第7話 ステハラではないでしょうか

「まずは昨日の作業について、この場を借りて皆さんにお礼を言いたい。特に危険を顧みず外の確認をしてくれた二課の皆さんには感謝する」

 いつもの会議室でいつものように、一萬田は落ち着いた声で言った。

 若干頭を掠めるのは、こんな時に会議とはバカバカしいという思いだ。

 しかし逆に言えばこんな時だからこそ、意志疎通が大事なのかもしれない。各自がバラバラに好き勝手をして無駄な事をする余裕はないのだから。

「さて、現状を踏まえた目標を立てたい。我々が異世界という場所に転移している事は、どう考えても間違いないだろう。この点について反論のある人はいるかな?」

 誰からも発言はない。

 こうした会議でありがちな発言を躊躇して黙り込むものではなく、本当に誰も反論をする気がなかった。全員が昨日の夜に二つ並んだ月を見たのだから。

 一萬田は細かく何度か頷いた。

「よろしい、全員の認識は共通という事で話を進めさせて貰おう」

 未知の現象であるが故に救援が来る可能性がない事。

 それでも元の世界との接点があるのは、この営業所だけである事。

 昨日の現地調査でモンスターが確認された事。

 それらについて、一萬田が簡潔だが要点を得た説明していく。流石に営業所長になるだけあって上手だった。

「よって、私は営業所を安全に居住できる環境にする事を第一目標に掲げたい」

「発言よろしいでしょうか」

 言葉の切れ目を選んで、鬼塚が挙手した。

「所長の意見に俺は賛成です。付け加えさせて頂くと、メンタルケアも大事です。俺とかは別に平気ですけど、皆の動揺は大きいでしょう」

「一課だと……清水君は変わらずかな」

「はい、来月には結婚予定でしたからね。落ち込み具合は半端じゃないです。他にも見たところ、所内の何人かが精神的に参っていそうですね。そういった方面も気遣うべきではないかと、俺は思います」

 他にも子供が生まれる直前や、生まれたばかり、親の介護がある者だっている。いきなり異世界に飛ばされ、ウキウキになれる者はいないだろう。

 一萬田は少し間を置いて頷いた。

「分かった。そこは本社にかけ合い、その辺りは配慮して貰おう。合わせてメンタルヘルスケアの専門家とWEB越しで話せるような事も考えていきたい」

「いや、それよりも家族との連絡を許可する事が一番じゃないかと俺は思いますが」

「そちらは国関係との調整がある。だから何とも言えない」

「国の連中なんて、ほんっと動きが遅いですからね。あいつら尻叩いてやらないと動きませんって。言っても仕方ないですけどね。あと、他にも問題があります」

 鬼塚は弁が立って頭の回転も速く、細かい事によく気付く。

 性格はキツいが率先して動いて、自分の考えをしっかり持って言う事は言う。社会人として理想的な人材だろう。だからこそ、赤星のような大人しい者にとっては苦手なタイプではあるのだが。

「問題は、うちの和多と佐藤の二人です。異世界って事でアホみたいに興奮してますよ。あいつら、完全に調子こいてますね。今は久保田君が押さえてますが、そのうち暴走しますね」

「佐藤さんは和多さんに引っ張られているだけかな。注意すべきは和多さんだろうが、彼の性格からすると……しばらく念入りに見張るしかないだろう」

 一萬田は問題児の情報に頭を掻いた。営業所の規模が小さいからでもあるが、各担当の性格までしっかり把握している上司なのだ。


 会議は続くが、それほど堅苦しさはない。

 雑談が混じり時には笑いもあがり、昨夜の寝苦しかった事や食事の味気なさ、改良すべき点などが話題にあがる。さらにネットニュースで知った元の世界に出現した巨大生物に対する憶測も飛び交う。

 呑気な気もするが、あまりの異常事態に感覚が麻痺している部分もある。

 何よりも、こうして会議室で顔を揃えている今だけは、普段と変わらぬ気になるのだ。その証拠に窓の外を見ようとする者はいない。

 これも一種の現実逃避みたいなものだ。

 千賀次長が手を叩いた。

「それでは皆さん、よろしいですか。そろそろ時間も過ぎておりますし、昨日のうちに確認をお願いしていた各員のステータスについて報告をお願い致します」

 赤星は目を瞬かせた。

 それは初耳だ。自分が悪いわけではないが、恐る恐る手を挙げ千賀に伝える。

「すみません。その話、私は聞いていなかったのですが」

「えっ? あっ……そうでした。赤星課長ごめんなさい、伝え忘れてました」

「いえこちらこそ確認不足でした」

 謝罪してくる上司の姿に、むしろ赤星の方が恐縮してしまう。それは社会人の習い性かもしれない。

 一萬田は場を収める雰囲気で気さくに笑う。

「赤星君、ステータスというゲームのような表示は気付いているかな」

「はい。昨日の調査中に青木係長が気付いて、教えられました」

「それなら話が早い。それについて、この場で報告をあげて貰う事になっているんだ。すまないが、二課で分かっている部分だけでも報告をあげて欲しいのだが」

「分かりました」

 しかし赤星は思い出した。

 自分のステータスは知力でも器用さでもなく、腕力が一番高かったのだ。しかも個性に食いしん坊とかある。

 そんな事は、あまり言いたくはない。

「……ですがステータスの数値は、プライバシーで個人的なものです。下手に触れてはステータスハラスメント、つまりステハラではないでしょうか」

 ステータス公表を差し控えたいがための、咄嗟に思いついた言葉だ。社会人にとってハラスメントは鬼門、これを使えば誰も何も言えなくなるという魔法の言葉なのである。


 一萬田は目を瞬かせた。

 戸惑いの様子は強いが、やはり魔法の言葉には勝てないらしい。

「……確かにそれは良くない。ああ、ありがとう。危うく、そのステハラというものをするところだった」

「いえ、偉そうに言って申し訳ありません。それで二課ではスキルだけを共有してますので、スキルだけを報告させて頂ければと思います」

「そうしよう。各課長も部下のステータスは胸に秘めて公言しないように。各自にもその旨を伝えておいて欲しい。ステハラは良くないからね」

 赤星は心の中で安堵した。

 上手くやれた自分を自分で褒めて気分が良くなる。

「では、このまま二課から報告します。私はテイマー、青木係長はレンジャー、黄瀬君はスカウトのスキルでした」

「なるほど。そうなると昨日の調査で、スキルの効果を感じたりしたかな?」

「それは……」

 いきなりの質問に戸惑うが、青木と黄瀬の様子を思い出し頷く。

 確かにそれらしい事があった。

「はい、ありました。モンスターに遭遇する直前ですが、青木係長と黄瀬君は隠れていたモンスターの存在を感じていました。首筋がチリチリすると」

 今思えば、あの時のチリチリはそれだったに違いない。

 ただし、きゅぴーんと来た部分は言わないでおく。流石にこの場で、きゅぴーんなどと口にはしたくなかった。あまりにも恥ずかしい。

「なるほど、ありがとう。今後の参考にしよう。ちなみに私のスキルはサムライだったよ。つまり、お侍さんという事かな。はははっ」

 一萬田が軽く笑うと何人かが追従して笑い、会議室は和んだ。

 そんな雰囲気の中で各課からスキルの報告がされていく。

 戦闘系が多く、ファイターやグラップラーやナイトもある。一方でクラフターやファーマーといったスキルも存在する。しかしテイマーは赤星以外にいなかった。

「そのスキルの効果を考えた――」

 一萬田がまとめかけた時、会議室のドアがノックされた。

 リズムの速い急いた調子だ。

「!?」

 全員の視線がそちらに集中する中で、ドアが少しだけ開けられる。中の様子を確認し躊躇した後、思い切った様子で開けられた。


「すんませんっです、えー、会議中よろしいでしょうか」

 恐縮した素振りで入ってきたのは、貧相な男で黒縁眼鏡に濃ゆい顔をした稲田係長だった。係長だが、赤星どころか鬼塚よりも年上となる。

 そして、この稲田には良くない癖がある。

「えーっと、お邪魔したのは何と言いますか報告したい事がありましてですね。ちょーっと問題ってのが発生しちゃいまして、ご報告にあがっちゃったわけで。そんなわけで、お時間よろしいでしょうか。これは早く報告した方がいいかなーって思う事なので」

「稲田係長、報告があるなら早く言って」

 鬼塚が苛立ちを抑えた口調で告げた。

 この稲田の悪癖は、話が回りくどく要点を得ない点だ。

「あっ、すんませんです鬼塚課長。えー、実はですね、問題というのはですね。和多さんと佐藤さんの事なんでして。あの二人がですね、私は止めたんすけど、もちろん久保田課長代理も一緒に止めたんすけど。えーっと、はい。二人にいろいろ言って止めはしたんですけど。これが無理だったわけで」

「だからどうなったんだよ、早く言えよ!」

 普段から、これに付き合っているせいだろう。鬼塚は年上部下にキレ気味だ。

 しかし誰もそれを咎めない。皆が皆、稲田の喋りは知って呆れて軽んじているし、今も苛立ち気分になっているのだから。もちろん赤星も同じだ。

「はっ! これは申し訳ないです! えーっ、お二人は昨日に赤星課長さんたちが倒したというモンスターのお話を聞きまして。それですっかり興奮してしまって、俺たちもやってやるぜぇってほにゃらら言い出して、外に勝手に出ちゃったんです」

「外に出たってのは、どの程度? ほにゃららって何だよ。いつも言ってるように、報告は簡潔に要点を押さえて定量的にしなきゃ分かねえだろが」

「あっそうですね。駐車場にあったチャリンコで、どっか行っちゃいましたー」

「どっか行っちゃいましたー、じゃねぇよ! 止めろよ! って言うか、それを先に言えよ!」

 鬼塚が声を荒げ机に拳を叩き付けると、稲田は恐縮した様子をみせて項垂れてしまった。ただし、ちらちら顔をあげ様子を伺う様子からすると、自分の何が悪かったかは理解してなさそうだ。これもいつもの事である。

 流石に一萬田も顔をしかめ気味だ。

「待ちなさい、鬼塚課長。そう強い言葉を使うものじゃない」

「申し訳ありません、少し苛つきました」

「うん、まあ気持ちは……それよりも外へ出た二人の事を考えなければ」

 営業一課は鬼塚課長と久保田課長代理、それから担当の阿部までがエース級。そこで修行を積んでいるのが清水と佐藤で、残る問題児が稲田係長と和多。

 その最後の二人に手を焼いている鬼塚は露骨に舌打ちした。

「もう良いでしょう、所長。ここは元の世界じゃないですから。外に出れば危険があって当然。あれだけ出るなと注意したのに出たんです。これは自己責任って奴ですよ。放っときゃいいんですよ」

 鬼塚の投げやりな言葉に皆は曖昧な顔をする。

 気持ちは同じでも、表立って態度を明らかにはしたくないのだ。赤星も心の中では鬼塚の意見に賛成であった。

 そして稲田は落ち着きなく、今度は皆の顔をキョロキョロ見て突っ立っている。

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