第10話 価値のない本物

「はいこれ」

少女ルナ軽々しく持っているものだから、そんなに重くはないのだろう。

と思ったら大間違いだった。

「重っ」

「私だってここまで運べたんだよ?それとも、腰が痛いおっさんには辛いかな〜?」

ルナがバカにしてくる。

「俺はおっさんでもないし、腰が痛くもない!」

重い。痛い。

「ムキになっちゃって、大人気ないよ?おっさん」

ショウコまでバカにしてくる。

「じゃあお前が持ってみろ…」

「ねえショウコさん、ショウコさんはいつ亡くなったの?」

さえぎるなよ!!絶対わざとだろ!!

「2002年の冬よ」

「もう終わるってことは、ショウコさんの罰は20年?」

「いえ、60年」

「え?」

境界ここの時間の流れは俗界あっちと違うの。約3倍のスピード。まあ感覚は変わらないから、時計見ないと分かんないんだけどね」

ショウコはやれやれというように肩をすくめ、手をひらひら振った。

「だからお前の罰は俗界あっちの時間でいうと約16年」

そんなことよりこれどこを持つべきなんだ…

「16、人生と同じか」

胸が痛い。微笑ましい光景。

私と父のよう。

16歳で父親を殺された私。

16歳で父親を殺したルナ。

あの時から、私の人生が、運命が、変わっていった気がする。幸せの崩れる音がする。

父はなぜ殺されたのだろう?

父は誰に殺されたのだろう?

父は…

「ショウコさん?」

「え?ああ、帰ったら『相棒』観してね」

「うん」

父は46歳で死んだ。

父、ルナ、それに彼はなぜこんなに若く死んだの?

死ななきゃならなかったの?

重い。痛い。


帰り道、前を元気にルナが進む。遺失物センターと駅員室を繋ぐ道は変わらない。だから記憶力のいい若者に案内してもらうことにしたのだ。私だって体は若いわ。ただ心は80代なのよ。

ガラガラガラガラ。

カートをひく音がうるさい。

「ふふふーん♪ふふふーん♪」

カートを押すルナの鼻歌が負けじと響く。

「なあショウコ落し物のルールって知ってるか?」

おっさんがルナの鼻歌に隠れたいような、聞いてほしいような、中途半端な声を出す。

答えは知っているくせに。

「知らない」

死神のことを教えてくれる人なんてあなた以外にいないでしょう?

「そうか、そうだよな、

服とかアクセサリー、イアホン、カバンそういう死ぬ時に身につけていたやつは、レプリカとして境界こっちに持って来れる、それらは、遺失物センターには落し物とカウントされないから、二個目のレプリカが作られることはない。

ないはずなんだけどな…」

ガラガラガラガラ。

カートをひく音がうるさい。

「俺は死ぬ時ペンナイフを握ってた。

なのに、遺失物センターに入るとそこにもあるんだよ。

境界に持って来れる唯一のは自分自身。

遺失物センターにあるのはまだレプリカの作られていない無生物。つまり『俺』の中にペンナイフが入っているとカウントされたってことだ。

ペンナイフを持っていない『俺』は『俺』じゃないんだ。

汚れは絶対に落とせない。

俺の一部、いや、全てなのかもしれない」

なんの言葉も出ない自分が情けなかった。

私が落とせなかった汚れはなんだろう。

死んでから、その前からずっと考えてた。

私の罪はなんだろう、と。

私はなぜ犯したのだろう、と。

無駄に時間だけが過ぎていった。

60年あってもたどり着けなかった。

私はあの日から全く変わっていない。

なのにもう終わる。

おかしくないか?壊したくないか?

でも私は分かっている。

どんなに理不尽だと感じても、世界にはまれない私がおかしいのだ、と。

私には守らなくてはならないものがあるのだ、と。


ガラガラガラガラ

カートをひく音が心地いい。

その調子でこの世界を壊してくれないか?この俺を殺してくれないか?


本物なんてなんの価値があるのだろう。


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