第10話

 東大陸の大都市フルテイン地区は既に夜の景色に変わり街の光は満月の月灯りを隠す。


『ウッド、バケモノは商業ビルの付近に逃げ込んだ。なるべく被害は最小限に素早く無力化するんだ』


 耳につけたイヤホンからホムラさんの指示が聞こえる。

 指示はいつも通り別の隊員が追い込んだバケモノの始末と市民の安全を確保することだった。しかし数週間で僕は27回もバケモノ退治に出動している。そのうち13回は今みたいに夜遅くでそろそろ限界も近づいた。僕はそろそろ休みが欲しいくらいだ。

 だけどバケモノの方は僕のことを考えてはくれない、今だってこちらに近づくヤツが何かを破壊する音が聞こえてくる。それは段々とこちらへ近づいていた。


『ガッラアァァァシャアァァアァ!』


 報告通りに商業ビルの付近に追い込まれていたのはいつものバケモノとなぎ倒されたトラックのガソリンに引火してさっそく地獄が出来上がっていた。

 幸運なことに一般市民は既に避難が完了していて今回は戦いやすそうだ。


「おいバケモノ!大人しく僕の言うこと聞け、そうすれば殺さないでやる!」

『グガッ、ガアアアアアアァァァ!』


 無駄な警告とはわかっている。だが、喋るバケモノが存在するのだ、話が通じればなぜ暴れているのかなど有益な情報が手に入ったり、争わずに平和に解決することができる。

 残念ながら今回の個体は外れだった。僕の警告を無視して、いや理解する脳を持っていなかったのだ。

 バケモノはどこから持ってきたのか、体に巻き付いた店の垂れ幕を引き連れ速度を落とすことなくこちらへ一直線に走ってくる。

 やはり体の大きさが僕ら人間の数倍であってもソレは筋肉が発達しただけで、肝心な脳みそは増えるどころか減っているのだろう。言葉を理解する機関が無ければ、戦うことだけをDNAに刻んだヤツは視界に入った僕を殺すことしか頭に存在しない。

 ヤツのやる気は十分だ。

 そんなバケモノの興奮を冷ますため牽制の植物を四方八方から繰り出す。バケモノの体は僕の命令で動く植物によって体を拘束されると一瞬だが動きを止める。


「警告はした。では最後に慈悲として一撃で楽にしてやる」


 体長は優に2mを超えるバケモノは体を拘束する植物を引き千切ると、口から漏れ出る蒸気を体にため込み皮膚に入った亀裂から空間を歪ませる程の熱線をまき散らす。

 完全に陸上選手のクラウチングスタートの構えになるとさらにその存在感は大きく見える。


『バケモノも基本は私達と同じ体の構造をしている。強化された人間と考えるとヤツらの弱点はすぐに見つけられるわ』


 その声は脳に叩きこまれたルカさんの声。

 特科での拘束が解かれたあの日の夜、普通の人なら活動をやめる時間までルカさんに教え込まれたバケモノ退治講座は為になるが、ほとんどの話をルカさんの胸元と眠気に集中力を削がれ聞いていなかった。


「例えば頭、人間も脳など生命活動に必要なモノを隠していることもあってここは頑丈にできている。これはバケモノも同じく腕や足以上に硬い筋肉で覆われて金属を超える強度の骨も存在する。パンチやキックでは簡単に砕くことはできないでしょうね」

「じゃあどうすれば……?」

「核を狙うのよ」

「核……ですか?」


 ルカさんの大きくうなずく、動作に連動してナイスバディが揺れる。


「核はバケモノによって場所が変わってくる、首のわきっちょから飛び出しているヤツやおでこにくっついているヤツと個体差がある。核を破壊すればどんな弱い人間でもヤツらを一撃で葬れるし、ヒビを入れるだけでもヤツらは防衛本能によって逃げることを選択するわ」

「見つけられない場合は?」

「それは段々慣れてくるから安心して。数十体狩っていたらそのうち目を閉じて赤く光ったところが見えるって言ってる人もいるし、私は何となくだけどバケモノの攻撃の一瞬で赤く光るのが見えるようになったから多分大丈夫よ」


 ヤツらには弱点となる核がある。それを壊せばヤツも楽に死ねる。

 膨張した背筋と足の筋肉に溜められたエネルギーが遂に解放されたときバケモノの動きは音速を超えた。

 地面を蹴り上げた力はどんな重機にも勝るパワーで砕け散ったアスファルトの破片が付近のビルやマンションに直撃すると抉り取られた弾痕のような跡が残る。

 人の目では追うことのできない速度を超えたバケモノは一直線にソラを狙う。


 見えた……赤い光、核が……。


 そのとき視界に存在する全ての物や風の流れがカタツムリのように鈍重になった。

 割れて飛び散った窓の破片や風に乗って地面に散らばったチラシ、バケモノまでもが全てがゆっくりと動き始めた。

 赤い光、核と思われるモノが、赤い何かがこちらへ一直線に向かってくる。

 ソラは全神経を構えた右手に集中させ飛び込んできたバケモノの巨体を軽く受け流し、そっと核を優しくなぞる様に触れる。

 右手で核を触れられたバケモノは停止した。次の瞬間小さなバケモノの宝石のような核に亀裂が入り、その亀裂は体中へと広がり動きの止まったバケモノの最期を告げる。

 核のあった周辺から割れた音と共に砕け散る肉塊、粘り気のある血を飛散させる。


『ガッラアァァァ!』


 核から広がった亀裂によってため込んでいたエネルギーが放出され、もがき苦しむバケモノは体を抱き込みなんとか逃げるためのエネルギーだけは残そうと必死に耐えるが、心臓であり生命を維持するための核を破壊されたバケモノは再生はおろか生きることも不可能。

 遂には全身が灰色に変色するとその姿のまま石化した。そして右腕が耐えきれなくなったことを皮切りにヤツの体は粉々に崩壊し灰の山へと変わった。


「ハハ……。28体目にしてようやく見えた」


 僕はさっきまでバケモノだった灰の山に近づくとソレに手を突っ込んで核を探す。

 細かくサラサラとした灰の中には唯一形を保ったまま残っている核の破片はほんのりと赤い残光が残ていて、心臓のように脈打つソレは命を感じさせる。

 核も失った灰は高層マンションやビルによって発生したビル風によってどこかへと流されていく。


「明日も学校か……」


 仕事が終わり憂鬱な気分で帰ろうとしたとき、背中を鋭いナイフのような殺気が突き刺した。

 殺意は背中を這う蛇となって全身に巻き付き僕の体を一時的だが縛り付ける。


「誰だ!」


 気配を感じた背後を振り返るが、そこにはバケモノどころか人の影も気配もなく辺りを見回しても変わった様子はない。しかし、僕の体を舐めまわすネットリした殺意に背筋が凍る。恐怖よりも不気味という表現があっているだろう。

 僕の心臓の鼓動が次第に早く打ち始める。

 なにか嫌な雰囲気を感じてなのか頭の中で響く金属の擦り合う音と頭痛で頭が割れそうだ。


―避けて……!


 どこから聞こえた声かはわからないが僕は無意識で少女の声に従っていた。

 何からどこに避ければいいのか頭が理解する前に動いていたが、さっきまで僕の居た場所は突如爆発によって轟音と共に巨大なクレーターが出現する。

 微かな硝煙の臭いが混ざった砂煙の中に現れたシルエットは人型の巨体、普段から相手にしているバケモノと同じだが目の前のヤツはいつもと違う雰囲気……。今、コイツを相手にしたらやばいと人間に残っている動物としての生存本能が僕に訴えかけている。


『オイオイ、避けられちまったよ。お前のような小僧を一撃で仕留められなかったのは不覚、の旦那は一撃で葬れなかった小僧は用心しろと言っていたが、お前はそれだけの価値と実力はあるのか……?』


 何だコイツ……!?今まで喋るバケモノはイレギュラーとして二体ほどは見てきたが、ソイツらはどれも片言。ヤツのように流暢な人間の言葉を話すバケモノは初めてだ。やっぱりコイツは他とは違う……!

 鬼の太い角は片方が根元からへし折られその下に位置する片目も刀のようなモノで斬られもう開くことは無いのだろう。

 全身が赤く他のバケモノと同じか、いやそれ以上に発達した筋肉で手首足首にはめられたジャラジャラ鳴る鉄の錠がはち切れそうだ。


『おいどうした何か言うコトは無ェのか?』


 知性を持ったバケモノはさっきまで暴れていたバケモノがへし折った道路標識を軽々と持ち上げると練習がわりに素振りをし始める。

 振るだけで風が発生しブオンブオンと音が鳴る標識は完全に武器となっていた。

 コイツは僕がまだ出会ってはいけないヤツだ……。だけどなんでここに現れた?


「な、なあお前知性があるんだろ?少し話をしないか?」


 僕はバケモノを挑発しないよう細心の注意を払いながら問いかけ制服のズボンのポケットに入れたボタンを三回押す。


『ブァハハァハ!俺様に知性があるだァ?そこら辺の雑魚ネスと一緒にされるとは思わなかったが、お前はまだ子供だ。ここは俺様に残った僅かな良心で許してやる』


 微かな良心とやらになぜか許された。だが、ハッキリしたのはやっぱりコイツは他と違って知能があって強いってことだ。

 持っていた道路標識はヤツの素振りによって、先端の丸い部分がどこかに飛んで行ってしまった。遠くの窓が割れた音が聞こえた。


「なぜ僕を狙ったんだ……。知能がある分他以上にイカレている、子供を襲う趣味でもあるのか?」

『俺様は人間なんか嫌いでなァ見ているだけで殺したくなるほどむしゃくしゃするんだよ。本当は誰でも良かった。だが、お前のように少し利口なヤツと女は別だ』

「へえ……。褒められることは嬉しいことだが、お前みたいなバケモノに褒められたところで遊び相手として命を狙われるだけだろ?そんなのごめんだよ」


 僕はバケモノかを視界から外さないように道路わきに植えられた木に背中を合わせるようにゆっくりと下がっていく。

 バケモノの表情は少し変わったが僕の行動を気にしない様子で喋り続ける。


『俺様はある人間にウッドとかいう野郎を殺せと命令されたんだが、肝心なウッドって野郎の特徴を知らねェ……。ソイツはガキだと聞いたがお前以外力を利用できるようなヤツもいねえからな……。俺様はお前に賭けることにした』


 それなら賭けはその小僧と一発で出会えたアンタの運の勝ちだ。いや、ここで僕がウッドだとバレて正面から戦ってもヤツの勝ちだろう。

 僕の生き残る方法は待つこと以外残されていない。


「ウッドなら知っているよ。最近彼、毎日のようにテレビで映像が流れてて知らない人間の方が少ないんじゃあないかな?おっと、アンタは人間じゃないか……。それよりなんでアンタはそのウッドを殺せって命令されたの?」


『ブアハハアハ!そんなことをなぜ聞く……?俺様もよォ口を滑らせちまったが、お前のような小僧が知ったところで何になる?なんだか怪しくなってきたな、俺様はの中じゃ力がある方でもよォ脳みそは少し足りないんだ。今みたいに色々会話の中で口を滑らせちまう』


 知能はあっても会話ができる程度、話術と地頭なら僕の方が上。さあて頭脳だけでヤツとの力の差を埋めることは可能なのだろうか?


「比較的知能がある方でもやはり脳筋は脳みそがしっかり硬い筋肉でできているんだな」


 ようやく木に触れられた僕の手から地中に眠る植物に命令が広がり、植物たちは静かに僕の命令通り動き始める。

 動きはバケモノに悟られる様子はなかったが、ヤツは遺伝子に組み込まれた戦闘の記録で何かを察知していた。

 遂にバケモノも筋肉のように固まった脳みそで僕のしようとしていることを理解したようだ。


『テメェ呼びやがったな……?』


 バケモノは地面をあり得ないパワーで殴ると砕けた地中から僕の呼び出した植物の束をまとめて引き抜く。拘束は失敗したがヤツの注意は一瞬、植物に向いた。

 短い時間だったが十分な情報は得られたし迎えも来て良かったよ。

 僕が一歩道路から歩道に飛び込んだ刹那、比較的広い道路を埋め尽くす炎の龍、火炎放射器など現代の人類が扱う道具では超えることのできない炎はバケモノを飲み込むと拡散して地上からの逃走路を塞ぐ。

 炎は全ての酸素を奪い取り僕の呼び出した植物が一瞬にして色を変化させていた。


「丁度こっちの仕事が終わっていてよかったよ……。それでウッド、イレギュラーとやらはどいつだ」

「ほ、ホムラさん……」


 バケモノにも負けず劣らずこちら側の最強が使う炎は近くに居るだけで火傷しそうだ。

 さっき押したボタンはイレギュラー、強い敵と出会わしたときに三回押せと言われ預けられたモノだったがこんなに早く到着するとは思わなかった。


『グハッガアッ!やるじゃねえか、地上にまだこんなおもしれェヤツが残っていたとは……』

「イレギュラーとはお前か」


 炎を掻き分け姿を現したバケモノには傷や火傷のようなものは見られなかった。

 あの炎が直撃しても煙によってむせる程度で済んでいるバケモノに改めて恐怖する。

 ホムラさんとバケモノのにらみ合いはどちらかの一歩で始まる駆け引きであった。僕が動くだけでも戦いのゴングへと変わる。

 だが、先に痺れを切らしたのはバケモノの方だった。


『フハハハ!小僧、テメェがウッドだったか……フガハハハハ!やめだやめだ!例え小僧の実力がお荷物レベルだとしても二対一では勝てんなァ!今日は時間も迫っているし、今回はお前たちの勝ちにしといてやる!』


 急に戦闘態勢を解除したバケモノはホムラさんに石を投げつけた。

 バケモノは最後に『あばよォウッド次あった時はテメェの最期だ』と言い残すと炎の中から脚力だけで地上から数十mも離れたビルの壁面に飛びついて、コンクリートジャングルを自由に飛び回るターザンのように軽やかな身のこなしで撤退する。

 なんだったんだ。


「アイツはなんだ?会話が可能な知性と俺の炎に耐えきる体も持っているようだが」

「どうやら僕のファンらしいですよ。僕を殺すだとか利口なヤツが好きだとか欲望むき出しの知性あるバケモノに僕は好かれたらしいですね」

「……よかったじゃないか。俺は人を救うかっこいいヒーローみたいな仕事をしているが、表に出ないおかげでファンどころか存在すら知られていないからな」


 良かったのかどうかは置いておいて、僕はこれからあのバケモノに狙われることになる。

 誰の差し金かは知らないがバケモノを利用して僕を殺そうとしているヤツも居る。腹を括らなければいけない……。


「ウッド、お前最近忙しすぎたな……。今週はゆっくりするといい、バケモノが出てきたら俺達でなんとかする」




 朝早くから特科の本部に呼び出され欠伸をしながらロムの運転する車の助手席で大人しく窓の外を眺めていた。当然、頭の中は飲み干された缶よりも空っぽだ、そうしなければこの仕事はやっていけない。

 先日届いた最悪な画像と資料、俺が制圧したハルベイド地区のヤツら地下帝国の作戦拠点が襲撃され、警護に当たっていた二十名の警察本部の特殊部隊隊員が全員殺害されたという事件。

 見るに耐えられないほど痛ましい現場の写真はご丁寧なことに誰による犯行なのかわかりやすく跡を残してくれていた。当然相手は能力者でリッパーなのだろう。


「ロム、なんでアイツらは制圧された拠点を奪い返すでもなく破壊しに戻ってきたんだ?」

「さあ……考えられるなら何か重要なモノを回収して用済みとなった建物の破壊、そして我々を動かすためかと。おかげでモモカ殿も動かざるを得ない状況に持っていかれ私たちを呼んだ」


 冷静な判断を下すロムの表情はいつも通りペストマスクによって隠されている。

 表情の変わらない同僚で部下であるロムからまた視線を外に向け直す、外はようやく朝日が昇り始め街の人々は各々の活動を始ていた。

 なぜ地下帝国はここ数日のうちに活動が活発になっているんだ?一年間静かになったと思ったらまた俺達に休みを与えることもなく波状攻撃を仕掛けてくる、それだけ兵力の補充が完了したのか?


「なんにせよ俺たちは人数が足りなすぎる……せめて戦闘員はあと数人は必要だ」

「死人の出る仕事で地下とは違い能力者の数も限られた地上、条件としてしては厳しい。現実が見えないで英雄になろうと自惚れた馬鹿者、己の掲げる正義のために自ら死を選ぶ者は多くない。今回の彼はどうなんだ?世界最強と謳われるリーダーさんから見て彼は才能ありかね?」

「彼がどこで能力を得たかはわかっている。だが、生い立ちがどこのデータを探っても不明な点と改ざんされた跡が残っているのを見るに彼はなにかを隠している。現段階では彼の実力を見極めることはできないが、地下側の人間じゃなかったことはホントにに感謝しているよ。それだけでウチの使える駒が増えたし、下手に生まれたときから能力を得た特異体質よりは信頼できるところから受け取った彼の方が信頼できる」

「正体不明の少年か……。フフ。もし彼がだとしたらアンタはどうする?」

「それなら俺は彼に賭けさせてもらうよ。千年に一人の覚醒した逸脱者、英雄セナの繋いだ物語を生きることができるなんて光栄なことだ」


 月の悪魔を倒したと言われる英雄セナは老若男女幅広い世代に愛される物語の主人公で、幼いころに子守唄として受け継がれてきたこともあってか知らない人間を探す方が困難と言われる程に彼は有名だった。

 今は四つと一つの島に分かれた世界各地に彼を称える銅像もあるが、彼は自分の素顔を信頼する者以外に晒すことが無かったためその銅像たちはどれも同じ顔は存在しない。ある場所では老人の姿で、ある地域では鎧を身に纏った勇ましい男としてその地の解釈によっての違いは数千とあるようだ。


「私もまたこの目で人々を導く者の姿を拝みたいものだ……」


 そんなおとぎ話を本気になって語るような年齢じゃないことはわかってはいるが、俺は導かれし者が存在しないという話も信じられなかった。

 能力者やバケモノが出てくる世界だ、何があっても驚かないし可能性を0と断定することもできない。

 そうこうしているうちにロムの運転する車は東大陸中央政府カペストラ宮殿東棟に到着した。

 四つと一つの島に分裂した各地に存在する最高立法機関はその大陸を治める王族貴族の宮殿に併設されていて、東大陸の皇帝アルナートの所有する『カペストラ宮殿』、西大陸フォーラント一族の所有する『フランチル宮殿』、北大陸最高指導者アダムス・コルヴィチェフが現在所有する『セラスバオム宮殿』、南の国王ホルン一族の『アイハワ宮殿』、そしてこの四つの世界の中心となる島イリニインゼルの中央政府の所有する『ガウデン』と五つの宮殿内で政治が行われている。

 政治家や王族貴族以外の立ち入りが原則禁止の宮殿に俺達が今回呼ばれた理由は詳しく教えられてはいないが、資料や写真が大量に送り付けられれば何となくの察しはつく。


「特科のホムラさんとロムさんですねそれでは確認作業に入りますので少々お待ちください」


 門兵によって身分確認が行われ身体検査と書類にサインすることでようやく宮殿内に入ることが許されるが、毎度そろそろ顔パスにしてくれと門兵に愚痴るが「ルールですから」といつも通りの回答が返ってくる。

 最近は地下の動きも活発になって俺達に偽装した人間を入れたら彼らの責任になってしまうのでそれも仕方がない。

 しかし、それ以外にも俺達を簡単に宮殿へ入れない理由もいくつか存在した。

 それは、俺達を信頼しない政治家が大勢いることが関係している。

 俺達のように力を持つ者の方が少数派であっても能力というのは数の優位を超える力を持っているため簡単に国を滅ぼすことも可能だった。いつ自分たちに牙を向けるのか、手ぶらで銃器に勝る力を持った人間を自分たちの傍に置いておくというのはリスクがある、そこで俺達に首輪をつけて彼らを納得させた女が居た。


「モモカ様は執務室でお待ちになっておられますので、宮殿入って東側の特別棟へお願いします」


 二人は宮殿内を案内通り東に歩き続けた。流石貴族王族の所有する宮殿は敷地面積だけで大陸に点在する村や小さい町と互角の勝負をする。


「しかしいったいこの広さは税金はどれだけ持っていかれるんだろうな。信者が沢山いるとはいえ土地を維持する程の金は治められんだろ」

「そこは政府が敷地を借りているということで補助金が出ているのだろう……」


 神の声を聞くアルナート一族は東大陸でもっとも影響力のある宗教『救世教』の教祖で世界総人口の半数を占める東大陸の78%が信仰する宗教というのは影響力が恐ろしいモノだった。

 四つに分かれた後の東大陸最初の指導者の末裔というのも政治的な影響力の一つとして政治家が必要とするものだ。

 二人は特別棟と呼ばれた目的地の扉の前に立つと軽くノックをする。中からは女性の声が聞こえ「どうぞ」と名を名乗らなくても中に通す程俺達を信頼していた。

 部屋で待っていたのは特科を作った創始者で俺達能力者に首輪をつけて政治家を納得させた女。

 黒髪の少しウェーブがかかったボブカット、整った顔は男を誘惑する武器としては最強といっても過言ではないが、中身を知った俺には一切効くことはないだろう。


「ウエムラくん、彼らと大事な話があるから少しだけいい?」


 ウエムラと呼ばれた秘書は表情一つ変えず部屋の外へ俺達と入れ替わる様に出て行った。


「ホムラ、ロム。資料は見てくれた?私が到着したときには既にあの状況でね、彼らには逃げられていたわ……」

「最近はヤツらの動きが予測できないことが多いですからね。モモカさんは気にすることないですよ」


 俺はこの女につけられたチョーカー首輪をいじりながら社交辞令のように心のこもっていない慰めの言葉を贈る。


「予測できないってのはあなた達も同じよ。最近コソコソと新しいメンバーを見つけたらしいじゃない。あのウッドとか言う男の子、テレビで見たわよ」


 この女はどこまで知っているんだろうか……場合によっては今後の流れを決める主導権が向こうに渡ってしまう。なんとかウッドの話から逸らせないだろうか。

 ホムラの視線に気が付いたロムは話の内容を変えようと地下帝国関連の事件やそれと繋がる能力者の情報をモモカに伝えるが、「これにも白髪の少年が映っているのだけど……」と何度も話の軌道修正が行われる。

 ここまでしてホムラが一向にウッドの情報を自分の上司に当たるモモカに渡さないのには理由があった。


「ならば古文書の話をせてもらえませんかね……白髪の少年の話と交換で」


 女はいつも通りこの話をすれば口を閉じる。今日も例外ではなかった。


「いったいなんで政治家がこの話をしたがらないのか、なぜ古文書とやらを地下の人間が狙っているのか……」

「ホムラ、ここは宮殿よ言葉には気を付けた方がいい」


 常に監視盗聴を行っているといういつもの脅迫。未だに地下帝国は国と認められず特定の年代以外の記憶からは抹消され今や存在しないとして教育の方針もすり替わっている。

 それほど地下の人間という言葉は政治家にとってはタブーでそれに関係するリッパーや親衛隊のシェフレラなども口に出せば身柄を拘束されると噂されもう口に出す者は居なくなっていた。

 そして古文書、数か月前に宮殿で捕らえた地下帝国の兵士から聞き出したリッパーの欲しがるモノであること以外すべてが謎に包まれたモノ。

 その兵士の命乞いのための自白だったが催眠によって「詳しいことは知らないがリッパーが欲しがっているからここへ来た。ここならあると言っていた」と自白させたのでリッパーが欲しがっていたのは間違いないだろう。

 宮殿に隠されているであろう古文書とは何なのか、もしかしたら俺がガキの頃に聞いたあの話と関係するのか、それを知る為ならこの女を利用する。


「なぜリッパーが古文書とやらを知っているんだ。その古文書とはなんだ?アンタら政治家や宮殿関係者でどれくらいの人間が知っているモノなんだ?」

「それ以上は口を閉じなさい。これは警告よ」


 女は今までに見たことのない瞳の色をしていた。

 渦巻き状の瞳は奥深くまでドロリとした気味の悪い色に変化し、まるでブラックホールだ。しかし、ここで引き下がってはいつもと同じだ、少しでもこっちに流れを作らなければ……。


「アンタらはいったいどれだけのことを国民と俺達に隠している。まさか……古文書はこの大陸だけの問題じゃなッ……」


 俺の体は執務室を飾り付ける高級な絨毯にいつの間にかうつ伏せに倒れていた。このとき初めてロムも既に女の能力で動けなくなっていたことに気が付く。

 立ち上がる力が出なければ口を開く力さえも俺の体から奪われていた。


「ホムラ、警告はしたはずよ。それ以上その話に首を突っ込むなと……」


 自分は聞きたいことを散々聞いておいて自分の都合が悪いことはうやむやにする……ハッキリ言って一番嫌いな女だ。


「ロム。あなたもあなたよ……こそこそと私に能力を使ったところで力の差はハッキリとしている。例え世界最強のホムラであれ№2のあなたでもその差を縮めることはできないわ。二人が束になってでもね……」


 女はようやく能力による拘束を解き俺たちを椅子に座らせる。徐々に感覚が戻り始めているとはいえ足元は鉛のように重く数分立ち上がることは困難であった。

 先に能力による拘束を解除され立ち上がることのできたロムだったが「二人きりで話したい」と退出要求をされ渋々出て行ったが数分後扉越しに聞こえるのは彼女の秘書との話声でソレは愚痴にも近かった。

 秘書は自分にも詳しい話をしない上司について、ロムは特科№3で犬猿の仲であるライヤへ溜まり切ったモノをお互い吐き捨てる。

 同じ苦しみを共感できている人間がいて良かったな……。心の中、同僚の幸せに共感し安堵するが、それに水を差す女が一人。


「やっと二人きりになれましたね。数年前までならいつものようにこうしていたのに……」


 俺は女から視線を外し意識の外へ追いやる。


「政治家はまともな人間にとって生きにくい職業なんですよ。真剣に仕事をすればするほどバカバカしくなってくる……。全ての民を幸せにしようと努力しても中にはそれを望まな人がいる、ハルベイド地区の再開発は麻薬やテロの撲滅の為であるが現地の人間はそれによって恩恵を受けてしまった。だから抵抗する。彼らは今まで通りの生活を求めていますからね……」

「国民にとっては今まで通り知らないことは幸せとでも言いたいのか」


 女は笑った。渦巻き状に変化した特殊な瞳を細くして俺の言葉を肯定する、つまりこれが政治家の本音なのだろう。


「アルナカートの古文書は中央政府にとって邪魔なモノなのよ……しかし簡単に処分はできない。そこで管理の為に中央政府が信頼する者である私たちにそれを守らせることにした。私はアレを守護する者の一人、それだけは教えてあげる。さあ、次は貴方が彼のことを教えてちょうだい……」


 女は立ち上がって椅子に座ったままの俺の膝に腰を下ろす。

 首元に腕を絡ませて顔を近づけ呼吸の絡み合う距離まで迫る、喫煙者の彼女の吐く息は相変わらず俺の好む銘柄の香りだった。いや、その煙草の良さを教えてくれたのはこの女だ。


「アンタはどこまで知っているんだ」

「さぁ、どこまででしょうね?新聞テレビで見れる情報以上に知っているし、貴方以上は知らない……かもしれない」


 二人しか居ない広い部屋であるのにお互い耳元で囁き合う声のトーンで会話を行う。盗聴を警戒してなのかそれとも他に目的があるのかは二人にしかわからない。


「残念ながら彼には謎が多すぎて俺にもわからないことが多い。今回のウッドの登場は俺達にとっても予想外でな」

「彼の生い立ちは」

「施設で16までを過ごしそれからは一人暮らしで東地区の俺達の拠点近くの進学校に行っているようだ。これはアイツらも知らない」

「あら、もう彼狙われているの?」

「昨日の夜、他のバケモノより知性を持った会話可能なバケモノに命を狙われたと言っていた。どうやらそのバケモノは誰かに命令されてウッドを狙っていたようだがリッパーで間違いないだろう」


 本来天使との契約かリッパーに忠誠を誓うことで得られる能力を少年が持っていたということに興味を持ったのか、既に女神アスタとの契約で俺と同じイレギュラーであることを知ったのか定かではない。

 だが、リッパーにとってウッドは特別な人間であるという考えになったのだろう。

 突如公に姿を現した能力者とバケモノの報道で世論はウッドが人類の敵か味方判断できていないことを俺達と同じく利用するために彼を勧誘するということはおかしくない、既にカインアベルとウッドの接触はあってそのときに勧誘も行っただろう。

 だが、ウッドは俺達に仲間は居ないと言っていた。彼の言葉を完全に信頼するならその勧誘を断って戦闘になったと考えるのが妥当だ……。


「本名とかわからないの?あのに聞いたりしてないの?」

「俺にとってはアスタとの契約を行った人間ってだけで信頼するには十分すぎる内容だ。そこまで彼の望まない踏み込み方をするつもりはないし、話したいときに少しずつ自分の口で話してもらうのを待つよ……」

「ふふ……やっぱり貴方って優しすぎるわね。この世界に向いてないんじゃない?」


 俺だって許されるならこんな仕事はしたくない。静かにそう呟いた。

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