第11話 異常も普通に交われば普通になる

「はぁ? 何澄ました顔してんの? そういう所がキモくて腹がたつのよ!!」

「いや、別に澄ましてなんか……てか、お前わざわざそれを言う為にここに来たのか?」

「な……違うわよ!!」



 何をムキになってるんだこいつは?

 ほら、何も用がないから人差し指を差したまま身体を震えさせている。 

 汗もかいて、目も焦点が合わなくなってきている。

「そういえば、お前、あの時、何で兄は来なかったんだ?」

「な……今更それを言うの!?」

 奈津菜は全身から汗をかき始めた。何か悪いことでも聞いてしまったか?

 すると、奈津菜は悔しそうに歯を食いしばって俯いた。拳も震わせていた。

「お……おにい……兄からはそんなの自分で解決しろって言われたのよ。『地獄組』の一員ならそれくらい自分でなんとかしてみろって」

「そっか」

 そんな素っ気ない反応は鼻についたのか奈津菜はキッと睨み付けた。



 だが、何も言ってこない。しばらく沈黙が続いた。話が終わったと思ったので俺が立去ろうとした時だった。

「な、何か言いなさいよ」

「はぁ!?」

 言うに事欠いて、なにか言いなさい? 何でそうなったんだよ。

 まあいいや、とりあえず――

「お前の方はクラスに馴染んでいるのか? たしか『地獄組』の組長の娘なんだろ? お前は」

 俺がそう言うと「はぁ? 何であんたに心配されなきゃなんないわけ? ほんとキモいんですけど」とめちゃくちゃ不機嫌な態度をとった。

 なんだよ、なんか言わなきゃ良かったと思うぜ。今の言葉まるごと全部。

「ま、良いわ。特別に答えてあげる」

 奈津菜は偉そうな口ぶりで髪をかき上げた。ジンジャーの匂いが鼻を再びくすぐる。



「地獄組、組長の娘のあたしには馴れ合いなんてものは必要ないの。だから周りの恐れが強ければ強いほどあたしの力になるの」

 どう? と言うように髪をかきあげ続けているが、それって要するに……。

「つまり友だちがいないってことだろ」

「……は?」

「友だちがいないのを強がっているd」

「分からないの? ほんっとあんたって馬鹿ね」

 あ? こいつ、何言おうとしているんだ?

「極道は周りに恐れられてこその存在よ。簡単に隙なんてみせちゃダメなの。だから簡単にカラオケとかラウンドワンとかに行ったり、クレープとかアイスとかを友だちで食べたり、鳴いたりなんてしないのy」

「お前あの時泣いていただろ」

「あ、あの時はまだ小学生だからノーカン!!」 

 小学生だからノーカン? そんなのまかり通らねえだろ。まあ、見事に話をずらそうとしたけど「要するにお前はやっぱり友だちがいないってことなんだろ」

 温度が無い声でそういうと奈津菜は、グギギ……と呻り悔しそうな顔をし始めた。

「ふん!! 何よ、せっかく人が親切に話しかけてやっているのに。あたしの好意に応えないなんて、あんた、根性曲がっているんじゃない!?」

 いや、根性曲がっているお前に根性曲がっていることを指摘されたくないんだが。

 そんなことを思っていると「まあいいわ、さよなら。多分、あんたとはまた明日ね」と行って去って行った。

 本当に何だったんだ、あれは。ていうか、もう授業の時間になっちまった。

 面倒臭いんだよなぁ、遅れると生徒全員のあの眼差し。教師も恐れてくる。

 そんなことを思いながら俺は次の教室へ足を運ばせた。




 その後、予想通り俺の遅刻に生徒全員と先生はビビり倒した。

 まあ、それだけで後はつつがなく、いつも通りの一人で過ごしていく。

 そして放課後の鐘が鳴ると同時に俺はカバンを背負い、下校の準備を始める。

 この時間になると部活勧誘となるが、俺はそんなことに構っている余裕なんてない。



 そして俺は知っている。

 桃子は硬式テニス部、吉野はサッカー部に行っているって。

 吉野の場合は少し邪険にされていそうな部分もあるが。

 そして問題は奈津菜だが、あいつは今、見えたんだが、自転車部に入ろうとしている。

 部員からは怖がられているけどな。〇虫ペダルじゃなくて、極道ペダルなんてものになりそうだ。まあ、そんなものが発足したらヤバいけどな。

 そんなことはどうでもよく、俺はカバンを肩に背負い教室から、そして学校から出て行く。




 下駄箱から靴を取りだしていく作業ですら面倒臭くなるほど今日は疲れた。

 桃子に出会うわ、奈津菜に遭遇するわで散々だった。

 思い出したくも無い昔のことを思い出されて本当に頭が疲れた。

 疲労感に苛まれながら俺は家までの帰路を歩いて行く。

 朝と同じ、サラリーマン、私服の大学生、帽子を被っている小学生、様々な制服を着ている女子高生、そして、同じような男子高校生が行き交っている。

俺もその中に混ざっていく。

 ぐちゃぐちゃに塗りたくられている絵の具の中だと、何の色だか分からないかのように、別な言い方をいうなら高い所から見下ろせば、人が全て同じような蟻に見えるかのように。



俺もそいつらと同じ生物に擬態していく。

 こうしてみると誰も彼もが同じ性格、同じ考え、同じ思考を持って生活しているんだと勘違いしそうになる。本当は全く違うのに。

もしかしたらこの中で人を殺したい、とかの理由なき殺意を抱いている者もいるかも知れないのに。誰かは必ずそういう奴はいる。

 集団の中でみんながみんな同じことを考えている訳がないんだから。

 その中で全く別なことを考えている奴もいるんだから。

 そういう奴が『異常』と言われるんだろうな。

 他人と全く違う考えを持っているから、それが異常だと。

 だけど、それでも人々は異常というのは自分たちの周りにいないと思っている。

 誰もいきなりナイフを振り上げて人々に襲いかかるなんてことは考えない。

 この町が惨劇に見舞われることなんかは考えない。

 それが普通だと思うから。

 そんな途方もないことを思っていると、何人かの小学生くらいの子どもが遊んでいるのが見えた。



 この子たちの中にも異常性を隠している奴もいるんだろうなぁ。

 そう思っても、みんなで、おにごっこやかくれんぼ、何よりもゲームを一緒にプレイしているのを見ると、ほんの少しだけ羨ましくなる。

 ゲームは持っている。両親が買ってくれたのだがそれを他人と一緒にやったことはない。

 ついでに言えばゲームをやったこともない。なぜならゲームソフトがないからだ。

 別に両親が買ってくれなかったわけではない。

俺が別に欲しいと思う物がなかっただけだ。

 それでも誰かとゲームをやっているのを見ていると、誰かとそういうことを一回でも良いからやってみたいということは思う。

 ……俺も大勢の友だちを作ることができたのだろうか……いや、それはあり得ないな。

 そんな無駄なことを考えていると、家に着く。

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