第30話 誤解と正解

「おいおい、ちょっとまってくれよ。冗談だろ!? 俺が犯人だなんて」

 吉野は明らかに狼狽し始めた、体中から大量の汗が流れ落ちてきている。

「なんでそうなった。お前だって偶然会っただろ、奈津菜」

「いや、偶然じゃなかった。私とあんたが出会った時、あんたが私の方から近付いてきたんだ」

 そう、話を聞く限りでは奈津菜に吉野が近付いてきた、バイクの提案をしたのだって吉野だ。

「なあ、聞いていいか、奈津菜」

「なに」

「スマホを吉野に貸したのか」

 すると奈津菜は頷いた。俺が吉野の方を見ると吉野は先ほどよりも汗が多く流れ、目をカッと見開いて俺の方を見る。

「おい!! 冗談だろ!? 俺を疑うのか写鳴!!」

 身振り手部り動かして訴えるその姿は、上から糸を垂らされて操られているマリオネットのように見えてしまう。

「いや、そういう訳じゃ」

 何言っているんだ俺。今はそういう言葉をかけるべきじゃないだろ。

 疑いたくないけど疑ってしまっている。そんな思いの中、この言葉は禁句だろ。

 そう思っていると吉野の顔が悲しみの感情なのか、大きく歪む。

「そんな……お前まで」

「いや……まて……これは違う」

 違うだろ、そういう言葉じゃない。何か追求したり、本当にやっていないのか確認するための質問をするべきだ。分かっている、分かっているけど言葉が何にも出てこない。



 その時――

「えっと、ちょっと良いかい~?」 

 笹山が手を挙げた。

「何よ」

 奈津菜は明らかに少し不快に思うような顔を笹山に向けた。

「嬢ちゃんの言うことは分かったんだけどねぇ。少し不可解なことがあるんだよねぇ~。まあそれが問題ないというならアレなんだけどね~」

「何よ、言ってみなさいよ」

 奈津菜が腕組みしながら聞くと笹山は無精ひげをなでながらこう言った。

「いやさっきねぇ、全員のスマホを触る機会があったって言っていたけど、わしのスマホには一回も触っていないんだよねぇ、この吉野君は」

「え……」

 その言葉に奈津菜の顔は強ばる。

「だから、わしの携帯にメールを送るのは少し不自然なんだよねぇ」

 すると、奈津菜は「その言葉がどれだけ信用できるのかは問題があるわね」と言った。



「おっとお、そう来るかい~? つまり、わしがこの吉野君とグルだってことが言いたいのかい~?」

 そう言うと笹山はお手上げ、と言うように両手を挙げた。

「まあ、気持ちは分からなくはないけどそれは違うね~」

「そう? 口ではなんとでも言えるわ」

 奈津菜は仁王立ちをして笹山を睨み付ける。

 暫く二人の視線が交わされ続けていく。めちゃくちゃ気まずい雰囲気が流れていく。



 その時――

「でも、吉野君が写鳴くんの行方が分かったのは少し疑問に思うわ」

 そう言ったのは桃子だった。桃子は少し向こうから俺たちに近付いてきてそう言った。

「いや、だからそれは俺が無我夢中で探してて……」

「それでも、いきなりバイクで来たのはまるで私たちの状況を把握していたように思えるわ。あらかじめ、私たちが何者かに追われて、しかもここに制限時間つきで行かなければいけないことを知っていたみたいよ」

「それは……」

 そこで吉野の声が止まった。確かに今思うと吉野たちが現れた時、バイクで来たのは桃子と同じ疑問を持つものがあった。バイクで来たのもそうだが、まるで俺の位置を正確に把握しているような行動であった。そして今、沈黙している吉野はどう考えても何かを隠しているようであった。




「吉野、お前……何か隠していないか?」

 そう聞くと、吉野はビクッと体を震わせた。まるで図星をつかれたような反応であった。

 やはり吉野は何かを隠している。そう確信した。その時、俺はある言葉を思い出した。

『最近は物騒だな。携帯電話でも部屋でもなんでも盗聴器がしかけられるものだからな』



 これは宗一郎さんが言っていた言葉だ。そういえば、俺があの時、家から離れていた時に吉野から電話がかかってきていた。あの時はそんなに構う余裕がなかったから受け取ることができなかったが、まさか……、これは確かめる必要がある。

「盗聴器か?」

 すると、吉野は目をひん剥かせて俺の方に首を動かした。やっぱりそうなのか?

 吉野はもう汗が身体中から滝のように流れている。

「ち、違う、そういうつもりじゃなかったんだ」

 そういうつもりじゃなかった? てことはつまり、吉野は盗聴器をしかけたことを肯定するのか?

「吉野、お前本当に盗聴器を仕掛けていたのか?」

 それを聞き、吉野はハッとした。まるで墓穴を掘ったことを自覚するような顔をした。

「いや、違うその……これは……その……」 

 もう吉野の言葉はしどろもどろになっており、何を言っているのか分からなかった。

 それでも、もう盗聴器をしかけたことは確定だった。




「吉野、どうして俺に盗聴器を仕掛けたんだ?」

 すると、吉野はしばらく頭をガリガリ掻いていたかと思うと、いきなりだらん、と手を下げた。その姿はまるで降参と言っているような様子であった。

「実は、俺の父親は警察官なんだ」

「は?」

 予想外の答えに俺は口をあんぐりと開いてしまう。

 もしかして笹山が何か知っているんじゃないかと思い笹山の方を向くと笹山は知らない、というようにかぶりを振った。

「ちゃんと警察手帳もある」

 そう言って吉野は何かを俺に投げた。それを受け止めるとそれは警察手帳だった。

 裏を見ると、吉野 次郎(よしの じろう)と書いていた。

「ちょ~っと見せてねぇ」

 笹山はそう言うと俺から警察手帳を取った。

 そのままじっくりまんべんなく見ていると、やがて「うん、こりゃあ本物だねぇ」と言って返した。

 この警察手帳は本物か。だが何で吉野は俺に近付いてきたんだ?



「吉野、どうして俺に盗聴器をつけたんだ?」

「それは……」

 吉野はまるで脇腹が抉られたような、そんな苦しい顔をしている。

「それは、俺の父親が、写鳴。お前のことを追っていたからだ」

「追っていた?」

 俺のことを追っていたとはどういうことだ?

「追っていたっていうのは、写鳴くんを危険人物設定してたっていうこと?」

 桃子がそう言うと吉野は小さく頷いた。

「ああ、親父は写鳴の両親の事件をずっと追っていたんだ」

 吉野がそう言うと「おやぁ~? おかしいねぇ、その事件だったならわしも参加しているはずだからその警察官のことも知っているはずなんだけどねぇ」と笹山は目を細める。



「それは、その時は俺たちは別な所に、ここら辺付近じゃない所住んでいたから笹山さんのことを知らなかったんだと思う。県と県を跨がるし」

 そう言えばそうだった。吉野は転校生であった。笹山は眉間に皺を寄せる。

「それじゃあますますおかしいねぇ~。なんでそんなお父さんが写鳴のことを知っているんだろうねぇ」

「それは、俺の父親は写鳴の事件をずっとおかしいって言っていたからなんだ」

「おかしい?」

 俺の言葉に吉野は頷く。

「ああ、家族で殺し合ったことがおかしいとか言うんじゃ無くて、自殺とは考えられないって言っていたんだ。俺は警察でもなんでもないから、何が根拠でそんなことを言っているんだか分からなかったけど、そんなことを言っていたんだ」

「そうか、だがどうして俺に盗聴器を?」

「俺の父親がそうしろって言っていたんだ」

「俺に盗聴器をしかけろって?」

「ああ、絶対に何かあるって言われた。俺も父親にはあまり頭が上がらないからな。だからおとなしくそれに従ったよ」

 そうか、俺に疑問を抱いた人物がいたということか。

 だが、それでも気になるのはいつ盗聴器をしかけたかだ。

「なあ、いつ盗聴器をしかけたんだ?」

「あの時だよ、桃子の写真を見たいと言ってお前のスマホをとった時だ」

「あの一瞬でか!?」

 驚いた。あんなちょっと俺から手を離した隙に盗聴器をしかけたのか。

「ああ、今の盗聴器ってのは案外楽に相手につけることが出来るんだ。俺の父親の職業なら、そういう時に使う特殊な盗聴器だって持っている」

 俺は笹山を見る。笹山はすこし顎に手を置いて考えるような仕草をしていたが、やがて「うんうん、そうだねぇ。そういうのを使う時もあるねぇ」と言ったので俺は納得した。

「ちょっと待って!!」

 その時、奈津菜が声を上げた。

「じゃああたしたちのスマホだけにこの脅迫のメッセージが届いた理由は何なの!?」

 たしかにそれは疑問だ。俺だけにこのメッセージが送られたなら吉野が犯人だっていうことになる。しかし、今いる清以外の人間に先ほどの脅迫メッセージが送られたのは吉野の仕業だとは考えにくい。

「う~ん、吉野君が全員のスマホに触ったなら何かしらの証拠にはなるけどそれが無いから何の証拠にもならないねぇ」

「だから、それはあんたがそいつとグルだって可能性も……」

「う~ん、だけど本当にわしのスマホに吉野君は触っていないんだよねぇ、それが嘘だと証明することは今の所不可能なんじゃないかい?」

 たしかに、今ここで吉野の仕業かどうかなんて調べるのは不可能に近い。

 

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