第20話 家の狭さを感じる

俺は話した。さっき俺の家が爆発したことを、そしてそれがニュースになったことを、そして差出人不明のメールらしき者が届いたこと。そのメッセージには家から離れること、そして知っている奴に会わないことが命令されたこと。警察に連絡してもダメなこと。会ったらランダムに何十人もいる中から一人ずつ殺していくことを。最も、ほとんどのメールはもう消えており何十人殺すと言われている写真だけが残っていた。

 俺はスマホを見せると康仁さんは「なるほど、今はスマホという物があるのか」と言って物珍しそうに見ていた。



「いや、今そんなことはどうでも良かったの。そのメール、本当に見ることは出来ないのか?」

「はい、出来ません」

 どこを探してもそのメールを見つけることは出来なかった。

「残っているそのメールはどこから来たか分かるのか?」

「いえ、分かりません」

 差出人の名前も書いていない。ただ、数字しか書かれていない。

 だが、下手に突っ込んで変なことが起こるのも嫌だ。何か嫌な予感がするのだ。

 その電話番号にかけた途端、誰かが死ぬような気がして。



「ふむ、それは困ったものじゃな。人質が沢山とらえられておる。警察にも頼れないということか。それで、ここに自分の身を隠そうと思ったのか?」

「いえ、それは少し違います。ここに来たのは偶然です。どうしたら良いか分からず、とりあえず人の気配がしない所に行こうと、そしたらトシさんが襲われていて、こういうことになりました」

「なるほど、ふ~む」

 再び顎髭を康仁さんは撫でる。

「知っている人に会ったら、ランダムに殺されるのか。それはまた物騒な話だ」

「はい、本当にそうです」

 その時、ぐぅ、と腹が鳴った。

「あ、これはその……」

 そのまま何か気まずくなり俺が口をまごまごさせていると、康仁さんはにこやな顔をして「そうだな、そんなに大変だったらお腹も空くはずだろう」

 そう言っておもむろに立ち上がり、どこかに行った。



 どこに行くのかと思うと、先ほどのテントで見たような魚を持ってきた。

「これを食べよう」

「え? でも」

「いいからいいから、困った時はお互い様だろ?」

 俺は遠慮しようとしていた。いくらなんでもそこまでお世話になるのは流石に悪いと思ったからだ。でも、そうであっても康仁さんは構わず魚を串に突き刺した。

 そして、え~と、どこだどこだ、と何かを探していると思ったら丸まった新聞紙を砂の上に置き、ライターを取りだした。ライターなんて結構、珍しくて俺は初めて見たと思った。



「これで、ほいっと」

 康仁さんは新聞紙をライターで燃やすと、そこに串刺しにした魚を置いた。

「す、すみません。こんな住む所どころか食べ物まで頂いたしまうとは、この恩は、何かで返したいと……」

 そう言いかけると、康仁さんは「いい、いい。そんな恩なんて大層なもんじゃないからいい」と言った。その笑顔は全ての生物を癒やすような屈託がなく、本当に太陽のように優しい笑顔をしていた、この笑顔にみんな親しみを持ったのだろうなと俺は思った。それでもそれとは別にこういうことはしっかりしておかなければならない。

「いえ、そういう訳には行きません。お世話になっている以上、何かで返したいと思います」

 すると康仁さんはひらめいた!!! と言うようにピンと人差し指を上げて「じゃあ、明日のリサイクル活動で誠意を見せてもらおうじゃないか」と言った。



「リサイクル活動、ですか?」

「ああ、そうだよ。私たちは毎朝、カンやビンを拾っているんだ。そういうことをして過ごしているんだ。もしかしたらさっき聞いたかな?」

 言われてみると、さっきの松明の男からそんな話を聞いていたような気がする。

「あ、はい、そういう話は聞きました」

「そうか、ならそういう形で私たちに何か返してくれたら、私は嬉しい」

 康仁さんはそう言うと丁度、魚が焼き上がってきていた。

「そういうことだから、今は食べて精をつけよう」

 康仁さんにそう言われたのもあって、俺は魚を食べ始めた。

「おいしい」

 思わず言葉に出てきた。

 瑞々しい、なんて言い方をしたら変かもしれないが、それほど新鮮な味わいを感じた。



「おいしいだろ? ここら辺の川で取れる魚は美味いんだよ」

「へぇ~」

 俺はこの川にどんな魚がいるのかは知らない。それでもこの魚は美味いことだけは確かだ。

「最近は工場とかも多くて身体に入ったら不衛生、または死に至る魚も出現しているらしいからのお。本当に物騒になったもんだ」

 確かに昔はそんなことがあったら大事件になっていたが、今は年に一回は起きてしまっている。だからそれほど珍しくない事件となってしまっている。今は昔に比べると犯罪率もそして悪質さも高くなっている。

 例えばツイッターに上げた写真、手が映っていただけで、その人物の顔が分かる。それによりその人物を探して特定することだって可能になってきてしまっている。それに簡単に盗聴器をつけられるスマホもある。それ以外にも声で顔が割れたり、住所を特定されたりする。



 声で顔なんて割れたら、一時期流行っていたゲーム実況者やVチューバーなるものの営業妨害になってしまう。顔が良くなければファンが減るし、顔が良くてもストーカーが出てくる。

 そんなに発展してしまっているのだ。

 ならそれを廃止すれば良い、なんて言う人もいるが一度便利になったモノを外すことは困難である。自分たちの生活が便利になればなるほど、自分たちの周りの環境が自分たちの生活を脅かすという皮肉なことが起こっているのが今の時代だ。

 そう考えると、この川が無害な魚が生息しているのは奇跡に近いものがある。

 こんな一尾まるごとの魚を食べるのなんてあまり無かったが、あっという間に平らげてしまった。もちろん美味しい。



「今夜は儂の所に泊まると良い」

 本当は遠慮するべきなのだろう。だが、俺にはもう帰る所は無い。ニュースにはっきりと俺の家が火事になっているのが映ったし、そうじゃなくても、俺のことを知っている奴に見つかったら、写真に写っている何十人もの人の誰かが死んでしまう。その中には吉野や桃子もいる。

 そういえば奈津菜の奴もいたが、奴は少しムカつく奴だが死んで良い奴ではない。

「はい、ありがとうございます」

 その場で土下座をする。これは申し訳ないからとかそういうのではない。

 今の俺が精一杯できる感謝の姿勢である。康仁さんにはもう頭が上がらない。

 一宿一飯、今の俺にはその重みは大きかった。

 ほっほ、と康仁さんは笑うとボロボロの毛布を持ってきてくれた。

 そこには虫ひとつ無い綺麗な毛布であった。

「たまにこういう罰当たりもんがいるんだ。まだ使える毛布を捨てるような者が」

 康仁さんの屈託のない笑顔につられて俺も微笑んだ。



 その夜はそのまま康仁さんの家に寝泊まりした。

 このテントにいると、いつもいた家がどれだけ広かったかを実感する。

 少しでも寝返りなんてうってしまえば、隣に当たってしまう。その位狭いものであった。

 家の部屋なら二人くらいだったら、それぞれのプライベートの範囲を守って寝ることが出来る。だが今はそれが全く出来ない。その位窮屈なものがあった。

 ……全部夢なんじゃないか。朝起きたら今の出来ごとなんて全部夢で次の朝にはいつも通り部屋から起きて、学校に登校している。そんな一日が始まるのではないか……いつもの日常ってなんだ? 朝、家族に挨拶をしてご飯を食べる。そこまでは普通の日常と変わらない。

 だがその後はどうだ? 登校時、授業時、そして放課後の時は何をして過ごしている? ほとんどの人々に白い目で見られながら、あるいは恐れられながら過ごしている。



 俺は、そんな毎日を望んでいるのか? 昼休みに吉野と話したりするけど、どこか心の中で寂しいものがある。それは吉野と距離があるとかまだ会ったばかりだとかそういうのではない。

 これは俺の感覚なのだが、いつかいなくなってしまうのではないか、という不安が襲いかかるのだ。

 何らかの理由で俺を恐れたり、何か変なことをやって嫌われてしまったり、そんなことが起きてしまうのではないかと思っている。そしてそれは吉野だけではなかった。

 結局の所、桃子に関してもそうなのだ。桃子もいつか俺の元から離れてしまうかもしれない。

 何が原因かは分からないが、もし、そんな時が来てしまうなら、初めからいない方がマシだ。

 初めから一人になれば辛いことは何もない。寂しいんじゃない? という声が聞こえてきそうな気がするが辛い気持ちになるよりよっぽどマシだ。

 今のこの現状が夢だったらどんなに良いか。

 そんなことを考えていると、だんだん意識が遠のいていくのを感じた。

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