第31話 協力

そう言われてしまっては奈津菜も納得するしかないようで、ぐぬぬ……と悔しそうに唇を噛みながら笹山を睨み付けている。

「それよりあれ、なんだい?」

「え?」

 俺は笹山が指差す方向を見る。そこには銃、スコップ、ボウガン、刀、剣、斧、鎖鎌、ツルハシ、ハンマー、トンカチなどなどありとあらゆる武器が揃ってあった。暗闇でよく見えなかったようだが、おそらく初めから用意されていた物だと思う。

「なによ……あれ……あれで殺せって言うの!?」

 奈津菜が突然、顔を青ざめさせる。

 ブーブーブーブー

 全員のスマホからバイブ音が鳴り響いた。俺はスマホを開く。

『やりやすいように武器を用意したよ。君なら殺せるでしょ!?』

 君なら……この文章はどう考えても俺のことを言っているものだとしか考えられなかった。

 やはり、犯人は俺が殺人することを望んでいるようだ。

だが、何のために? それが全く分からなかった。



「まあ、今は犯人がどうとかよりも今のこの状況をなんとかするしかないねぇ」

 笹山が舐めるように奈津菜を見ると、奈津菜は苦虫を潰したような顔をしながら「……分かったわ……」と無理矢理なっとくしたみたいだ。

「あのよ、写鳴」

 徐に吉野は申し訳なさそうな顔をしながら俺に近付いてきた。

 もしかして、犯人だと疑ってしまったのを責めるつもりなのか、と思ったが吉野は

「ごめん!!」と言って両手を合わせて俺に頭を下げた。

「俺、お前に盗聴器なんてしかけてた。ごめん、どうしてもあいつには頭が上がらなくて」

 あ、そうか、よく考えたら犯人じゃなかったとしても、吉野は俺のスマホに盗聴器をつけていたんだ。これは謝るべきことだ。だけど……

「いや、良いよ。別に俺は気にしちゃいない。まあ、そうだよな。お前の親父さんからしたら俺はこの世界の危険人物だもんな」

「いや、そういう訳にはいかねえ、俺は友だちに……」

「いや良いんだ。俺は慣れている。こういうことには」

 そうだ、俺はこれ以上の扱いを受けたことがあるのだ。だから、吉野の気にすることじゃない、と言いたかったのだが……。

「いや、そういう訳にはいかねえ!」

 吉野がいきなり声を張り上げたからビビった。それと同時にガシッと俺の肩を掴んできた。



「写鳴! 俺が言うのもなだがそんなに自己否定を繰り返さないでくれ!! それは悪魔の囁きだ!!」

「じこ……ひてい」

「そうだ、自己否定を繰り返さないでくれ。それは一番やっちゃいけないことなんだ」

「そうか……そうだな……分かった……すまない、吉野」

 そう言うと吉野は大きく頷いて、肩から手を離した。 

 確かに、自己否定は良くない、それは吉野じゃなくても誰かの心を傷つける行為だから。

 俺は川辺で味わった温もりを思い出す。

 その温もりは今でも消えることなく俺の身体を包み込んでいた。

 その温もりがある限り、俺は何度でもやり直せる気がする。

 だがどうする、今、この状況をどうにかするにはどうすれば良いのか分からない。

 目の前に殺人道具がある。そして出ることも何もできない。そんな状況が続けば誰かが殺す行為に走っても何もおかしくない。

 いよいよ目の前の現実が迫ってきた時だった。

「もしかしたら、ここから出れるかもしれない」

 その声は意外な人物から発された。全員、その人物の方向を見る。その人物は桃子だった。




「スコップ、何個ある?」

「え? ああ、四つあるな」

 遠くから見るとスコップはその個数があった。 

 俺がそう言うと桃子はトンカチを持っている。そしてそのまま壁により、コン、コン、と叩き始めた。

 何をしているのかと思うと、ある部分の周りを円を描くように叩き始めた。

 そしてそのまま、うん、うん、と頷き始めた。

 そしてその後、俺たちの方を振り返った。

「ここ、ここが一番脆い所。もしかしたら今あるスコップで壊すことが出来るかも知れない」

「何だって!?」

 思わず声を上げて驚いたが、他のみんなも目を大きく見開いて桃子の方を見ている。

「何で、そんなことが分かるんだ?」

 吉野は少しつっかえながら桃子に尋ねている。

「うん、音で分かったんだ。ここらへんに多分ヒビが入っているのか、割れそうになっているのが」

 目には見えないヒビ? そんな疑問を抱くと桃子はそれが分かったように話を続ける。



「よく、あたしの父親がしていたんだけどね、こうやって小さなハンマーとかでよく壁とかを叩いて割れそうか確かめていたの、それを聞いてあたしもその音を覚えていたんだ」

 音を覚えていた。そんなことが可能なのか?

「もしかしたらこの廃ビル、コンクリートが古くなっているからもしかしたらって思ったけどやっぱり合ったんだ、そういう所が」

「どうして桃子はそんなことを知っているんだ?」

「ああ、あたし、将来は建築の仕事に就くのが夢だから」

 そう言って桃子は胸を張った。

「建築の仕事……」

 知らなかった、桃子がそんなことを考えていたなんて。

「まあ、半分は父親の影響だけどさ。私はどんな災害でも防げるようなそんな家を全国に造れるようになれたら良いとおもっているからさ」

 知らなかった。桃子がそんなことを考えていることを。そして桃子の家が建築業をやっていたことも。

「まあ、世の中さ、危険に溢れていて、どこもかしこも死が待ち受けてるわけじゃん。まあスーパーマーケットでも病院でも、ゲーセンでも、カラオケでもボウリング場でも、そこら辺のコンビニでもさ。だから、まあ何だろう……少しでも安全に過ごせるような環境を作りたいんだよね」

「そんなに、世の中は危険にあふれているものなのか?」

 俺の言葉に桃子は小さく頷いた。




「うん、そうだよ。例えばテーブルの角が直角で鋭い造りをしているだけで頭をぶつけたらそれで命を落とすことだってある」

 そうか、たしかにそうだ。俺たちは日常過ごしている自分たちの部屋にも致命傷となる危険が隠れているのだ。

「だから、まあそんなことを考えて建築業に就こうと思ったんだ。その知識がここに活かされたね」

 桃子はにっこりと笑った。そうだ、こいつは昔からそうだ。いつも妙な所で信じられない策を思いつく。悔しいけど頼りになる奴だったんだ。

「う~ん、でもそう簡単にうまくいくかねぇ」

 笹山がそう言うと桃子は「分からない、でもやる価値はある」と目をキラリと輝かせてそう言った。その目は星よりも眩しく、太陽よりも熱い目をしていた。

「ま、そういうなら仕方無いねぇ」

 笹山はそう言うとスコップを取りだした。

「ふん、まああんたにしては中々やるじゃない」

 奈津菜もスコップを取りだした。

「ところで、貴方とはどこかで会ったっけ?」

 桃子は少し遠慮がちに奈津菜に聞く。

「はぁ!? 覚えてないの!?」

「う、うん。ごめん」

 桃子は申し訳なさそうにしゅん、としょぼくれる。そんな態度に変えられて毒気が抜かれてしまったのか「ふん、まあいいわ」と言って奈津菜はその壁に向かっていく。





 もちろん、俺もそして吉野もスコップを持ちだしてそれぞれ壁に迫っていく。

「大体どの辺りなんだ?」

 すると、桃子は壁に大きく円形を描いて、そこをトントンと叩いた。

「ここ、ここら辺が一番脆い所」

「分かった。ならみんなやろうぜ!!」

「何あんたが仕切ってんのよ」

 俺の言葉に若干、奈津菜が文句を言ったがそれには耳を貸さず、俺は壁をスコップの刃を壁に向けて打ち始めた。

 カァン!! カァン!!

 そんな金属の音が鳴り響きはじめる。




「う~ん、どれ。おじさんも手伝っちゃおうかね~」

 笹山はカバンから警棒を取りだしてこっちに来た。

「警棒って、それ役に立つの?」

 奈津菜はどこか訝しげな目をして笹山を見る。

「まあ、微力だけど役に立つとは思うよ~?」

「本当なの?」

 奈津菜がジロリと桃子を見た時だ。

「笹山さん!! それ、貸してください!!」

 桃子がいきなり、笹山の手を握った。

「う~ん? この警棒のことかい?」

「はい!! そうです!!」

「うん、分かったねぇ」

「ありがとうございます!!」

 桃子は礼を言うと、そのまま壁の方に向かっていき、トン、トン、と叩き始めた。

 まるでそれは打診をしているかの様であった。



「もしかして、それで壁の脆さとか調べているのか?」

 そう聞くと桃子は「イエス!!」と言って親指を立てる。

「さっきのトンカチとかじゃダメだったの?」

 奈津菜が聞くと、桃子は「う~ん、さっきのトンカチよりも、こっちの警棒の方が私には合っているのよね~、打診がより細かく出来るって言う感じでね」

 やはり、打診をしていたのか。

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