第9話 懐かしいあの子とあの事

遺失物センター。

外見は、多目的トイレぐらいの大きさの灰色の直方体。

窓はなく、ドアがあるだけ。なんだろう、このドア、懐かしい。

もしかして…

ドアノブを回す。何度もやってきた。

「ここは…!!」

多目的トイレよりは広いけど、狭いアパート。私たちのアパート。


あの子はまだいるの?


ちゃんと洗濯してる?ちゃんとご飯食べてる?ちゃんと生きてる?


押し入れを開ける。

いない。バッドがある。


ベランダを開ける。

ない。何もない。ただただ灰色の世界が広がっている。


『あなたは幽霊なの』

ショウコさんの言葉を思い出す。


そうか。私は死んだのか。

そうだ。この灰色の世界へ落ちたんだ。


タンスを開ける。私の物がある。手際良くまとめ、持ち帰る。

ロケットも。あの子との写真。

私はまだやるべきことがある。


私はアパートから出て行った。

あの日と同じように。

ごめん。


私はドアノブを回す。と同じように。

「おかえり」

2人が待っていてくれた。

私は境界こっち幽霊

「ただいま」


「それだけか?」

通学用に使っていたお気に入りのリュックサックに、洋服や洗面用具などを押し込んできた。雑だが仕方がない。あそこに長く居たくない。

「うん。ていうかこんなに持って来ていいの?」

もともと私の物だから盗んだわけじゃないけど、なんだかそわそわした気分になってしまう。ほら私って幽霊らしいし?分をわきまえないとかなとか思っちゃったりして?

「ああ、この部屋は、お前の生前の記憶から作られた、いわばレプリカの世界。だからどんだけ物を取っても俗世あっちには影響しないぞ。

ってショウコに言ったら、こいつテレビ持ってきやがって。

死ぬまでに放送されたやつしか観られないっての!」

レプリカ、だから外はない。

「いいの!『相棒』のシーズン1観れるから」

待って、今の話、生前に放送された全ての番組が観れるってこと?

時間はたっぷりありそうだし、これはチャンスなのでは?

「じゃあ私もテレビ持って来たい!」

「えぇえ、俺が持つの?」

話さなきゃよかったと額に書いてあるがガン無視だ。

「当たり前でしょ!ねぇルナちゃん、『相棒』ってまだやってる?」

おお!ショウコさんという強力な後ろ盾を得た!!さてはテレビっ子だな。

「あんま観ないけどやってますよ。今は実写よりアニメですよ!!」

あんなおじさんがいっぱいの暗いやつより、イケメンとアクションでしょ!二次元は裏切らないし。

「ねぇ、俺が持つの?」

「待って今持って来る!」

ショウコさんに語りたい!アニメ沼に引きずり込みたい!

「ちょ、待てよ!」

「「キムタクかよ」」

おっさんの抗議する声に、元ネタは知らないけど条件反射でツッコミを入れた。そしたらショウコさんも入れていてビックリした。

「キムタクいるのね?!」

興奮気味にショウコさんが尋ねる。

「え、あ、はい」

「テレビ持って来なさい!!」

ショウコさんは私にビシッと遺失物センターの扉を指して命令した。ものすごい熱意と圧迫を感じる。

「え、あ、はい」

「ねぇ、俺が持つの?」

後ろから、おっさんの情けない抗議の声が聞こえる。

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