第9話 竜を従えし者
「なんとか、あの二人を助けたい。どうしてもだ」
そう言った途端の事だった。
自転車の荷台からシロノが大きく跳んだ。そのまま素晴らしい速度で駆けだすと、後ろにまとめた白い髪が跳ねるように揺れる。途中で抜き放った剣を後ろに構え、尻尾でバランスを取りながら突っ込んでいく。
「何が……うおっ!?」
シロノが剣が振るうとラガルティの首が飛ぶ。
「凄いでっせ。うはっ、強キャラ少女! まさに異世界!」
「そういう問題じゃない。どうなっているんだ!?」
「課長、異世界ですよ。異世界の子供は最強の存在でっせ」
「どういう理屈なんだ……」
戸惑う赤星と興奮する青木が見ている前で、シロノは剣を振るう。離れていても風斬り音が響き、ラガルティの胴体が一刀両断された。
続けて放たれた蹴りでラガルティが弾き飛ばされ、木に激突して血を吐き倒れ込む。樹上から枝葉が次々と落ち、そこで必死にしがみつく二人の悲鳴も響いた。
それはもう圧倒的だ。
シロノは確かに剣を持っていたが、そんなものは飾りに近いと思っていた。どちらかと言えばコスプレをしている子供の感覚で見ていたのだ。
しかし、実際には歴戦の戦士のように強い。
「こんなものね」
全てのラガルティを倒したシロノは、ひと仕事終えた感で息を吐いている。赤星が驚いていると、少し不機嫌そうな顔で近づいてきた。持ち上がった尻尾の先が細かく揺れている。
「倒したわよ、赤星。ちゃんと見てたわよね、さあ褒めなさい」
「あ、ああ。これは良くやったと言うべきなのか……」
「当然ね、もっともっと褒めてもいいのよ」
相変わらず不機嫌そうな顔だが、期待するような目をちらちらと向けている。どうやら言葉通りに、もっと褒めて欲しいらしい。
「凄いな、ありがとう」
ぱっと笑顔になったシロノだが、急いでそっぽを向いてしまった。ただし、その口元は弛んでいる。
今の戦いについて確認すべきなのだろうが、しかし先にやっておくべき事がある。
「あざっす! まじ助かった。いや、死ぬほどやばかった」
和多が木から降りてくる。
入社四年目で二十代半ば過ぎだが、ひ弱さを感じる線の細さだ。若いと言うより幼さを感じるラッキョ顔。それが偉そうに威張っている姿は失笑ものだが、本人は少しも気付かない。それどころか営業先の偉い人にタメ口利くような問題児だった。
「いや、俺のファイタースキルが大活躍なはずだったんですけどね。あいつら不意打ちしてくるわ、複数で襲ってくるわで死ぬほど卑怯臭い。マジかよっ、て感じ」
想像通りの態度だった。
和多は倒されたラガルティや、それを倒したシロノに興味を向けている。そこには感謝や反省をしている雰囲気はない。
感謝されたいわけではないし、こうなると分かってはいた。
それでも、やっぱり釈然としない気分だ。
「…………」
赤星が無言で視線を向ければ、青木は頷いて手に持つカメラを指し示した。
この一連の態度を動画撮影しているのだ。もちろん救助の状況を報告するためだが、動画は幹部連中全員が目にする。もちろんその後は、職場の全員が見るだろう。和多がどんな人間か、改めて皆が知る事になる。
大人の嫌がらせは、こうやるものだという見本かもしれない。
続けて佐藤が降りてきた。
こちらは入社二年目で、やや濃ゆい顔をしている。生真面目だが気弱なため、先輩風を吹かす和多に引っ張り回され、何かと割を食っている気の毒な子だ。
「赤星課長、青木係長、それからシロノさん。ありがとうございました! 皆さんは僕の命の恩人です! 一生感謝しますっ!」
堅苦しいぐらいの口調で平身低頭している。
赤星は優しく笑って肩を軽く叩き、慰め宥めておく。もう一人が酷いだけに、こちらが余計に可愛く思えてしまう。
「あまり気にしないでいいよ。これからは勝手なことをしないように」
「申し訳ありませんでした。以後気を付けます!」
「さあ、早く戻ろうか。佐藤君が乗ってきた自転車はどこかな」
和多の方には声を掛けず辺りを見回すのは、無視しているわけではない。誰だって嫌いな相手とは極力関わりたくないのが人情だ。
自転車は少し離れた場所に転がっていた。
近くに草むらがあるので、そこから飛びだしたラガルティに襲われたのだろう。確認すると、一台はラガルティに踏みつけられたせいで車輪が大きく歪んでいた。
「これは直せるかな?」
「どうでしょう、でも俺が触るとよけいに酷くなるのは間違いないですな」
「私も自信が無い。それでは、和多君と佐藤君は私たちの乗ってきた自転車で営業所に戻りなさい。これは私が運んでいくよ」
「課長、お供しまっせ」
すかさず青木が言って、二人を先に行かせてしまう。
もちろん理由は和多と一緒に行動したくないからだった。
遠ざかる二人の姿を見ながら、赤星はサドルを抱え前輪を浮かせ、傷んだ自転車を運ぶがてらゆっくりと歩いて行く。
自転車に乗れず不満そうなシロノを宥めがてら話しかける。
「シロノは強いのだな。驚いたよ」
「そうよ当然なのよ。私はとーっても強いのよ」
「それはやっぱりスキルのお陰なのかな?」
「ちょっと違うわ。ねえ、赤星はスキルを持ってるの?」
シロノの反応から察するに、どうやらスキルという概念は一般的らしい。同時に持つ者と持たざる者がいそうだと分かる。
「そうだよ、私のスキルはテイマーでね。シロノには見えないと思うが、こうしてステータス表示と言えば……おや?」
赤星は目を瞬かせた。
なぜならそこに、以前にはなかった表示があったからだ。
「何か増えている」
「課長、まさか新スキルが派生ですか」
「そうじゃない。ステータス欄に竜を従えし者とあるんだ。しかもテイムモンスターに、ホワイトドラゴンとある」
「おおっ! それっぽく凄い! で、そのホワイトドラゴンはどこに?」
「私の方が知りたいよ」
何が何だかさっぱりだ。
ステータスとして自分の情報が表示されて、しかも勝手に中身が書き換えられている。ゲームでは当然の仕様だが、実際となると非常に気持ち悪い。
「課長、それ昨日倒したラガルティかもしれませんよ。なんとラガルティが起き上がり仲間になりたそうに見ている、って感じでどうでしょう」
「ホワイトドラゴンとあるのだが」
「それは、つまり……俺の同級生に名字が伊藤、名前は少佐と書いて『しょうた』って読む奴がいたんでっせ」
「はぁ? 唐突だね。まあ……立派な名前じゃないか、センスはともかくとして」
「あいつ防衛大学校に進んで今は自衛隊に居ますけどね、名前が名前なんでね」
「そりゃまた面倒くさい名前になったな」
「と言った前置きを踏まえまして、そのホワイトドラゴンも。ホワイトドラゴンという名前のラガルティだったのでは?」
「いや、それはないだろう」
赤星は青木の力説をあっさり否定した。
名前についてはともかく、あの時のラガルティはきっちり首も落として仕留めている。あれで起き上がってきたらホラーである。
「しかしホワイトドラゴンか……ホワイトドラゴンというものを見てみたいな」
「呼べば出てくるんじゃないです? 出でよホワイトドラゴーン! って感じで」
「いやいや、そんな。出でよホワイトドラゴン、と言っても――」
そう言った瞬間であった。
日が蔭って風圧が押し寄せる。
景色が何か大きなものに遮られているが、それらは純白の鱗と甲殻に覆われている。やや長めの前足と力強い後ろ足があって、太く頑丈そうな爪。背中には大きな一対の翼があって、背後には長さのある尾がうねっている。
そして高い位置から見おろす顔は間違いなくドラゴンだ。
体表の白さから考えれば、ホワイトドラゴンに間違いなかった。
「か、か、課長! これドラゴンですよ」
「本物?」
「どうします! 俺たち食われちまいまっせ!」
「私は食べられるより食べたいが……いや、落ち着こう。テイムモンスターなら大丈夫なはず。それよりシロノだ、シロノ! どこだ、無事なのか。出ておいで!」
ホワイトドラゴンの姿が消えた。
そして、そこにシロノの姿が現れた。ちょこんとした姿は困惑気味だ。
「……え?」
赤星は大いに戸惑った。マジマジとシロノの小柄な姿を見つめ、何度も瞬きを繰り返す。自分の見ているものが全く信じられなかった。そして、それはシロノも同じらしい。
「何で!? どうして!? どうして自分の意思で姿が変えられないのよ! 私はテイムされた覚えなんてないのに、なんで!?」
シロノはシロノで混乱している。
もちろん赤星も同じで、すっかり動揺していた。
「落ち着きなさい。そうだ! こういう時は美味しいものを食べるんだ。よし、黄瀬君から貰ったクッキーを食べよう。シロノも食べるだろう?」
「食べる!」
取り出されるクッキーにシロノが反応。そして赤星と並んで、やや混乱気味にバクバク食べて頬張りだすではないか。
青木は納得した。
「……あー、なるほど」
これは間違いなく餌付けという名のテイムに違いないと理解したのだ。きっと最初に食べさせた猫屋のミニ羊羹が原因に違いない。
「ないなー、これないわー。腹を空かせて行き倒れたドラゴンに食べ物やってテイムするとかないわー」
青木は残念そうに肩を竦めた。
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