第17話 誤解
逃げていくにしてもどこに行けば良いのか分からない。
思わずこの男の人を抱えてしまったけど、てまだこの人は謝っている。
ずっと、両手で目を塞いで、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝っている。
どうする、このままだと……。
「お、お前か!!」
あ? 誰だこんな時に。声の方向を見るとそこには、何人か、この人と少し違うかも知れないが全員、ボロボロのジャケットを着ている男たちがいた。真ん中の男は手に松明をもっており、今にもこっちに襲いかかりそうな雰囲気を醸し出していた。
「な、仲間はどこにいる!! お、お前の仲間は!!」
「な、仲間!? 何の話だ!!」
そう聞くと、その男は声を上擦らせて「と、とぼけるんじゃねえ!!」と怒鳴った。
「お、お前らが最近、俺たちみたいなホームレスを襲っている集団だろ!?」
「ち、違う!! 俺はそんなんじゃない!!」
「じゃあ、なんでトシさんを抱えているんだ!!」
トシさん!? この人のことか!!
「違う!! この人は襲われてて……」
「嘘をつくな!!」
まずい、このままだと俺がホームレス狩りだって誤解されてしまう。なんとかして違うことを証明しないと、そう思った時であった。
「待て、お主ら」
いかにも聡明そうな高齢の男性の声が俺の耳に入ってきた
その方向を見ると、白髪でアフロのような髪型をしているが、顎髭がものすごく長い高齢の男性がいた。顎だけを見ると長老に見えてくるが、頭を見ると少しその雰囲気がなくなる。
「や、康仁(やすひと)さん!!」
松明を持っている男が驚いてその方向を見る。
「やめんかお主ら、この者はトシを助けてくれた者だ」
松明を持っていた男たちが驚いて俺に視線を移す。
そして、そのトシさんの方をじっと見る。
「ど、どうしてそんなことが……」
「儂は見ていた。この者は悪漢どもからトシを救っていた所を」
「ほ、ホントかよ。トシさん」
松明の男がそう言うと、俺に抱えられている男は両目を塞ぎながら、何回も頷いていた。
それを見て前にいる男たちは困惑したように周りを見渡している。
「とにかく、この者にお礼を言うんだ」
長老らしき男がそういうと、男たちは、ありがとうございます、と行って頭を下げた。
ついでに、疑ってごめんなさい、とも言った。
すると長老らしき人が。ほっほ、と笑い、「すまんかったのお。儂らのために戦ってくれたのにのぉ」と少し申し訳なさそうにそう言った。
「それにしても、お主はなぜ夜、こんな所にいるのだ?」
う、少し触れられたくない所に振られてしまった。
「そ、それは……」
その先の言葉が見つからず、誤魔化しの言葉を探していると、ほっほ、と長老らしき男の人は笑い出した。
「まあよい、どうやら並々ならぬ事情があるらしいからのぉ」
そう言って長い顎髭を三回撫でたかと思うと、こう言った。
「どうじゃ? お主、しばらく儂らの所に来ないか?」
それを聞き松明を持っている男は目を剥き出しにする。
「や、康仁さん!! それはいくらなんでも……!!」
「来ます」
「な!?」
俺の即答にその男は驚いた。まあ無理もない。普通、こういう所に泊まろうとする奴なんてそうそういないからな。
「お、お前、何を企んでいる」
まあ、当然怪しむよな。俺だって逆の立場だったらそう思うからな。
「いえ、俺も住むところに困っていたのです」
「そんなわけあるか!! お前の服、少しもボロボロじゃないじゃないか!! さっさと家族の元に帰れ!!」
その時、俺は火事を思い出す。テレビのモニターに映った映像も。
「すみません、俺には帰る所がないのです」
「そんなの嘘に……」
「お願いします!!」
俺は頭を下げた。男たちはそれを見てざわめき始めた。
「ふむ、どうやら事情があるみたいだ」
少し顔を上げると、康仁さんは顎から伸びた髭を撫でていた。
どんな事情があるのか、見定めているのか、それとも単純にここに本当に泊めさせるか考えているのかどちらなのかは分からなかった。
しかし、「ふむ、この者を泊めよう」と言った。
それを聞き、周りの男たちはどよめきはじめる。
「や、康仁さん、本気ですか!?」
松明の男がそう言うと、康仁さんは大きく頷いた。
「本気も本気だ。この者を儂らの所に泊めよう」
それを聞き、男たちは納得いっていないのか、しばらく話し合い始めた。
松明の男はじっと俺の方を睨み付けている。
恐らく、家出かなんかの子どもなのだろうと思われているのだろう。
だよな~、こんな高校生の制服を着ている裕福な奴がここに行きたいだなんて、軽い家出だと思うよな~。
すると突然――
「お主ら、静かにできぬか」
康仁さんのその言葉で男たちは一斉に口をつぐんで黙った。
松明を持っている男もその場で俯いた。
「困っている者を見捨てるのが儂らのすることだったか?」
男たちは顔を見合わしたが、やがて力なくかぶりを振った。
「まあ、もし事情が軽い者であれば、儂らの所などすぐに出て行くはずだ。それに、恐らくこの者は相当厄介なことに巻き込まれていると見える」
もはや康仁さんに反対めいた行動をする者はいなかった。
全員、康仁さんの方を向き、その目に反対の色はなかった。
「お主、名前は?」
不意に俺は名前を聞かれたので危なく、一番最初の名前を言いそうになった。
「あ、私の名前は糸田 写鳴です。よろしくおねがいします」
そう言って再び頭を下げる。
チッ、と誰かが舌打ちしたのが聞こえた。
恐らく松明を持っている男のような気がした。
康仁さんはそのことを気に留めずに「なるほど、糸田 写鳴か。良い名前じゃの」と褒めてくれた。
「頭をあげてよい」
康仁さんがそう言ったので俺は頭を上げた。そこには雲のようにフワフワと微笑んでいる康仁さんが見えた。
「とりあえず、何日間になるか分からんが、これからよろしくの。写鳴」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと康仁さんは手を差し伸べてきた。
俺はその手をガシッと握った。
すると、康仁さんは、ほっほっほ、と笑い出して「普通、儂らのような奴らと握手をするとき、ほとんどの者が汚らしいものを見る目でみるんだがのぉ。お主はそれがない。心の底から良い人のようだ」と言った。
良い奴、だなんて言われて不快に思う者はいないだろう。もちろん、俺もそうだ。
だが、康仁さんに、そう言われて俺は気付いた。この人たちはホームレス。
この世と切り離された存在で、一般世間には汚い存在とされている。もちろん誰もがこの人たちを見るとしたら汚らわしい目で見るに違いない。そういう対象の人たちであることを俺は自覚した。
だが、そうであっても関係ない。大体、そういうレッテル貼りのようなものに俺は被害を受けている。そんな俺がこの人たちを嫌うはずも、汚らわしいと思うことはあるはずがなかった。
「ありがとうございます」
にっこりと微笑んでいる康仁さんいお礼を言い、そのまま俺は目の前にいる人たちの住処に行くことになった。
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