が欲する感情とは違った、真逆の喜びを感じることに不快感があった。今すぐにでもやめたかった、この幸せという感情が許せない。

 タツキはもう一つの人格として自分の体に住み着くソイツを抑え込もうとするが、それは抵抗にはならなかった。


「深呼吸をしろ……ゆっくりだ」

「……ありがとう、おかげで落ち着いた気がする……。それよりアカツキ通りの方角ってどっちだ」

「アカツキ通りってお前の通学路だろ。急にどうしたんだ」

「俺はあの薬を渡した男が許せない、俺が殺してしまった人たちの為にも復讐をしなきゃ気が済まない……」

「まさかお前に力を与えたってのは……!?」

「仮面の男……名前は忘れちまった。それよりアカツキ通りはどこなんだここから見て北か南か?」


 この件にはリッパーが絡んでいるようだ。ヤツはタツキを利用して僕を倒すつもりだったのか、また勧誘するつもりだったのか目的は定かではないが同時に何かが起こっている可能性がある。

 そしてタツキに対する違和感が僕の中で生まれた。全ての言葉を出し終えてスッキリしたのかタツキは急に落ち着きを取り戻した。それどころかアカツキ通りがどこかとしつこく聞いてくる。

 バケモノに変身することで記憶のズレが生じる可能性があるが、僕の聞き間違いでなければタツキは僕をウッドと言った。

 タツキは白髪のウッドとの面識はない。テレビに映った一瞬の映像だけではこの学校に居ることはわかっても僕をウッドと判断するには難しい。


「北だ……それよりもそこから動かない方がいい、お前を保護しに誰かが来るはずだから」

「そうか、助かるぜ。だが、その必要はない』


 やはりタツキは僕をウッドと言っていた、聞き間違いではなかった。

 振り向いたタツキの右目が赤く輝いていた。後ろに下がる余裕もなく僕の体はバケモノの姿に変わったタツキの腕に掴まり身動きが取れなくなる。


『どうしたなぜ抵抗する……俺様を助けてくれるんじゃないのか?まだこの事件の首謀者が誰か世間には知られていない、お前の言う通り俺様がやったという証拠はまだ知られていないんだ。ここでお前が死んで俺様の器がこの事件の犯人であるお前を討ち取ったことにすれば生きやすくなるよ……名案だ』

「お、お前……タツキはどうした!」

『ああ器か……あの男はここで眠っているよ」


 バケモノは胸元の露出した核を指さしてそこにタツキが存在することを確認させる。核を攻撃すればバケモノと一緒にタツキもやっぱり死ぬのか?


『そうだ、そうだそうだ。お前が俺様の仲間になるんだ……そうすれば俺様はあの男に一泡吹かせられるし、お前はこれ以上俺様と戦わなくていい。俺様もあそこで倒れている女や他の人間に手も出さない。どうだ悪くないだろ?』


 バケモノはバケモノなりに脳みそを使っていい条件を出したと思っているんだろう……。だが、僕にも譲れないモノがある。


「散々お前は僕の目の前で好き勝手やってくれたな……。楽しかったか、人を殺すってことはよぉ」


 ソラは握っていた瓦礫の破片を手から離し再び能力を発動させる。地面に触れた瓦礫の破片は能力によって植物の姿に変わりバケモノの右腕に巻き付くと蛇のように締め付け骨を折り始める。

 骨が折れる度にヤツの皮膚に入った亀裂から火の粉が散っていた。


「我慢比べといこうじゃないか。植物は僕の命令通りお前の腕をへし折るまで締め付け続ける」


 例えバケモノの強靭な肉体をもってしても永続的な締め付けなどの痛みは効果があるようでさっきまでの余裕の表情に曇りが見え始めていた。

 しかし、僕も平気な顔をするほど余裕があるわけではない。

 僕が我慢比べと言ったようにバケモノの腕を締め付ければバケモノも痛みに耐えなくてはいけないが、それと同時にバケモノの握りしめる握力もどんどんきつくなっていた。肋骨の辺りで骨のポキポキと不安になる音が聞こえ始めていたので早く手を放してほしいがバケモノもバケモノだ。


『チィィお前にその気がないならいいだろう!この俺様が直々にお前をあの世に送ってやる!』


 バケモノの胸元の核が赤く輝き始めるとその光は体を伝ってバケモノの右腕へ移動すると僕の体を包み込む手の内側が熱を放出し始める。

 突き刺すような痛みで皮膚が焼かれジワジワと熱を感じなくなり始める。


『プージヒューズ!』


 右腕に溜めた熱エネルギーを放出することでできた火炎球がバケモノの手の中で破裂する。ソラの体を拘束していたガリュートの腕ごと木っ端みじんに吹き飛ばす爆発は外に集まり始めた野次馬たちの体をもビリビリと内蔵に響く衝撃だった。

 しかし、巻き上がった白煙の中にはまだ影があった。


『……ッ!?右腕を犠牲にして生き残りやがった……。お前本当に人間なのか?』


 ズタズタに引き裂かれたた皮膚から筋肉が露出している右腕を抑え歯を食いしばりながら立つソラにドン引きするガリュートだったが、その心は決着が近いと確信していた。

 ガリュートは人間ではないため再生が可能だった。弾け飛んだ右腕が再生していくのを待つ間の攻撃に備えるが、ソラにはもう立っていることが精一杯でそれ以上のことができない。


『もう動けないようだな……。あの攻撃を至近距離で受けて生き残っていたのには一瞬ヒヤっとしたが、どうやら杞憂だったようだ。お前はまだ弱い、だがこれから俺様を超えられても困るんでな新芽は新しい間に摘んでおかなければいけない……』


 ガリュートは巨体を揺らしソラにゆっくりと近づく。


―お前が死んだとき、それは魂の消滅を意味する。あの世にも地獄にも行けずお前は虚空をただひたすら彷徨い続ける亡霊になってしまう。


 アスタがそんなことを言っていた。僕の体はもう動かない……視線だけがゆっくりと近づく悪魔に向くとヤツは笑っていた。

 ヒビ割れた顔が歪みそこには幸福が浮かんでいる。



「あんた!そっちは事故現場だから入っちゃいけんよ!」

「俺は特科だ」


 ようやく到着したホムラはそう言って警備員の男を突き飛ばして事故現場である学校に突入する。

 炎の勢いは増していて建物の中は煙と人間から出たガスが充満していて呼吸をすることは既に困難だった。


「ルカ、能力を使用するから処理を頼む」


 ホムラはチョーカーの紐を引っ張り炎と同化すると同時に校舎玄関側のグラウンドでは砂嵐が発生し外で群がる野次馬やマスコミのヘリに接近し始める。これは全てルカの能力で少し手荒だがホムラたちが表に出ることができない以上これよりいい目隠しは無かった。

 ホムラはまず状況の確認を済ませてから建物に広がる炎を利用して生存者を捜索するが、到着まで20分とかかってしまっていたことで生存者は一人もいなかった。三階建ての学校どこを探しても人の気配もバケモノの姿も見えない、残る場所は少し離れた体育館……微かだが人の呼吸を感じられた。


「ジード!人の気配は何人だ?」

『ええっと10人です!』


 無線からバケモノの索敵用に連れてきた部下、自分から1km圏内全ての生き物の位置を特定することのできるジードの報告人数と俺の感じ取った人数は一致していた。

 蟻の動きすら見逃さないジードが言っているなら間違いないだろう。

 俺は建物内を燃え広がる炎を体に取り込みながら急いで体育館に向かう。

 渡り廊下の方まで近づいていた最後の炎を吸収するとすすり泣くような今にも消えてしまう泣き声が聞こえた。


「よかった生存者が居た……。キミたち動けるか?」


 体育館のすぐそばで何かから隠れるように身をかがめて居た女子生徒6人と男子生徒2人は目立った外傷はなく全員怯えた様子だった。

 なぜここから離れなかったのかと問うと一人の男子生徒が体育館内に残った女子生徒が居ることとそれを聞いた白髪の少年が血相を変えて飛び込んでいったという。

 すぐさまその男子生徒は涙を浮かべ自らを責め始める。


「大丈夫、深呼吸して落ち着くんだ……それで中の様子はわかるか?なにが入っていったとかっていう」

「ば、バケモノだった……」


 思い出したことでそれ以上は怖くて声が出なくなったようだ。男子生徒は口をあわあわさせて何とか声を出そうとする。


「男の子を早く助けないとッ……!彼、セラを助けるために飛び込んで、飛び込んで……バケモノに……」


 すると体育館のすぐそばで蹲っていた女子生徒が声をあげると何かを思い出してすぐにその子は嘔吐し始める。

 白髪の少年、中に入っていったのはウッドで間違いないだろう。

 状況の整理ができた俺は体育館の扉に張り巡らされたウッドの出したであろう植物を掻く分けて中に入っていく。バケモノが居る様子もなく中は静かだった。


「何も居ない……ッ!?」


 誰も居ないと思っていた体育館で倒れている人影、それは血の池ができるほどの出血で生気をまったく感じられなかった。


「おいウッド!しっかりしろ!」


 白髪である人物を見てすぐにウッドと断定できた。右腕の皮膚はズタズタに引き裂かれ体のあちこちから大量の血が流れ出ている。

 そして胴に空けられた大穴……重たくなった頭を起こすと瞳孔は完全に開いていた。


「全員……バケモノを見つけたら俺に連絡しろ。ウッドがやられた」


 ホムラは無線で警戒に当たっていた全ての特科メンバーに連絡を行いウッドの脈を測るが当然一切の動きが無かった。


「あ、あの……」


 入って来た生徒にウッドを見られないように落ちていたカーテンを被せるが何かを察したようで彼らはうつむいていた。

 俺は彼らに責任意識を負わせないに「大丈夫」とつぶやいて彼らにもう一度何が起きたのかを問う。


「セラがバケモノから私たちを守るために身代わりになって……白髪の子はセラを助ける為……バケモノを倒すために中に飛び込んで……すぐに扉の穴は植物で隠されたから中の様子は見れなかったけど、最後に見たのは白髪の子がバケモノに……バケモノにお腹を貫かれていたッ……!」


 思い出すと女子生徒は蹲って自分の両肩を抱いて泣き始める。どうやらセラという女子生徒の姿が死体としてもここにないということは攫われたと考えるべきだろう。

 知能を持ったバケモノとの接触があったとウッドとの最後の無線から推測すれば、恐らく先日逃げられたヤツだな。

 なにか因縁でもあるようにウッドだけを狙っていたがここでその目的は達成したとみていいだろう。

 だが、女子生徒を攫った目的はなんだ?知能を持つがゆえに人間と同じく逃げる為の車を用意しろとか目的があるのか?


「キミ達は表に来ている警察に保護してもらうんだ……ここよりは安全だろうからね。外に出たらなるべく建物は見ないで真っ直ぐ外に出るんだいいね?」


 本当は最後まで見届けなければいけないが何が起きるかわからない現状で動き回るのは得策とは言えない。

 ヤツら地下帝国はどういうわけかウッドに執着している、もしかしたら体だけでも回収に戻ってくるかもしれない……だがなぜこの学校を狙った?


 ホムラはもう一度ウッドの傷だらけの体に触れる。人間の温かさも心臓の鼓動も呼吸も感じられなくなった抜け殻はやけに小さく感じた。


「すまない。もっと早く来れていたら……」


 冷たくなったウッドの左手を握るとなぜだかほんのり赤くなっていた。


 そのとき不思議なことが起こり始める。


 ウッドの黒く固まり始めた血液が元の液状へ戻り世界の逆再生なのだろうか、塊となってウッドの体へと集まり始めるとウッドの体がどんどん修復されていく。体に空けられた穴は勿論、腕の傷は若干残っているものの段々元の形へと戻る。

 夢なのだろうか、いや夢であっては困る。


「帰ってこいウッド!」


 必死に握ったウッドの手には体温が戻り始め、顔色も血の気の無い白色からほんのりと白茶げた色に戻り始めた。


「カハッ……!」


 遂に意識が戻った。

 いったいどうやってあの状態から生き返ったかはわからないが、とにかく生き返ったのは事実だ。いまだに意識はハッキリしていないようだがウッドは視線だけを動かし周りを確認する。


「ホムラさん……?」

「ウッド……お前、生きていて良かった」



「ガリュート……私の命令はあの少年を生かして連れてこいと言ったはずだが、殺しただと?」

『あ、ああ。つい本気を出しちまって腹に一発大きな穴が開けちまった。でも女はこの通りしっかり綺麗な状態で連れてきた』


 あの小僧を生かしてリッパーに渡すのは危険だ。もし旦那が復活するときに邪魔になるのはこの男ではなくあの小僧だろう。何も知らない分小僧に危険が無かっただけで、もしヤツが色々と知ったらマズイ。

 殺すのには惜しいヤツだが、生きていることで起きる事件の方が遥かに人類だけでなく悪魔と天使と神共を巻き込む結果となるのは目に見えている。


「そうか……。仲間になることを拒んだのならそれも仕方なしか。それで確実に殺したのか……最後の確認もしっかりと行ったか?」

『ああ、しっかりとな。動かなくなった心臓も確認した』


 男は仮面を外しこれから親衛隊ヤツの部下の作戦が開始されるであろう方角を見ながら白くボサボサになった髪の毛を指でほどき始める。

 ガリュートは静かに男と合流した今は空っぽの雑居ビル二階に一つポツンと置かれたソファーに寝っ転がると自分の器に話しかける。


『おい器よ……聞こえているのだろ』


 器の返事は無かった。奴は目を覚ましているのに子供のように駄々をこねて俺様の声を頑なに拒否している。


『お前は初めて人を殺した。どんな気持ちだった……』


 俺は、俺は人を殺してなんかいない……!俺のことを助けようとしたソラを俺は本当に殺したのか!?


『そうだ、はあの小僧を殺した。それも動けなくなったところを一突き……だが、あの殺し方を選んだのは貴様だ。貴様が最後あの小僧にトドメを刺した。気持ちよかっただろう?』


 気持ちがいいわけがないだろ……!人間の肉を貫くときの感触があんなに簡単で柔らかくてヌメヌメしてるのが気持ち良いだと!?


『いやそれが貴様にとって快感だったはずだ。どれだけ追いかけても届かなかった相手を一突きで超えられた……あのときの快感は俺様にも伝わっている』


 このとき体の主導権が俺に戻って来た、バケモノが俺に渡したのだ。

 鏡の前に立つのはタツキで胸元に宝石のようなモノが埋め込まれた以外に変わったところは特になかった。


―貴様は一つ大人になった。次は我に何を願う?強さの他に欲しいモノはなんだ?


「俺の欲しいモノ……」


―そうだなんでも願え。あの男を殺すことも私には可能だ……あの女をお前のモノにすることだって……。


「お前セラを……」


―ああ生きているとも安心しろ。綺麗な状態で連れてきたからなァまだまだ使えるぞ……。


 「ゲス野郎が」タツキはわざと中に存在するもう一つの人格を罵った。

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