第18話 ストレスによる行為


そのまま俺は康仁さんに案内されるも、結構遠い場所にあるのか、三十分くらい歩き続けているのにまだ目的地につかない。少しだけ疲れてきたし、それにさっきからこの人たちの視線がキツい。ギラギラ目を光らせているのが肌で分かる。まるで蛇に睨まれたカエルのような気分になった。

「どうだ? 少し遠くて疲れたんじゃないか?」

 ホッホッホ、と笑いながら康仁さんはそんなことを聞いてくる。

「いえ、そんなことはありません」

 俺がそう言うと、康仁さんは、顎髭を撫でて「いいのう、若いというのは。時間というものはどんな財産よりも高い」と言った。

「……はい……そうですね」

「そうだのぉ、因みにトシの方はそろそろ疲れてきているんじゃないか?」

 トシ、というのは先ほどあの男子高校生どもに襲われていた人だった。

 トシさんは、呻き声を上げて、何回も頷いていた。

 最も、元から下を見て俯いていたので、なんかヘドバンのような形になっていた。

「そうだなぁ、ここらで少しだけ休むか、良いか?」

「はい、分かりました」

 実を言うと少しだけ疲れていたこともあり、俺も休みたかったのだ。

 本当は今すぐにでもどこか、警察とかが来ないような場所に移動しなきゃいけないのだが、流石に体力の限界であった。

 俺たちはその場に座り込んだ。

 康仁さんは丁度、腰掛けられるくらいの大きな岩があったので、そこに腰掛けて、休む。



 しばらく、俺たちはその場で休んでいる。

 トシさんはまだ恐怖が取れないのか、その場で土下座をするように頭を地面にこすりつけるような体勢を取っている。

「気になるか? トシが」

 その姿を見ていたら級に康仁さんが話しかけてきたので何か罪悪感めいたものを感じた。

「い、いえ、そういうわけじゃないです」

「よいよい、儂らはそういう存在じゃ、人から見下されの対象や物珍しさの対象に成る存在じゃ。まるで動物園の檻の中に入ったような気分になる。最も、その檻は透明で見ることが出来ないのだがな。だから簡単に侵入されて、いらぬ扱いをうけるのだよ」  

 その話を聞き、俺は先ほどトシさんが男子高校生たちにどんな仕打ちを受けていたのか思い出した。

 金属バットでトシさんの近くの地面を打ち叩いていた。

 その時のトシさんの怯えている姿、男子高校生たちの楽しそうな姿が頭に浮かぶ。

 こいつは人間未満の存在だ。だから何やっても良いんだ、と言っているようであった。



「……どうして、なんでしょうね」

「ん?」

 その言葉に康仁さんが反応する。

「どうしたんだ?」

「どうして、トシさんを襲ったんでしょうか、あんなに物騒な武器を持って、下手すりゃトシさんは死んでいました。それに、そうじゃなくても、トシさんには精神的なダメージを与えました」

「ふむ」

 康仁さんは顎髭をなでながら難しそうな顔をする。

「どうして彼らはそんなことをしたのでしょうか、いえ、出来るのでしょうか」

 俺がそう言うと「ふ~む」と康仁さんは暫く呻っていたが、やがて口を開いた。

「きっと、あの子たちはストレスからこんなことを犯してしまったんじゃ」

「ストレス……ですか」

 その言葉は俺にはあんまりピンと来ない。いくらストレスが高まっているからって、誰かを傷つけて良いということにはならないはずだ。少なくとも、俺はストレスが溜まっていても俺はそんなことはしない。

「それにしても、どうしてストレスだと思ったんですか?」

 すると、康仁さんは、ポケットの中からとある進学校のバッジを出してきた。

「それは……」

「ああ、一度、あの子たちの仲間か高校のバッジを落としてのぉ。見て見たらこことは真逆の方向にある進学校のバッジじゃった。きっと受験とかのストレスが溜まりに溜まったんじゃろう。だから、儂らのように存在を忘れられたような者たちをダシに使ってストレスを発散しているんじゃ。まあ、タチが悪いことにそういう子たちは儂らの精神を傷つけるものの、身体を傷つけようとはしない。さっきもそいつらは直接、トシを傷つけたりはしてなかったじゃろ?」



 なるほど、受験のストレスから、そんなことをしてしまうのか、だがそんなことは関係ない。

「それでも、許される行為じゃないでしょう。生まれてきて罪みたいなことを奴らは言っていました。そんな存在なんて、いないと俺は思っています」

 すると、康仁さんはにんまり笑顔をする。

「ほっほっほ、お主は優しいんだな」

「はぁ、そうなんですか? 当たり前のことだと思うんですが」

 康仁さんは静かにかぶりを振る。

「いや、そんなに当たり前じゃあないんだ」

 そう言って遠くを見つめる。その目はどこか悲しそうに見える。

「そうだなあ、まあ、多くは語らないが、この世は自分がされたらどういう気持ちか、ということを抜かす人々が多いということだ。学校で習った道徳なんて何の役にも立たないのかもしれんの。なぜなら、教える側も道徳をしっかり持っていないからの」

「たしかに……そうですね」



 この人の言うことは賛同できる。結局、道徳なんてその時代に生きる人々が勝手に作った一つの物差しにしか過ぎない。もっと言うなら上の奴らが決めたことが基準になっていくのだ。

 まあ、その肝心の上の奴らが道徳を持っているかどうかは分からないが。

 そういえば、昔のすごろくだかなんだかで、買い食いは堕落のはじまり、とか書いているのがあったな。あれだって、その時代の一つの物差しだ。買い食いしただけで堕落していくってどういうことかまるで分からねえからな。

 だから、人の道徳なんて当てにならないものだと、俺は認識している。だから康仁さんのいうことと俺が考えていることはほぼ同じなのではないかと思える。

 すると康仁さんは、ニカッと歯を見せて笑顔になりこっちを見た。

「ま、よく言うブーメランを投げる者が多いんだな」

 ブーメランを投げる。つまり、自分の言った言葉が自分に返ってくる。しかもそれに言った本人は気付いていない。なるほど、結構、的確なのかもしれない。

「確かに、そうですね」

 少しだけ笑える気分では無かったが、康仁さんの笑顔があまりにも柔らかかったので自然とこちらも笑みを誘われた。

「さて、お話も終わりだ。そろそろ歩こうかの」

 そう言って康仁さんは立ち上がった。康仁さんが立ち上がると他の人たちも全員、立ち上がった。それを見て俺も立ち上がった。再び出発の時が来たことを感じた。

 俺たちは再び歩き出した。休んだからだろうか、不思議と身体は軽かった。

 そのまま十分くらい歩いていると「ここが儂らの住処だ」と康仁さんが言ってきた。




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