第8話
地上と隔絶され孤立した遅れた文明都市、地上が表ならここは裏であろう。
薄暗く埃っぽいこの国はかつて地上を目指し、地上と争い敗れ属国と化した悲しき帝国。空気は当然濁り埃混じりの汚いモノだった。
空を見上げれば天井があるなんて地上の人間には味わえない貴重な体験だろうが、我々にとっては空を見上げる度に何度唇を噛んだことか。
劣等感。あるいは復讐心からか我々は先祖代々地上の民を憎んでいた。しかし、地上の民は我々のことを忘れている。
男は地下帝国アンダーゼノアに残る最後の宮殿に負傷した仲間を連れて向かっていた。当然空気の入れ替えが不便な地下では地上のように車に乗ることはできず、地上よりも劣った馬車で移動をしている。
「ダンナァ、アンタあの宮殿のどこに停めればいいんですかい?あまり近づくと宗教警察に俺が捕まっちまいますからァなるべく遠くにして欲しいんですけどォ……」
「私はあそこに呼ばれているんだ正面に停めても構わない。とにかく急げ……!」
仮面で顔を隠した運転手は素顔を晒して怒鳴る男に言われた通り馬を急がせた。
宗教が国の法律であり全てのこの帝国では仮面をつけることが義務で、それが守れなければ宗教警察に罰せられる。しかしごく一部、つまりは遅れた帝国らしく生き残った貴族のような上流階級や親衛隊は免除されていた。
つまり素顔でこの街を動ける男は上流階級の遅れた貴族、または宗教警察よりも恐ろしい親衛隊のどちらかで大人しく命令に従っていたほうが身のためだ。運転手は額を汗で濡らしていたが、彼の前で仮面を外して汗を拭くのは諦めた。
馬車を数分走らせるとようやく男の目指す地下で一番豪華で存在感のある宮殿が見えてきた。
数千年前から存在する地下空間は人間より遥かに強い力を持った何者かによって開拓され天井までは高さは約103m。土でできた天井と地面の間には柱が存在しない為にこの帝国では悪魔がこの地獄を作ったというおとぎ話が存在する。
「ダンナァ!もうすぐ着きますぜぇ料金は割引しときますよ」
「いや私が料金をケチっただのと噂されるのは恥ずべきことだ……釣りはいらぬ」
男は馬車の運転手に倍の4人分の運賃を払いようやく宮殿に辿り着いた。
作り込まれた入り口の扉は横並びになった人間が同時に10人入ることが可能なほど巨大で、右端にはこの地下空間を作ったと言われる悪魔が左端のライバルである神と睨み合う。それは今にも動きだすのではと錯覚してしまう見事な彫刻が施されていた。
扉の前には当然仮面をつけたこの帝国の兵隊が警備を任されていたが、男の顔を見ると急いで人一人では動かすことができない巨大な扉を機械によって自動で開かせる。
血のように赤い絨毯の敷かれた宮殿の内部は複雑に入り組んでいて目的の場所まで行くのにも一苦労だった。
男は目的の場所、扉の前に立つと既に止まった心臓や臓器を失ったことを忘れ深い深呼吸をすると負傷した仲間の頬をひっ叩く。
さっきまで白目を剥いて気絶していたガタイのいい男は飛ぶように起き上がた。
「やっと起きたか」
「なんで俺はここに居るんだ?それよりあのガキどこ行った!?」
「お前は活動時間を超えて気絶していたんだ……そして私達は先刻マスターに呼ばれここに居る。決して無礼の無いように、いいか?」
未だに頭の整理がついていない馬鹿はほっといて男はもう一度深呼吸をすると目の前に聳え立つ扉を軽くノックをする。
軽いノックだったが広い廊下には質のいい音が響き渡った。
「入りたまえ」
中から男の声が聞こえた。
二人は扉を開け中に入るとすぐさま額を床につけ彼らの尊敬する支配者に頭を下げる。
「アベル、カインただいま帰還いたしました……この度は軽率な判断によりマスターのご気分を害してしまったことを深くお詫び申し上げます……」
沈黙が支配する部屋は土下座をする二人の男と、横幅は人がすっぽり収まる机の裏で足を組み帝国内でも上位の実力ある二人に頭を下げさせる白髪の男。
その瞳は深紅の右目と
磨かれた宝石すら比較されたら鮮やかさを失ってしまう左右色の変わった瞳に睨まれているだけで額からは止まることなく脂汗が噴き出てる。
しかし、この空間、彼らを支配する者がため息一つ吐くだけで汗を拭くという自然な行動すら許されなくなる独特な緊張感が漂う部屋で二人は頭をあげることはできなかった。
「アベル、私の名は陛下でなければリッパーで統一しろと言ったはずだ。マスターというのはむず痒い」
「し、しかし!」
「もう一度言う。私はこの地ではリッパーである……それとも私のこの名が気に入らないというのか?」
「め、めめっ滅相もございません!」
すると部屋を包み込んでいた重圧が消え去り自然と肩が軽くなった気がした。
「ハハ、嘘だよアベル。マスターでもなんでも私は許そう……そんなことで一々顔色を変えていたら小物の臭いが出てしまうものな」
強い者の軽いジョークというのはどんな格闘家のパンチよりも鋭く重たいジャブだ。
本人はそうは思っていなくても部下は判断を間違えれば今後に影響してしまう。アベルは既に止まってしまった心臓がまた激しく鼓動してるような感覚を思い出した。
「さあカイン、お前の無様にやられた顔を私によく見せてくれ」
カインは無言で主に向かって顔をあげると少年につけられた傷を見せる。
カインにとってこの行動は屈辱的で今まで負け知らずの帝国随一の豪傑が初めて負けた相手が少年という事実に未だ納得できていなかった。これが帝国に広まれば彼ら親衛隊の格が下がることも理解している。
今更になって「あのときああやっていれば」などと心の底で考える惨めな己に苛立ちを感じる。
「あーあーこれは随分とやられたんだね。原因は慢心かな?それとも油断?どちらにせよ負けたのは事実だし、ソレは重く受け止めてもらわないといけない……言い訳はキミを惨めにするだけだから次は勝てるように努力するんだよ」
カインは心の中で静かに舌打ちをする。
「そんなに怖い顔をするなよカイン。アベルも頭をあげるんだ」
このときようやくアベルは自分の支配者である主の顔を視界に入れることができた。
白銀の細い糸のような髪は部屋に存在する唯一の灯りである蝋燭の炎に照らされ切れ目から覗く左右色の違う瞳はアベルの視線を掴んで離さない。
そして眉目秀麗な顔には数カ所深く抉れた傷が残っていた。
「今回キミたちは相手が悪かったんだ。私が撤退の命令を出さなければ二人とも死んでいた可能性があった」
「し、しかしマスター、私があの少年を相手したときはあまり手応えは無く素人の戦い方でした為、あのまま私が少年をここへ連れて行くことも……」
「だがカインは負けた。原因が慢心でも油断でも負けは負けだ、カインを倒す実力はあの少年にあった。それにキミは感じなかったのかあの気配を」
「気配、ですか……?」
「ああ、そうだ。私は久しぶりに体が動かなくなるほどの気配を彼の背後から感じ取ったよ。多次元から干渉する私を超えた気配、四ツ目の怪物の気配をね……」
そんな馬鹿な……。あの場でもし本当に四ツ目の怪物が出現したというなら私は感じ取れているはずだ……しかし、あのとき感じた気配は少年のモノと裏でコソコソしていた特科の二つのみ。
そしてこの世界に存在する者で主を超えるような気配を持つ者などそれこそ特科のホムラとあの女以外は存在しない。
アベルは主が言う多次元からの干渉なんてものは感じ取れなかった。
「それは確かなのですか……?」
恐る恐る確認を取るがアベルは内心では否定してほしかった。
気配を見逃した自分と世界最悪と評される主を超える存在など認められるわけがなかったからだ。
「初めて感じた気配だった。ホムラじゃないそれ以上の明確な殺気を孕んだ、そう我が子を守る親のようだった」
「へぇ……存在するって言うんですかいアンタ以上が。俺は認められないな……地下帝国を作った悪魔の末裔であるアンタ以上なんて……」
今回ばかりはアベルもカインに賛同する。
「なんだカイン、キミは私を信頼してくれないのか?あの地獄からキミを解放して私の下で働かせているのに全く失礼な奴だ……」
「いやそれとこれは別だ。俺は一応アンタを信頼しているが、どうもその気配というのが本当に実在するのか怪しいってことでアンタを疑っているんじゃない。この時代はたしかに俺たちの時代とは違うから俺達の知らない
そう、私達が生きていた時代とこの時代は全くの別と言ってよいだろう。
暗く生きた心地や時間の経過を感じることもできないムゲン地獄から解放されたときにはあの日から数百年以上が経過していた。
戦争が終わり憎き地上の人間に封印されてから無駄な数百年をただ浪費している間に地上からは神の力も悪魔の力も感じることは無くなっていた。
やはり私やカイン以外の
「残念ながら私以上が存在するのは間違いない。キミ達をあの牢獄から解放したときから私を邪魔する何者かも一緒に解放されていたようだ。これは私のミス、あのとき気づいたときに始末しておけば力を蓄えて駆除することが難しくなることもなかっただろうに……だから今回のことは私も責任がある」
「そ、そんなことはございません!貴方様のミスはどんなことでも我々のミスでございます!そしてマスターが失態であった場合それが貴族の耳に入ったときやっと上がった我々親衛隊の地位も危うくなってしまいます……!ここはどうか我々の責任として、親衛隊シェフレラの頭としての毅然とした態度で……」
全てを語ることは主を侮辱することにもなり得るそう判断したアベルはそれ以上なにも言うことは無かった。
なぜ俺にはその影とやらの気配を感じることができないんだ……?強者から感じ取れる異様な殺意オーラを感じられない程俺は衰えているのか?
しかし、カインは「キミ達を牢獄から解放したときから」というリッパーの言葉に違和感を覚えていた。
アベル同様ムゲンの地獄で彷徨っていたカインにとって唯一の暇つぶしは同じく彷徨う者の中で強者と呼ばれる者と戦うことであった。
ムゲンの地獄。それは世界を作り出した古の存在であったり、地獄を統括する者であったり人間とは違う強すぎるがゆえに危険と判断された者たちがムゲンの地獄に封印されている。
秩序や常識は存在しない強い者が絶対である地獄から出てきた者は当然強者。
その気配を感じ取れないなどいくら地上に出る代償で力の半分を失っているカインでも納得ができなかった。
「アンタ、それ以上の失敗をしているんだろ?だから俺たちをここに呼んだ……」
「な、なにを言っているんだ馬鹿者……!」
アベルは当然これ以上主の尊厳を傷つける行為は許せなかった。例え同じ創造主から生まれた弟分でも許せるモノと許せないモノの明確な境界線は存在する。
「アベル……カインの言う通り私はそれ以上の失敗をしている。東大陸のハルベイド地区に置かれた拠点が陥落した……あそこの守護者であるエレインは消息不明だ」
「な、なんですって!?あの危険度指数がAクラスであるあの女が負けることが……?」
危険度指数とは地上世界を治めるイリニインゼル中央政府の老中院によって定められた能力者の危険度のことである。
政府は未だ能力者の存在やバケモノと呼ばれるネスなどの存在を認めていないが、いざ有事の際に強さの目安が無ければ対応ができない。そこで各大陸の政治家や軍隊は世界で唯一政府公認能力者組織である特科から情報を買い取り秘密裏に共有されていた。
能力者の危険度とは単に力の強さだけではなく政府や一般人の生活への影響力なども反映されている。
危険度はアルファベット順に能力と使用者に危険はないDクラスから、世界中央政府やその他各大陸が持つ最大の戦力でコレを撃破しなければいけない最高の
地上で活動する能力者は大抵DクラスからCクラスの間でチンピラのような者たちがグループを作って活動していると聞くが、地下帝国と特科に比べればそれはタカラダニのように小さい者たちだった。
「危険度Aクラスが負けるということは相手は……!」
「ホムラで間違いないだろう。東大陸いや、世界で一番強いと言われるヤツだったら俺も納得がいく」
能力が〈ビースト〉のみの彼女ならあの男からは逃げることが精一杯だろうと静かに補足するアベル。
危険度指数最高クラスである
一人は地下帝国親衛隊シェフレラのリッパー、そして特科のホムラ。
当然SSとして登録されているリッパーは地上で発見された場合、戦う意思を示した瞬間にその場で死刑執行だが、特科のリーダーであるホムラは別であった。
ホムラは中央政府に服従する限り地上での行動を制限されることも命を狙われることもないと保障されている。
しかし、それが良いかというとまた別だ。
政府に反抗ができないというのは中央の奴隷と同じで、完全管理下のもと首につけられたチョーカーによって位置情報を常に取得され能力の使用を制限されてしまう。
当然どんな命令でも遂行しなければ裏切りと判断されるかもしれない。力を持たない者ほどホムラのような強い者を恐れている。
「我々は東大陸への足掛かりとなる重要な拠点を奪われてしまった。そして最悪なタイミングであの植物を操る少年の登場……しかし能力者の存在、ネスや他のバケモノの存在もこれから公になることは、我々が派手に行動することで地下帝国という忘れられた文明を中央政府が隠しきれなくなる。こちらにとってはプラスとなるな」
「いよいよ……ということですか?」
「ああそうだ。あの少年を引き入れたいが恐らく特科がもう行動に出ているだろう。……カイン!」
「ハッ!?」
情けない裏返った返事は笑いものだった。
完全に不意を突かれたカインは話に集中していなかったことを悟られて説教を受けるのかと身構える。
「私はこれから地上に出てある準備を行う。お前はカズヤから例の物を受け取って目標地点に設置しに行け」
「へ、へい……」
「そしてアベルはあの古文書の在りかを探りに西の大陸に向かえ。あそこは今一番警備が手薄になっている」
「了解しました」
リッパーは椅子から立ち上がると純白のマントを翻し成人男性二人分の高さはあるであろう扉からどこかへと消えて行った。
部屋に残された二人はやっと緊張から解放され額から噴き出た汗をようやく拭くことができた。
同じ空間に居るだけで息が上がっている、異次元の恐怖だ。
「おいカイン、貴様はあの古文書について覚えていることはあるか?私との記憶にズレなどが無いかの為参考に聞いておきたい」
「さっぱりだ……」
「やはり貴様もか……」
リッパーは一人薄暗いらせん状に設置された石造りの階段を下りていた。
階段は地下よりもさらに深いある場所へとつながっていることは知っているが具体的にどのぐらい深いのか、そして何が居るのかは彼でさえ把握はしていない。
地下帝国は名前の通り地下に存在する帝国、その広さは地上に存在する四大陸を足した広さに相当するが、全ての土地を余すことなく利用できているかというとそうではない。
広すぎるがゆえに今から向かう場所のように封印され見捨てられた土地も沢山ある。
どんな優秀な指導者でも全てを余すことなく使うことは不可能、私もできるかと言われたら自信のない返事をするだろう。
何十メートル、階段を何段下ったかなど忘れてしまった頃、要約目的地の扉の前に到着した。
石の扉には不思議な記号のようなものが彫られ規則的に並んでいる。ソレを優しくなぞるとボゥ……と文字が輝き始め扉が砂埃を吐きながらゆっくりと横にスライドする。
これが失われた技術、禁忌の魔術であるならそうなのだろう。
扉の向こうには灯り一つない暗闇が広がっていた。
リッパーは持ってきたランプに火をつけ生き物の気配一つない静かな地獄へと足を踏み入れる。
―こっちへこい!
―俺を解放してくれ……!
―助けて……助けて……
姿の見えない亡霊の囁きと呻きと喘ぎが耳障りだった。
目的の場所まで案内してくれる声があれば嬉しいが、奴らに聞けば当然自分の方へ誘導を始めるだろう。
私は無能を雇うつもりはない。
そしてリッパーは頑丈に閉ざされた牢獄の前で立ち止まる。中から感じる殺気と存在感は声を出さずとも彼を扉の前まで導いていた。
―俺様に何か用かな人間……?
「こんな所に閉じ込められている愚か者が随分と偉そうな態度をとる」
―フハハハハ!嘗めるなよ人間!貴様の目の前に居るのは悪魔だぞ!貴様ら劣等種族である人間を超越し神と天使の対となる存在であるこの俺様がこんな場所から出られないとでも思っているのか?
「だが、出たとてお前は代償により力は半分以上あの樹に奪われ、その劣等種である私に力でも知恵比べでも勝つことはできない。忘れたわけではないだろうな」
―フン。貴様もあの樹に毒された者の一人か、それとも貴様もヤツらと同じく自らを選ばれた者と自称する者か?
「ならば貴様ら悪魔は私の命令を聞かねばならない。貴様らの主はその選ばれた者によって滅ぼされたのだからな……上下関係は数千年前から確立されている。さあ悪魔は悪魔らしく人間と契約をするんだ」
悪魔の主。古代、神と悪魔を作り出した二人の王による戦争で誕生した悪魔神アルナカート。
彼は戦争が終わり二人の王がある樹によって深い眠りについた日から悪魔の王を自ら名乗り地下の帝国を作り出したという。
だが、彼は数千年後の神と悪魔そして人類の戦争によって最後は
これは私が狙う古文書の一節にかかれた僅かな記録の一部だ。
数千年前にかかれたという古文書は未だに公開されてはいないが彼はその一文だけを知っている。
そして契約という言葉に悪魔の態度が変化したのを感じた。
悪魔にとって契約とは契約者との主従関係はできるが外の世界に出ても力の制限を受けずに済む唯一の方法だった。
この牢獄に囚われた亡霊たちは皆リッパーのように時折上から降りてくる者と契約を行い地上に出ていることがあった。
―契約……。貴様は俺様がなんの悪魔だかわかっていっているのか?ココに入っているのは人間に負けたからではない、俺様は俺様の意思でココに入ったのだ。そしてこの牢獄は普通とは違う、俺様を出すなら貴様はそれに見合った代償を払わなければいけない。それはわかっているだろう?
「確かお前は強欲の悪魔だったな。ならば私の臓器の一部を代償に契約をしてやる……それで文句はないだろ?」
―なにが目的だ?
自らの意思で誰も入りたがらないような地獄に入るイカレた悪魔はやけに慎重だった。
それもそのはず、人間の臓器を契約の材料とした悪魔は全盛期ほどではないが、十分に世界を狂わせる程の力を手に入れることが可能だった。
その為、リッパーの提示する条件は悪魔によっては自分を超える悪魔を野に放つことと同義だ。神と違い契約とは悪魔にとっては名ばかりの儀式、儀式さえ成功すればいつ契約者を裏切っても問題は無かった。実際契約後に死亡する契約者も少なくない。
制御することのできなくなった悪魔は暴れるだけ暴れ能力者に駆除されるか、行為によってはそれをよしとしない
悪魔の本当の名を知っている奴に碌な者は居ない。これは悪魔の常識だった。
お世辞にも賢いとは言えない強欲の悪魔であったが、彼は彼なりに外の世界、つまり現世の人間が住む世界の情報をいくつか持っていた。
リッパーという男は自分たちを創造した王と悪魔神の正体を知りたがっている。
―古文書か……?
「それはどうだか」
曖昧な返答であったが答えには十分過ぎるほどの反応だった。このとき噂が本当であったという答え合わせにもなった。
アルナカートの古文書を知る悪魔はこの世にそう多くは存在しない。
この世に存在する万物を作り出した原初の王とは対になる存在を書き記した古文書は現在、地上を支配する中央政府によって隠匿されていた。
どこにあるのか、どのようなことが書かれているのかなどは彼ら中央政府でも限られた者にしかわからない。
そこでリッパーは直接その時代を知る者に聞こうとしていた。だが、悪魔にも悪魔の掟がある。
―残念ながら古文書について俺様が話せる内容は無い。それを話すなら貴様の心臓を捧げることとなる。聞けてもすぐに貴様は死ぬこととなってしまうな……。
「やはり近道というのは存在しないようだな」
それは残念なことであったが、世界を作り替えるのが簡単であっては困る。それが自分を納得させる言葉であり彼の本心であった。
アルナカートの古文書を求める彼の探究心は呪いに近いモノだ。もし、このとき彼に生きていなければ達成できない野望が無ければ、彼は間違いなくその心臓を差し出したことだろう。
―なぜ古文書を求める。この世界では古文書は禁書扱いなのだろう……貴様も影の悪魔と契約し魔術を手にした名もなき英雄サマと同じ扱いを受けたいのか?
「私は魔術にも影にも触れるつもりはない。ただ知りたいんだ……この地上の中央政府が隠したがっている秘密とやらと二人の王の居場所をね」
その人類、神、悪魔を巻き込んだ戦争を終結させた名もなき英雄は二つの禁忌を破った。影の悪魔と契約し、そして人類が神によって禁じられていた魔術を会得した。
魔術は神にとっても悪魔にとっても脅威だった。
人間に残された最終兵器として
人類には魔術を扱う才能が皆、平等に存在する。それは棺桶に足を踏み入れている老人も生まれたての赤ん坊も例外ではない。人類にはその才能があった。
しかし、未だ魔術師は現れてはいない。
魔術を使用する
しかし、そこからどのようにして魔力を解放するのかはまだ発見されていない……いや、発見できないようになっていた。
戦争に勝利した人類であったが、その勝利を導いた英雄が自ら魔素解放の方法を封印し己の記録と共に抹消したからだ。
では、我々能力者はどのように力を使用しているかと問われると説明は難しいが、やっていることは魔術と同じで人間の生命のエネルギーを代償に能力を使う、ただそれだけのことだ。
魔術の魔素とは違い代償が生命エネルギーということで大量に体力を消耗する能力は髪や体の一部を白化させるのが特徴だ。能力を使用しすぎるとその白化は体中に広がり、やがて能力によって全ての生命エネルギーを使い切って干からびる。
実例があるのでこれは間違いない情報だ。
古文書にはこれらのことが細かく記されている。いずれ中央政府の存在を脅かす者が現れないように彼らは古文書を禁書として認定し、存在を公表する前に隠した。
「キミも古文書は欲しいだろ?キミたち悪魔の王様のことが書かれた物なんだから」
―俺様も古文書はいずれ我ら悪魔の手に戻さなければいけないと思ってはいる……。だが、貴様の臓器を利用した契約なんてものを受けてしまったら俺様は貴様の部下になったことになってしまう。俺様を自由にしろ……それが条件だ。
「ああ、キミが私の命令を聞くならな……」
お互いがお互いの言葉を信じていなかったため二人の会話には異様な間があった。
―ならば契約を行う……。
「では、早速だが仕事を頼む」
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