第9話
「漫太、漫太ぁ! 起きて起きて! お昼ご飯!」
「う~……」
翌日の事。
例によって夜更かしをしていた僕は、いつものように花鈴ちゃんに起こされた。
「ふぁ~……。今日も大丈夫だったんだ?」
花鈴ちゃんの寝巻が昨日の晩と同じなので察した。
「そう! 二日連続おねしょなし! 偉いでしょ!」
花鈴ちゃんは本当に嬉しそうに、ブイっとダブルピースを向けて来る。
そんな姿が普通に可愛くて、僕は朝からドキッとしてしまった。
全く、僕の天敵でクラスの男子に恐れられるクールで怖い清水さんは何処へ行ってしまったのか。
こちらの方がいいから文句なんかないのだけれど。
高校生がおねしょをしない事なんて偉くもないし当たり前の事だけど、花鈴ちゃんにとってはそうじゃない。
毎日不安で、物凄く恥ずかしかったはずなのだ。
だから僕も意地悪な言わずに素直に褒めてあげる事にした。
「わお。凄いね。この調子なら僕が起こさなくても治っちゃうんじゃない?」
ストレスや不安が原因というのなら、自信を持たせてあげるのが大事なんじゃないかと僕は思う。
それで僕は言ったのだけど。
「やだ……。起こしてよ……。面倒になっちゃった?」
さっきまでのニコニコ笑顔は何処へやら、花鈴ちゃんは不安そうに言うのである。
どうやら悪い方向に解釈したらしい。
思ったよりもネガティブな性格なのかも。
「違うってば。花鈴ちゃんが頑張ってるからすぐに治るんじゃないかって話。春休みの間はちゃんと起こすから心配しないでよ」
訂正すると、花鈴ちゃんはホッとして大きな胸を撫でおろした。
「よかったぁ……。もう! 脅かすなし!」
「あははははは!? ちょっと、はははは! く、くすぐらないでよ!?」
花鈴ちゃんに脇腹をくすぐられ、僕はベッドの上で身悶えた。
暴力的な子だと思ってたけど、スキンシップに抵抗がないタイプという事らしい。
別にエッチな事をされているわけじゃないのだけど、この通り僕は女の子に免疫のない非モテの童貞君なので、こんな事でもイケナイ事をしているみたいでドキドキしてしまう。
ともあれ、飢えた花鈴ちゃんに起こされたので、今日も今日とて適当チャーハンを作る為に花鈴ちゃんと一緒にリビングへと降りていくのだけど。
「あれ? なんか良い匂いしない?」
廊下に出ると、なんかピザみたいな匂いがした。
朝ごはんにピザでも頼んだ……わけはないよね?
「あたしの匂いじゃない?」
上機嫌の花鈴ちゃんが両方の頬っぺたに人差し指を当ててはにかむ。
可愛すぎて温度差で風邪を引くからやめて欲しい。
いや、いいんだけどさ。
で、リビングに降りると、僕は匂いの正体に気づいた。
「……花鈴ちゃんが用意してくれたの?」
信じられない気持ちで呟く。
テーブルの上には美味しそうなピザトーストとサラダとコーンスープが用意してあった。
「えへへ。今朝もおねしょしなかったし。いい気分だったから作っちゃった」
ルンルンで向かいの席に座る。
僕はこっそりほっぺを抓ってから自分の席に座った。
本当、夢じゃないよね?
「花鈴ちゃん、料理出来たんだ……」
「お母さん働いてるし、当然でしょ?」
「じゃあなんで僕に作らせてたの?」
「それはだって……。おねしょでブルーだったし、普通に面倒じゃん……。漫太のチャーハン美味しかったし……」
恥ずかしそうに胸元で指をいじいじしながら花鈴ちゃんが言う。
まぁ、料理が出来るからと言って作りたいわけじゃない事は僕も分かるけど。
ていうか、僕のチャーハン美味しかったんだ。
それはちょっと嬉しいな。
「もう、いいから食べようよ! チーズ冷めちゃうよ!」
「だね。いただきます」
「いただきま~す」
二人で手を合わせて花鈴ちゃんのご飯を頂く。
「美味しい! 凄いね! 本物のピザみたい!」
「大袈裟! イタリアの人に怒られるよ?」
「ボーノボーノ!」
「あはははは、なにそれ! 超ウケる!」
似非イタリア人の真似をすると、花鈴ちゃんが吹き出した。
「でも、本当に美味しいよ。三つとも味が違うし。大変だったでしょ?」
ベーコンとジャガイモのピザに、ツナマヨと種類の違うチーズを混ぜたピザ、シーフードピザの三種類だ。
それにサラダとスープまでついてるんだから、僕みたいな面倒くさがりには逆立ちしたって出来ない料理だ。
「そうでもないよ? パンに具をのせてチンするだけだし。スープは出来あいだし、サラダも盛るだけだしね」
「十分大変だと思うけどな」
話を聞いた感じでは、お手軽料理の部類ではあるのだろう。
でも、僕からしたらやっぱりすごいと思う。
具のバリエーションだって、僕なら全部同じにしちゃうだろうし。
「花鈴ちゃん、料理上手なんだ?」
「まぁ、そこそこね?」
僕に褒められて、花鈴ちゃんは鼻高々な様子だった。
「これくらいあたしにとっては料理の内に入んないし? 今晩からはあたしがご飯作っちゃうから、楽しみにしといてよね」
パチンと花鈴ちゃんが片目を瞑る。
僕はドキュンという感じだ。
デレてくれるのは嬉しいけれど、程々にしてくれないとこっちの身が持たない。
ともあれ、気分屋なんだろうなという事は理解出来た。
「でも、なんで急にお昼作ってくれたの?」
不思議に思って尋ねると、花鈴ちゃんが真っ赤になってそっぽを向いた。
「だ、だって。漫太のお陰でおねしょしなくなったし。助けて貰ってばっかじゃ悪いじゃん……。これからも起こして貰うんだから、そのお礼! 別に、漫太の為じゃないんだからね!」
謎の意地を発揮して、むくれた照れ顔で花鈴ちゃんが僕を指さす。
「……花鈴ちゃって、実は萌えキャラだよね」
「ち、違うってば! 変な事言わないでよ! もう、そういうところがオタ漫なんだよ!」
ますます赤くなると、花鈴ちゃんはふくれっ面でスープを飲んだ。
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