第3話
風呂なし五畳のオンボロアパートに敷かれた布団で僕は死んだように眠る。
東大陸政府から提供されたこのアパートの一室は決して広いモノではないが、一人暮らしの学生にとってはこれくらいで十分だった。だが、一つ贅沢を言えるなら風呂は欲しい。
昨日のバケモノと戦った傷は綺麗に塞がってはいるがそれは見た目だけで、内部の筋肉や骨、内蔵に関しては動くたびに激痛で生きることをやめたくなる。いや、正確には一度生きることをやめているが……。
目覚まし時計は無慈悲にも僕を休ませようとはしてくれない。
腕から植物を棚に伸ばし探るように黒縁のレンズの外された伊達メガネを器用に拾う。
「もう朝なのか……」
カーテンから漏れた太陽の光が網膜を容赦なく刺激する。
時計のアラームを止めると僕は起き上がり学校の準備をし始めた。
午前9:30を指す時計の針は完全に遅刻を意味していたが、僕に焦りはなく遅れすぎたことにより一周回って余裕すら感じている。
玄関のパンパンに郵便物が溜まった郵便受けを開けると今日の朝刊と給付金更新のお知らせや電気代の請求書など見たくないモノも混じっていた。
≪原因不明の火災、一人の女性が怪我を負う。≫
先日の夜中高級住宅街にて火災が発生した。
乗用車が炎上し付近のマンションロビーが崩壊していたという事件、怪我を負った女性は錯乱状態で何度も「彼は人間じゃない」と呟いていたと言う。
恐らく昨日の
脳裏に浮かぶ人間とはかけ離れた怪物の顔面、この世界はいくら広いと言えどもあの生き物はこの世のものではないと断言できる。
体内で燃える炎によって大気を揺らめかせたバケモノを思い出すと驚異的な回復で塞がった傷がまたズキズキと痛くなる。
アイツを倒すことが僕の目的なんだ……。
部屋に立てかけられたスタンドミラーの前に立つ僕の体に異常はなかったが、胸に一つ弾痕が傷として残っていた。
案内人に連れて行かれ見せられた崩壊した世界。
人間の肉塊で構成された体を持つバケモノや悪魔と呼ばれる
彼らの目的はバケモノからなんでも願いを叶えるという巨大樹を守ること……もし守れなかったら既に崩壊するあの世界は消滅してしまうだろう。
僕はヘルメットの男に世界を守ることを誓ってしまった。
今居るこの世界をあの崩壊した世界と繋げない為に……しかし、僕はまだまだ戦い慣れていない。昨日の戦いだってたまたま勝てただけのまぐれだ。
「にしてもハルベイド地区の情報は載っていないのか?あっちも警察が動いていたじゃない」
新聞を端から端まで何度も往復して読み返すがハルベイド地区での緊急通報の件は一切報じられていない。
警察が極秘で行っていたことなのか、政治家がこれから開発を強行する地区のマイナスになるようなことを排除するため圧力をかけているのか?
テレビをつけてもこれといった情報をどこのマスコミも取り上げていなかった。
これが大人の世界なのだろう。
「あ、学校に行かないと……」
僕は思い出したように学校に行く支度を始める。
自分なりに昨日起きたことを整理したが、なにも結論に到達しなかったため諦めることにした。
「ソラ、お前また遅刻か……いったい何度目だ?お前はこれから三年生、受験に向かっているんだぞ?」
「ハイスイマセン」
「いいか?人間は言葉でなく態度でな……グチグチグチ」
いつもの先生による説教をいつも通り雑に聞き流しながら僕は時計の針を見つめる。
11時を針はさしていたが職員室の時計はいつも3分速い、つまり正確にはまだ11時ではない。僕は11時から始まる次の授業に間に合うのか考えていると「人の話を聞きたまえ!キミはそういうところが社会とズレているんだ!……グチグチ」しまった延長戦に突入してしまった。
しかし、先生の言う社会とのズレとは何を持ってそう言うのか、母数が多くなれば必ず常識の定義は変わり始める。
多数によって構成される社会ならいずれ僕のようなオカシナ奴らが多数に変わる日もあるかもしれない。その時先生は少数に変わり今の僕と同じく立たされ説教を受けるのだろうか?
贅沢は敵だと言われた時代は数十年後には我慢を強要し時代にそぐわない遅れた考えと排除された。
いずれは真面目であれ、先生の言うコトを聞くのは拷問に近いとして個性を尊重し個人で勉強するのが当たり前となり学校そのものを廃止する時代が来るのだろうか?紙だって資源の無駄と言われ今は教科書なんて存在しない。おかげで学生の肩は軽くなった。
「今の社会には温かみが無いのだよ!」
そうなのかもしれない。
遅れているモノを新しくするのは確かに素晴らしいことだ、否定はしない。だが、簡単に古い物を捨てられる世の中には寂しい気持ちになってしまう。
「そろそろお前も大人になる日が近づいているんだ。お前にとっての大人は……あまりいいモノとは思えないが、人間の成長は止めることができないんだ」
この瞬間の不意に出た先生の情けなく弱々しく悲しそうな顔は生涯忘れることはないだろう。
彼もまた僕と同じ人間なのだ。
そして僕は説教から解放された。
廊下では既に始まってしまった授業の声が廊下と繋がった教室の窓から漏れ出ている。
「遅れました。アイザワです……」
「ああ、ソラくんか。遅刻届は……よし、席に座りたまえ」
僕はいつも通り席に座る。
そして頭を組んだ腕に埋めてまたひと眠り。
誰も僕を注意することは無い、いつも通りなのだから。入学した時から、いやもっと前だ、小学校の頃から変わらない習慣になっていた。ちゃんと点数を取って宿題もやっているおかげか先生も文句は言わない。
アイツはヤバい奴、関わらない方がいい、そう思われていることが僕にとっては楽だった。
人付き合いが苦手で小さい頃から友達は居ない。勉強は人並みにはできたし、運動もできる。
親の居ない僕には一人でなんでもできると言う自信があったから施設でも、今一人暮らしをしているのも大人を見返したいの一心でやってきたことだ。
しかし、先生の言った通り僕もいずれ大人になってしまう。では大人になった僕は誰を見返すんだ?社会なのか?政治家か?まず誰かを見返すためにやっていると言うのが子供なのではないか。
僕を捨てた大人になんかなりたくない……。
授業のチャイムが鳴ると一斉にみんなが動き出す。
今日出た範囲の質問をする者も居れば昼飯の話をする者など進学校らしさが出ている。
そして僕の眠りを妨げる者も存在した。
「おやおや~?朝寝坊さんはまだまだお寝んねの時間が足りないようでちゅねえ?」
彼の名はタツキ、この高校のサッカー部のキャプテンでエースだ。
僕が影なら勉強ができて運動ができる人気者の彼は光に当たる部分なのだろう。
小学校からずっと彼は僕と一緒だが、仲はお世辞にもいいとは言えず正直言って最悪だ。
「ああ?なんだ無視か?」
椅子を蹴り飛ばされようが僕は彼に構うことは無い。僕は昨日のことを考えているんだ、ハッキリ言って邪魔をされたくない。
「ッケ……つまんね。おいセラ、今日予定空いてるか?」
そのとき、さっきまで考えていた昨日のことなど頭から一瞬でどこかへ消え去った。
僕は素早く無言で顔をあげる。僕も男の子なんだ。
「なに反応してんだよ」
タツキの拳が頬に当たるが昨日のバケモノに比べれば屁でもない。
タツキを意識の外に追い出すと僕は既に視界に映り込んできた女神に視線を奪われていた。
「ごめんねタツキ、今日は部活で忙しいんだ……あ、ソラくん遅いおはようだね」
僕は彼女の発する言葉によって昨日の死んだ魂が安らかに成仏したような気がする。
さようなら昨日までの魂、安らかに眠れ……。
「おはようございますセラさん」
彼女はセラさん、タツキ同様小学校からずっと彼女も同級生だ。
黒く長い流れた髪は背中にまで届き、透き通った瞳の色は他の人間と同じでも違う印象を感じる。
盗めない宝があるということに僕はむず痒い気持ちを抑え彼女に笑顔で挨拶を返した。
勘違いしがちだが、彼女は僕に特別優しいではなく誰にでも優しいため僕をさっき殴ったアホで性格の終わっているようなタツキにでも皆と同じく優しい。彼女の前では皆平等だ。
「ソラくん?目、充血しているの?」
「え……?」
目が充血しているとはいったい。
僕はセラさんに鏡を借りて顔を見ると確かに僕の瞳は赤くなっていた。
カラコンをつけた覚えはないし、家系的にもそのような赤い目を持つ人は居ないと聞いた。ではなぜ……?
―その白い髪と赤い瞳もなかなか似合っているぞ。
僕は昨日の女神の言葉を思い出した。
幸い僕の髪はいつも通り黒のままだが、何が原因でこの瞳の色になっているかわからないので丁度いい言い訳は無いだろうか……。
「き、昨日寝不足でそれが原因か、かなあ……」
もっといい嘘は無かったのか。
下手に嘘をついたことによって余計な疑いができたかもしれないと僕は僕を叱咤する。
「寝不足は体に悪いからちゃんと家で寝るんだよ?学校に来ても寝てばっかりだと意味がないからね!」
「ソイツになに言ったって無駄だろ」
僕は長いお昼休みに入っていた為タツキの厭味を無視して教室から出て行く。
目的の場所はグラウンドの端にある陸上部の部室裏でいつもそこの日陰に寝っ転がって昼寝をしている。
なぜこんなに眠るのかは僕の活動時間がいつも夜だからだ。眠れるときは寝て、夜は動けるように僕は昼寝を沢山する。
「ラッキー。誰も居ない」
いつもならコンクリート床に先客が、大体はカップルだが陣取りラブラブしているおかげで土の上に寝ることがあったが今日はコンクリートで眠れそうだ。そう思いコンクリート床に手をつくと柔らかい感触があった。
ふさふさというか湿った滑り止めのような感触。手元を見るとコンクリートが植物によって辺り一面緑色に変色していた。
「な、なんだこれ!?」
僕は突然緑色に緑化した地面を見て昨日僕の貰った力を思い出す。
植物を生み出す力、今僕はそれを無意識に発動している。
倉庫のような陸上部の部室にはめられた窓に映る僕の姿に違和感があった。黒い髪が白く脱色されている。
脱色された髪の毛を触り数本抜いて確認してみるとそれは完全に白だった。
「髪の色が……」
赤い瞳に白い髪、昨日と同じ状況になっていた。
僕は急いで周囲に人影はないか確認する。
こんな姿を他の誰かに見られても面倒くさいし、なによりあの女神、アスタとか言う女が近くに居ないか探してみるが残念ながら彼女の姿はどこにもなかった。
僕はいったん冷静になるため頭を抱え壁に寄りかかり脳みそをフル稼働させる。
いったいなぜ力が発動したんだ?まずはそこの原因を突き止めなければこれからの日常生活でもし今日のような無意識に発動でもした時には大問題だ。
昨日のネスのように僕が人類の敵側という認識になってしまうかもしれない。
僕は一か八かで彼女の名前を呼ぶことにした。
「アスタ!おいアスタ!聞こえるなら来てくれ!」
すると今まで肌を優しく撫でるように吹いていた風が一変し校舎の窓がガタガタと音を鳴らす。グラウンドに植えられている木々が大きく揺れ始める。
風の音が変わった。そう感じたのは僅か数秒でまた風は落ち着き優しいそよ風に戻る。
『私を呼んだか?』
そして無から登場するのは女神を名乗る少女アスタだった。
少女はぼんやりと光っているように見えているが僕以外にはどう見えるのだろうか。
『安心しろ、私の姿は私が選んだ者以外には見えていない。しかし、人間も可哀想なモノだ……この私の麗しく可憐な私を見れないとは……』
なんだ他の人にはこのアホ面が見えていないのか。
「なあアスタ、僕の髪と目の色が変わったんだけどどうすればいいの?無意識のうちに力も使っちゃうし……」
『安心しろ、それはただ貴様が力をコントロールできていないだけだ。いずれその力は貴様の言うコトを聞くようになるからそれまでがんばれ』
なんだろう、困っている時に解決策を提示しないこの女神を一発殴りたい。そう思い拳に力を溜めたとき、頭の中で金属の擦れる不快な音が鳴り響く。
僕はその場でうずくまる様に頭を抑える。
脳が揺れているような吐き気がする、目眩で視界がかすれるように歪む。
『ヤツが出たようだな。ソレはバケモノの気配を感じ取った時や危険を察知した時に人間の本能が覚醒して起きる頭痛だ。その痛みもいずれ慣れる』
「バケモノはどこに出たんだ……?」
『商店街の方だな……だが、残念ながら人に発見されてしまったようだ。今回はお前の出る幕ではな――』
アスタが話を終える前にソラの姿は既にそこには無かった。
神や女神によって覚醒を強制的に促された人間の本能とは無意識のうちに体を支配する。
本能によって動く対象の次の行動は神にも予測することは不可能だった。
現在ソラを支配するのは女神アスタが植え付けた二つの命令『バケモノ、リッパーを殺す』であり、バケモノネスが出現したことで一つ目の命令の『バケモノ退治』が発動してしまっていた。
『しまった……あの男はまだ自分を制御することはできなかったか。さて、どうするか。ここはあの男に……いや!奴なら小僧一人勝手に見つけるか』
僕の体はどこかへ引き寄せられるように街を無我夢中で走り抜けていた。
まるで操り人形だ。
「ど、どこに行くんだ……!?まだ授業が僕には残っているんだけど!」
『ここ……。ここだよ……』
僕の耳元で囁く女の子の声。その声は弱く、よく耳を澄まさなければ聞き逃してしまうような細い声だった。脳内に響く不快な金属音はさらに強まっていた。
「誰だキミは!」
『こっち……!来て……!』
「嫌だ!僕は戻らなければいけない!」
だが、僕の意識とは裏腹に体は走り続ける。
この感覚は宿題をやらなければいけないのに遊びを優先してしまう夏休み最後の一週間に丁度似ていた。つまり、僕は今自分を制御できていないってことだ。
体は勝手に力を使い腕から植物を出し、建物の屋根に巻き付けると三段跳びの助走をつけて上手く飛び乗る。10mは飛べただろう。
アスタの言っていたバケモノの出現したと思われる商店街が真下に位置している。その商店街は既にバケモノによって被害は出ていた。
『グラアアアア!』
雄叫びに近いバケモノの声は人々の悲鳴をかき消す。
パトカーで商店街を封鎖するがバケモノ相手に鉄の塊は石同然だった。
大木のように太いその剛腕から繰り出される突風によって横転するパトカー、負傷する部下たち。
「フジワラさん、これ以上は危険です!もう我々にはどうすることも……!」
「馬鹿言うんじゃあねえよ!俺たちの仕事は国民の安全を守ることだァ!民間人の避難はまだか!?」
「もうすぐ特科が来るとの情報です!」
初めて見る生き物にフジワラは恐怖する。
40年という長い時間を警察という平和を守る仕事に就いて初めてバケモノを見た。
特科がなんだ国民が無事逃げるために俺たちは盾とならなきゃいけねえ!
しかし、警察の豆鉄砲はなんの効果もなかった。
金属にも負けず劣らずの硬度を持ったバケモノの皮膚には人間の使う物では傷一つできない。
「ならば特科が来るまでは耐えるんだ!負傷者はさがれ」
民間人の避難は人通り終わった。ならば後はヤツに対抗できる者たちを待つのみ。
公安特殊異能科、
公安内部の人間ですら存在は知っているが詳細を知らないというベールに包まれた組織だが共通の認識で存在するのはただの人間ではないと言うこと。
それは人をやめたと言う意味だ。
人知れず今、目の前で暴れるバケモノをヤツらを狩るのが特科の仕事であり、今までバケモノの被害などが国民に知られていないのも特科が根回しをしているからだという噂があった。
バケモノ退治のプロフェッショナルが今ここに向かっているなら自分たちにできるのはそいつらが来るまで状況を変えないこと。
フジワラは一人の警察として国民を守るため、自分の命を捨てる覚悟を決める。
警察に持つことが許された装備ではバケモノの動きを止めることはできないとわかっていても彼にとってソレはバケモノに対して逃げる理由にならなかった。
撤退は敗北ではないが被害が出るのは明らか。
愚かなことをするとフジワラは考えてしまう。
バケモノは警察の装甲車両をひっくり返すと軽そうに持ち上げてこちらに向かって投げつける。
皆が死を覚悟したその時、
「植物たちよヤツを拘束しろ!」
少年の声と共にバケモノの足元から異常な成長を遂げた植物の根が出現し、バケモノの足に絡みつくと地中に引きずり込んでいく。
装甲車は地面を割って出てきた太い木の根っこに分厚い装甲の横っ腹を貫かれ空中で停止する。
目が飛び出るとはこういうことなのだろう……一人の少年が空から降ってきたのだ。
「特科……なのか?」
少年は白い髪に自らの力で赤く発光した瞳でこちらを見るとすぐに視線をバケモノに向ける。
「おいバケモノ、お前もイレギュラーか?僕はやることが沢山あるんだ」
『グルルラララ……』
バケモノは膝まで埋まった足を掘り起こすように地中から引き抜くと戦闘態勢にはいる。
白髪の少年とバケモノの対格差はプロレスラーと一般人でお世辞にも勝てるとは思えない差があった。
しかし少年は目の前の大きなバケモノを前に一歩も下がろうとしないどころか少年も戦闘態勢に入っていた。右の拳を握り睨みあう一人と一匹。
少年が噂の特科なのか?特科はバケモノを倒すスペシャリストで人間をやめていると言ったが、先程のバケモノの足に巻き付いた植物と言い、あの空中でぶら下がる装甲車を貫く太い根っこは少年と共に現れた。
「き、キミ!危険だから逃げなさい!」
部下の忠告を受けても少年は一歩も動こうとはしない。
「民間人の避難は完了したんですか?僕はまだ力の制御ができないんです。もしかしたら皆さんを巻き込んじゃうかも」
「な、なにを言っているんだ……?」
当たり前の反応だ。何を言っているか意味が分からないに決まっている。
筋肉に頭を取り付けたようなバケモノ相手に子供が立ち向かうんだから。
僕は地面に神経を向けると地中から植物が出現する。段々とこの力を自分のモノにすることができるようになっている。物を拾う様に自然とだ。
少年が右手を挙げると鞭のように、軟体動物のように撓りうねる植物がバケモノに向かって伸びていく。
バケモノは植物を右腕に絡ませると燃え上がった左腕で植物を焼き切る。
バケモノのヒビだらけの顔が歪み汚らしい相貌に反して綺麗な白い牙を見せながら『グラララ……』と笑う。
馬鹿にされたと思いながらソラはバケモノを倒すための作戦を考えるが昨晩の戦い方しか思いつかなかった。
「まずはどうやって近づくだな」
個体差があったとしてもあの自分の顔二つ分の拳に殴られる痛さはよくわかっている。内臓がぐしゃぐしゃになるあの感覚は二度とごめんだ。
『グラッシャアアア!』
遂にバケモノは雄たけびをあげて金属のように固くなった拳で殴りかかってきた。その拳は振り下ろされただけで5mのクレーターが商店街の正面交差点に出来上がる。巻き上がった煙や破片がピチピチと僕に当たる。
拳を避ける為に飛び上がったことを利用して腕から伸びた植物をバケモノの太い首に巻き付けるとヤツの態勢が一瞬よろけた。
のけぞる体の態勢を立て直すと次はタックルの構えで突進してくる。呼吸を必要としない連続技に僕の体は対応できずバケモノの岩石のような肩で弾き飛ばされ包囲網のパトカーにぶつかる。白い髪の下から赤い血が流れる。
バケモノはまだ暴れたりないようだった。
軽いジャンプでビルの三階程飛び上がると警察の乗ってきた大陸防衛省から提供された特車に着地しその体重で車はぺちゃんことなった。
現代の技術で最高に硬いと言われる金属が段ボールのように軽く潰されたことに僕は寒気がする。
「バケモノは本当にバケモノだったのか」
今度はその現代技術最硬度が紙のように引き裂かれるとブーメランのように付近のショッピングモールに投げつけられる。
僕は急いで植物を伸ばすが間に合わずガラスをいとも簡単に粉々にして天井を突き破ってモールを斜めに通過していく。濛々と煙が天へ昇っていた。
「ひゃーやってくれるな。人が巻き込まれて無ければいいんだけど」
『ファッフッファッフ!オマエ、ナンデ邪魔スルンダ。オレ、アイツ見ツケテ殺ス!』
「やっぱりお前もイレギュラーってヤツだったのか。それより誰を殺すってんだ?」
『仮面、ツケテル男!オマエト同ジ不思議ナ、能力ヲ使ウ!』
バケモノの言う仮面の男とはいったい誰なんだ?しかし、力を使う人間が本当に僕以外存在したとは、味方でなければ日常に溶け込む能力者は面倒だ。
今この商店街で僕は一つ失態を犯している。それは顔を隠すのを忘れていたことだ。
もし近くに同じ能力を使う者が隠れていたりでもしたら僕の顔は覚えられているはずだ。そして力をこんなに堂々と見せてしまっては僕は不利になってしまう。
そんなことを考えていると目の前が陰で暗くなる。
右の頬から感じる激痛が神経を通り全身に痺れを流す。バケモノの蹴りが直撃して僕の体は重力を忘れて飛ぶと商店街の柱数本を根元から折りながらようやく制止する。
「い、イテぇ……手加減ってモノを知らないのか!?」
当たり前だ。バケモノは僕を最初から殺すつもりでいたし、油断していたのは僕だ。
死んでいなかっただけまだマシと思っておこう。
「しかしまあ、よく蹴りだけでここまで飛ばせるもんだ。数百メートルは飛んだな……おや?」
「と、特科でもダメなのか……?特科の勝てないバケモノ退治は誰がやるんだ」
さっきまでバケモノと戦っていた少年がヤツの人蹴りによって商店街の奥へと飛ばされ残ったのはバケモノと何の力も持たない我々警察のみ。
警察にスーパーパワーなどあるわけもなく人間の犯罪者とバケモノでは恐らく対処マニュアルに書いてあることも違うのだろう。
「やばいですって!に、逃げましょう先輩!」
「馬鹿もん!我々が逃げていいわけないだろ!」
「で、ですが!」
こんな時の対応はどうすればいいんだ……!あのバケモノは倒せない場合は捕獲なのか?
「お困りの様ですねぇ……」
場違いなほど緊張感のない力の抜けた声が背後から聞こえた。
次はいったい誰なんだ!?そう思いながらフジワラは背後を振り返る。
先端まで金色に染められた髪の毛に瞳が完全に見えなくなるまで黒く染まったサングラス、龍の刺繍が入ったスカジャンからおもむろにライターを取り出し口にくわえた煙草に火をつけるその姿は一世代前の不良。
「特科が援護に入りまァす」
男はそう言うと警察の構築した包囲網に入ってバケモノと正面から向かい合う。
男は確かに「特科」と名乗っていた。
「なんでこんなに街中植物が絡まっているんだ?お前がやったのかァ?」
金髪の男はタバコをバケモノに向けて問いかけるが返事は何もなかった。
「まあいいや、さっさと終わらせてやるよ。10秒以内にお前から仕掛けてこい、一撃で葬ってやる」
そう言うと男はカウントダウンを始める。とてもゆっくりなカウントダウンで男の数えるスピードが世界の流れるスピードに置き換わっているようだった。
そしてカウントダウン中にバケモノは足元のアスファルトをめくりあげ大砲に撃ち出された弾のような爆音とスピードで未だポケットから手を出さない男に攻撃を仕掛ける。
フジワラが「あッ」と声を漏らすころには決着がついていた。
勝者は金髪の男だった。
男は宣言通り一撃でバケモノの頭部を粉々に砕いている。バケモノの飛び散る血を浴びて男の煙草の火は消えていた。
「任務完了。おいアンタこの地区の偉い警官か?」
「あ、ああ一応ここの地区の責任者フジワラです……」
「俺は特科所属のライヤだ。あのバケモノ随分弱っていたようだがアンタらどんな方法で抑えていたんだ?」
「それなら少年が足止めを……。アレはキミの部下じゃないのか?」
「少年?」
男は首をかしげて夕焼け色に染まった空を見上げながら考えるが、自分の部下に少年が居ることなんてどんなに記憶を遡っても見つからない。
ライヤは特科に所属する人間の顔と年齢を全員記憶しているが、皆自分より年上か年下は女の子ばかりだった。
「となると、野良か……?いや、待てよぉ。その少年とやらがもしアイツらの仲間だった場合は面倒だな。おいフジワラサン、そのガキの特徴を詳しく教えてくれ」
「え?あ、ああ。丁度あそこの面を被った彼みたいな髪の毛……」
フジワラが指をさした方向には古代、存在したと言われる天狗と呼ばれる妖怪の面をつけた白髪の少年がこちらに向かって歩いて来ていた。
丁度バケモノに少年が飛ばされた方向からだ。
「あれ?バケモノが死んでる。もしかしてケイサツさんが倒したの?すごいなぁ……」
少年のつけたお面によって視線は見ることはできなかったが、明らかに何かを警戒している様子だった。
そして、特科のライヤと名乗った男からはあからさまな殺気が漏れている。
武器を持った犯罪者を追い詰めた時によく感じるあの肌が背後から引っ張られるようなヒリつく感覚だ。
「おい小僧止まれ。それ以上動くんじゃねえ……」
刺すような鋭い殺気を放つライヤの言葉に少年は従う。
その場から一歩も動かずジッと何かを睨み続ける。恐らくライヤを警戒しているようだ。
「小僧、これから俺の質問にショージキに答えるんだ。嘘をつくなよ。どうなるかはそこのバケモンの死体を見ればわかるだろう?」
「ええ、よくわかりますよ。やっぱりソレ、アナタが片付けたんですね……」
少年は敵意が無いことを示す為に両手を挙げる。
武器は持っていなかった。だが、同じ能力者であるライヤにとってそんなことはどうでも良かった。
能力者同士一番怖いのは当然、武器でなく能力であるから少年の行動はかえってライヤの警戒を高める行動でもあった。
能力者は神経を自然に同化させて能力を発動する。その際一番利用頻度の高い体のパーツは手、次に足。
常に地面に触れている足は勿論、指を動かすや物を拾うなど簡単な動作を意識せずにできる手というのが一番危険なモノだった。
能力とは動作の置き換えであり、指を動かすの「指」を力に置き換えるだけで発動することが可能。
この商店街に来る間見かけた植物は恐らく少年の能力。
つまり自然系の能力を持っているだろう。
もとある地球上に存在する自然を意識で操作するのは勿論、能力によっては彼は無から生命を生み出すことが可能になる。
「俺ァ面倒なことが嫌いだから単刀直入に聞こうか。お前は何者だ……?」
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