第32話 爆発
「ちょっと待っててね」
桃子は暫く周りの壁をトン、トン、と叩いている。するとある一点を叩くと、しばらく止まる。そしてその一点を一生懸命叩く。そうかと思っていると、うん、うん、と頷いている。
「うん、みんなここを叩こう!!」
了解。と言うように俺たちはその一点をスコップで叩き始めた。
「はい、ありがとう笹山さん!!」
後ろで桃子が笹山に向かって礼を言うのが聞こえた。
「おや? 嬢ちゃんが叩くっていうのかい? おじさんの方がそういうのは任せた方が良いと思うけどねぇ」
「いえいえ、大丈夫です。こういうのは知識がある人がやるべきだと思うので」
そう言って桃子は戻ってきた。手にはスコップを持っている。
「よし、みんな頑張ろう!! こんな最悪のゲームから抜けだそう!!」
「ああそうだな!! 抜けだそう!!」
「言われるまでもないわ!!」
吉野と奈津菜の後に続き俺も「そうだな……」と言った。
しかし、心の中では不安が過ぎっていた。本当に大丈夫なのか、そんなことでこのゲームが終わるのだろうか。誰も死なずに済むのだろうか、と誰かがまた死ぬのではないだろうか。
ふと、康仁さんの顔が浮かぶ。その顔が浮かぶと、不安の水が心の中で湖畔のように広がっていく。
「写鳴くん?」
「え?」
隣を見ると、桃子の顔が迫っていた。
思わず飛び上がりそうになったがそれをグッと我慢して「なんだ?」と問う。
すると、桃子は俺の顔を少し覗き込んだかと思うと、えい、と俺の頬をぐに~っとつまんだ。「な、なにやっへんあ? (な、なにやってんだ?)」
「へへへ、写鳴くんの緊張を、不安をほぐしてんの」
「な、不安なんて」
「しているよ、写鳴くん、何か嫌なことを考えている時って眉間に結構深い皺を寄せているからさ」
「そ、そんな顔してた?」
すると、桃子はくしゃっと歯を見せて笑い「うん、してた」と言った。
あまりにもその顔が可愛かったので、俺はドキッとした。
「ほらそこの二人!! なにイチャイチャしてんの」
そう言われると桃子は一気にカァッと顔が赤らんでいた。多分、俺も同じように赤らめているのだろう。奈津菜の奴、変なことを言いやがって。
「ご、ごめん!! 今、やるから!!」
桃子はそう言うとスコップを持って、再び壁を叩き始めた。
だが、叩く前に俺の方を振り向き「写鳴くん、大丈夫だよ」と言った。
その言葉は何度も俺に勇気をくれた言葉であった。
初めて会った時、遊んでいる時、再び出会った時、今、ほんとうに桃子の『大丈夫』には助けられている。
ありがとうな、桃子。お前のその言葉で、俺は生きていけそうだ。
「ん? 何か言った?」
桃子がキョトンとした顔で見つめてくる。
「いや、なんにもないよ」
「ふ~ん」
少し頬を膨らして、流し目でこっちを見てくる姿は少し、はんぺんのようで可愛らしかった。
少し、奈津菜が睨んでくる。はいはい、分かったよ。やりますよ、喋らないでやりますよ。
そう思いひたすら脆いと思われる壁を叩き続ける。
すると、ピシ……と壁から何か音がした。
これは……。
俺たちは顔を見合わせる。これはどう考えても壁が壊れそうになる音だ。
「もう少しね、みんな思いっきり叩いて」
「お前が仕切るのかよ」
奈津菜が仕切ったことに俺は若干の疑問を覚えたが、そのままスコップを打ち続ける。
金属が弾け合う音が響く。それでもその音に紛れて、瓦礫が割れるような音が聞こえ始めていた。そしてその音はどんどん大きくなる。多分もうすぐだ。そう思った時だった。
ガギン!!
スコップが壁に埋め込まれた。初めはこれは引っかかったのかと思ったが、少し引っ張っただけで抜ける。これはそろそろ――
ガキン!!
続いて奈津菜の方もスコップが入り込んだ。しかし、すぐにスコップを抜いた。
「これ、そろそろ、なんか壁も柔らかくなってきているような……」
奈津菜は俺たちの方を見る。いや、正確に言えば桃子の方を見ていた。
桃子は俺たちを見渡した後、再び壁に目を向ける。
あともう少し、一息で壁が壊れることを表しているような気がした。
俺は思いっきりスコップを振り上げて壁に打ちつける。すると――
ボゴッ!!
なんと壁が壊れて一つ穴ができた。その穴から陽光が差してくるのが見える。
「よし!! あと一息だ!!」
俺の声明と共に、どんどん穴ぼこが生まれる音が聞こえてくる。
それぞれの壁に穴があいていく。叩けば叩くほど、どんどん壁が柔らかくなり、穴ぼこが増えてくる。一つの穴の大きさがどんどん広がってくる。そんなことを繰り返していると、何か亀裂が走る音がした。壁の様子がおかしい
「みんなここから離れて!!」
桃子の指示に従って俺たちは壁から離れた。
その時だった。まるで雪崩のように激しい音を立てて壁が崩れ始めた。
砂煙が舞い、目や鼻に入らないように腕で口を塞ぐ。
やがて砂嵐が止むのを感じ目を開けるとそこには、壁に大きすぎるほどの穴が開いていた。
「やった……出れる?」
初めに声を出したのは奈津菜だった。助かったのか? そう思い外に出ようと俺は一歩踏み出した。
「待った」
だがその時、笹山が俺を止めた。
「一応、スナイパーや何かいないことを確かめた方が良いねぇ」
そう言って笹山が前に行こうとするので俺も行こうとした。
しかし「おっと、君は待っていた方が良いねぇ」と笹山に止められた。
「なんでですか?」
「犯人は君を狙っている可能性が高いから危ないと思うねぇ。だからここで一人待つ。てのも不安があるんだよねぇ」
すると「私が残ります」と桃子が手を挙げた。
「うん、分かった。じゃあ出口は残りのメンバーで見よう。えっと? 清くんも見た方が良いねぇ」
「え!? ぼ、僕もですか!?」
自分が指名されたことがよほど驚いたのか、清は自分の顔を人差し指で差した。
「うんそうだよ~? 君も調べた方が良いと思うよ~?」
「は、はい。わ、分かりました」
さっきの銃で笹山のことが怖いのか、清はおとなしく笹山の言うことに従った。
「じゃあ、君たちはそこにいてねぇ?」
「「はい」」
俺たちの返事を聞くと、笹山たちは出口の方に向かっていった。
「うまくいくと良いけど」
俺が心配していると桃子は「大丈夫だよ、きっと」と真っ直ぐ目を向けている。
ブーブーブーブー
その時、俺のスマホがバイブ音を鳴らした。
瞬間、俺はスマホをとり中を見る、中にはびっしりと文字が書かれてあったが最初の方だけが見えた。その内容を見て俺は戦慄する、そこには――
『ペナルティ 夜比奈 桃子さんは禁止事項を犯したのでしけ……』
「桃子!! あぶな」
ドゴォ!!!!
その声は届くことは無かった。なぜなら俺が叫びかけた時。桃子の体が爆発したからだ。
耳をつんざく程の衝撃音が俺の身体全身を貫く。
「桃子!!!!!!!!」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
桃子の体が爆発したと思ったが、よく見ると、桃子が爆発の炎に包まれていたのだ。
では、何が爆発したのか。俺は桃子の腰に手を回すと、そこが異様に熱いことに気付いた。
そして桃子の腰のポケットにはスマホが入っている。
恐らく、スマホが爆発を起こして桃子がそれに巻き込まれたんだ。
「桃子!! 桃子しっかりしろ桃子!!」
俺の声に桃子は全く反応しない。外へ出て行った奴らも異変に気付き戻ってきた。
「ちょっと……何よそれ!!」
奈津菜が叫びながら近付いてきた。
「ちょっと腕を借りるわ!!」
奈津菜は桃子の腕を取り、手首に右手の人差し指を当てる。
と思ったら今度は左手で桃子の胸の中心、心臓辺りを触った。
恐らく脈を測っているのだ。どうなんだ、桃子は生きているのか、死んでいるのか。
もうこのまま目を覚ますことは無いのか、あの頃みたいに、子どもの頃みたいに笑い合うことは出来ないのか。
ふと、昨日の廊下での光景が目に浮かぶ。あの時、俺は桃子を拒絶した。
もう俺に関わらないで欲しい、子どもの頃とは違うんだと拒絶した。
なんでそんなことをしてしまったんだ。あの時……くそ、俺もそのまま桃子と追いかけっこしてれば良かった。
桃子、お前に再び会った、いや、会えた時、俺がどんなに嬉しかったか分からないだろう。
会った時、俺の全部が報われたような気がしたんだ。お前は俺に生きてて欲しいって思っていたが、俺は、お前と会った時、もうすでにそうなんじゃないかって思っていたんだ。
お前がいる限り、俺はどうにか出来るんじゃないかって。
なのにだめだろ……ダメだろ今死んじゃだめだろ!! ふざけんなよ!! 何でまたこいつがこんな目に!!
「弱まってきている」
奈津菜は激痛を堪えるような厳しい顔をしている。
「どういうことだ……桃子は……桃子は助からないのか……」
奈津菜は苦しげに目をつぶった。
「どうなんだ!! 答えろよ!!!」
あまりの激情に思わず奈津菜に掴みかかってしまう。こんなことをしても意味はない。
しかも相手は女子だぞ!? 何で俺はこんな最低な行為をしているんだ。
「やめ……て……」
その時、桃子の声が聞こえた。
「桃子……桃子!!」
一瞬、目覚めたことが信じられなかった。奈津菜の表情を見る限り、もう一生目を覚まさなさそうな気がしていたから。
「桃子、無事なんだな!?」
思わずはしゃぎそうになったが、桃子の顔を改めてみるとその気は無くなっていった。
桃子の顔に死相がでている。もう永くは無いとはっきりと顔に出ているのだ。
「そんな……嘘だ……嘘だろ桃子……なあ……」
俺の声が聞こえているのかいないのか、桃子は虚ろになっている目を俺に向けて何も言わない。桃子の生命力が無くなってきているのが布越しでも伝わってくる。
「やっぱり……俺のせいじゃないか」
そうだ、やっぱり全て俺が悪いことじゃないか。俺と出会ってしまったばかりに桃子は今、死んでしまう。俺と出会わなかったら、こんな目に遭わずに済んだのに、俺と出会ったから。
「いや……違う……」
ふと、桃子の瞳がこちらに向けられたような気がした
涙でほぼ見えなく鳴っている俺の目にはそう見えた。
「俺が……俺が……うまれ」
その時、俺の頬に暖かい感触に包み込まれる。初め、涙かと思ったが違う。
その温もりを俺は何度も何度も味わっていた。
それは、桃子の手だった。桃子が俺の目元に、そして口に手を広げて塞いでくれたのだ。
涙を、そして言葉を。
「桃子……」
もう目元が黒くなっていってたが、それでもにっこりと微笑んだ顔は天使のように神々しく美しい。泣くなと、心を折れるなと言っているのか? だけどだめだ、俺の支えになってくれたのはお前なんだ。お前がいなきゃ俺は……。
「だい……じょう……ぶ」
桃子の言葉を聞かなければならないと思ったからなのか、涙は止まった。
「桃子……」
俺は桃子の最期の言葉を聞こうと耳を桃子の口に近づけた。
「貴方は……生まれてきて……良かったんだ……よ……貴方に救われた人……これから救われる人だっているはず……なんだから」
俺が救ってきた人……そんな人はいない。俺はは傷つけてばかり
「貴方は……私を連れ出してくれた」
え……静かに桃子の顔を見ると、最期の力なのか、桃子は思いっきり歯を見せて笑った。
その言葉の意味は分からない。
だけど、確かに桃子にとって俺がどういう存在だったのか伝わった気がした。
「貴方は……生まれてこなければ良かった存在じゃない……私の……大切な人……だから……自分を哀れまないで……胸張って……いき……て……やくそ……く」
そこで桃子は笑顔が無表情となり、小さく挙げていた手がパタリと地面に落ちた。
体が氷のように冷たくなっていく。でも俺の手には……。
しばらく誰も喋らない。時間が沈み込んだような沈黙が辺りに流れる。
「写鳴……」
奈津菜が声をかけてくる。先ほどまで強気な態度であったが、今は塩らしい態度になっている。こいつにしてはこんな態度を取るのは珍しい。だけど俺の心はもう決まっていた。
その決意を固めるように俺は手を握りしめた。
ブーブーブーブー
スマホが鳴る。取ると中にはこんなことが書かれてあった。
『二階へ上がれ、ここから先、出ようとした者は禁止事項を犯した者とする』
「……行こう」
丁重に桃子の体を置いて俺は言った。
「行くってどこに……」
奈津菜は胸に手を当てて心配そうな顔をしている。そんな顔をしないでくれ。
せっかく固まった決意が鈍りそうだよ。
「二階へ行こう。そういう風に指示されている」
俺がそう言うとみんな黙って頷いた。いや……
「おぉ~強いね~」
笹山がそんなことを言った。それを聞き奈津菜が笹山を睨んでいる。なんで睨んでいるかは分からない。
だが、今はそんなことはどうでも良い。俺は進まなければならない。
俺が前に進んでいくと後からついていく足跡が聞こえてきた。
ふと「えっと、俺も……行くの?」と清が言っていたが今はそいつに構っている余裕は無い。
それに、どうせついていくしかない。と思っていると「待って下さい!!」と言って駆け寄る足跡が増えてきた。
「ああ、約束だ」
やがて上に見える階段が見えてきた。俺は足をかけた。
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