第19話 ここのルール

 見ると、そこはまず何枚ものボロボロの服が周りを旗のような形になっていた。例えるならよく漫画でサーカスのテントの周りにある旗みてえなものだった。

 その中は、初め霧なのか埃なのか、何か白いものが立ちこめてよく見えなかったが、だんだん中が見えてきた。



 そこには沢山の今にも破れそうなテントがいくつもひしめいており、そこに、自分の周りの人たちを同じようなジャケットを着ている人が歩いている。その歩く姿は希望を求めて彷徨っているかのように、全員、下を向いている。奥には大量のゴミ袋が山のように積んであり小蠅が舞っている。少し異臭もする。

 真ん中には、たき火を行っていた。それも小さなドラム缶でその周りに人々が集まっている。

 そういう形だった。



 ほっほっほ、康仁さんの笑い声が聞こえる。

「どうだ? もしかして帰る気になったんじゃないか?」

 正直に言うとそうだった。俺が家出とか、そういう理由とかだったら今すぐにでも帰りたい気分だった。だが、俺は帰るわけにはいかねえ。俺の為にみんなが死んでいく可能性だってあるんだからな。

「いえ、そんな気はありません」

 俺がそういうと、康仁さんはびっくりしたのか、目をまん丸にした。

「ほう……お主も中々事情を兼ねているようだの……よし、案内しよう」

「ああ、頼む」

 そう言うと俺たちは歩き始めた。

「おい」

 その時、松明を持っていた男に話しかけられた。



「お前、分かってんのか。ここで暮らすってことが」

「ああいや、すみません。多分、良く分かっていないです」

 てっきり俺のことを心配しているのかと思ったがそれは違った。

 男の言葉が終わらない内に男は大きく舌打ちをした。

「チッ、面倒くせえのが増えちまった……困るんだよなぁ、ここに住んでもらうとよぉ」

「それは、どういうことですか?」

「分かんねえのか? お前がいることで、俺たちまで迷惑がかかることになるんだよ」

 迷惑、たしかに言ってしまえばここの人たちはこの公園に不法侵入罪を犯しているようなものだ。もし、仮に警察官なんて来たら罪に問われてしまう。そういう意味で言っているのか?



「どうやら分かんねえようだな。いいか? 俺たちはそこら辺の学生やなんやらが投棄した弁当、春になりゃあ花見で地面に落ちた食べ物、夏になりゃあ屋台で食いかけの食べ物、開きになりゃあ捨てられた芋煮、冬になりゃあ大晦日や正月の残りモンが転がっているもんだ」

「は、はあ」

 俺はそれを聞いてもそんな反応しかできなかった。それが忌々しかったのか、ますます男はヒートアップした。




「はあ、じゃねえよ!! いいか? 俺らは本来そんなゴミをみんなで争い、奪い合いながら生きてきたんだ。そんな俺たちを康仁さんはまとめてくれたんだよ!! 康仁さんが中心になってこういう住処を作ってくれたし、食べ物にしても捨てられたカンやそういう物を拾って来た者に分け前を多く与える。そうじゃなくても、一人ずつ、その日生きられる十分な食べ物を分けてくれるんだ。お前みたいな甘ちゃんがいると、迷惑なんだよ、わかるか? 俺らの取り分が減るんだよ」

 なるほど、そういう事情があるのか。本当はそんな呑気なことを考えている場合じゃなかったが俺はそんなことを考えてしまっていた。

「さて、案内を始めたいだが」

 康仁さんがそう言うと男の人は、うっ、と言って「す、すまねえ、康仁さん。折角の案内に茶々を入れちまって」と謝った。



 康仁さんは、ほっほっほ、よいよい、と笑って許した。

「さて、写鳴くん、これから少しだけ案内するぞ」

 そう言ってまずは青いテント、そしてその中で小魚を焼いている男の人がいた。よく見ると、そのテントは他に比べると綺麗なものであった。

「まずここは小魚屋だ。そこにポイントを掴めばそれと魚を交換できる」

「ポイントとは」

「ああ、それは主にカンやビンを集めることだな。まだ使える物は公園の水でこっちが洗い、使えなかったらリサイクルゴミに入れる。人間が扱う環境を守るのもホームレスの仕事でもあるのだよ」

 なるほど、と俺は理解した。



「因みにポイントはポイントカードを持ってくると交換できるからの」

 康仁さんがそう言うと、魚屋の主人がポイントカードの見本を出してきた。

 なるほど、これがポイントカードになるのか。

 その後、俺は同じ原理で、捨てられた衣服から店をやっている洋服屋や、小道具やなど様々な所に案内してもらった。

 さっきの男が言った通り、康仁さんの力はすごい。

 ここら辺一帯をまとめあげている。この人は周りの人から慕われていることがうかがわれる。



 いや、慕われる所じゃない、まるで王だ。

 やがて周りの男たちはそれぞれのテントに帰って行く。みな、その際にも康仁さんにもの凄くにんまりとした笑顔で挨拶をしていた

「そして、ここが儂の家だ」

 そこは、他のテントと同じくボロボロのテントであった。なぜかテントの扉は障子の造りになっているのが謎であった。

 中はボロボロもう板葺きめいている畳が敷かれてあった。真ん中は故意的にあるのか砂が張ってあった

 意外にも普通な雰囲気で結構、拍子抜けした。

「ほっほ、集落長の儂の住む所が普通で拍子抜けしたか?」

 やば、心を見透かされていた。

「えっと……はい。少しは」

 ほっほっほ、と相変わらず康仁さんは朗らかに笑う。

「まあ、そう思われても仕方無いの。この集落の長である儂の家で唯一、威厳があるとしたらあの障子だけだの」



 え!? あれ威厳のつもりだったの!? 少し俺は驚いた。もしかしてその気持ちも読み取られるのではないかと思い、俺は平静を装い「へえ、そうなんですか」と答えた。

「ああ、そうだ」

 どうやらその心の声はバレなかったようだ。俺は安堵の息を漏らした。

「さて」 

 そこで康仁さんは真剣な顔をした。

「お主はどんな事情でここに来たんだ?」

 康仁さんは胡座をかく。俺もここまで来たら話さなければならないと思った。

「実は……」

 

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