第13話

「だめ! 来ないで!」


 花鈴ちゃんが悲痛な声を上げる。


 お洒落に飾られた部屋の中は、花鈴ちゃんの失敗の証拠が充満していた。


「……お願い。恥ずかしいから……。お願い……」


 花鈴ちゃんはハリネズミみたいに頭から布団を被って丸くなっている。


 おねしょしたベッドでそんな事してたら気持ち悪いだろうに。


「恥ずかしい事なんかなにもないよ」


 毅然とした態度で言うと、僕はベッドの方に歩いてく。


「来ないで……お願いだから……」


「学校行こうよ。おねしょの事なんか、誰も分からないよ」


「漫太に見られたくないの! 頑張って料理もして、洗濯物もちゃんとして、宿題だって見てあげて、やっとちょっとだけ見直して貰えたと思ったのに……全部台無しだよ……う、うぅ……うあああああぁん」


 布団の中で花鈴ちゃんが泣いている。


 なんだか、僕まで泣きたくなってきた。


「バカだなぁ、花鈴ちゃんは。そんな事考えてたの?」


 ベッドの端に腰かけると、布団を被った花鈴ちゃんがビクッ! と震える。


「だめ……汚いから……」


「汚くないよ」


「汚いよ! おしっこなんだよ!」


「ここまで染みてないし」


「でも、このベッドで何回もしちゃったもん……。あたしのベッドじゃないのに……。漫太のお姉さんのベッドなのに……。最悪だよ……」


 本当に、花鈴ちゃんは繊細な子だ。


 そんな事、僕は今の今まで気にもしなかった。


「平気だよ。僕のお姉ちゃん、可愛い女の子が大好きな変態だから。むしろ喜ぶんじゃないかな?」


「そんなわけないでしょ!?」


「そんなわけあるんだって。その内、嫌って程わかるよ。花鈴ちゃんにとってもお義姉ちゃんなんだから。僕なんか比べ物にならないくらい陰キャでオタクだから。超キモいよ?」


「……それはまぁ。なんとなく察したけど」


 気まずそうに花鈴ちゃんが答える。


 花鈴ちゃんは模様替えでお姉ちゃんの私物を片付けたのだ。


 エッチな少女漫画とか、エッチな百合漫画とか、エッチなBL漫画とか、エッチなエッチ本とか、同人誌とかコスプレ衣装とか、花鈴ちゃんには理解不能なブツが沢山出て来た事だろう。


「別に良いじゃん。おねしょくらい。僕は一度だって花鈴ちゃんのおねしょを笑ったことある?」


「……ないけど。心の中では恥ずかしい奴だって思ってるもん」


「ひどいなぁ。花鈴ちゃんは僕の事、そんな風に思ってたの?」


「思ってないよ! 思うわけないじゃん! あんなに意地悪ばっかりしてたのにあたしの事笑わないで、おねしょの相談にも真面目に乗ってくれて、毎晩起こしてくれて、沢山気を遣って仲良くしてくれたのに……」


「じゃあいいじゃん。何が問題なの?」


 花鈴ちゃんが沈黙する。


 でも、今までのような拒絶の沈黙ではないはずだ。


 僕の言葉がちゃんと届いて悩んでいるんだと思う。


 気分は天岩戸だ。


 だから僕は、花鈴ちゃんの返事を黙って待った。


「……でも、おねしょした所見たら絶対幻滅するもん」


「しないよ」


「見た事ないでしょ!」


「あるよ。最初の夜に」


「……あの時は、裸だったもん」


「そっちの方がヤバいと思うけど」


「……忘れて」


「無理だよ。でも、幻滅してないよ?」


 まぁ、花鈴ちゃんの言いたい事は分からなくもない。


 僕はまだ、実際に花鈴ちゃんがおねしょをしちゃっている状態をちゃんと見たことはないのだ。そんなもの見たからと言って、なにがどうなる物でもないと思うけど。


「ね? 学校行こうよ。友達だってきっと花鈴ちゃんに会うの楽しみにしてるよ。シャワー浴びてスッキリしたら気分も晴れるって。今日休んだら、明日はもっと行きづらくなるよ? そんなのいやでしょ?」


 布団の塊が小さく揺れる。


「じゃあ、出てきてよ」


「……笑わないでね」


「笑わないよ」


「臭いから……鼻つまんでて」


「そんなに臭くないよ」


「ちょっとは臭いんじゃん! やっぱりヤダ! あっち行ってて!」


「じゃあ全然臭くない。いい匂いだよ」


「それもやだ! 変態みたい!」


「じゃあ無臭。慣れちゃった」


「もう! 適当過ぎ!」


「花鈴ちゃんが学校行かないなら僕も行かない。早くしないと、僕まで遅刻しちゃうからね?」


「それはだめ!?」


 ダメ元で言ってみたら、花鈴ちゃんはあっさり布団を跳ね飛ばして出てきた。


「ぁ……やだ、見ないで……」


 花鈴ちゃんが必死に足を閉じて自分自身を隠すように抱きしめる。


 縞々のジェラピケの短パンはぐっしょり濡れて黄色くなり、上着まで染みていた。


 花鈴ちゃんの大きなお尻の下では、おねしょシーツに巨大なシミが出来ている。


 ただそれだけの事だった。


 ただそれだけ。


 お茶を零したのと大差ない。


 そんな事で、花鈴ちゃんのなにが変わるというのだろう。


「さ、行こう。シャワー浴びて朝ごはん食べて一緒に学校行こう?」


 僕が手を差し出すと、膝の間に顔を埋めていた花鈴ちゃんが恐る恐る顔を上げる。


 そして、ぽろぽろと泣きながらゆっくり手を伸ばす。


 そしてふと、その手がおしっこで汚れている事に気づいて空中で止まる。


「平気だよ」


 僕はその手を掴んで花鈴ちゃんを引き寄せた。


「汚れたら洗えばいい。それだけの事でしょう?」

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