第22話 言葉は刃 または薬
桃子は一日中走り回って探していたのか、汗でびっしょり制服を濡らしていた。
恐らく昨日から、着替えもしていないのだろう。制服の汗はそれを物語っていた。
ブラが少し透けて見えそうな感じもあったが、そんなこと、今はどうでも良かった。
まずい、見つかってしまった。俺を知っている奴に見つかってしまった。
「ねえ、写鳴くん? 写鳴くんなんでしょ?」
ど、どうする、どうやって誤魔化す!? 誤魔化さないとあの写真に映っている奴の一人が死んでしまう!!
「な、なんのことかな? ハハ!! 僕は……みきとっていうんだけどな!! ハハ!!」
「いや誤魔化し下手なの!?」
結構、精一杯、裏声を出して最大級の誤魔化しをしたのにそんなに下手くそだった? てそんなことを言っている場合じゃねえ。
あまりの衝撃に思わず振り向きそうになったがそんなことをすれば自分が糸田 写鳴だと言っているようなもんだ。だから、反応してはならない。
「ねぇ、写鳴くんなんでしょ!? そうなんでしょ!?」
「い、いえ……知らないです……そんな人は」
くそ、こいつの前だと変に気を緩めてしまう。そんなに気を緩めている事態じゃないのに。
もしかして、思っている以上に嬉しいのか? 自分を知っている者に、桃子に会えたことがそんなに……。
「ねえ、写鳴くん……写鳴くん!!」
俺はたまらず逃げ出し始める。悪いが、瞬発力や足の速さでは俺の方が桃子よりも何倍も上だ。だから問題無く逃げることができる。だが――
「お~い!! 写鳴くん!! 何人か連れてきた!!」
その時、康仁さんが帰ってきた。と同時に完全に桃子にバレてしまった瞬間だった。
「やっぱりそうだ……写鳴くんだよね!?」
振り向くと桃子は今にも泣き出しそうな顔をしている。
やめろ。そんな顔をするな。お前のその顔は、俺の感情がかき乱されていく。
それでも、俺はバレる訳にはいかない、だから!!
「待って!!」
突然、走り出すことが分かっていたのか桃子は俺が走るより前に走り出していた。
少し遅れて俺は走り出す。
もうここにはいれない、どうせ俺がここから逃げて、後からあの集落に帰ってきても桃子が居座っているに決まっている。だからもう戻ることは出来ない。ここから離れるしか無い。
「待って!! 待ってよ!!」
おい嘘だろ? 俺は全力で走っているのに桃子のやつ、俺に食らいついているのか!?
「写鳴くん!! 貴方の家の事件のことは聞いた!! その後、吉野君から連絡があって写鳴くんがどこにいるのか分からないって話も聞いた!! ねえ、写鳴くん!! 何があったの!? そしてなんで逃げるの!?」
言えない、言うことが出来ないんだ今は。
もし言ってしまったら、お前にも、吉野の奴にも、絶大な迷惑がかかるんだ。
迷惑なんてどころじゃない、下手すりゃ死ぬ!!!
もうだれにも迷惑かけたくないんだ!!
誰にも迷惑かけずに、独りで生きていたい……いや、消えてしまいたい。
(あっちいけよ!! 殺人犯の子ども!!)
(悪魔!!)
(お前なんて生まれなきゃ良かったんだ!!)
そうだ……俺は……いらなかったんだ……この世に……いちゃいけなかったんだ!
「大丈夫だよ!!」
……俺の頭の中で、あの時、一番最初に微笑んでくれた少女の笑顔を思い出す。
「大丈夫!! 私は!! 私たちは大丈夫だから!!!」
……やめろ……そんな根拠のない笑顔や言葉を言わないでくれ……
「私たちは、写鳴くんの味方だから!!!」
いらない、俺にはいらない。味方なんていなくて良い。
俺は存在するだけで、いるだけで他人に迷惑がかかるから。
お前だってそうだろ。その額の傷は全部、俺がいたせいでついてしまった傷じゃないか。
「大丈夫!! 私たちがなんとかするから!!! 写鳴くんは、ひとりじゃないから!!」
いや、俺はひとりだ。ひとりで良い。ひとりぼっちで良い。
寂しいけれど、傷がつくこともないし、何より誰も傷つけずに済む。だから俺は一人で良い。
だんだん、足音が小さくなるのが聞こえてくる。
もういいだろ、お前はよく俺のことを見捨てないでくれた。
こんな俺みたいな殺人犯の息子なんかを、こんな、俺なんかを見捨てないでくれた。
もうお前は俺から解放されて良いんだ。俺のことを忘れて良いんだ。
どうせ人間、いつかは忘れられる。お前もその内、俺のことを忘れてくれるさ。
「私を置いていかないで!! 私たちを見捨てないで!!!」
……は?
その言葉は、予想外だった。本当は逆なのに、俺が見捨てられる側なのに、なんでそんなこと言うんだよ。なんで……
(すっごく格好いい名前!!)
なんでお前はいつも予想外な言葉をかけてくるんだよ!!
だから、止まっちまったじゃねえか……
止まっちゃいけないのに
ここにいちゃいけないのに
お前らから離れないといけないのに!!!
「私は……写鳴くんが必要なんだよ!!!!!!」
吐息と共に吐き出された声が俺の全身を響かせる。
「私は……写鳴くんと一緒にいたい!!! 貴方がいなくなるなんて考えただけで嫌なの!!」
なんで……なんでお前はいつも、いつもいつも予想外な言葉をかけてくるんだよ……。
なんで……俺が欲しい言葉をいつもかけてくるんだよ。
「それは、吉野くんも同じだよ!! 吉野くん、ラインでもの凄く写鳴くんを心配してた。でも、こんなことも言ってた。あいつがいなきゃ、俺は今もずっとぼっち生活だったって、そんなことを言ってた……だから、私たちは写鳴くんが必要なんだよ……」
もう、何も言えなかった、どうすれば良いか分からないとか、そんなことを考えることもできない。ただ、力なく手を下げるしかなかった。
だめだ、俺は弱い人間だ。
気付いてしまった。俺は、今、自分が思っている以上に寂しがっていることに。
足音がだんだん大きくなっていく。
「もし、写鳴くんがこの世からいなくなったら、私たちが、私が悲しんじゃうんだ。そのことを忘れないで」
肩があの頃と同じ温もりに包み込まれる。
「貴方は私にとって、餓鬼道 写鳴、それが嫌なら糸田 写鳴としてこの世に確かに存在しているんだから」
……だめだ……逃げなければ……ここから……逃げなければ。
「大丈夫だよ。写鳴」
その時、ふと俺の背中に直接、太陽の様にポカポカと暖かいものが触れた。
抱きしめた。桃子が俺を抱きしめた。
その感触、匂い、温もりが全部、俺の身体を包み込む。
「大丈夫だよ。写鳴……この世界は、貴方を必要としてくれる」
「だめ……だ……俺は……俺は……いちゃいけないんだ……必要としてくれる人なんていな」
「ここに一人……いるよ」
目が大きく見開かれて、潤むのが分かった。視界が霞む。
それは、眠気でもなんでもなかった。
涙だ。
「私がいる……それでも足りなかったら私が証明してみせる……私が。君がこの世に必要だってことを……私が君がいるってことを……君と一緒に……証明してみせる」
「はは……なんだよ……それ……意味分かんねえよ……」
「はは……本当だね……」
「本当だよ……」
だめだ、もう色々と疲れてきた。
そんな言葉に絆されちゃいけないのに、全てがどうでも良くなってくる。
ああ、そうか、俺は肝心なこいつらの存在を忘れていた。
そうか……俺がいなくなったら傷つく奴らだっていたんだな。
やばい……意識を失わせるわけにはいかないのに、意識が遠のいていく。
桃子の声が聞こえてきたが、それもやがて聞こえなくなった。
聞こえなくなる前に言っておかなきゃならないのに……ありがとうって・
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