第2話 夜比奈 桃子

十年後


 サラリーマン、私服の大学生、帽子を被っている小学生、様々な制服を着ている女子高生、そして、同じような男子高校生が行き交う町で俺は空を見上げている。



 夏服だと本当に男子高校生は同じように見える。



 女子はなんだかんだでスカートとかリボン、あるいはネクタイとかでどこの学校かわかるけども、男子はワイシャツにサラリーマンが着るようなズボンを着ている。制服バッジをつけている男もいるが、大体は制服バッジなんてつけていない。だから、みな同じように見える。

 こうして見ると、女子は外見に気を遣え、男子はそれをしなくても良い、いやそんなことをするな、て言われているような気がする。

 同じような見た目、同じような服装、その公平な条件でお前らは競い合え、と言われているような気になるのだ。



 競い合う、具体的には勉強、スポーツ、芸術、その他の分野、ありとあらゆる分野で男は他人よりも秀でている所を見せなくてはいけない。その優秀さで周りの評価は変わっていく。

 どんな友だちが集まるか、女にモテるか、そういったことが決まる。

 顔が良くて勉強もスポーツも出来る。そんな奴はカーストの最上位に位置して言うまでもなく明るくて最高の青春時代を送るのだろう。

 顔が悪くても勉強とスポーツとかが出来れば、それなりに注目されたりする。

 実はそいつのことを好きな女の子だっていると思う。



 問題は出来ない奴らの方だ

 どんなに顔が良くても、運動音痴で勉強も出来ない男は見下される。

 恐らく、カースト上位にいていじられ役を引き受けたりするのが定石だろう。

 多分、どこか苦い青春時代を送るのだろう。

 顔が悪くて運動音痴で勉強も出来ない男は更にひどい。

 カーストも最底辺、そしてクラス中の見下しの対象になってしまう。

 誰も手を伸ばして何てくれない。ただ見下ろされたりするだけ。

 そんな暗い青春時代が待っているのだ。



 まあ、そんなどうでも良いことを考えながら俺は学校に足を進めていく。

 ここまで、男子の見た目とかカーストとかの話をしてきたけど、稀に問題外、アンタッチャブルな存在として扱われる奴も存在する。

 それはガチでヤバい不良、若しくは――

俺みたいな殺人犯の息子とかである。

 特に後者はやばい。関わる人を不幸にする危険性がある。

 学校近くにつれて、視線が痛くなってくる。

 気付かないふりをしているが、俺のことを見てくる奴らは多い。

 それはモテるとかそんな愛の眼差しではない。

 侮蔑、嫌悪、怨恨、顰蹙(ひんしゅく)、ありとあらゆる不快に思っている視線がびしびしと伝わってくる。



 それは、俺が殺人犯の息子というのもあったけど、小学生の時、俺の両親は自殺をした。

 正確には、父親が母親の頭を原型なく殴り殺し、その後、父親が包丁を自分で自分の胸に刺して死んだ。ということになった。

どうやら、言い争いになりそれがヒートアップして殺しに発展したみたいなことになっていたけれど、結果的にはそういうことになった。



 色々、疑問もあるけれどそれで別に俺はいい。

 そしてその後、色々あって、結果的には俺の姓は変わって別人になった。

餓鬼道から糸田に変わっていった。

糸田 写鳴になった。

それでも俺が殺人犯の息子だということは自然と知られてしまうことになっていた。

全く、人の噂っていうのは本当に恐ろしいものだ。

 なぜこうも簡単に真相にたどり着くのか、本当に分からない。

 さて、そろそろ外での視線は終わる。次は校内だ。

 校内になると視線はさっきよりも収まっている。時折、顔を引きつらせたりする生徒も何人かいるがそんなことは気にしてられない。ついでにヒソヒソと噂する声も同様だ。



 俺は一年D組に入ろうとする、が、少し邪魔なんだよなあ。

 ドアに三人くらいの男子生徒がいやがる。いや、別に絡まれるってことは無い。

 けど、俺が近付くと――

「ひ!! す、すみません!!」

 とまあこういう状態だ。必ずビビり散らかす。もうこのやりとりは何回するのか飽き飽きしている。舌打ちをしたい気持ちに駆られるが、そんなことをしたらこいつはますますその態度が深まるし、教室中もどよめき出すだろう。

 俺は、何の反応もせずに教室に入っていく。

 俺が入ってくると、教室は一瞬だけ時間が止まったように静寂になる。

 まるで死人が生き返ったような顔でこっちを見てくる。 

 だが、そんなことを気にしているのも馬鹿らしいので俺はさっさと一番後ろの真ん中の席に座る。俺が座ってバッグから荷物を取りだし始めると再び時が動き出す。

 みな、元の談笑に戻っていく。



 うるさい



 一言、言いたくなる気持ちを抑えながら、俺は席を立つ。そうしなければいけない。

 そうじゃないと、もうすぐあいつが来るからだ。だがもう時は遅かったようだ。

 ステップを踏むように軽やかな足音が俺の耳の中に入ってくる。

 見ないでも分かった。誰が来たのか。

「写鳴くん!!」

 鮮やかなその声と共に再び、教室中が凍り付く。



 だれ……?

 またこの女か……

 てか、可愛くね……?



 昨日、学校に来ていなかった奴、そうじゃなかった奴に反応は分かれていた。

 昨日来なかった者はそいつの存在を知らないからそんな反応になるのも当然。

 だが、昨日来ていた奴はそいつの存在を知っている。そしてそいつを見る目は、俺を見る目と何ら変わらなかった。

「ちょっと!! どこに行くの!!」

 教室から出て行った俺をそいつは周りの目を気にせずに追ってくる。

 いい加減にしてくれ、頼むからもう追わないでくれ。俺に構わないでくれ。



 ふと、ある場面がフラッシュバックする。

 目の前に額から血を流している女の子の場面だ。

 俺はもうあの時みたいなことが繰り返し起こって欲しくない。

 中学校の頃はその事件もあって、俺に近付く者はいなかった。

 だが、高校になって再会するとは思わなかった。そいつと。

「待ってよ!! 写鳴くん!!」

 そいつは腕を掴んできた。

「離せ」

 静かに言ってもそいつは離さない。

「いやだ」

 そんな子どもみたいな返答が帰ってきたから歯を食いしばり思いっきり腕を振り払った。

 それで終わるかと思ったが、今度は肩を掴んで来やがった。

「待って」

「……せ」

「え?」

「離せって言ってんだよ!!」

 くそっ!! 思わず叫んじまった。周りの生徒が何だと興味ありげにみたり、身を引いて恐怖の目で見てきたりする。だから嫌だったんだ。俺が見られるのは良い。だけどこいつを巻き込みたくない。

 だけど、桃子はそんな視線には意を介さす俺の顔をジッと真っ直ぐ見てくる。

 鬱陶しい、なんでそんな目で俺を見る。なんでそんなに悪意がないんだ。お前は。

 どうして俺に話しかけようとする。答えろ、夜比奈 桃子!

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