第10話 シロノ様が仰いますので
会議用の大型ディスプレイに、撮影した動画や写真が次々再生されていく。
「以上が報告になります」
営業所に戻って捜索結果の報告中だ。
もちろん和多と佐藤が先に戻っているため、皆は状況を把握している。しかし仕事として報告は必要という事で、会議室に課長達が集まっていた。
和多の泣き顔は皆に大ウケで、その後のシロノの戦いぶりは響めきがあり、救助後の和多の言葉には呆れの声がもれた。
そしてシロノがホワイトドラゴンであると説明すると、誰も何も言わなかった。普通は信じないので当然だ。
一萬田がようやく口を開くが、そこに疑わしさが満ちていた。
「ドラゴン。はぁー、シロノさんがドラゴンね」
この反応を予想していた赤星は実感を込めて頷く。
「そうですね。これは実際に見て貰うのが早いと思いますが、それをやりますと建物に被害が出てしまいます。ですから、動画をもう一本御覧下さい。青木君、再生を」
「はい課長、お任せ下さい。ポチッとな」
こんな事もあろうかと撮影しておいたシロノの変身姿が再生された。
少し離れた場所に立つシロノが手を振っている。それが合図をすると大きな純白のドラゴンに変わり、前足をあげフレンドリーな様子で手を振った。また合図すると、シロノの姿になって駆けてくる。
「「「…………」」」
誰も何も言わなかった。
ややあって、またしても口を開くのは一萬田だ。組織のトップとして、誰も何も発現しない場合の対応を自らに課しているのだろう。
「あー、なるほど。動画を見ても、にわかには信じられないが……すまない、嘘だと疑っているのではないのだが」
「気持ちは分かります」
「それは事実と納得するとして、シロノさんは大丈夫なのかな。つまり我々に危害を加えるかどうかという観点で」
「問題ないと思います。本人が言っているからだけではなく、今日までの様子からでも判断できます」
「ならば、我々は頼れる仲間を得たと考えて良いのかな?」
一萬田だけでなく、次長の千賀も他の課長たちも期待の目を向けてくる。
皆は和多がモンスターに襲われている動画を笑いこそしたが、しかし同時にそれが自分たちにも起こりうる状況だと理解しているのだろう。それに対しホワイトドラゴンという存在は非常に心強い。
小さく肯きながら、赤星は自分の考えを伝える。
「協力はお願いします。でも強制はしません」
「こうした言い方は悪いが、君が手懐けたモンスターではないのかね?」
「そうかもしれません。ですけど、私はそれをしたくありません。シロノは意思を持っています。その意志を無視するような事はだめです」
「なるほど。私は赤星君の判断を支持する。その上で、協力をお願いして欲しい」
「はい」
頷く赤星だったが、もう一つ付け加えておこうと思った。
「あっ、それとですが……シロノがホワイトドラゴンである事は、この場限りの情報でお願いします。いずれ分かるにしても、出来るだけ普通に過ごさせたいので」
その言葉に一萬田は優しい笑みを浮かべた。
「君らしい意見だね」
会議室を後にして二課室に向かう。
営業所内は、あちこちで改修作業が行われている真っ最中。それは建物の安全性を増すためのもので、倉庫から運んできた資材、またはスチールラックを移動させるなどして窓を塞いでいる。
二課室でも一人残った黄瀬が作業をしていたが、今は息も絶え絶えで机に突っ伏していた。そのグッタリ姿は、あまり女の子が見せるべきでない状態だった。
「黄瀬君、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫っす。ちょぉっとカロリーを消費しすぎただけなんですよう」
「悪いね、一人でやらせて。直ぐ手伝うよ」
「そんな事ないっすよ。自分、一緒に行けなかったから頑張らねば」
留守番だったことを気にしているらしい。
しかし自転車に乗れないのだから仕方がない事だった。
「とりあえずっすけど、部屋の中は大掃除して埃なんかは綺麗にしました。そのついでに机の配置を勝手に変えましたけど、構わないっすよね」
普段は使わない机は隅に寄せられ、使えるスペースが広く取られている。ちょっとしたレイアウトの変更だが、一人でやるのは大変だったに違いない。
とは言え、赤星としては個室が欲しかった。
如何に気心知れた仲間とは言えど、流石に毎日一緒に雑魚寝はストレスがある。それもいずれ解決せねばいけない問題だろう。
「本当は、他の課みたいに窓も塞ぐつもりだったっす……」
「外が見えないなんて嫌なの」
「と、シロノ様が仰いますから」
なにか上下関係が構築されている。
課長席にちょこんと座るシロノに黄瀬は頭を下げているぐらいだ。
もちろん黄瀬にはシロノがホワイトドラゴンだと伝えておいたが、どうやらそれとは関係なく普通に逆らえないらしい。
赤星は肩を竦めた。
「まあ、それは仕方ない。夜はしっかりと覆うとしよう」
二課は調査や捜索に駆り出されたため、目論見通りに優遇されていた。
今も体力回復という事で、営業所の片付けや補強といった作業に加わる必要もなく休んでいられる。もちろん何かあれば駆り出されるのだろうが。
「ところでシロノは、どうしてあんな場所に倒れていたのかな。ドラゴンなのに」
赤星は丸椅子に腰を降ろし、自分の席に座るシロノに視線を向けた。
それは最初の出会いの時についての話だ。ホワイトドラゴンがお腹を空かせ行き倒れるなど考えがたい。
「ちょっと前に、この辺りで面倒なのと戦ったの」
「それで負けたと?」
「ちーがーいーまーすー」
シロノの頬が膨らんだ。
「もちろん私が勝ったのよ……まあ、追い払っただけだけど。とにかくね、それで力を使い切ったから人の姿で消耗を抑えてたの。でも人の姿だと、お腹が空くのよ」
「なるほど」
「本当なら人里まで行ければ良かったのよね。でも、その前にお腹が空いて動けなくなったの」
「……人里? それは近くにあるのかな」
「もちろんあるあわよ」
そして教えてくれた場所は、思ったよりも近かった。
これはかなり重要な情報だ。
しかし今から報告したところで作業の邪魔になるだけ。それであれば、明日の会議で報告すれば良い事だろう。
「ありがとう。良い情報だ。そうなると気になるのは、追い払った相手が戻ってくるかだが……どうなんだろう」
「大丈夫よ。向こうは必死で逃げたから、戻って来る筈がないの」
「そうすると、私たちはシロノに感謝すべきなのかな。もし、そんな相手がいたら大変だったからね」
「ふふん、もっと感謝してもいいのよ」
口調は威張っているシロノだが、表情はそれを裏切っている。なんとも御機嫌といった様子で、お礼にと差し出したクッキーを貰うと更に嬉しそうだった。
休憩がてら椅子に座り、ひと息つくと赤星は落ち着かない気分となる。
「うーむ、仕事がしたい」
「課長、異世界ですよ。仕事なんて無理でっせ」
「しかしね、パソコンが使えるのであればテレワークと大差ない気がする。こうして何もしないでいると罪悪感みたいなものがあるんだ」
「それ仕事中毒ですって。どっちみち外部との連絡は禁止されてますし、せいぜい情報収集でもしときましょうや」
「うーん、確かにね。それしかないか」
瑞志度営業所が異世界転移した事は極秘情報だ。
外部とのやり取り可能な回線は全て国よって監視がされている。発信は規制されているが、普通に閲覧するだけなら特に問題はなかった。
職場のノートパソコンを、仕事以外でインターネット閲覧するのは微妙な遠慮があったものの、しばらくすると気にならなくなる。
「ふむ……」
幾つかの記事を確認して、小さく唸った。
「どこもかしこも、巨大不明生物の話題ばかりだな」
「そりゃそうですね。まだ一日しか経ってませんからホットな話題でっせ。マスコミは同じ内容を垂れ流すだけで、俺たち営業所のことは何も出てませんね」
「犠牲者リストに私の名前があったよ。今ごろ両親は泣いてるだろうな」
「うちはどうでしょうかねぇ……」
青木が考えたくないといった様子で頭を振るが、黄瀬も似たようなものだった。
しんみりとネットニュースを眺めていく。横から覗き込むシロノは、次々と画面に興味半分驚愕半分。机の縁から顔を半分だけ覗かせ見ている。
「これが問題の巨大生物か……」
かなり遠方から撮られた動画のなかで、球形に近い存在が浮遊しながら移動していく。そこから放出される稲光が地面や建物に激突しては炎が上がる。そして巨体の激突したビルは崩壊していく。
マスコミのヘリが辺りを飛び回り、それが光線を受け爆発。
そのうちに自衛隊の戦闘ヘリが現れ攻撃を開始。ボロボロになった巨大生物は徐々に高度を下げ、見覚えのある小山に墜落。戦車か何かによる集中砲火を受けるシーンで動画が終わった。
「まるで怪獣映画みたいだ」
実際には多数の死者や怪我人が出ているのだろうが、出てくる感想はそれだ。
自分が異世界にいなければ、そして見知った風景が破壊されていなければ、本当に映画と思ったかもしれない。
だが、それが現実だと分かるだけに苦い顔だ。
「我々が異世界に来て、向こうでは未知の巨大生物が出現した。やはり関係あるのは間違いないか」
「大ありでっせ。むしろ俺らが、こっちに来たのはヤツが原因かもしれませんよ」
「ふむ、そうなるとあまり考えたくはないが……」
「ですね、ヤツが倒されて死んだって事は。もう俺たちは戻れないって事でっせ」
「……仮にそうだとしても、倒さねば大変な事になっていたさ。仕方ない」
ニュースでは死者行方不明者は判明しているだけで五百人を超え、被害総額は少なくとも五十億円はくだらないと報道がされていた。
巨大生物の出現という未曾有の事象に対し、それが多いのか少ないのかは分からない。しかし早急に駆除されねば、被害が拡大した事は間違いないだろう。
「自衛隊の株は大上がりだろうが、市街地で火器使用か……おっと、さっそく識者の批判コメントでマスコミが騒ぎ立てているか」
「野党による政権批判もでっせ。その方がウケが良いですからねー」
「こっちでモンスターと対峙した身としては、素直に称賛すべきだと思うよ。本当に命懸けだからね。巨大生物を倒してくれて、ありがとうという気分だ」
赤星が感心すると、シロノが不満そうに主張した。
「だったら、赤星は私に感謝するべきよ」
「……なんだって?」
「あれは私が弱らせたのよ」
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