第14話

 花鈴ちゃんが立ち直ると、僕達は大急ぎで支度をして家を出た。


「じゃあ僕、こっちから行くね」


「え、なんで?」


 花鈴ちゃんが不思議そうな顔をする。

 そこは家のすぐ近くの分かれ道で、僕はちょっと遠回りになる裏道を指さしていた。


「僕達の事内緒にするなら別々に行かないと。学校では前みたいに他人の振りするし、ちゃんと清水さんって呼ぶから安心してね」


 時間に余裕がないので、それだけ伝えると僕は花鈴ちゃんと別れて歩き出すのだけど。


「――わっ!?」


 追いかけてきた花鈴ちゃんに後ろから手を掴まれてびっくりする。


「花鈴ちゃん? どうしたの?」


 振り返ると、花鈴ちゃんが泣きそうな顔で僕を見つめていた。


「……なんでそんな事言うの?」


 訳が分からず僕は焦った。


「だ、だって、花鈴ちゃんが前に秘密だって言ってたから……」


「……そうだけど、あの時はあたし意地悪だったの! 今はもう漫太の事嫌いじゃないし……。ちゃんと家族だって思ってるもん……」


 その言葉が嬉しくて、僕は胸がキュンとしてしまった。

 それはそれとして。


「でも、花鈴ちゃんは男子に人気のイケてるギャルだし、僕は陰キャオタクのオタ漫でしょ? 家族だってバレたら色々面倒な事になっちゃわない?」


 僕自身、今の状況を隠す事には賛成だった。

 僕と花鈴ちゃんは一つ屋根の下で暮らしているけれど、学校ではお互い別世界の住人だ。

 花鈴ちゃんがトップカーストの王族なら、僕は最底辺の貧民だ。

 僕も目立つ事は避けたいし、僕のせいで花鈴ちゃんがバカにされたら嫌だ。

 だから、出来る事なら隠しておきたいと思うのだけど。


「そんなのあたし、平気だもん!」


 ムスッとして花鈴ちゃんは言う。


「平気って、いいの? 僕と家族になったってバレても?」


「当たり前じゃん! っていうか、こそこそしてたら漫太と家族になった事が恥ずかしい事みたいになっちゃうじゃん! そんなの嫌だし! 漫太にもお義父さんにも失礼だよ!」


「そうかなぁ……」


 そんな事、僕は気にもしないし考えもしなかった。

 父さんだって同じだろう。


「逆に聞くけど、漫太はあたしと家族だってバレたらいや? 恥ずかしい?」


「そんな事ないけど……」


 というのは嘘で、本当はちょっと恥ずかしかった。


 でもそれは、トップカーストで学校でも最上位の美少女である花鈴ちゃんと家族だと思われる事が恐れ多いというような、前向きな恥ずかしだ。


 それをストレートに伝えるのは恥ずかしいし、誤解されそうな気がしたから黙っておく。


「じゃあいいじゃん! あたし達家族で義兄妹なんだか、胸張って正々堂々学校行こ! 文句言う奴がいたら、あたしがぶっ飛ばすし!」


「う、うん……」


 花鈴ちゃんは謎の闘志でメラメラ燃えて、僕の手を引っ張って学校の方へと歩いていく。


 夜中に寝ぼけた花鈴ちゃんをトイレに連れて行ったりで、手を握る機会は結構あった。


 それなのに、お互いに制服を着て、外を並んで歩くというシチュエーションだと、いけない事をしているみたいで物凄くドキドキしてしまう。


 花鈴ちゃんも同じなのか、顔が真っ赤になっていた。


 でも、自分から繋いだ手前、離すのも変だと思っているのだろう。


 それで僕は、「手は繋がなくていいんじゃないかな?」


 とソワソワしながら言った。


「……だよね」


 それで花鈴ちゃんもホッとしたように手を離した。

 その後は二人で並んで早歩きで学校へと向かった。


「漫太、早く!」

「花鈴ちゃん歩くの早いよ!」

「漫太が遅いの! 急がないと遅刻しちゃうよ!」


 花鈴ちゃんは長身で足も長い。

 対する僕はその逆で、歩幅が全然合わない。

 花鈴ちゃんの早歩きは僕にとっては小走りで、必死になって隣をキープする。


 道中はあまり喋らなかった。


 花鈴ちゃんは意気込んでいたけど、やっぱり僕と一緒に学校に行くのは恥ずかしかったり緊張したり、人に見られたらどうしようと不安みたいでソワソワしていた。

 僕も同じで、お互いに変な感じになってしまった。


 だからやっぱり隠した方が良いんじゃないかと思うけど、それを言ったら花鈴ちゃんは怒るだろう。


 春休み中に思ったのだけど、花鈴ちゃんは結構頑固な所がある。


 ゲームが良い所だったら意地でもトイレに行かない! 

 みたいなしょうもない頑固さだけど。


 それに、これから先卒業するまで僕達の事を隠し通すのは大変だろうし、バレたらバレたで面倒だろう。花鈴ちゃんは友達が多いから、なんで言ってくれなかったの! と怒られるかもしれない。


 どっちにしろ面倒なら、さっさとバラしてしまった方がいいという考え方もある。

 僕は面倒くさがりだから、とりあえず隠しておいて問題を先送りにしたかったというだけの話だ。


 なんにせよ、花鈴ちゃんがバラすと決めたのだから、僕も腹を括った。


 それに、同じクラスでなければ、それ程面倒な事にはならないだろうとも思った。


 花鈴ちゃんと同じクラスというのもそれはそれで面白そうではあるけれど、そうなるとお互いに気を遣ったり見栄を張る事になる。


 花鈴ちゃんは学校ではお家みたいに甘えん坊になるわけにはいかないだろうし、僕だって学校ではお家みたいに格好つけた事は出来ない。


 そう考えると、やっぱり別々のクラスの方が良いんだろうと思う。


 確率的には大丈夫だと思うのだけど、念のため僕は神様に同じクラスになりませんようにとお祈りした。


 まぁ、なんの神様かなんて知らないし、普段から信心深いわけでもない僕の願いなんか聞く義理はなかったのだろう。


「やった! 漫太! あたし達、同じクラスだよ!」


 学校についた後、玄関に貼りだされたクラス表を確認して、花鈴ちゃんが文字通りに飛び上った。


 僕が杞憂していた諸々の心配事なんか、花鈴ちゃんはこれっぽっちも気にしていないらしい。


 器が大きいというか、考えなしというか。


 ある意味陽キャのギャルっぽい前向きさだと言えるし、僕は陰キャオタクらしい心配性を発揮したとも言える。


 まいったなぁと思いつつ、僕だって嬉しい気持ちはあって、気づけば頬が緩んでいた。


 そして、花鈴ちゃんと一緒にドキドキしながら二年一組の教室に入っていく。


 遅刻ギリギリだから、教室には他のクラスメイトが全員集まっていて、僕達は凄く目立ってしまった。


 僕はともかく、花鈴ちゃんは全校生徒が顔くらいは知っている有名人と言っても過言ではない美少女なので、全員が「え、なんで?」という顔をしていた。


 偶然にしてはタイミングが良すぎるし、僕達は明らかに親密すぎるオーラを纏っていたし、並び立つ距離も言い訳のしようがないくらい近かったのだ。


 過剰な注目を浴びて、僕は石ころを取り除かれたダンゴムシみたいな気分になってしまった。今すぐ丸まって隠れてしまいたい。それか、日の当たらない日陰に逃げ込みたい。


 対する花鈴ちゃんは一瞬で今となってはなつかしい、クールでおっかない清水さんの顏に戻ってみんなに言うのだ。


「あたしらの親再婚して家族になったから。漫太をバカにしたらあたしが許さないよ」


 怒ったような、不機嫌そうな、不貞腐れた感じのクールな声音であっさり言うと、弟分でも紹介するようにポンポンと僕の頭を叩く。


 もう! 普段は僕の方がお義兄ちゃんなのに、花鈴ちゃんてば一人だけ格好つけて!


 みんなの前でそんな事をされたら物凄く恥ずかしいけど、どのみち陰キャの僕は知らない人たちの前で完全に緊張して頭はクルクル、喉はカラカラで声も出せない状態だったから仕方がないと言えば仕方がない。


 もじもじしながら小さく頷いて、ちょこちょこと逃げるように自分の席に座った。


 花鈴ちゃんはそんな僕を見送ると、王者の風格を漂わせながら悠々と自分の席に向かっていく。


 それで魔法が解けたみたいに硬直していたクラスメイト達が騒ぎ出した。


「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


 驚愕の大合唱と共に、「誰だよお前!」と言いたげな無数の視線が僕に突き刺さった。

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