第25話 賞金首

 少し前――

「ケッ、なんだあの男、女がいるんじゃねえか」

 昨日や今日、写鳴を散々いびっていた男たちは桃子の存在も気にいらないのか、いつもならいかない集落のはずれの方へと歩いていた。

「あの写鳴って野郎、本当にムカつくやつだぜ。なんだかんだで康仁さんに気にいられてよぉ」

「だいたい、康仁さんも康仁さんだ。なんであんな甘ちゃんみてえな、泣き虫野郎なんざこっちに暮らしてやらねえといけねえんだ」

「ああ、全くだ。俺たちが一生懸命ご機嫌とりしてもあの人から全然好かれないのによぉ」

 言いたい放題の文句が男たちの口から飛び交う。



 しかし、男たちも大変なことには大変であった。

 別にここでのリーダーが康仁だと決まっているわけではない。

 だが、こうやって中心人物になっていると、おのずと人々の間ではリーダーと崇められる存在になってくる。

そうなると周りは一生懸命にそのリーダーに気にいられようと頑張ってしまう。

しかし、当の本人は自分がリーダーである自覚が無く、例えば、たまたまある人物を助けたり、何かの貸し借りを遠慮なくすることがある。

何の取引もなくそんなことをされる人物はリーダーのお気に入りなんだと周りから認識されてしまうのだ。勝手に

もちろん、そういった人物はそんな視線は嫉妬や嫌悪にまみれていて、結構な酷い仕打ちを受けたりすることもある。

 例えば、お前は康仁さんからもらいすぎだのなんだのと、小学生みたいな争いが起こってしまう。

 一方で、康仁さんはリーダーの自覚がそんなになく、個人的な感情で動いている。 

 どういうことかと言うと、好きな人は好き、嫌いな人は嫌い、と普通に分けて考えてしまうのである。

 これは康仁さん自身が意識している訳じゃない。

 しかし、人という者はどうしてもそう言った二者が出てきてしまう。

 それによって自然と好きな人と嫌いな人へ取る差異が生じてしまうのであった。

 これの何がいけないかというと先ほどの争いが起こる原因となることである。

 康仁さんが友だちに親切にすればお気に入りに、別にそこまで親切にしてくれなければ気にいられていない。

 例えば、その日の食料が無い時に、友だちであれば魚をあげたりするが、友だちじゃない人には快くはあげない。何かと交換などと条件をつけるものであった。

 友だちとそうでない者の不平等が争いを生むのだ。

 もちろん、そういうことをして成り立つ所もあるが、秩序も法も何も無いここではそういったことは逆効果になってしまった。

康仁と友だちでない者の嫉妬や願望により。リーダーである以上、友だちでも何らかの交換条件などを指定してある程度、平等にしなければいけない。決して不平等な形を大きく差を開かせてはいけないのだ。それがはぐれ者を作るし、嫉妬を生む。

だが、自身がリーダーだと思っていない以上、康仁はどうすることもできないのだ。

「なんで、あんなクソガキが康仁さんに……」

 ふとその時だ、何かチラシのような物が多く、目の前の地面を埋め尽くすように落ちているのに気付いた。

「あ? なんだあのチラシは」

 男たちは拾い上げる。そして次の瞬間、大きく目を見開いた。

「おい、お前これ!!」

「ああ、間違いねえ。こりゃあいつだ!!」

「これが本当だとしたら……!!」

男たちは顔を見合わせる。そしてニマニマし始めた。

 そのチラシには写無の顔写真が写っていた。

そしてその下には、こんな言葉が記載されていた。

『この顔にピンときたら十億円』

 これは指名手配署のような物だった。

だが明らかにあり得ない金額だ。しかも指名手配署がこんなチラシみたいにばらばらに飛び散って良いものではない。

そしてこうも記されていた。

『遺体でも構わない』と。ますます指名手配としてはありえないものであった。

しかし、男たちの目にはもう『十億円』という言葉しか入ってなかった。

「おい、こりゃみんなで山分けにした方が良いぜ」

「ああ、そうだな。今、あいつの近くには変な刑事みたいな奴がいやがる」

「クソ、なんでこんな時に厄介な存在が」

「まあいい、とりあえず、康仁さんやこの刑事に気付かれないように、できるだけ情報を回していこうぜ」

 男たちは顔を見合わせたかと思うと頷いた。

「この金で俺たちは人生をやり直すんだ」


「ふんふん、なるほどなるほどぉ。つまり、あの後引き取ってくれたのが糸田家だったということで間違い無いかい?」

 話を聞くっていうのは思っていたよりも回りくどいものである。

 手っ取り早く今の状況を整理したいと俺は思っていたが、どうやら話というのは今から遡って俺の家族が死んだ後から話さなければいけないものであった。 

 三十分かけて、俺は糸田家に引き取られるまでの話を大体した。

 大体だからある程度の話はした。だが、まだ踏み入った話はしていない。

 むしろここから話が始まる所であった。

「うん、じゃあ……ん?」

 笹山が話を進み始めた時、なぜか笹山は俺の後ろの方を向いて首を傾げる。

「あの……どうかしたんですか?」

 俺の代わりに桃子が疑問の声を上げる。

 どうしたんだろうか、なんて思っていると「おい」

 後ろから声がする。 

 俺と桃子は誰の声か分からず後ろを向いた。するとそこには、大量のスコップやボロ墓尾の縄を持っている男たちがいた。

「え、みなさん。どうかしたんですか?」

 俺が聞いても男たちは全員黙っている。気のせいか、どこか目が血走っているように見える。

「あの、一つ聞いても良いか?」

 言葉一つ一つに殺気を覚えた。何かとてつもなく嫌な予感がする。

「お前の名前は、糸田 写鳴か?」

 これは、どう答えるかで次の男たちの行動は決まっていくと思った。

「なんでそんなことを聞くんですか」

 俺はそう答えた。そう言って男たちの様子を見ようと思ったのだ。

 だが、それは地獄への片道キップとなったのか、男たちは目を血走らせながら口が避けるほど口角をあげる。それは見るも恐ろしい笑顔であった。言っちゃ悪いが同じ人間とは思えないくらいに。

「その返答、イエスと捉えるぜ、いいよな、いいよなみんなぁ!!!」

 一番前にいる男が叫びだした途端、男たちは一斉に襲いかかってきた。

「え!?」

 あまりのことで俺は身体を強張らせて動かなくなりそうだった。

 しかし、ふと、隣の桃子が気になった。桃子は握りこぶしを胸の前に握り、身をよじらせて引いていた。

 ここで強張らせちゃダメだ。

 俺は桃子の方に手を伸ばした。しかし直後、目の前に大きな影が伸びる。

 少し視界をそちらにずらすと、そこにはスコップが今にも俺の顔面に激突する所であった。

 やば……

 俺は思わず目をつぶる。

「おっとぉ、危ないねぇ」

 死の間際に立たされたと思った時、呑気な声がした。

 目を開けるとそこにはスコップの柄の部分を片手で掴んでいる笹山がいた。

「この子たちは重要だから、ねえ!!」

 続いてタバコを向こうに投げて、桃子に手を伸ばした男の手の甲に当てる。

「あっつ!!!」

 男は溜まらず手を引く。

 その途端、ガシッと俺と桃子は笹山に手を掴まれる。

「ここからは逃げた方が良いねぇ。走れるかい?」

 突然、手を掴まれたので俺は少し面食らったが大丈夫だ。まだ走れる。

 ふと、横を見ると桃子も体勢を整えて走り出していた。相変わらずタフで機転の利く奴だ。

 しかし、そんなことを考えている余裕なんてものはない。

「ああ、走れる」

 二人に向かって頷くと、そのまま無我夢中で走り続ける。

 ふと、後ろを見ると波のように男たちが襲いかかってきていた。

 全員大口を開けて、泥だらけの野獣のように雄叫びを上げながら、そして、目を血走らせながら走ってきている。

 手にはそれぞれスコップなどの道具を持っていて明らかに殺意が高まっている状態であった。

 なんて奴らだ、何が原因か分からないがこいつらは本気で俺を殺すつもりだ。

 いや、下手すると桃子にもその魔の手が来るかも知れない。

 くそ、何かこの状況を打破する策はないか!? そう思った時。

「な、なんだお前たち!! 何をしている!!」

 声の方向を見るとそこには康仁さんがいた。

「康仁さん!!」

 俺の言葉に後ろの奴らが驚いたのか、康仁さんの名前を言いながら止まり始める。

 そいつらの方を向くと、そいつらは、どうしよう、とか言いながら慌てふためいている。

「お前たち!! これはどういうことだ!? なぜ写無くんたちを追いかけ回している!! そんなスコップとか持って!! 何が起こっている!!」

「康仁さん!!」

 それは昨日、松明を持っていた男だった。スコップを大きく掲げながら呼びかけていた。

「そいつを捕まえてください!! 殺しても良い!! もし捕まえたら莫大な金がもらえるんだ!!! そう指名手配されてた!!」

「金!? 殺す!? 指名手配!? いったい何の話だ!!」

「うるせえ賞金首!!」

 賞金首よばわりかよ。

「何のことだ!! どうしたんだお前たち!!」

 康仁さんはそいつらに向かって呼びかけ始めた。

「指名手配に載っていたんだ!! そいつを捕まえれば賞金が十億円がもらえるってよぉ!! 殺しても構わないとも書いてあった!!」

「むちゃくちゃな嘘をつくね~」

 笹山はそう言っていたが俺もそうだと思った。

「馬鹿なことを言うな!! そんな指名手配があるわけないだろう!! それじゃあ指名手配じゃなくて賞金首だ!!」

「うまいこと言うね~」

 笹山、俺もそう思ったけど今は呑気にそんなことを言っている場合じゃない。

「お前たち止めるんだ!! これは全部嘘だ!!! きっと誰かが仕組んだ……」

「うるせえんだよ……」

「……え?」

 康仁さんは耳を疑ったが俺もそうだ。こいつら、今もしかしてずっと慕っていた康仁さんに言ったのか?

 

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