第12話

 長いようで短かった春休みが終わり、今日から僕らは二年生。


 天敵だった花鈴ちゃんと家族になると知った時はどうなる事かと思ったけど、おねしょ癖のお陰で僕達は嘘みたいに仲良くなった。


 こういうのを雨降って地固まると言うのだろう。


 まぁ、僕らの場合はおしっこの雨だったわけだけど。


 ……こほん。


 それはともかく、仲良くなってしまえば花鈴ちゃんは普通に良い子で、おねしょ癖にさえ目を瞑れば、花鈴ちゃんが義母さんの連れ子で良かったとさえ思っている。


 というか、別におねしょ癖くらいなんともない。


 花鈴ちゃんは恥ずかしいだろうけど、僕が困る事は一つもないのだ。


 そんな事よりも、花鈴ちゃんには良い所がいっぱいあった。


 最初を除けば毎日美味しいお昼をご馳走してくれたし、晩御飯だって作ってくれる。


 僕と違ってアクティブな子だから、買い物も嫌がらない。


 おねしょで汚れた下着やシーツを僕に見られるのが恥ずかしいみたいで、普段の洗濯も全部やってくれる。しかも綺麗に畳んである!


 お陰で僕の家事はぐっと減って申し訳ないくらいだ。


 なんて言ったら花鈴ちゃんは。


『だって、漫太には毎晩助けて貰ってるし……。今まで沢山意地悪しちゃったから、これくらい当然でしょ?』


 ときたもんだ。


 まったく、人間というのは分からないものだ。


 しかも花鈴ちゃんは勉強も出来るから、春休みの宿題まで手伝ってくれた。


 僕は勉強が出来ないタイプのオタクだから、これはすごく助かった。


 どうやらおねしょの事で僕に負い目があるらしく、花鈴ちゃんは少しでも良い所を見せようと頑張っているらしい。


 そんなに張り切らなくても、十分花鈴ちゃんは凄いと思うけど。


 おねしょの事がなかったら、逆に僕が負い目を感じていただろう。


 そんなわけで、久々に早起きした僕は眠い目を擦りながらリビングに降りていくのだけど。


「あれ、花鈴ちゃんは?」


 僕と違って花鈴ちゃんは春休み中も規則正しい生活を送っていた。


 だから、絶対僕より早く起きていると思っていた。


 ところがリビングにはお父さんと義母さんしかいない。


 で、僕が尋ねると、二人は苦い顔で人差し指で×を作った。


 それで僕は花鈴ちゃんが久々におねしょをしてしまった事を察した。


 まぁ、そんな気はしていたけど。


 僕が起こしている間は花鈴ちゃんは連戦連勝で、一度もおねしょをしなかった。


 でも、昨日の夜は学校があるから僕も早く寝て、花鈴ちゃんを起こしてあげる事が出来なかった。


 もちろん、その事は事前に花鈴ちゃんに伝えてある。


『……大丈夫だし! 明日から二年生だもん! 漫太のお陰でずっとおねしょしてないし、もう起こして貰わなくても大丈夫だよ!』


 花鈴ちゃんは強がっていたけれど、明らかに不安そうだった。


 花鈴ちゃんにとって不安は大敵でおねしょの元だ。


 今日から二年生でクラス替えもあるし、久々の学校なのだから何重にも不安だろう。


 それじゃあおねしょをしたって仕方がないというものだ。


 それを見越して義母さんも声をかけたようだけど、どうやら花鈴ちゃんはショックを受けて部屋に閉じこもっているらしい。


 義母さんが言うにはいつもの事で、ダメそうなら学校を休ませるつもりだそうだ。


 優しいと言えば優しいけど、僕はちょっと甘いんじゃないかと思った。


 二学期や三学期ならともかく、一学期の最初の日は大事だ。


 ここで休んでしまったら、新しいクラスで友達作りに苦労するかもしれない。


 花鈴ちゃんは陽キャだけど、結構繊細なハートの持ち主でもある。


 ここで躓いたら、心配事が増えて余計におねしょが悪化するかもしれない。


 そう思って、僕は花鈴ちゃんを呼びに行くことにした。


「花鈴ちゃん。起きてる?」


 返事はなし。


「起きてるんでしょ? おねしょなんか気にしないで、学校行こうよ」


 返事はなし。


「今までしてなかったんだし、たまにしちゃくらいしょうがないじゃん?」

「あだぢなんがほっどいでよぉ!」


 ずっと泣いていたのだろう。


 泣き声交じりの怒鳴り声が返ってきた。


 それで僕はグサリときた。


 あるいはガツンときた。


 自分でもびっくりするくらいショックで、自分の事みたいに胸が痛くなった。


 昨日まであんなに笑顔で楽しそうだったのに。


 ゲームの楽しさにも気づいてくれて、毎日一緒に色んなゲームで遊んだのに。


 そんな楽しい花鈴ちゃんがたった一度のおねしょでペシャンコになってしまった。


 花鈴ちゃんは悪くないのに。


 寝てる間に勝手に出て来ちゃうんだから仕方ないのに。


 おねしょなんかこの世からなくなってしまえばいいのに。


 だめだだめだ。


 僕まで凹んでいたら仕方がない。


 むしろ、春休みの間楽をさせて貰た分、花鈴ちゃんに沢山楽しませて貰った分、今こそ僕が頑張らないと!


「花鈴ちゃんは家族なんだよ。ほっとけないよ!」


「漫太に起こして貰わないとおねしょしちゃうあたしなんか家族じゃないもん!」


「そんな事言うと怒るよ!」


「知らない知らない! お願いだからほっといて!」


「だめ! 花鈴ちゃんは学校行くの! わがまま言うなら勝手に入っちゃうからね!」


 扉を開けようとするのだけど、鍵がかかっていた。


 だからどうした。


 勝手知ったる我が家だ。


 こんな鍵くらい、どうにでもなる。


 僕は財布から小銭を取り出すと、ドアノブの上にある窪みに突っ込んでカチッと捩じった。こんな時の為に、このタイプのドアは簡単に外から開けられるようになっているのだ。


 それで僕は花鈴ちゃんの部屋に踏み込んだ。

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