第3話 あの頃とはもう違う

「どうして私を避けるの」

 桃子の目は相変わらず宝石のように輝いている。髪も背中まで届くほど長く滑らかなロングヘアーだ。そして、額には傷の跡がある。



「逆に言うが何で俺がお前と関わらなくちゃいけない」

 不意に、目が潤むかのように桃子の目は光る。

「私たち、友だちでしょ?」

「……悪いが、俺はお前のことを友だちだと思っていない」

 傷ついただろうな、と思っていた。だが、桃子はじっと俺の指を見つめている。

「それ……」

「あ?」

 指を見るとそこには小さな草木で作られた指輪があった。

「……チッ」

 まさかそこに注目するとは思わなかった。てか、俺も何でこれを肌身離さず大事そうに持っていたんだ。



 これは、桃子が幼稚園児の時にプレゼントしてくれた物であった。

 コッコッコッコッ

 景気の良い足音を立てながら桃子は俺に近付いてくる。

 その綺麗な顔立ちに思わず見とれてしまった時だった。

「じゃあ返して!!」

 言うと共にいきなり俺の指から指輪をぶんどった。

「ちょ……待て!!」

 そんなことをされて黙っているわけにはいかない。

 もちろん、一目散に逃げる桃子を追いかけた。

 何を考えているのか相変わらず分からない。

 桃子はまるで子どもがはしゃぐように大口で大声でキャハハと笑いながら廊下を走っていく。




 こんなに速く走っているのに、他の生徒に全く当たりそうになる素振りもない。

 どういう身体能力をしているんだ。こっちは生徒をかき分けるので精一杯だと言うのに。

「ほらほら、どうしたの~? 写鳴~足遅くなったんじゃないの~」

 野郎、こっちの思いも知らないで明るい笑顔をしやがって。

 笑みがこぼれそうになったがそれを一生懸命、耐える。

「あっはは!! 何笑ってんの!?」

「はぁ!? わ、笑ってねえよ!!」

 笑ってねえ、笑ってねえはずだ。こいつの笑顔に笑うなんて無いはずだ。

 だが、こんな追いかけっこみたいなのをしたのなんて何時ぶりだ?

 ああ、そうか。あの時もこんな風に追いかけっこをしたんだっけか。

 あの時、こいつと初めて出逢った時だ。



 俺の名前を褒めたかと思ったら、桃子はいきなり俺の肩をタッチした。

「え?」

 キョトンとしていると桃子は子犬がはしゃぐように走り出した。

 ワンピースがはためいて、女の子特有なのか、甘い香りが鼻をくすぐる。

 そして本当に楽しそうに走っていた。



 すると、突然、桃子は振り返った。ニッと笑った顔をみた時、あの時の俺はドギマギして目を逸らしてしまった。すると桃子は、どうしたのか、と言うように、目をぱちくりさせて小鳥のように首を捻る。

「鬼はそっちだよ?」

「え? 鬼……?」

「おにごっこ、知らない?」

「え? あ、ああ」

 そこで俺は初めて気付いた。桃子は俺とおにごっこをしようとしているのだ。

 桃子が再び顔いっぱいの笑顔になる。

「じゃあ、そっちが鬼ね!!」

 そう言って逃げ出した。

その行動は俺にどうすれば良いかなんて考える余裕なんて与えなかった。



 俺は自然と走り出していた。そして目の前にいる笑顔が似合う少女を追いかけていた。

 多分、俺はその時笑っていたんだろうな。その笑顔につられて。自分でも分かった。

 口角が上がって、目の前の景色が明るくなっていくのを。

 桃子は、俺の方を振り向いてくしゃっと弾けた笑顔を向ける。

 それが嬉しくて、一層俺の笑顔は深まった。もう、何も気にしなかった。

 周りの子どもたちが少し不審な目が目に入っても、そこら辺にいる主婦たちが嫌な顔をしながら噂をしようとも、俺は気にしなかった。だって、それ以上に光が目に映っていたのだから。

 そうだ、桃子は俺の光だった。だけど……



 俺はたち止まった。

 どうしたの? と言うような不安な顔をして桃子は振り向いた。

 相変わらず分かりやすい顔をするなぁ。

「桃子、俺たちはもう子どもじゃない」

 そう言うと、桃子は一瞬、悲しいのか目を潤ませた。

 そんな顔しないでくれ、俺は、お前にもう二度と迷惑をかけたくないんだ。

 俺がそう思うと同時に桃子はぷくっと、はりせんぼんのように膨れ顔。



「はいはい、分かった分かった。確かに高校生になっておにごっこなんて子どもくさいものね」 

 そう言うと「はいこれ」と俺に何か投げてきた。

 てっきり指輪を返されたかと思ったけど違うかった。それはミサンガだった。

 見ると、ぷくっと頬を膨らましてむくれ顔。

「これも大事にしてよね」



 キーンコーンカーンコーン



 桃子がそう言った時、チャイムが鳴った。

「じゃあね、写鳴くん、また後でね」

 そう言って桃子はそのむくれ顔のまま去って行った。

「こ、こら!! も、もうチャイムが鳴ったぞ!!」

 後ろで生活担当らしき教師が怒鳴っている。

 だけど、俺を見ると、ギョッとする。

「こ、こら!! き、ききき君も帰りなさい!!」

 声を上擦らせて素っ頓狂な声を上げている。顔は恐怖いっぱいの顔をしている。

 そんなに怖いなら声をかけなかえれば良いのに、だが、それも教師の仕事なのか。

 まあ、苦労するな、互いに。

 そんなことを思いながら俺は教室に帰っていく。



 

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