第4話

「俺ァ面倒なことは嫌いだから単刀直入に聞こうか。お前は何者だ……?」


 僕はいったい何者なのだろうか?

 僕の人生の主題であり、本人ですら答えるのが難しい質問を投げつけてきた。

 金髪サングラスに煙草を咥えたスカジャンと、見た目で人を判断してはいけないとわかっていてもいざ目の前に完璧な厳つい恰好をした人が現れるとつい身構えてしまう。

 そして僕の警戒を男は感じ取っているのだろう。

 お互い力を持っていることを知っているためか下手に動けない。動いたらお互いの能力がぶつかり合う……多分僕は勝てないというのは当然のことであるが、男は僕の能力について正確な情報を持っていないのだろう。

 見た目の割には慎重だ。さて、人間相手は初めてだどう戦うのが良いんだろうか?


「僕はこの大陸で生まれた孤児ですよ。あなたが望むそれ以上の答えはもうないです」

「親なしか……。次に誰の差し金でここへ来た?」

「僕は僕の意思でここへ来ました。アナタが倒したそのバケモノに引きつけられるように」

「ほぉん、コイツにねえ……」


 ライヤは足元に転がる頭を失った筋肉の塊に視線を向ける。そして少年にまた視線を向けた。

 生憎お面のおかげで少年の感情が読み取れない。だが小僧から感じるのは敵意と殺意、俺を敵とみなし始めている。

 身長は170、細身だがバケモノと戦えるくらいの強さ……服装は東では有名な進学校の学ランを着ているがバケモノに殴られた跡がぽっかり穴が開き腹筋が露出していた。

 いまだに信じられない。彼が本当にこのバケモノと?そして能力が植物だなんて聞いたことが無い。あの植物を動かせるだなんていったいどんな脳みそをしているんだ。


『おい、ライヤ。……応答しろ。問題発生か……?』


 聞きなれた男の声が無線から聞こえた。

 男はライヤが帰ってこないことを心配して連絡をくれたのだろう。ライヤからしたらナイスタイミングだった。


「こちらライヤでぇす。少し面倒なことが起きちゃったんだけど、あんたの判断を聞きたい」

『……面倒なこと?それはサワベでもその問題は解決できそうか?』

「なに?」

『いや、今サワベが興奮したような様子でそっちに向かった。彼女の能力なら三分でそこにつくんじゃないか?』


 最悪だ。明らかな人選ミス、よりによって戦闘狂の少年愛者がここへ来るのか。

 残念ながら俺にはお世辞にもあの女がこの状況を解決できるとは思えない。


「問題というのがの能力者、それも少年と接触した」

『なに?少年が能力者?それは本当に野良なのか?との接触はないのか?』


 ライヤはソラに近づき腕を掴むとなめまわすように肌を眺め触る。しかし、その細い腕からは何も浮かび上がらなかった。


だと?ボウズ、ホントにいったい何者なんだ……」

「言ったでしょ、親なし孤児ですよ。それよりお兄さん、僕はいったいいつまでこうしてればいいんですか?」


 こんな長話はもうできない。

 戦闘狂が来るまで、そして少年がいつまでも大人しくしているとは限らない。早く結論を出さなければ。


「どうする……リーダーさんよぉ」


 リーダーと呼ばれた男の声は深くため息を吐くと一瞬無言になる。そのため息はソラの耳にも届く音だった。


『ライヤ、慎重にだ。俺たちはヤツらとは違って組織的にも人数的にも不利なことが多い、ここで敵を増やすようなことはできない。まあ、俺はお前の判断に任せる』

「了解した……」


 そういってライヤは無線を切った。

 煙草に火をつけて「そう言うコトだから」と言うライヤのサングラスの下の瞳から光は消えていた。

 ソラはこの時自分は今からこの男と戦うことになると確信した。

 能力不明な男を相手に一歩でも動いて隙を見せることはできない。しかし、動かなければ逃げることも戦うこともできない。

 変な汗が背中を伝って流れていくのを感じた。


「僕をどうするつもりなんでしょうか……?」


 平常心を保とうとするが腕を伸ばせばお互い当たる距離で、男の力によっては自分は死ぬかもしれない緊張感に声が少し震えていた。

 バケモノと違って男は自分と同じく考える脳みそを持っている。力によっては罠を張り巡らせたり、僕の植物のように拘束利用の力を持っている可能性もある。

 男はソラの質問に答えることは無くジッと睨み続ける。

 ソラはただひたすら男の行動パターンを考え、男の答えを待つ。


「やめだやめだ。こんな所でガキに喧嘩売ってる時間はねえんだ。俺は帰る」


 男はソラの肩にポンと手を置くと瓦礫の山となった商店街の方へ姿を消す。

 いったい何の時間だったのか、男は自分にとって味方なのか?ソラは呆気にとられた様子でただ男の背中を遠くなる眺めることしかできなかった。

 ソラは足元に転がるバケモノの死体を確認する。

 自分と戦った時にできた傷以外は頭が潰れている以上の目立ったものは無く、その頭部は恐らく一撃だったのだろう。

 バケモノに苦戦していた自分がさっきあの男と戦っていたら間違いなくこのバケモノのような結末になっていたはずだ。

 考えただけで下半身から上半身に向かって震えが昇ってくる。


「何だったんだあの人」


 夕焼けと烏の合唱によって街の色が変わったことに気が付いた。このときソラは学校から無断でここへ来たことを思い出し頭を抱える。

 自分はここへ少女の声を聞いてやってきた……学校でアスタとの会話に割り込むように入ってきたあの細い声……。


―こっち、来て。


 その声はとぎれとぎれだったが確かに僕を呼んでいた……気がする。

 バケモノによって破壊されたビルなど辺りを見回しても僕を呼んだような人間は見当たらない。

 瓦礫を退かして下敷きになっている人は居ないか確認するも優秀な警察の誘導によってバケモノの攻撃、そして僕らの戦いに巻き込まれた人は存在しなかった。

 本来喜ぶべきことであるが、今回ばかりはその声の主を発見できないことによる不完全燃焼感は否めなかった。

 もしかしたら疲れていたのだろうか?


「ま、いっか……。学校帰ったら先生に怒られるんだろうなぁ」


 愚痴を溢しながらソラは瓦礫に植物を巻き付けると猿のように次々と瓦礫の上を飛び移って、来たときとは景色の変わった道を帰っていく。

 そしてソラが商店街から出て行った数分後、すれ違う様に今度は女が到着した。

 女が着地した瞬間空間は揺らぎ、空中で置き去りにされた音が遅れてやってくる。その爆音に要請を受けて待機していた武装した東大陸軍が包囲するように近づくが、黒と白に髪が半分に分かれた女が胸元に着けたバッジを見せるとすぐにその包囲は解かれた。


「ねえあなた達、私の仲間見てない?金髪の……あと男の子」

「はぁ、男の子ですか?我々も先程到着したもので未だ状況がわからないんですよ」

「……まあいいわ。邪魔して悪かったわね」


 使えない人たちとつぶやきながら女は死んだバケモノの上に座ると匂いを嗅ぐ。

 ライヤの残していった血の臭いに煙草の臭いに紛れ嗅いだことのない匂い。かわいい匂いだが、高校生だろうか?大人になる少年独特の甘く酸っぱい匂いが残留していた。


「もうなんで誰も居ないのよぉ!」


 女は雄叫びのように空に向かって叫んだ。






『怪物現る。研究所から脱出か?』

『政府の隠す闇! 改造人間と炎の怪物』

『敵か味方か!?植物操る少年 ウッドマン』


 先日の商店街で起きた事件が見事マスコミによって毎日のように報道されていた。

 どのテレビ局、どこの新聞もバケモノネスと髪の色が変化した僕の姿を何度も何度も繰り返し報道する。

 ネットでも連日お祭り騒ぎで制服から僕のことを調べようとしているようだが、家に突撃者が出ていないということはまだ見つかっていない様子だ。


『先日現れたウッドマン。彼は恐らく中央政府直属改造人間部隊の一人ですよ。今まで何度もこのような情報はネットで流れていましたが、この映像は本物です。彼らが存在する決定的な証拠ですよ』


 おんぼろアパートで新聞片手にテレビを見ているとここ数日何度も見るようになった専門家を自称する教授が持論を展開しては国民の恐怖と不安を煽るような番組ばかりだ。

 ハッキリ言って無駄な時間だが、中央政府直属の改造人間部隊という言葉に僕は引っかかっていた。


「あの商店街に居たケイサツが僕を見て特科?なんて言ってたな。あの金髪がもしかしてその特科ってやつなのか?」


 商店街でバケモノにトドメをさしたあの金髪、ライヤって名前だったのを憶えている。

 あの人の力はわからないが、バケモノを倒せると言うことは僕と同じく力を持っているのは確かだ。

 そして男は誰かと無線で連絡を取り合っていた……仲間だとしたらあの男以外にも能力者がいる。


『先生、それにしてもこのバケモノをあの少年がで倒すとはやっぱり彼は人間ではないのでしょうかね?』

『ええ、恐らく彼も人間をやめた怪物でしょう。人間の体を保てているだけなのかもしれません。まあこれは一つの仮説ですけどね……』


 専門家の言う通り僕はもう人間じゃないのかもしれない。

 当然のように腕の皮膚を突き破って出てきた植物が食器を片付けているのを見ると僕も不安になってくる。

 の定義はわからないが、世間一般の認識では体や地面から現れた植物を自分の考えた通り自由自在に操ることなんて不可能だ。

 そう考えながらも腕から離れた植物は意思を持ったように器用な動きでカップに牛乳を注ぐ。僕はそれを受け取ると一口で飲み干した。

 今のように僕がいつも飲む量を植物は知っている、まるで別の生き物だ。

 僕とは違う別の生き物。


「僕は人間をやめたならバケモノと同じなのかな?僕はいったい何に分類されるんだ」


 自分とは何か、哲学的なことを考えるのには脳を使う。だが、植物は脳を別のことに利用している間もきちんと仕事をこなしていた。

 便利であるがなんというか不気味だ。


「ウッドマンか」


 僕はもう一度新聞を読み直す。

 『植物操る少年 ウッドマン』あの日バケモノと戦ったことによって僕は一部の人たちにヒーローと呼ばれるようになっていた。

 それはそうだ、力のない人たちをスーパーパワーを持ったヒーローがバケモノから守ったんだ。人間は力のある者を平和の象徴として崇めたり、時には力を恐怖の対象として恐れたりする。

 今回もあのバケモノと対等に戦える希望と考える者も居れば、僕が世間の目に留まってしまったことによって恐怖したり、不都合に感じる人間もいるだろう。

 まず僕のすることは誰が味方か、誰が敵なのか判断することだ。

 先日のあの金髪は無線の相手と何か話していたようだが、とかいうのを気にしていたな。

 だいたいこういう会話で『ヤツら』など名前をぼかして使う場合は彼らの敵対する存在であると考えて良いだろう。

 僕をの能力者と呼んだと言うことは僕をその『ヤツら』の仲間ではないと判断した。

 だが、あの金髪が味方とは決まっていないのであまり目立った動きをするのは控えよう。遅かれ早かれ今のように僕の存在はテレビ新聞というマスメディアに捉えられて大衆の注目されてしまっていた。

 バレるのは時間の問題だったのだ。


「あとはリッパーって野郎だ。いったい何者なんだ?」


 アスタとの契約の中で僕の果たす目標は二つ。

 一つはバケモノを倒すこと、そしてもう一つがリッパーを殺すこと。

 リッパーという男は簡単にまとめると巨大樹を使って世界征服を企む異常者。

 つまり、僕の敵で世界をそんな変なヤツのモノにされるというのは癪に障る。

 しかし、いずれ戦う相手だが僕は未だ顔をアスタの持っていた古い写真で見た以外ヤツの情報は一切ない。おかげで僕は人間不信になりかけていた。

 アスタの話だとリッパーは何度も暗殺から逃れ返り討ちにしているようだったし強い。

 今回のニュースを見て多分自分がいつも通り狙われていることを理解しているかもしれない。

 髪の色が違うだけで意外と僕だというのがわからないが、この映像で僕を割り出し逆に僕がやられる可能性も……。

 今まで彼を狙った人間と同じ結末を僕が辿る。


「とにかく先日の男がリッパーの仲間でないことを願いたい……」


 顔を手で覆い椅子の背もたれに全体重を乗せると椅子はギシィ……ときしむ音が鳴った。

 また眠気が僕の精神を支配する。

 昨日の疲れもあり僕は抵抗することなくどっぷりとその眠気へ体を沈める。


―来て……ここ……!


 ようやく整理のついた頭の中にもう一つ謎が残っていることを思い出す。

 幸運なことにその塊の元凶、あの時の少女の声の方からこちらへきてくれた。

 いずれはこの問題も解かなければいけないそう考えたその瞬間、僕の頭に響く金属の擦れ合う音が目覚まし代わりに容赦なく襲ってくる。

 こんなに不快なものは二つとして存在しない、音は脳を揺らし吐き気を催すモノだった。

 立つのがやっとな状況でも少女の声は変わらず僕に語り掛ける。


―来て、来て……!


 その声の主は何度も何度も僕を呼んでいた。


「誰なんだいキミは!?」


 僕の問いかけは一方通行の彼女には届かない、返事すら返ってくることは無かった。

 そして僕の体はまた先日と同じく勝手に動き出す。

 僕の体はもう自分の体ではなかった。

 植物が壁にかけておいた天狗の面を勝手に顔につけ、ドアを破壊してアパートを飛び出した。

 僕の体は異常な筋力で部屋のあるアパート二階から飛び降りる。不思議なことに地面に着地したときの痛みは無かった。

 とにかく僕の意識は前へ前へ動けと強制している。

 勝手に動く足はもう僕の意思では止まらない。

 体は屋根やビルの屋上を使い不自然に煙の上がる方へと走っていた。


 到着した目的地は廃墟となった工場、人の寄り付かない静かな場所だった。

 火事で焼けた跡も崩れた気配もない、自然に朽ちた工場だけが目の前で広がっている。

 そして、思わず鼻をつまみたくなる人間の血に近い臭い……。だが、ここで事故があってその時の血が未だに残っている可能性もあるので断定するのはまだ早い。


「誰か居るんですかー?」


 声を一応かけてみるが、返ってくる返事はない……というより返ってきても困る。僕は戦うつもりも誰かに姿を見せるつもりもないのだから。

 街中を走っていたときに見えた煙はバケモノのモノだろうか?

 ヤツらの現れる場所、現れた場所にはバケモノの発する熱によって温まった空気が空へ昇り陽炎が上がる。とにかくヤツらの近くは熱いのだ。

 そしてここも今までのように熱い……だが、バケモノの姿は僕の視界には入っていない。


「…………。そこに誰かいるのか?僕はコソコソと覗かれるのが嫌いなんだよ」


 工場の暗闇の中で舞う埃が割れた天窓から差し込む光を反射させて輝いていた。

 不自然なくらい静かな雰囲気で思わず格好つけて言ってみたが流石に誰も居ない。

 そう思っていた。

 すると誰もいないはずの工場の奥から乾いた拍手を響かせ二つの影が現れた。

 身長と体格には差があり高低差があったが、革靴の底でコツコツと音を鳴らし近づいてくる。


「いやぁ……お見事。まさか完全に消していたはずの気配を見つけるとは……」


 拍手をしながら近づいてくるは黒いコートに身を包み、首元にはマフラーと少し季節の外れた細い男。

 そしてそのボディーガードだろうか?軍人だろうか?

 男の傍を歩くもう一人の影、肩幅は僕の二倍……いや、それ以上かもしれない。恵まれた体格の男のおかげでコートの男が小さく見えてしまう。

 筋肉でゴツゴツした顔の骨格にキツそうに嵌るサングラスは恐らく僕から視線を隠すためだ。拳に付着した赤い模様は血だ……どうやら最初に入ってきた時の違和感は的中していたようだ。


「誰だアンタら?」


 今日はいったい誰なんだ?

 僕はここ数日で今までにないくらい重要な人物に出会っている気がする。


「我々を説明するには時間が必要だな……」

「おい、オマエそこから一歩も動くんじゃない!」


 僕に近づこうとしたサングラスの軍人は命令通りその場で止まった。そして二人ともそれ以上動かなくなったことを確認して僕はもう一度質問をする。


「アンタらは何者で、何のためにこんな所に居る?」


 こんな人気のない廃工場に二人の男が居るなんて肝試しをしに来た以外ありえないことだ。あんな二人組が肝試しなんてしていたら幽霊の方がびっくりして逃げてしまうだろうがな。

 しかし、恰好を見るにコートの男の持つアタッシュケースにも血痕があった。どうやら二人は幽霊を作る側なのかもしれない。


「フフ……私たちがここで何をしているですか?キミこそこんな所で何をしているんだ。我々からしてもこんな所で子供が一人いたら不自然だよ」

「チッ……。質問に質問で返しやがって、クエスチョンにはアンサーで答えるのが一般の常識ってもんじゃないのか?どこかの誰かがそんなこと言っていたよ」


 まあ、確かに男の言う通りこんな所に子供が一人いるのも十分不自然だ。男の言っていることは間違いではない。


「いやぁこれは失敬。地上の常識知らずで申し訳ない。私の名はアベル、そしてこっちはカイン。我々は怪しいものではありませんよ、近頃巷で話題のバケモノの調査をしているんですけど……。ここに来れば会えると思いましてねえ」

「あー、ニュースはそればっかだよな。炎を身にまとったバケモノだっけ?なら、この辺りでは見てないなあ……」


 いや、見えないだけでバケモノはこの辺りに来ている。

 到着した時に感じられなかったバケモノの気配、二人組が現れてから今ならビンビン感じられる。

 隣の軍人、ヤツからの殺気を感じ取りヒリつく僕の肌は背中に向かってぞわっとする嫌な風を流す。

 ヤツは危険だ……意識から外すなよ。ソラは自分にそう言い聞かせる。


「いや、我々の探しているのはソイツではなく……キミの方だよウッドくん」


 全身が粟立つ嫌な感じと共に、脳内にテレビの砂嵐のような灰色に掠れた映像が流れ込む。

 刹那、僕の体を斜めに両断する赤い残光が走っていた。

 意識の戻った僕の体はその残光を避けるようにしゃがんでいる。光は僕の頭上すれすれを風が弾丸となって通り過ぎていた。

 白く変化した僕の前髪の隙間から見えたのは風の弾丸を作り出した主だ。


「よく避けたな……」


 サングラスの軍人は10mはあったはずの距離を一息で縮めてソラに攻撃をしてきいた。

 そして、しゃがんだソラの頭に真上から拳を振り下ろす。

 脳の処理の間に合わなかったソラは2発目に対応できず男の重たい一撃によって地面に叩きつけられる。重力による負荷を感じ、ジェットコースターに乗っているような感覚だった。


「兄貴、コイツやっぱり能力者だ。右目に反応があった」


 地面で伸びているソラを片手で軽々と持ち上げると少年のつける割れたお面から覗く瞳を見て男はそう言った。

 深紅に染まったソラの瞳は太陽の光を受けてルビーのように美しく澄んだ輝きを放っている。


「やはりソイツがウッドか……?まだガキだが、どうやって能力を得たのか。我々の偉大なる御方の障害になる者はいかなる手段をもってしてでもそれを排除する」

「アイヨォ……」


 男はもう一度拳を握り構えた。

 気絶したソラの首を掴んで今度は外すことは無いよう注意して思い切り振り下ろしたそのとき、拳を握っていた方の腕に違和感があった。

 血の臭いと共に鋭い痛み。

 地面のアスファルトを地中から突き破り腕に突き刺さった植物の根、鋭く細く尖った先端が腕を貫通していた。


「このガキィ……!」


 首を掴んでいた方の腕でソラを投げ飛ばすと男は地面から現れ腕を貫通する根を自慢の腕力から繰り出される手刀で綺麗に横に切る。

 腕から飛び出た根を引っこ抜くと既に植物は内部から浸食を始めていたようで根が枝分かれして筋肉に食い込んでいた。亀裂の入った男自慢の腕は内側から押し上げようとする植物に抵抗するが、自分より頑丈で重いアスファルトを砕き生きようとする植物の力には勝てなかった。


「このガキまだ生きてやがった!兄貴、地面に注意しろ!」


 男がぶん投げたことによって解放された僕の体は着地点に先回りして成長した植物によって受け止められ何とか起き上がる。

 お面が砕け散ると少年の顔が露わになった。


「テメェ……!」

「カイン、とか言ったか……?アンタ自分の強さを過信して能力も分からないヤツに飛び込むほどの馬鹿のようだな……」


 ゼエゼエと肩を揺らしながら呼吸を整える。

 ソラもカインと呼ばれた軍人らしき男の能力を知らないため不用意に近づくことができなかった。

 10mという普通の人間では世界記録でもギリギリ届かない距離を一瞬にして詰めて、それも僕の背後にまわる程の余裕を持った男がただの人間のわけがない。

 自分と同じく何かしらの力を持っていると考えた方がいい……同じく隣のレインコートもだ。


「植物を成長させた?まさか貴様の能力者なのか……?」


 アタッシュケースを右手に持ち直したレインコートの男は驚愕したような声を出す。

 そんなに自然系とやらは特別なのだろうか、二人組は先日の金髪ライヤ同様に僕の能力に驚いていた。


「そんなわけないだろ兄貴!どうせあの女と同じ加速だろ。生命の持つ成長速度に干渉して上げたんだ」

「何言っているかわかんないけど、僕に攻撃をしてきたと言うことはアンタらは敵で良いんだな……!」


 口の中に溜まった血を吐き出して僕も構える。

 さっきは不意打ちを受けたが次は大丈夫。地面からまた木の根を出して防御の壁も作り出す。


「カイン、あの小僧を場合によっては……」


 カインはアベルの言葉を右手を挙げて制し、少年の生み出した植物によって開いた穴の傷を舐める。

 舌に付いた鉄の味を堪能し少年に視線を向けて笑う。


「アイツは俺がやる……手ぇ出すんじゃねえぞ』

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