第8話 再開
「ふ~ん、そっか」
「そうだよ」
吉野はつまんなさそうに両手を頭の後ろに回した、かと思いきやパッと目を輝かせて俺に詰め寄る。
「な、なんだよ」
「それで? その子の写真とか無いのか!?」
なんだよ、随分、詰め寄るじゃねえか。まあいいか、見せても減るもんじゃないし。
俺はスマホを取りだした。いつか桃子の親父さんが撮ったデータはずっとアップデートして残っているんだ。
「ああ、これd」
「貸せ!!」
おい、いきなりぶんどるなよ、失礼にも程があんだろ。
「おお!! ってん?」
吉野は初めはクリスマスプレゼントをもらう子どものように目を輝かせていたが、急に訝しげな目になった。何だ? どうしたんだ?
「おい、何か変な物でもあったのか?」
「なあ……お前これ……」
あ? 何だ? ワナワナ手を震わせて。そんなに感激したのか>
「これ小学生の時の写真じゃねえか!!」
吉野は俺に画面を見せる。そこには俺と桃子、二人が花びらの冠をつけて撮っている映像が映っていた。まあ、当たり前の話だ。俺と桃子が遊んでいた時期は小学生の時だ。
俺は両親の自殺以降、従兄弟の家に転校してしまったからな。
どうやら吉野は、写真が小学生のものであることが気にいらないらしい。
「んだよ!! 美少女でも俺はロリコンじゃないからダメじゃねえか!!」
「吉野、正確にはペドだ。それにこれは俺が小学生の時の写真だ。だから今は俺たちと同じ高校一年生になっている」
「それなら準備OKだな!!」
「いや……それくらい分かるだろ」
俺が呆れた声を出した時だった。
バダン!!!!
屋上の扉が勢いよく開かれる音がしたかと思うと「いた!!」と聞き覚えがある声がした。
声からして嫌な予感がしたが姿を見ると思わずギョッとしてしまう。
そこにいたのは――
「こんな所にいた!! もう!! 結構探したんだからね!!」
桃子が喚き散らしていた。
そのままプンスカしながら桃子はこっちに近付いてくる。
困った。めちゃくちゃ困った。まさか桃子がここに来るなんて思っていなかった。
桃子はそこで吉野に気付いた。
「あ、どうも、一年A組の夜比奈 桃子です」
桃子が挨拶をすると、吉野は思いっきり髪を掻き上げて「どうも、僕の名前は吉野 三郎。写鳴くんの友だちです」と恰好つけて言った。お前めちゃくちゃ意識してんじゃねえかよ。
その時、桃子の瞳が大きくなり、キラリと光った。嫌な予感がする。
「そ、そうなんだ~!!! 写鳴くんの友だちなんだ~!! よろしく~!! 私もそうなんだぁ~!!」
桃子は吉野の元に駆け寄り、その手を握った。
吉野は桃子に手を握られたのがそんなに嬉しいのか鼻の穴をぶわぁ、と大きくして鼻息を荒くしている……なんかやだな。
「い、いや~こっちも友だちで~えへへ~。あ!! 友だち同士でめちゃくちゃ繋がりがありますね!!」
「そうですね~!! 私たちも友だちになりましょう!! ライン!! 交換!!」
……なに簡単に交換してやがる。
吉野もガッツポーズしてんじゃねえ。
「あ!! そうだ!! 写鳴もライン交換しようよ!!」
「……俺は別にいい」
少し素っ気なくした方が相手も引き下がるだろう、と思っていたんだが桃子は「え~!? 交換しようよ~ねえねえ~!!」としつこく言い寄ってくる。
「しつこい」
なるべく冷たくあしらったつもりだ。だが、桃子はぷく~っとむくれ顔をする。
「ケチ!!」
そうだ、これでいい、これでいいはずだ。
「あ、ありがとう吉野君!!」
あ?
「これで写鳴くんのラインが分かるよ!!」
「は? ちょっと待て、吉野お前なにした?」
「何って、お前のラインを桃子ちゃんに紹介しただけだぜ?」
こいつ余計なことしやがって!!
「へえ~、え、写鳴くんラインのアイコン設定してないのは味気なさすぎじゃない?」
ほっとけ
「そうなんすよ、こいつ全然アイコンとか無くて~」
「吉野ちょっとこい」
「え? なんだよってうわ!!」
俺は吉野の首根っこを掴んで桃子から離れていく。その間に吉野はぐえ~っちか、そんなふざけた声を出している。そのまま俺は吉野を桃子から遠い所に離すと、手を離し、吉野の耳元で囁いた。
「おい、お前どういうつもりなんだよ」
「まあ良いじゃねえか、何年ぶりに再開した幼なじみみたいなもんなんだろ?」
「まあ正確には違うけどな」
「じゃあ良いじゃねえか、友だち同士、積もる話もあるんだろうし」
「別にねえよ」
「本当か~? お前だって本当は会えて嬉しいんじゃねえのか~?」
「別に、そういうわけじゃ」
「じゃあ嬉しくないのか~?」
「そ。それは……」
くそ、こいつのニヤけ面腹立つな。さっきから心を読んでいるみたいな表情しやがって。
「で? どうなんだよ、嬉しいのか? 嬉しくないのか~? ほらほら素直になっちまえよ~」
おい、頬をぐりぐりするんじゃねえ。本当に腹が立つなこいつ。
「ねえ、何の話しているの?」
その時、桃子が痺れを切らしたのか俺らに話しかけてきた。
「なんか、あたしがどうとか言ってなかった?」
こいつ、地獄耳かよ。
「おう!! こいつが桃子ちゃんにライン送ったのが恥ずかしいとか言いだしてな!」
「おい、吉野」
そう言った時、「へ~」桃子までにんまりと笑顔になった。
「そんなに私とライン交換するの、恥ずかしかったの?」
「いや、そういうわけじゃ……え!?」
答えに迷っていると、いきなり桃子は真顔を近付かせてきた。どこまでも宝石のように輝く瞳に吸い込まれそうになる。だが、次の瞬間には再びにんまり顔。
「なるほどなるほど~そっかそっか~そんなに恥ずかしかったか~」
チッ うぜえ。
「そうなんだよな~。こいつ、見た目通りの恥ずかしがり屋でね~」
やかましい、お前らそのにんまり顔やめろ。あと吉野、お前は俺と昨日会ったばかりだろ。会ったばかりの奴に俺の何が分かるんだ。餓鬼道 写鳴の何が分かるんだ。
「全く、本当に困るわ奥さん~」
なんで母親面みたいなことしてんだよ。お前はそもそも男だろうが。
そんなことを思っていると、桃子が両手を握りこぶしにして、それを口に押さえて微笑んだ。
その笑顔に吉野はドキッとしたのか、顔を強ばらせる。
分かる。桃子のその笑い方は確かに可愛い。因みに俺はその笑い方をリスがほおばっているみたいだから、リス笑いと心の中で密かに呼んでいる。
「うん、でも良かった」
「ん? 桃子ちゃん、どうしたんだ?」
吉野がそういうと桃子は「ちゃんと友だちいるんだね、よかったよかった。昨日会った時とか今日の朝とかは死んだ魚みたいに暗い目をしていたからさ」と言った。
それと同時に、ニッと歯を見せて笑う。
確かに、昨日、桃子に会った時、俺は一言も言わなかった。桃子が何を言っても、何を聞いても俺は何も言わなかった。こいつを巻き込みたくないことを考えていた。それは今日も同じである。俺は桃子とは関わるべきじゃないと思っている。
まあ、そうなってくると吉野と関わるのは心が無いんじゃないか、などと思うが、俺はなぜか自然とこいつは誰にも負けなさそうな予感とかしているので今、こうして屋上で一緒に昼ご飯を食べている。
「じゃあね、また来るから」
「ああ……え?」
こいつ、今なんて言った? これからここに毎日来るって言わなかったか?
「なに? 問題あるの?」
「いや……」
言葉につまるも、俺の拒否の気持ちが分かったのか桃子は仁王立ちをして矢継ぎ早に「大丈夫だよ、ここには基本誰もいないし来たとしてもそんなに長居はしないよ。それにここなら教室や学校の人たちが比較的いないし、そういうことだから明日も来るね!!」と言った。
「いや……でも」
「じゃあね!! また明日!!」
桃子はそう言って屋上から嵐のように去って行った。
「おお~、まるで嵐みたいだったな~」
吉野は手を望遠鏡のようにして呑気なことを言っている。
「桃子ちゃん、かわいいな~」
「やめておけ」
「なんだ~? とられるのがいやなのか~?」
大きく舌打ちしたい気分に駆られるも、俺はさっきの言葉を思い出していた。
また明日……か……。
手のひらを見るとあの頃の温もりがまだ残っていた。
その時、チャイムが鳴った。
「お、チャイムが鳴ったな。じゃあな、写鳴。また明日な」
「ああ、また明日」
吉野も屋上を去って行く。
『また明日』
この言葉は少し俺のトラウマになっている。
あの時、両親が自殺した日もこの言葉で俺は桃子と別れているからだ。
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