第15話
「あのチビが清水さんと姉弟とか、いまだに信じられねぇよ」
「清水さんは怖いけど超美人だし、マジ羨ましいよな。風呂上がりとか寝間着姿とか見放題だぜ」
「行きも帰りも一緒に登校してきてるしよ。俺もあんな美人の姉ちゃんが欲しいぜ」
「けどさ、おかしくないか? 一年の時に同じクラスだったけど、清水さんオタ漫の事普通に嫌ってたぜ。それがこんな急に仲良くなるもんか?」
「春休みの間になんかあったんじゃねぇの?」
学校が始まって数日が経つが、いまだに教室では二人の話題で持ちきりだった。
それ程大きな声ではないのだが、自分の事を噂されると嫌でも耳に入ってしまう。
花鈴は嫌だし、漫太だっていい気分ではないだろう。
花鈴的には、自分の事よりも漫太の事が気になってしまう。
自分がカミングアウトしたせいで面倒な事になってしまったのだ。
ただでさえおねしょの事で迷惑をかけているのに、余計な厄介ごとを増やして嫌われたくない。
だから花鈴はドン! と机太を叩き、「聞こえてるんだけど!」と噂していた男子グループを睨みつける。
学校での花鈴は男子が恐れる怖い女の子なので、そうすれ相手はビビりまくって「ごめんなさい……」と詫びるのだけど。
暫くするとまた別のグループがひそひそ話を始める。
それだけでもストレスなのに。
「おい、オタ漫。清水と一緒に住んでるんだってな。あいつ、家ではどんな感じなんだよ」
「……別に、普通だけど」
クラスの調子に乗った男子が絡んで漫太を困らせる事もある。
漫太なら絶対におねしょの事を他人に言ったりしないと信じているが、それでも花鈴としては穏やかではないられない。
それに、家では優しくてかっこいい漫太だが、学校では物静かな小心者だ。
背だって小さいし、怖そうな男子に絡まれたら嫌だろう。
そんな時は花鈴は即座に出動し、「ちょっと! なに漫太に絡んでんのよ!」と圧をかける。
それで退散してくれればいいのだが。
「べ、別に絡んでないって。なぁオタ漫、俺達友達だろ?」
「ぇ……ぁ、ぅん……」
前まで散々チビだオタクだ陰キャだキモイだとバカにしていた癖に、ヘラヘラ笑って無理やり漫太と肩を組んで見せたりする。
漫太はそういうの絶対に嫌いなタイプだから、花鈴は焦るし怒りも湧く。
「適当な事言わないで! あんたなんかと漫太が友達なはずないでしょ! うざったいからどっか行って!」
「へいへい」
そこまでするとようやく男子は退散する。
恐る恐る漫太の顔色を伺うと、漫太も申し訳なさそうな顔でこちらの顔を伺っている。
「……ありがと。ごめんね、清水さん」
「……だから、もう清水じゃないってば。家みたいに、普通に花鈴って呼んでよ」
「……でも」と言いかけて、漫太はやはり申し訳なそうに「……ぅん」と言い直す。
やっぱり家族になった事、秘密にしてた方がよかったのだろうか。
罪悪感でお腹を重くしながら席に戻ると、今度は友達が興味津々の顔で聞いてくる。
「花鈴ちゃん、やけにオタ漫君の事庇うね。あんなに嫌ってたのに、なにかあったの?」
最初は漫太と家族になった事が恥ずかしくて黙っていた。
そのせいで言い出すきっかけを失ってしまい、南が漫太の事を知ったのは学校が始まってからだ。
下手に花鈴の事を知っているせいで、他のクラスメイト以上にこれはおかしいと勘繰っている。
好奇心もあるだろうが、親友として心配してくれているのだろう。
それはわかっているけれど、だからと言って春休み中の出来事は話せない。
だから花鈴もどうせ嘘だとバレているとわかっていながら、「なんでもないから……」と言うしかなかった。
†
「……ごめんね、漫太」
「ぇ、どうしたの?」
放課後、一緒に帰り道を歩いていると、ぽつりと花鈴が謝った。
漫太は訳が分からないという様子でオドオドしている。
「……だって。あたしが余計な事しちゃったせいで、漫太まで面倒な目にあってるし。やっぱり秘密にしてた方がよかったのかなって……」
後悔しても後の祭りだが、それでも花鈴は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「そんな事ないよ。隠してもどうせバレるし。先生にも伝えたから、プリントとかの苗字で分かっちゃうよ」
クラス替えの表は清水のままだったが、これからは兎丸に直っている事だろう。
「……でも、黙ってればそのままだったし」
「そうだけどさ。卒業するまで秘密にするのは無理があるよ。一緒に学校に来て、一緒に帰ってるんだよ? お弁当の中身だって一緒だし。内緒にするならかなり頑張らないとダメだろうし、それでバレたら余計に変に思われるよ。だから、やっぱり花鈴ちゃんが言ってくれてよかったんだよ」
学校では無口で冴えない漫太だが、二人っきりになると途端にお喋りで優しい子になる。
そのせいで、花鈴は漫太を誤解していた。
ちゃんと話してみれば、嫌な所なんか一つもない凄く良い子だ。
背が小さいのは仕方ないし、そもそも花鈴は男っぽい男子があまり好きではないから、大きいよりは小さい方が良い。
かっこいい男子も好きじゃない。その手の男子に色目を使われ、下心丸出しでぐいぐい迫られる事が多かったから、良い印象が全くない。
その点漫太は可愛い系だし、他の男子みたいに怖い感じがしないから接しやすい。
女友達みたいに気を遣う必要もないし、一緒に居ると気が楽で安心できる。
最大級に恥ずかしい秘密を知られてしまったという事もあるけれど、付き合いは短いが親友以上、それこそ本当の家族のように思い始めている。
……認めるのはまだ少し恥ずかしいけれど、漫太は優しいお義兄ちゃんだ。
だからこそ、それまでの漫太に対する自分の振る舞いが恥ずかしい。
浮気で離婚した父親の影響で、オタクな事はキモくてイケナイ事だと思っていた。
でも、全然そんな事はなかった。
食わず嫌いをしていただけで、ゲームも漫画もアニメも超面白い。
全部漫太が教えてくれた事だ。
今まで散々オタクの事をバカにしていたのに、嫌な顔一つせず、嫌味だって言わずに毎日色んな楽しい事を教えてくれる。
だから本当に、漫太と家族に慣れた事を幸運だと思っている。
だから漫太には嫌われたくないし、これまで意地悪をしてしまった償いをしたい。
……現在進行形でお世話になっている恩返しもしなければいけないし。
それなのに、現実は迷惑をかけてばかりだ。
それが花鈴は心苦しい。
「……そうだけどさ」
「そんな顔しないでよ。花鈴ちゃんが悲しい顔してると、僕まで悲しくなっちゃうよ。僕は気にしてないし、花鈴ちゃんが助けてくれるから平気だよ。むしろ、花鈴ちゃんに庇って貰ってばっかりで申し訳ない感じ」
苦笑いで漫太が言う。
言葉の端々に、花鈴を思いやる気持ちが滲んでいる。
本当に優しい子だ。
優しすぎて、漫太と二人でいると花鈴はついつい甘えた気持ちになってしまう。
「……でも漫太、あたしの事清水さんって呼ぶし。やっぱりあたしと家族になったと思われるのが恥ずかしいのかなって……」
そんなはずはないと思いたいけれど、漫太はそんな子じゃないと思うだのけど、それでも少し、本当に少しだけ、花鈴は不安になってしまう。
そして、少しでも不安に思うと、悪い考えが頭を過って何倍にも、何十倍にも膨らんでしまう。
学校では怖いとかかっこいいみたいに見られているけれど、本当の花鈴は怖がりでネガティブで悩みやすい女の子だった。
そういった弱さを隠すために、頑張って怖い自分を演じているだけだ。
漫太は凄く優しいから、実は気を遣っているだけで、内心ではすごく嫌だし、困っているし、花鈴の事だって好きではないんじゃないか。家族になってしまったから、義務感で優しくしているだけじゃないのだろうか。
そんな不安が過ってしまう。
ちょっとでもそんな風に思ってしまうと、水に垂らした黒い絵の具のように広がってしまう。
「まぁ、恥ずかしくないと言えば嘘になるけど……」
「――ッ!?」
花鈴はショックを受け、思わず足が止まる。
一瞬目の前が暗くなったような錯覚を覚える。
そんな花鈴を見て、漫太は慌てて訂正した。
「勘違いしないでね! 恥ずかしいって言っても、悪い意味じゃないから! 花鈴ちゃんって凄く可愛いし美人でしょ? 人気者だし! みんなの前で花鈴ちゃんって呼んだら、自慢してるみたいで恥ずかしいなって、それだけだよ」
大真面目にそんな事を言われて、花鈴は凄く恥ずかしくなってしまった。
顔が熱くて、きっと真っ赤になっているだろう。
そんな顔を見られるのも恥ずかしくて、思わず顔を背けてしまう。
可愛いとか綺麗とか美人とかかっこいいとか人に言われるのは慣れている。
花鈴としては、元からついてる顔だし、自分からは見えないから、だからどうしたとしか思わない。むしろ、変な男子に告られたり一部の女子に妬まれたりで面倒なくらいだ。
それなのに、漫太に言われるとなぜか恥ずかしい。
これも家族になったせいなのだろうか?
不思議だが、おかげで不安は消し飛んだ。
漫太には、花鈴の不安を中和するスーパーパワーがあるらしい。
「……それならいいんだけど」
それで漫太もホッとしたように笑顔を見せた。
漫太は花鈴が悲しんでいると悲しいと言うけれど、花鈴もそれは同じだった。
漫太が悲しそうだと悲しいし、困ってると嫌だし、笑顔だと嬉しい。
前髪が長すぎてあまり顔は見えないが、小さな口元が笑っているだけでもほっとして心が和む。
「とにかくさ、あんまり気にする事ないよ。今はちょっと大変だけど、その内みんな飽きるだろうし。それまでの辛抱だよ」
「……そうだけど」
自分はいい。
……よくはないけど。
でも、漫太に迷惑をかけるのはもっといやだ。
漫太は平気だと言ってくれるけど、だからこそ余計にいやだ。
不安そうに顔をしかめる花鈴を見て、漫太は慰めるように言う。
「不安なのは分かるけど、悪い方に考えない方がいいと思う。あの事もあるしさ」
「……ぅん」
その通りだと花鈴は思った。
悪い方に考えすぎるのは自分の悪い癖だ。
そのせいで余計に不安になってしまう。
おかげで学校が始まってから、毎日おねしょが続いている。
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