第11話

「おいおい聞いたかよ……?」

「ああ、聞いたぜ大会の話だろ?」


 学校では朝から何やら一つの噂で持ち切りだった。

 学校に来る頻度が低い僕にとっては仲の良い人は居ない為、噂を受け取ることも困難でみんなが何で盛り上がっているかは詳しくはわからないが、どうやら今日行われているサッカー地区大会予選でウチの学校が久しぶりに良い成績出しているようだ。

 話に必ず出てくるのはタツキタツキと一日中彼の活躍を先生或いはサッカー部の人間から聞いた誰かが情報を更新しているようで常に新鮮なネタが出回っている。


「12対3でウチが予選突破だとよ!それもタツキさんが一人で10得点、ディフェンスも一緒に吹き飛ばしてゴールする勢いだったって聞いたぞ」

「マジかよ!?今日だけであの人何得点目なんだよ!」 


 人をゴールまで吹き飛ばしてシュートする?タツキだけスポ魂漫画に入り込んでしまっているようだが、多分話に尾鰭がついていつの間にか人外扱いを受けているのだろう。

 少なくともの人間、普通の人間という定義は僕には決められないが一般的な人間と呼ばれる種族には人を吹き飛ばす程の筋力は備わっていないはず、そんな筋力のある生き物なんてヘビー級の動物か、僕が最近毎日のように戦っているバケモノくらいだ。

 そういえば数日前まで毎日僕とバケモノ噂が流れていたが今日は聞かないな……。既にウッドとバケモノの話題はこの学校では歴史の一つに変わってしまったのだろうか?

 泥棒をやっていたときは僕の噂が流れることは政治家や有力者による汚職へのけん制となってありがたいことだったが、どうもウッドとしての噂は良いモノを聞かない。

 専門家もテレビキャスターも僕を改造人間だとか人類の敵だとか勝手なことを言って僕の名誉を十分傷つけてくれた。僕は人類の味方でも敵でもないが、バケモノと戦っているところをどう判断すれば人類を脅かす脅威となるのか、縄張り争いなどと言われ悲しいことに僕を理解してくれる人は少ない。


「あ、ソラくんおはよう」

「セラさん!?お、おはようございます!」


 学校のマドンナからの挨拶とは珍しいこともあるもんだ。

 今日はタツキは居ないからいつものように邪魔されることは無いが、もじもじとなにか言いたげのセラさんと二人きりというのは心臓に悪い。僕はハッキリ言っておこう美人に弱く惚れやすい、だからこの状況で一度止まった僕の心臓はバケモノと戦うとき並みに速く鼓動する。

 外まで聞こえるんじゃないかという心臓を抑えながらセラさんの言葉を待つ。


「あ、あの……。ソラくんってさ、タツキとは小さい頃から一緒じゃない……?学校とか」


 なんだろう。僕の心臓の鼓動はさっきまでとは打って変わって別人の物かと心配になるくらい冷静になっていた。

 確かに僕は施設から通っていた小学校からタツキとはなんだかんだで現在の高校までずっと一緒で、特別仲がいいわけでもなければタツキの方から僕を拒絶するくらいには複雑な関係だ。

 だが、それとセラさんになにか関係があるのだろうか?


『そんなの一つに決まっているだろ。お前はタツキとやらに接近するための道具にされるんだよ……』


 背後から久しぶりに聞いた少女の声が耳元で囁く。最近忙しいから会えないと言って音沙汰なかった女神だったが人の不幸を笑いに来る余裕はあるようだ。

 女神の姿は普通の人間に見ることはできず、僕とホムラさんとアスタに選ばれ能力を貰った人間にしか見えていなかった。

 おかげでセラさんにはこの宙に浮いてずっと二人の間をクルクル回る変な女神が見えていないのは助かったが、見えないということはここでアスタに反論するとセラさんからは急に何もいない空中に向かって怒鳴るヤバい奴というマイナスイメージができてしまう。

 ただでさえ何度かアスタと話しているところを校内の誰かに目撃されて、学校に滅多に来ないアイツは独り言を空中に向かって話し続けるヤバい奴という変な噂が流されてしまったことがあった。

 今回もそんな噂をされない為、じっと堪えセラさんとの会話に集中する。


「い、いやぁ……僕とタツキは小学校から同じだけどこれといって仲は良くないよ……」

「……?仲が悪いのはいつもあなた達を見てたらわかるわよ?それより私が気になることはタツキのことなの。彼最近様子が変わったみたいで、なんていうか憑りつかれたみたいに人が変わったのよ……」

「え、そうなの?」


 セラさんは頷く。

 だが、僕にとってタツキとは理不尽な暴力で弱い者を痛めつけ力で人の上に立とうとする奴というイメージで固まっているので、最近の様子を見ても(一日、二日程度だが)特に今までと変わった様子は無かった。


『ソラ、お前にはわからないだろうな。女は浮気などの隠し事をする男の変化は見逃さないんだよ。女の勘ってやつさ……』


 これがアスタの言う通り女の勘というやつなのだろうか……?


「最近は部活をサボることが多くなったし、小テストの結果もどんどん落ちてるなんて今まではあり得なかった。おまけに校外で他校の生徒を病院送りにしたとか聞いたんだけど……」


 他校の生徒を病院送りに!?そんな問題を持ってよくあの男は大会に出場できたな……ってあいつの親金持ちか。


「そ、そんなことがあったの?残念ながら僕の耳にはそんな話は入ってきてないけど、一応タツキもなんだろうから部活サボるとか成績悪くなる可能性はあるしセラさんが心配することはないと思うよ……多分」


 そんな他人事な僕の返事に納得できていない様子のセラさんだったが、最後は無理やり自分を納得させた様子で教室に戻っていった。しかし、僕はタツキではないからあいつの考えも感情も分からない。

 それ以降学校が終わるまで学校ではサッカー部とタツキの噂が途切れることは無く常に新しい情報が流れていた。



「タツキさん、やっと予選突破ですよ!いつぶりだろうかウチがここまで好成績を残せたのは……!」


 うるせぇ……。


「次はAブロックの準決との勝負ですから気を引き締めていきましょうね!」


 次の相手は昨日決まったAブロック準決チーム、俺たちはDブロックの優勝校として当たることとなったが休みなしですぐ明日にはまた試合が始まる。


―辛くなったらこれを飲むといい。


 あの男にそう言われて渡された赤い液体の入った試験管を一本飲み干すとさっきまでの倦怠感や全身の痛みと疲れが嘘みたいに抜けていった。頭がすっきりする感じは妙に心地が良い、薬の主成分は知らないがドーピング判定は引っ掛かっていないし知らなくても体に問題は出ていないどころか快感を知れるならもうどうでも良かった。

 誰もいない汗の臭いが充満するロッカールームの長いベンチに寝っ転がると七色に歪む景色を見ながら眠りにつく。

 この液体を飲むといつも急激な眠りに襲われて気が付いたら家で横になっていることが多く、いつ俺は帰宅したのかそれ以上前の記憶が靄にかかって思い出せない。でもいつも家に帰ってぐっすりと眠れているから良しとしていた。


―起きたまえ少年。


 いつも通り液体を飲んで眠っていたが今日はベッドに居ないようだ。

 男の声で目が覚めた俺は妙に寝ずらい枕から顔を上げようとするが頭が上がらなかった。それどころか顔にはタオルがかけられていて誰が俺を呼んだのか確認ができない。


「そのままでいい。キミは疲れているだろうから今回は特別にその状態で私の話を聞くんだ」


 その静かに落ち着いた声はあのとき俺に液体を渡した男の声と同じだった。眠りを誘うような静かな声でもう一度眠りそうになる重たい瞼を我慢して男の話を聞く。


「キミのおかげでやっと雑草の生えた場所を見つけられたよ。キミには感謝している」


 頭を置いている枕が少し浮いた?まさかこれ奴の膝か?


「もうすぐキミの出番が回ってくるから覚悟していてくれ……。それまではゆっくりしているといい、明日も試合があるんだからな……」


 男の細い膝が外れてまた俺は平らなベンチに頭を打つ。

 ロッカールームの扉を開けるとき男は思い出したかのように何かを伝えるが俺はまた突然の眠気に襲われその声を最後まで聞くことができなかった。


「まあ、明日があればだが……」




「じゃあまた明日」

「うん、また明日」


 学校が終わるということは自分にとっての一つの人格の終わり。

 学校での自分と家での自分、買い物をしているときの自分や塾に行っているときの自分など人は多くの人格を上手く使い分けている。人間は器用だ。

 当然僕も学校での自分が終わったら特科の見習いとしての自分が居る。

 今日もバケモノが出るまでは待機を言い渡されパトロールがてらに散歩をしようかと校門を出ると何か道路を封鎖する人混みが、そのほとんどはウチの制服を着た生徒だったが一般の人も混じっている。


「タツキさんどうしたんですか?なにか用でも……?」


 タツキと呼ばれたスター選手は質問に答えることなく人混みを掻き分け朦朧とした様子で学校に戻っていく。

 今更授業を受けに戻ってきたのだろうか?

 すれ違いざまに焦点のあっていなかった瞳が僕を睨んだ気がするが、考え過ぎだろうか?最近は人の視線に敏感になっている所為でみんなが僕を睨んでいるような気がして困っている。


「今回も僕の考え過ぎだろうな……」


 僕は今度こそ帰ろうとしたそのとき、


『ウガラァアァァァァァァ!』


 突如雄叫びをあげるタツキに全ての視線が向く。僕も突然気が狂ったのかと不安になって背後を振り返ると体が簡単に浮き上がるほどの衝撃波と熱風で近くの塀に体を強打する。

 いつもの頭痛と脳内に響き渡る音、金属の擦れ合う不愉快な音が容赦なく僕を襲う。

 こんなときはいつもヤツが居る。無意識のうちに発動させた力によって僕の髪が白髪に変わっていた。


『ブッシャアアァァァァ!』


 タツキの立っていた学校に繋がる通路で爆発によって巻き上がった土煙の中一つ急速に近づく影があった。

 すぐさま右腕の皮膚を突き破って出てきたいばらの蔓を巻き付けた僕の拳と近づいてきた巨影の拳がぶつかり合うと全ての土煙や砂が飛散し衝撃は学校にも影響する。

 窓ガラスが全て木っ端微塵に散らばってけが人も出たことだろう。


『久しぶりだな小僧!こんなに早く会えるとはなァ俺は嬉しいぜェ!』


 あのときの知性を持ったバケモノ。ヤツは顔を歪ませ僕との再会に喜んでいた。

 例え人を超える力を貰ったところでバケモノと人間ではパワーの差は広すぎた。僕の体は鉄のように固く巨大な拳に力負けして学校正面の建物を突き破って、駐車場に止められていた車を二台犠牲にしてようやく停止する。駐車場に鳴り響く破壊された車のセキュリティーアラームが鳴り響き人々の不安を掻き立てる。

 爆発で気絶していた生徒を運ぶ者や突然の出来事に放心する者、恐怖で悲鳴をあげる者など予期せぬ事態というのは人の内面を無意識のうちに解放させていた。


『ンッン~素晴らしい。いい感じに人々の恐怖と負の感情が集まってくる。現代の教育によって生まれた闇とはこれほど陰湿で奥深いモノなのか……美味ッ!』


 バケモノにとっては人間の出す感情、特に恐怖や恨み悲しみなどの負とされる感情を吸収し成長する。

 地獄に囚われていた時間が長くても契約によって力を奪われようともその感情を吸収さえすれば彼らの全盛期と同程度まで回復することが可能だった。

 そしてバケモノは胸にそっと手を置き中で眠る男の感情を読み取る。


『貴様とは長い関係になりそうだ。そんなこれから長きに渡る友となる者への贈り物として貴様にプレゼントを贈ってやろう』


 バケモノは校内で怯える何かを見つけた。


『上玉発見……♪』


 狙いを定めると足のつま先にまで溜めたエネルギーを解放して50mの距離を一瞬で移動する。


『爆発とは芸術だ』


 校内に飛び込んできたバケモノを見た生徒の瞳から涙は一瞬で蒸発し、血肉一つ残さずその肉体は正面から順に黒い炭から灰へと変わる。

 バケモノ付近の大気中全ての空気を取り込んだ爆発は半径数kmに渡って被害を出した。

 1mから10mに存在した生き物と人間は確実に死んだであろう。それ以上は鼓膜を破られる。


「やりやがった……やりやがったなチクショオォォォォ!」


 全身から噴き出る血を無視してソラは校舎に向かって走る。

 例え下校時刻でも相当な人数が校舎に残っていたり部活に移動をしていたりしているはず、そんな場所であの爆発は……。

 正直一人でも生きていたら幸運だと納得しなければいけない。

 割れた窓から校舎に飛び込むと突然の吐き気に襲われる。床に吐しゃ物をまき散らし辺りを見回すとその吐き気の元凶となる人間の黒く焼かれた死体、何とか原型を留めているがそれは上半身だけであって下半身はどこかに置いてきてしまったようだ。 


「あ、あぁ……うあぁぁぁああ!」

『ウッド……応……答しろ、ウッド……』


 無線から入るホムラさんからの声はノイズが邪魔をしてよく聞こえなかった。


「ホムラさん……学校でバケモノが爆破して、ヤ、ヤツでした……知性を持ったヤツが学校を……」


 怒りなのか焦りなのか恐怖なのか僕を支配するソレは思考を鈍らせ言葉を詰まらせる。

 煙の充満する校舎で突っ立っているなんて煙を吸い込んで死ぬかもしれない、バケモノがいつ僕を狙うかわからないのに力を使わずに状況確認を疎かにして飛び込むだなんて死にに行くようなモノだ。

 やっと冷静になったかと思うと自分を否定する言葉ばかり、例え誰かのために、誰かを助けるために飛び込んだ自分を僕は肯定するつもりはない。


『落、ち着け……ウ、……ド。よくま、わりを、見て……判断し、ろ。俺も、すぐむかっ……』


 残念ながら無線はそこで途切れてしまった。さっき塀にぶつかったときの衝撃で壊れたのだろうか?

 そうだ、ホムラさんの言う通り僕は状況を把握して敵の次の行動を予測するんだ。

 なぜタツキの居た所からバケモノが現れたのか最初からタツキにカモフラージュしていたのか、それともどこかから飛んできて着地をした場所に丁度タツキが居た?まさかそんなはずは……。


「だけどこの世界何が起きてもおかしくない……。まさかに備えよう」


 頭によぎった最悪の場合というのはタツキがバケモノになったということだ。

 一度僕は人間がバケモノに変身するところを偶然目撃している。あのときと同じく人間がバケモノになっていたことで少しの知能を引き継いでいる可能性もあった。

 とにかくバケモノを探さなければいけない。

 水溜まりのように広がった血液、瓦礫の下敷きになった生徒の死体がその重さに耐えきれず潰れた音……肺に残った最後の空気を吐き出した生々しい音まで聞こえた。

 この世にできてしまった簡易的な地獄は死臭と肉が焼けて、むせかえるような臭いが混濁して僕の鼻を刺激しては出るモノも残っていない胃から何かを吐き出させようと必死になる。

 何度立ち止まったか、壁に手をついて喉を焼くような胃液を出してはまた誰かの死体を見てもう一度吐き出すを繰り返す。

 せめて一人くらい救わせてくれ……。いや、それは僕のエゴかもしれない、こんな爆発に巻き込まれて生き残っても今後の生活は本人にとって死を求めるほど辛いモノになるだろう。今から引き返しても僕を責める者は居ない……。


「なんだ……?これ」


 何とか学校の階段まで近づいた僕の目の前に現れたのはスライム状のドロッとした黒い液体。

 ソレは形を一秒と維持することはできないようで広がっては収縮するの繰り返し以外ジッとしている様子を見て何かを待っているようにも見えた。

 だが、変なモノに今は構っていられない。僕は黒いスライムを無視して階段を登ろうとしたとき足が粘着シートに捕まえられたのか足の裏が床から離れなかった。


「な、なんだぁ!?」


 僕の足から伸びる影が黒いスライムに飲み込まれていた。スライムは僕の影を取り込んではまた体が大きくなった気がする。


「コイツも敵か!」


 能力を発動させようと地面に触れるが、いつもなら感じる地中での生命の誕生と成長を感じることができず、不発に終わっていた。それどころか影を吸収するスライムが段々と僕に近づいている。

 足元に近づき足先に触れたときスライムは起き上がり体を広げ僕の全身を丸ごと包み込む。

 ベタベタと粘液のようなモノで体を湿らせ、どこか侵入する場所を探すように触手が体中をはい回るが僕は鼻をつまみ口を閉じてそれを拒む。しかし、数十秒で苦しくなっては口を開いてしまう。

 スライムは開かれた口へ濁流のように押し寄せ喉を通過してありとあらゆる器官へ流れ込む。

 さっきまでの吐き気とは違う痛みと内側から燃えるような熱さを感じるが、スライムはお構いなしに僕の体中へ流れていく。激痛で立つことはできずなんとか膝を突いて起き上がることはできたがそれ以上のことはできなかった。

 腕の血管が浮かび上がり首の筋肉が収縮を始める。

 腕が勝手に動き始め体中に蛇のような痣が巻き付く、ソレはまるで意思があるように僕の体を包み込むと次第にその痣は背中の方へ引いていった。

 二つに重なった呼吸が数分続きスライムの正体は何かわからなかったが、僕はそのことを意識の外へとはじき出していた。


「行かなきゃ……」


 乱れた呼吸を整えてソラはやっと立ち上がる。

 行かなければいけない、どこへ行くのかはわからないが体が勝手に動く。

 誰かを助けるという善意はいつしか強いヤツを求めるへとすり替わり、ソレが体を支配してソラを動かしていた。



 爆発から数分後の体育館では幸いなことに人数も被害も少なく怪我人の避難などが完了していた。


「や、やめて……来ないでッ……!」

『何だァ?まるでバケモノを見るような目で怯えちゃってよォ……。あと何人この広い建物に隠れているんだ?正直に答えたらお前は助けてやるよ……人間の中でもなかなかの美人を殺しちまうのは勿体ないからなァ』


 体育館の古い扉の前にはバリケードを設置していたが、毎日のようにテレビで報道されるバケモノ相手には子供騙し程度のモノで簡単に突破されてしまった。

 扉を破壊して入って来た人物はまさに人間の姿からはかけ離れたバケモノという言葉がぴったり当てはまる。

 そんなバケモノの前に一人立ち向かったのはセラで、バケモノの太い指の親指と人差し指だけで簡単に掴まれた首は少しずつ締まり始める。

 セラは唾液を垂らしながらバケモノの拘束を振りほどこうと藻掻くが人間とはかけ離れた筋力と図体の前に抵抗は虚しかった。

 他の子たちは裏口から逃げれたはず……でも自分はこのまま死ぬかもしれない。

 先に逃げてとみんなの囮になったのは自分だ、自分の意思でこのバケモノに立ち向かうことを決めたんだ。しかし、いざバケモノを目の前にすると心細くて怖くて先に逃げたみんなを恨みたくなる。


『さあ言え小娘!他の人間はどこに行った!』


 さっきの爆発で耳鳴りが続く中でも良く聞こえるバケモノの声は猛獣に近かった。口から出てくる言葉と共に髪の毛を揺らす咆哮に震えて声が出なかった。


『おやおや、怖くなってチビっちまったか?お漏らししたって無駄だ……。もう一度教えてやろう、俺様は今、お前に慈悲を与えているんだ。他のガキどもの居場所を言えばお前は助かる……』


それはこれ以上ない最高の提案でありソラとは違いなんの力も持たない人間のセラにとっては生き残るにはその提案を飲む以外選択肢は無かった。

 だが、正義漢のある彼女は自分が逃がした生徒たちを売ることはできなかった。それは彼ら彼女らに対する裏切り行為だ。


「い、嫌だ……」


 こぼれ落ちた涙は死への恐怖かそれとも後悔か、一度流れた涙は止まらなかった。悲鳴をあげながら泣き出したかった。


「その辺にしておけガリュート」


 体育館にはバケモノとセラしか存在していないと思われたがギャラリーの上からその声は聞こえた。バケモノもその声には逆らう様子もなく少しだけセラの首にかける力を緩める。


『なぜ邪魔をする……俺様はこの女に究極の選択を与えていたんだよ、自分か友どちらが大切かってな』

「そんなことは私には関係ない。それよりもウッドが出現したよ、やはりあの制服はここのだったか……」


 体育館の窓から差し込む太陽によっての逆光の所為か、それとも元から顔を何かしらで隠しているのかセラの角度からバケモノと会話をする男の表情を見ることはできなかった。


「ウッ……ド……?」


 そのときバケモノのニュースとともに全国で有名になった少年の話を思い出した。

 体中から植物を出したり地中に存在する植物を操れる未だ人類の味方かそれとも敵なのかわからないっていう彼……。バケモノを操る男が彼を探しているのは仲間にするためか殺すため?

 どちらでも私に関係がないのは確かだ。でも、もしこの状況が少しでも変わるなら、私が生きて家に帰れるならウッドには今すぐ来てもらいたかった。


「ガリュート、その娘はウッドが来たときの交渉材料にするんだ。ヤツにも最後の警告と残された道を選ばせるなら弱い者を見せつけるのがちょうどいい」

『その肝心なウッドは玄関先でぶっ飛ばしちまったよ!今頃死んでいるか生きていても重症だろうからそこらへんで伸びているだろうよ』

「そうやって雑草の生命力を侮っていると痛い目を見るよガリュート……。キミはまだウッドの死体を確認していないというなら常に最悪の状況を予測しろ」

『アイヨ……まあ俺様はアンタの報酬に見合うだけの仕事をさせてもらうよ』


 そのときバケモノはなにかに気が付いた様子でさっき自分が突き破って大穴のできた扉を見つめて表情を変える。ひび割れた顔が歪んだ様子を見るに喜んでいるようだ。


『アンタは他にやることあんだろ……俺様の楽しみの邪魔をされるわけにはいかないからソッチへ先に行っていろ』


 すると男はセラが瞬きをした一瞬で姿が消した。最初からそこに居なかったのではと思うほどに音も存在も残さず消えていた。


『女、良かったなァ……ヒーローってのはお前みたいな独りぼっちでも助けてくれるよだゼェ……』


 穴の開いた扉から姿を現したのはウチの制服を着て既に血まみれの全身ボロボロになった白髪の少年、ニュースで一瞬だけ見えた容姿が一致している。

 瞳は赤く太陽ではなく自分の力で光っているように透き通っていて綺麗だった。


『ヨォウッドォ……俺様は決して手加減はしていないが生きていて良かった。俺はもう一度会いたかったんだぜェ』

「その子を……放せ」


 肩を揺らしゼエゼエ呼吸の荒い少年はこちらを指さしてそう言った。

 脇腹に刺さっている鉄の棒は痛くないのだろうか、立っているだけでその少年の足元には流れた血が水溜まりのように広がっていて、壁に手をついていなければ立っていられない様子だ。

 あなたも逃げればいいのに……。

 さっきは助けて欲しいと彼を呼んだが、その姿を見て戦えるわけがない。セラはそう冷静に判断していた。


『グァハッハッハッハ!カッコイイねェ!女の為に命を懸けて助けに来る熱い男、ガキの癖に嫌いじゃねえ!だがな人間とバケモノと言われる俺達悪魔には決して縮められねえ種族の差というモノがあるんだよォ!』


 バケモノは壁に向かってセラを投げると白髪の少年に向かって飛びこんだ。

 少年までの距離を一瞬で移動するときに衝撃波と轟音を脚力だけで発生させているのだから人間とバケモノには種族の差があるというのは誰にでも理解できる。


『ぶっ潰れろォォォォォ!』


 バケモノの繰り出した拳は完全にウッドの顔面に叩きこまれ、触れてもいない地面や壁には亀裂が入っていた。

 ウッド自身も姿勢が崩れかけた。しかし、あの男の言う通りウッドの生命力とタフさは雑草のようにしぶとい。

 ウッドの瞳は死んでいなかった。

 崩れた姿勢を足で踏ん張ることで耐えたウッドは拳を握る。

 いつものように拳には棘を巻き付けるが今回はなにかいつもとは違った。握った拳にはドス黒いオーラ、拳より一回り大きいモノを纏っていることに気が付いたガリュートは一瞬嫌な予感を感じ取って冷や汗をかいたように思えたが、高熱を放つ体でソレは既に蒸発していて気が付くことはできなかった。


「好き勝手やりやがってクソ野郎ォォォォ!」


 ウッドの突き上げた拳がガリュートの顎にヒットするとその巨体は浮き上がり体育館の端から端まで吹き飛ばされ木製の壁にめり込んだ。

 このとき一番驚いていたのはソラの方であった。

 いつも通りに戦っていたつもりが初めて使う能力、黒いオーラを纏っていた拳を握ったり開いたりしてそれが現実であることを確認する。


『て、テメェ……なんだその能力』


 僕にもわからなかった。

 怒りをぶつけるつもりでいつも以上の力を込めて殴ったがあの巨体をあそこまで飛ばすことは僕の筋力は勿論のこと、能力の植物を使用してもできるはずがない。


 いったいこの黒いオーラはなんだ?

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