第5話

「少年、名はなんという……」


 廃工場を背にしてアベルは落ち着いた様子で目の前で能力を使用し植物の壁を作った少年に話しかける。

 少年の能力は植物を操るモノだとしたら彼らにとっては不都合であり、今後の目的の障害となる。その為、少年が抵抗、もしくは勧誘を拒んだときは殺せとアベルの忠誠を誓った男から命令を受けていた。当然彼はその命令に従う。

 背後には大きな川が流れていた。もし、少年を殺すことになっても死体は沈めれば問題ないだろう。


「言わない」


 質問には答えで返せと先刻説教を受けたが、少年は私の名を聞いて己の名を名乗らない。

 まあ、いい。子供相手に意地を張るなど恥ずかしいことはできない。

 それにしても少年から感じる殺気は少年とは思えない鋭くナイフのような切れ味を持ったモノだった。

 ヒリついた肌が久しぶりに強い者を感じ取り興奮しているようだったが、この興奮だけで能力を少年に見せてしまうのは少々危険だ。しかし、連れのゴリラは脳みそまで筋肉が詰まっているおかげで既に一つの力を見せてしまった……浅はかなやつだ。


「そうか、ならそれもそれでいい……。さて、自分の身を守るための能力を発動したこの状況ならキミも話しやすいだろ?我々はまだ攻撃するつもりはない」


 少年は何も反応することが無かったため私はその反応を肯定と捉え話を続ける。


「キミはどこの所属だ?特科か?それともまた別な組織が関与しているのか?月だとか薔薇だとか今の時代は沢山目障りな組織が増えて困っているのだよ」

「僕は一人だ」


 お互いの距離は二十メートルはあったが充分少年の声を聞き取ることができた。


「一人?その力は誰から貰ったと言うんだ。まさか生まれつきではないだろうな?生まれつきで貰えるギフトは身体変化、強化系だけだと聞いているが、キミの能力はちがうだろ。自然系であっては困る」


 ソラには男の話が一つも頭に入ってはこなかった。

 身体変化強化系、自然系……重要な単語が出てきたが、ここで自分の知識量を公開しては後々面倒なことになりそうだ。

 だが、わからないモノをどうすることもできない、知識ゼロで嘘をついても墓穴を掘るだけであったためソラは沈黙を貫く。


「やはり一人のキミでは能力のことをよく知らないようだな。そこで提案なんだが、我々の仲間にならないか?我らがマスターがキミに会いたがっている……一緒に来てくれ」


 仲間にならないかという男の提案。

 この二対一のこの状況で断ればあの軍人がすぐさま僕を襲うのだろうか、もしかしたらあの男が自ら僕を襲う可能性も……。

 一人というのは心細いが、怪しい奴らの仲間になるつもりもない。


「マスターってのはいったい誰のことなんだ?」

「フフフ、フフハハハハハハハ!我々はシェフレラ……愚かな人間に天罰を与える者であり、その頂点に君臨されし御方は神に最も近く、悪魔も恐れる御方。この世界を変える力を持つリッパー様ただ一人!」


 知っている名前が男の口から出てきたことに安堵する。

 ヤツらはアスタとの契約で殺せと命じられた目標である男の部下。そして二人組のボスであるリッパーは僕に会いたがっているのか。

 線を繋げるための点が僕を中心に急激に増えてくれたことに肌が粟立つ。

 あとは僕の判断に全てが掛かっている。


「世界の目指す平等とはなにか?未だ弱きものは強き者に支配され、力と金を持った人間だけが世界を変えられるなんて平等とは程遠いと思わないか!我々はそんな腐った世界を変える力を持った御方に忠誠を誓い、真の平等とはなにかを力を持たぬ者たちによって世界に知らしめる栄光ある組織!」


 リッパーはこんな盲目的に己を信仰する者を下に置いているのか、まるで神様だな。

 力なき者の先頭に立ち腐った社会を、この世界を変えるか……。

 この世界は確かに腐っている。国民に選ばれた政治家というのは長い間椅子に座り続けことで、いつしか自分の為の政治を行い始めてしまう。

 自分の嬉しいことは周りも同じく嬉しいと思っているのだろう。

 だが、国民はを望んでいるんだ。

 彼ら政治屋のおかげで貧しい暮らしを強いられている人間がいるのは男の言う通り間違いない。これに反論する言葉を僕は持っていない。

 しかし、僕は一つ男の言葉に引っかかるモノがあった。


「素晴らしい野望だな。僕も力ない人間ならアンタらの思想について行っていただろう。だが、僕はある意味でアンタらと同じ力を持った人間になった……同じ力を持つ人間の意見としては、この世界を変えたとして誰が新しいを引っ張っていくんだ?と考えるのだが、まさかアンタらの神様がやるわけじゃないだろな?」

「……なにか不満があるのか?歴史でも神話でも世界を作り替えた者が新たな王になると言うのが自然なものではないか?」


 予想通りの考えに、あまりにも浅はかな考えに僕は思わず笑いが口から漏れ出てしまった。

 不審に思った軍人の目がグラサンの下で変わる。


「私は可笑しなことを言ったかな?」

「ああ……いや、可笑しいというのは僕の感じ方だからアンタらの考えを否定するつもりはない。素晴らしい考えだというのは僕も賛成だ。そんな世界中の人間のことを考えてくれる人が居たとは思わなかった」


 僕も彼らの思想は賛成できる。

 彼らも僕も社会から見ればではない、普通であるべき道からはじかれた愚か者である……。

 僕らの恨みや憎しみってのはぶつける場所や対象ってのが存在せず、代わりに僕らという存在を作り出した社会に対しての反抗心を持ってしまう。

 救済、援助と口では僕ら社会の弱者を救うと豪語する政治家も票を稼ぎ切れば僕らに興味をなくす。言及されればマニュアルにでも書かれた言葉を並べ学のない人間、言葉の本質を見抜けない者たちを騙してその場をやり過ごす。

 そんなことを続けていたら彼らのような思想も生まれてしまうのもしょうがない。東大陸の無法地帯、ハルベイド地区の人間にも彼らと同じことを言って組織を作った人間を知っている。

 確かに社会は弱者を救済しない、だけどだ……。


「だけどアンタらのマスターであるリッパー様が、いや神様が力で世界を変えたところで未来は今と変わらないじゃないか……」

「ム……?それはどういうことかな?」

「考えてみればわかるだろ。要は革命を起こし、成功したところで僕ら人間を超えた力を持つ人間がいるなら今の普通はひっくり返るだけだ。財ある者が今の正義なら力ある者がアンタらの正義だ……僕は争いは好きじゃなくてな革命とか血生臭いのはお断り。アンタらの考えに賛成しきれない」

「キミも世界に対して不満を持っているんじゃないのか?」

「持っていても正体不明のカミ様の下に集まってワイワイするつもりはないって言ってるんだよ……」


 その瞬間、殺気を感じ取った植物が僕の正面をガードする。

 木の根に当たった音とは思えない金属音からは激しい感情を感じた。体をガードする根の隙間から覗くとレインコートを羽織った男のアタッシュケースから煙が出ている。

 破裂音が聞こえたから改造された銃だろうか?

 男は肩を震わせて何かブツブツ呟いている。呪文でもなくその言葉には意味がないだろうが、一言一言に感情が乗っかっていた。

 人を呪うモノなら間違いなく呪い殺せるだろう。


「き、貴様……!我が主を愚弄する……ゆ、許せん!」


 肩にまでかかったサラサラな黒髪を掻きむしり男は激昂していた。

 余程僕の言葉が効いたのだろう……これだから視野の狭い人間は嫌いなんだ。

 目の前にあるモノを盲目的に信仰しているためにそれ以外が全て悪に見えてしまっている。必ず自分の対極に人間がいることを認識できていなければ誰でも彼のようになってしまう。


「落ち着け兄貴、俺がやる。手ぇ出すんじゃねえぞ……」


 カインの言葉に落ち着きを取り戻したアベルは、言われなくても自分は能力が不明なあの少年に近づく気は一切ないと心の中で反論する。

 カインは内側から変形する体から放出された熱を白煙としてまき散らしながら少年に近づく。彼の周囲の空気はゆがめられ陽炎が天まで昇っている。


「気をつけろ、ヤツがもし自然系だった場合……」


 私の言葉は完全に人の姿からかけ離れた見た目に変化した弟分に遮られた。

 バケモノ、カインの姿は人間の負のエネルギーを人為的に開放して作り出された悪魔の姿。理性という名の鎖を自ら断ち切ったモンスターは人間の10倍の筋力で敵を粉砕する。

 カインはあの怪物たちの最高傑作と呼ばれている。

 そしてあの少年。能力や所属、全てが謎に包まれた存在の彼は前触れもなく突然我々の世界に現れた。

 「彼をここに連れてこい。もし、従わなければ彼のだけでも構わない」我らの主がそう仰った。ならば主の命令通り連れて帰るのが最優先だが、少年の能力が自然系だと確定した時はそれが不可能に変わる。

 だからあのとき我が主は血液を要求したのか……?


「カイン、ヤツはわかっているのか……?」


 そんな慎重なアベルとは真逆の性格を持つカインは少年に近づく。

 生まれ持っての戦闘センスによって数えきれない者たちをあの世に送ってきた。今日もその延長線だ。少年相手に腕っぷしで勝てると思っているためかその肩は楽そうだった。

 ソラが植物によってできた壁を解除したとき、カインの拳がソラに向けて一直線に繰り出される。

 しかし、その拳は空を切り後から感じるのは音と背後を流れる川の水面を揺らすパワー、その時風は吹いていなかったので間違いなく男のパンチが影響していたであろう。


「ナニ!?」


 人間に避けられたことのないパンチを子供に避けられてしまったことに驚愕したバケモノの動きは止まった。


「もう不意打ちなんか当たるもんかッ!植物たちよ命令だ!」

「コイツ、瞳ガ!」


 少年の右目は瞳孔の形を変え、深紅の瞳を中心から青いサファイア色に滲み染めている。一瞬の変化であったがソレをカインは見逃さなかった。

 パンチを躱すため背中から倒れ込むソラが地面に触れると地面が微かに緑色の輝きを放つ。

 そしてソラの命令通りカインの腹部目掛け地面から現れた植物が巨体を貫き軽々と持ち上げ、一直線に廃工場の石壁を何枚も破壊しながらようやくカインの体と植物は制止する。


「な、なんてパワーだ……」


 少年の生み出した植物、能力を目の当たりにして悪魔の姿となったカインが、いとも簡単に鉄のように固められた筋肉の鎧を貫かれ壁に貼り付けられた光景を信じることはできなかった。

 カインは動くことができず、植物によって開けられた傷口から血が滝のように流れだしていた。


「次はお前か……」


 少年は肩を揺らし大きな呼吸をしながら地面から立ち上がる。

 カインの拳を避けただけでなく、カウンターに悪魔が死なないとわかってか残酷な倒し方を行う。そんな悪魔より残虐な少年の姿を見てなぜかアベルの心は今にも踊り出しそうだった。

 少年を連れ帰り主の戦力……いや、あの少年の力を手に入れれば我々は世界を変えることができる……!

 それは自分のマスターであるリッパーを神と同じ存在へ押し上げるための階段、自分と同じ幹部クラス、そして少年という駒を踏み台としてリッパーを神の座へと座らせる。それがアベルの理想であり目標であった。

 興奮で自分の力の制御が緩んでいた……アタッシュケースにしまっていたモノが少年を拘束、或いは殺害することを目的として暴れ始める。ソレには正しく意思が宿っていた。

 だが、このときソラの背後に存在するに興奮で正常な判断を失いかけていたアベルは気が付かなかった。

 カインを返り討ちにしたのは少年の力であるが、彼本人の力ではない。ソラの背後から二人の人外を睨む四ツ目の怪物多次元からの干渉者が、じっとアベルの次の行動を観察している。


『アベル、作戦を中断して帰ってこい……』


 興奮したアベルの脳内に直接氷が投入された。その氷はアベルの興奮を冷まし、野望を冷凍保存するには十分なくらい冷静だ。

 軽く舌打ちし、アベルは問う。


「なぜだ!?これはチャンスではないか!」

『ダメだ。ヤツらがお前たちを嗅ぎつけてそっちに向かっていると連絡を受けた……今すぐゴリラを連れて帰ってこい。これは命令だ』

「だ、だが血液の採取だけでも……!」

『あの方にはなにか考えがあっての作戦の中止命令だ。それともそのお考えに納得がいかない……もしや逆らう気なのか?』


 脳内に直接語り掛けてくる伝言役の男の声は異常と思えるほど冷静であまりの単調さに氷のような冷たさを感じた。

 脳に語りかけられているということもあってか刺さるような痛みを頭に感じる。


「……わかった。あの御方の命令とあらば従おう」


 脳内に響く男の声を感じなくなったと確信すると研ぎ澄まされた神経をまた集中させ、周囲に張っていた監視網をさらに拡大してこちらに向かってくる三人の影を見つける。

 男の言う通り既にヤツらは動いていた。ハイエナのようにずっと狙っていたのだ。アベルは少年に背を向け壁に無様な姿で貼り付けられたカインに近づく。


「なんだ?逃げるのか……?」


 男から急に感じられなくなった殺気に困惑するソラだったが、戦闘中に背中を見せる人間に一切の慈悲を与えるつもりはない。

 いずれ彼らは僕の前にまた姿を現すだろう……そのときもまた能力を使用した殺し合いが始まることはわかっている。

 拳に棘のついた植物を巻き付け自分に背を向けた敵に殴りかかる。


「まだ力の判明していない状況で近接戦を挑むとは愚か者が……」


 植物を使い飛び上がった僕の体は男に睨まれ凍り付いたように動かなくなった。

 なにが起きたか理解することもできず空中で固定された僕の体に激痛が、バケモノやあの軍人の拳とは違う痛み。

 廃工場に差し込む太陽の光を反射する一本の鎖。

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた鎖によって僕の四肢を固定される。あのとき、主の思想を理解されず、怒り狂った男がアタッシュケースから撃ったのは銃の弾丸ではない、この鎖だった。

 鎖は本来僕の体を貫く予定だったのだろうが、どういうわけかその先端が尖った鎖は僕の体に触れることなく震え空中で止まっていた。


「どういうわけか鎖が貴様の体を貫くことができなかった。勧誘を拒み我が主の理想を他と同じだと吐き捨てた貴様は本来この場で殺すつもりだったが、幸運の女神とやらは貴様に微笑んだようだ……命拾いしたな」


 このときアベルはなぜ鎖がソラを貫かないのか理解できていなかったが、主の命令でソラを生かしておくことの方が謎であった。

 男はまた僕から視線を外し歩き始める。鎖はこれ以上僕の体に致命傷を負わせることができないと判断したのか、独りでにアタッシュケースから伸び続け、自由を奪われた僕の体を廃工場の正面を流れる川に沈める。

 力を使い切り空っぽとなった僕の体が水中で動くことは無かった。肩から流れ出る血液が水と混ざり合う。目を開けたまま沈んでいく恐怖は二度と忘れないだろう。


―待てよ。まだ終わってないぞ。


 そんな声は水中で出るはずもなかった。

 水が遠慮なく体の中に押し寄せ、残っていた酸素が全て水に溶けていった頃朦朧とする意識の中、水によって歪みながら姿を変えて浮かび続ける太陽の前を一つの大きな影が横切る。

 翼を広げているような姿は鳥だったが、鳥にしては人並みのサイズで大きかった。


 そして僕の意識はここで途切れた。

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