第23話 怪しい刑事

「写鳴くん!!」

 目が覚めると、そこは誰かのテントだった。

「ここは……」



 周りを見渡すと、昨日の景色と見覚えがあった。見覚えがあった、ということはここは康仁さんのテントであることには間違いなかった。

「写鳴くん!!」

 ふわりと良い匂いがする。昨日はもう様々な腐臭を味わったからか鼻がバグっている。

 一段と鼻孔をくすぐり、身体全身に癒やしが広がってくる。桃子の匂いは。



 ああ……俺は存在を知られてしまったんだな、桃子に。

「ああ、ありがとう。桃子」

 肩を抱く、桃子の温もりを感じながら、俺は桃子を抱きしめる。

 ふと、肩に水滴のようなものを感じる。初めそれはテントからの水漏れかと思ったがそれは違った。桃子の涙だった。その涙が俺の肩を濡らしていたのだ。

 そうか、俺はこんなに心配させていたんだな、一人の少女を。

 だが、急に俺はあることに気付いた。



「桃子、何かニュースみたいなものはやっていないか?」

「え? ニュース?」

 そう言うと桃子はスマホを取りだし、何か検索をし始めた。

 言ってからなんだが、俺もニュースはあるか? だなんて、もの凄く大雑把な質問をしたと思う。

 だから「何か、変な……その殺人事件とか無いか?」と訂正した。

「えっと……あった。通り魔殺人が起こったって言うニュースがある」

「見せてくれないか、被害者の顔を」

「う、うん」

 桃子は俺にその事件の概要、そして被害者の写真を見せてくれた。

 被害者は男であり、その顔はあの写真の中の一人に入っていた。



「そうか……やっぱり……俺が見つかったせいで……」

「え? なに? どうしたの?」

 事態の把握が出来ずに桃子は少し、慌てている、無理も無い、俺だって何も知らなかったらそんな風になる。

「儂から、事情を話した方が良いか?」

 康仁さんがそう言ったがそれを俺は手で制した。康仁さんもその意味が分かったようであり引き下がった。

「いや、すまない。言い忘れていた。俺が、俺を知っている奴に見つかると、この中の誰かが死んじまうんだ」

 俺は桃子に写真を見せた。そこに映っている人々を見て桃子は驚きのあまり、両手で口を抑えている。



「そんな……こんなに……吉野くんも入っている」

 そこで自分の名前より先に吉野の名前が出てくるのが桃子だよな。

「あれ……他にも知っている子が……」

「え?」

 それには気付かなかった。

「どれだ? 知っている子っていうのは」

「多分……この子」

 そう言って五十枚くらいある写真の中で一人の女の子を指した。

「多分、この子……小さい頃に私と写鳴くんと一緒に遊んだことがある」

「なんだって!?」

 俺は急いでその女の子の写真を見返す。

「思い出した……千佳だ」

 あまりにも遠い記憶、そして他の記憶が忘れたいものばかりだったから思い出せなかった。



 その女の子は、俺の親戚の中の一人で、本当に稀に俺と桃子と一緒に遊んでいた子だった。

 確か、フルネームは『古嵐 千佳』(ふるあらし ちか)。

 とても活発で、そいつが来ると、いつもくたびれるまで走らされた。

 俺に走りのフォームとか教えてくれたのも千佳であった。

「そうか、こいつもいたのか」

 どうやら、俺を脅している奴は随分、と俺を調べているようであった。

 その時、ふと、先ほど被害者になっていた男の顔を思い出す。

 さっきはチラッと見たからそれに何の違和感も抱かなかったが、今は違った。 

 どこかで、どこかで見たことがある気がした。どこかでこの顔を……しかも嫌な思い出の中に……



(や~い、殺人犯の息子~)



 ……思い出した。こいつは俺の両親が自殺した時の親戚の会議の間、外で俺に石を投げつけていた男だ。なんでこんな所に……いやまて、もしかして、ここに映っているのって、まさか俺の知り合い全員か!? 俺と遊んでくれた奴や親戚全員か!?

「ど、どうしたの? 写鳴くん」

 桃子は心配そうに俺に声をかけるが、悪いが俺は今それ所ではなかった。

 あいつだ、あいつがいるはずなんだ。あいつが。

 俺は、一番左端から一人ずつ見ていく。どこにいる、あいつは、俺とあの時、遊んでくれたあいつはどこにいる。いま――



「ちょっと失礼するよ~」

 俺の思考はそこで止まった。

 なぜなら、そこに一人の男が入ってきたからだ。

 その男は、少し不衛生な無精ひげに毛先が跳ねた、全体的に天然パーマがかかっているような髪、そしてネクタイにコートを着ていて、橙色の髪の色をして丸メガネをつけた男だった。

 年齢は大体二十代後半~三十代前半くらいに見える。



「いや~、さむいね~。こんな所でこんな生活して~、君ら大変だったでしょ~」

 なんだ? この胡散臭さが爆発するような声は。そんなことを考えていると、桃子も同じことを考えていたようで「な、何ですか? この怪しい人は!」と堂々とドストレートに言い放った。

 だが、男は全く動じない。

「おお~、ひどいね~。おじさん、泣いちゃいそうだよ~」

 男は若干、演技がかったようにわざとらしく大声を上げて、腕で目を軽くごしごしする。

 本当に演技臭えな。



「あの、何か俺たちに用ですか?」

 そう聞くと「おお~、すまなかったね~。おじさん、すっかり忘れていてね~。この歳になるといけねえいけねえ~。一応、ここら辺の住人には、話は通しているよ~?」と言って何かを取りだした。

 それは、紛れもなく警察手帳だった。

「な……!!」

「ええ!?」

 俺と桃子は、ほぼ同じ反応をした。それほど信じられなかったのだ。

 目の前にいる男が、警察官だと言うことに。

 それと同時に俺はあることを思い出す。

 たしか、警察官に見つかっても、誰か死ぬんじゃなかったか? てことは、これはまずい状況なんじゃ……。

「おお~ひどいね~、そんなに警察官にみえないのかい? おじさん、傷ついちゃうね~。おっと、しつれい~」

 男は徐にコートのポケットからタバコを取りだして、ライターで日を灯し、一服した。



「ふぅ~、やっぱりタバコは目にしみるし、身にしみるね~。いや~人類は損をしていると思うよ? この味わいを不健康って言うなんてぇ」

 こんな警察官がいても良いのか、なんて呑気なことを思っている場合ではない。

 この男が来た理由は一つだ。

「改めて、名乗るぞ? わしの名前は笹山 昇(ささやま のぼる)しっかり、おぼえてね? えっと~? わしは何しにっと、あ、そうだ~、糸田 写鳴。こと餓鬼道 写鳴くん? 君に話を是非伺いたいと思ってね~」

 おい、ちょっと待て、なんで……なんでこいつは。

「あの、どうして写鳴くんの前の名前を知っているんですか?」

 俺の代わりに桃子が尋ねた。すると笹山はわざとらしく、ポンと手を叩いた。

「おお~、そうだったね~、まずはそこは謎だったね~。いや~これはうっかり、うっかり」

 若干、うぜぇ、と俺は、横を見ると桃子もそう思っているのか、うげ、と言うような目をしている。

「う~ん、だってあの事件の担当だったからねぇ、わし、餓鬼道夫婦の自殺事件の」

 餓鬼道事件だって!?  

 聞いたことがあるぞ、あの事件だよな、両親がお互いを殺し合ったっていう

 あいつ、その息子だったのかよ。

 その事件を知っている人たちが多かったのか、周りの人たちは一斉にうろたえ始めた。



「おんやぁ? ず~いぶん周りがさわがしくなってきたね~。それじゃあ、外にでも行こうか~。ああ、あ~んしんするといいよ~? なにも取って食おうってわけじゃあるまいし~」

 そう言って笹山は康仁さんの家から出て行く。

「すまない、写鳴くん」

 康仁さんは土下座をした。

「ど、どうして康仁さんが」

 すると、康仁さんは顔を上げて「あの人に言われたんだ。写鳴くんと話をする機会を設けてくれれば、我々の不法侵入罪を不問にしても良い、と。私は君を売ったようなものだ。すまない」

 再び康仁さんは頭を下げる。



「い、いえ、とんでもないです。逆に昨日から今までいたこっちの方がおかしいんですし」

「すまない、本当にすまない」

 康仁さんは何度も頭を下げていた。

「なにしているのかな~? はやくこっちこっち~」

 間の抜けた声を出して笹山は俺を呼んでくる。

「あ、あの!!」

 その時、桃子が笹山に声をかけた。

「んん~? どうしたんだね~? そこのかわいいお嬢さん~」

「え!? か、かわいい!?」

「もちろん、お世辞だよ~?」

 笹山のその言葉に桃子はムッとしたが、事態はそんな場合じゃないと思ったのか再び口を開く。



「私もついていっても良いですか?」

「いいよ~」

 即答だった。俺が何か言うことも許さなかった。

「別に聞かれたって減るもんじゃあないしね~」

 俺と桃子は顔を見合わせて頷いた。

「康仁さん、言ってきます」

 俺、そして桃子は立ち上がって、そのまま康仁さんのテントから出て行った。

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