第12話 平和な家族
今の家は、見るような普通の一軒家だ。木造で赤い屋根に庭がある普通の一軒家だ。犬や猫は飼っていない。
「ただいま」
「おかえり~」
挨拶をすると母性溢れる柔和な声が帰ってきた。
糸田 幸子 今の俺の母親だ。
俺の両親が死んだ後に、俺はこの家族に引き取られることになったのだ。
「きょうはどうなの?」
「ああ、遅くなるみたい」
「そっか」
そんな淡泊な会話をしながら俺は、居間に進んでいく。
その途中でキッチンにたっている幸子さんが見えた。
髪を一つに束ねてエプロンを着る姿は歳よりもどこか若々しく見える。
目尻や頬に皺が寄っているし、少し髪も白髪があるけどそれでも何故か若々しく見える。
「学校、どうだった?」
「ああ、良かったよ」
「ホントにそうなの? 部活、とかは?」
「え? ああ、別に入るつもりはないんだ」
すると幸子さんは「そりゃいかん!」と少し鼻の穴を大きくし、こっちに近付いてきた。
「写鳴、部活は青春そのものよ?」
「青春そのもの?」
「うん!! そう、私もね、バレーに捧げた青春時代、よかったわ~。他の子もバスケ、サッカー、ソフトボール。テニス、そして恋!!」
まるで演劇をするみたいに幸子さんはくるくる周りながらそんなことを言った。
「は、はぁ」
我ながら酷いがこんな煮え切らない反応しかできない。
「それで!? どうなの!?」
「え?」
俺が聞き返した時、ガシッと肩を掴まれた。
「恋、してる!?」
「え、いや、別に」
どこかCMに出てきそうな下りをしているな、なんてことを思っていると幸子さんは、はぁあああ~と大きなため息をついた。
「そんなんじゃダメよ!!」
「は、はぁ」
何がダメなんだかイマイチ分からないんだが。
「いい? 青春は恋よ!! 部活ばかりにかまけてばかりいられないんだから!!」
さっき、部活に捧げた青春とか言ってなかったかこの人。
「やっぱり恋が人生を彩らせるの!! いい、お母さんは……」
おっと始まってしまった。幸子さんの青春時代トークが。
結構、長いからあくびが出そうになるんだよな。それで聞いていなかったらちょっとだけキレてくるし。俺は半ば諦めながら幸子さんの話を聞いていた。
身振り手振りが大きくまるでミュージカルをやっているように見える。
幸子さんの話は約一時間以上続いた。
「と、いうわけなの!! 分かった?」
「はい」
おっと危ない、すぐに返事をしないと再び幸子さん初めから喋るんだよなぁ。
まあ、でも面白いからいっか。
そんなことを考えていると「ただいま~」と後ろから朗々しい男の声が俺の耳に入ってくる。
後ろを振り向くとそこには、百八十センチくらいの高身長で、少し目尻に皺がある優しそうな男がいた。因みに髪はまだ白髪になっていない。
「あ、あなた、おかえりなさい」
幸子さんが笑顔になって挨拶をすると男も「ああ、幸子もおかえり」と言ってにっこりと微笑んだ。
「ただいま、宗一郎さん」
幸子さんも、今の俺の父親の名前を呼んで微笑んだ。
今の俺の父親は糸田 宗一郎、結構大手の会社に勤めている。家にいるその優しい顔は会社でもしているのだろうか、それとも会社では厳格な上司をしているのか、その笑顔を見る度にいつもそんなことを思う。
「お、写鳴。今日の学校はどうだった?」
「別に、普通だよ」
俺がそう言うと宗一郎さんは「ノンノンノン」と指を振り目をつぶって、悲しそうな顔をした。
「それじゃああまりにも淡泊すぎるよ写鳴。今日は学校でどんなことがあったか、どんな行動をとったか、その時自分は何を感じたか、とかそういうことを言うのも会話の一つの醍醐味なんだぞ?」
ま、まあ確かにそう言われると少しそんな気もしてくる。
「そうよ、写鳴。言っちゃいなさい」
幸子さんも追い打ちをかけるように言ってきた。
「ほら、青春よ、青春。ファイヤー、ファイヤー」
腕を振りながらそんなことを言っている姿はまるで子どものようであった。
て、そんな場合じゃない。どうやってこの二人を納得するものが出せるかだ。
その時、桃子の顔が頭の中に浮かんできた。
「……友だちに会った」
すると、二人の顔がパッと輝き始める。
「おお!! 友だちに会ったのか!!」
宗一郎さんは嬉しそうにしている。
「それで!? 相手は女の子!? 女の子!?」
幸子さんは良く分からないテンションになっている。
てか、どっちも女の子ってなんだよそれ。でもまあ……
「女の子だよ」
途端、幸子さんは大盛り上がり。
まるでブーケを取ろうとするようにバンザイし始めピョンピョンとウサギのように跳び跳ね始めた。
「とうとう写鳴にも春が来たのね~!!」
わ~い、と子どものように幸子さんは大喜び。
「そんな、大げさな……それに昔の友だちだよ」
そう、本当に昔の、ただのともだ――
「でも友だちからとも言うじゃない?」
だめだこりゃ、話になんねえ。
でも、引き取られた時からこのテンションになんとか支えられてきたんだよなぁ
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