第7話

 そういう訳で洗い物が終わった後、僕達はリビングのテーブルを挟んで向き合っている。


「……元々あたし、おしっこが近い体質っぽいの」


 恥ずかしそうにむくれる花鈴ちゃんは、モジモジしながら語りだした。


「それでその、そういう失敗しちゃう事も結構あって……。おねしょも中々治らなくて……」


「でも、最近は平気だったんでしょ?」


 こくりと花鈴ちゃんが頷く。


「……高校生になってからはそんなにしてない……。テストとか行事の前だとしちゃってたけど……」


「不安になったり緊張しちゃうとしちゃうのかな?」


「多分……ていうか、絶対そう。それで、ヤバいかもって思うと余計に不安になっちゃって……」


「おねしょの無限ループってわけだね……いだぁい!?」


 テーブルの下で脛を蹴られた。


「茶化さないでよ!」


「茶化したつもりはないんだけど……」


「余計に悪い!」


「ごめんなさい……」


 理不尽な気もするけれど、おねしょの事を赤裸々に話すのは相当恥ずかしいだろうし、僕ももっと気を遣うべきなのだろう。


「父さんも義母さんも、僕だって全然気にしてないし、そんなに不安になる事ないと思うんだけどな」


「無理言わないでよ! ちょっと前まで赤の他人だった人と家族になって一緒に住んでるんだよ! おねしょなんか絶対したくなかったし、これ以上絶対にしたくないの! 毎晩不安でたまんないし! そのせいで最近は怖くて寝つけないし……このままじゃあたし、おかしくなっちゃうよ!」


 確かに、花鈴ちゃんは日に日にやつれて、目の下にもクマが滲んでいる気がする。


 聞けば聞く程重症という感じだ。


「病院行くとか?」


「高校生なのにおねしょが治りませんって? 絶対やだ! 恥ずかし過ぎでしょ!」


「病気なんだから仕方なくない? 恥ずかしい事じゃないと思うけど」


「病気とか言わないでよ! あたしがおかしいみたいじゃん!」


 実際おかしいと思うのだけど、花鈴ちゃんは認めたくない様子だ。


 そりゃそうか。


 他人事だから気軽に病院とか言えるけど、僕が逆の立場でも、出来れば病院なんかにはかかりたくない。


「それじゃあオムツするとか? それならおねしょにならないし、安心して眠れるんじゃない?」


 僕の提案に、花鈴ちゃんは真っ赤になって顔を背けた。


「は、はぁ!? 赤ちゃんじゃないんだから、オムツなんかするわけないじゃん!」


 この反応を見るに、以前は使っていたのだろう。


「気持ちは分かるけどさ、現におねしょしちゃってるわけだし。安心して眠れるようになったら治るかもしれないでしょ? 漏らさなかったらオムツしてても恥ずかしくないと思うし」


「漏らしても漏らさなくても恥ずかしいに決まってるじゃん!? あたし、高校生で女の子なんだよ!? こうして漫太とこんな話してるのだって死ぬほど恥ずかしいし! もうちょっとあたしの事考えてよ!」


「かなり考えてる方だと思うんだけどなぁ……」


 バカにしないで真面目に付き合ってるだけ偉いと思うけど。


 おねしょが治らないのは可哀想だし、それについては言わないでおいてあげよう。


「とにかく、オムツはやだ! 絶対やだ! あたしにだってプライドがあるんだから!」


 ダンダンダン! と花鈴ちゃんがテーブルを叩く。


 名案だと思ったのだけど、やっぱり僕や父さんと一緒に暮らしていてオムツを履くのは恥ずかしいのだろう。


「それじゃあ、こういうのはどう? 春休みの間は僕、夜中までゲームしてるし。花鈴ちゃんが眠って暫くしたらトイレに起こすんだ。そうしたらおねしょしないで済むんじゃない?」


「それは……悪くないかも。夜中に起こしてくれるってわかってれば、あたしも安心して寝れる気がするし……」


 不満そうに見えるのは恥ずかしさの裏返しなのだろう。


 僕としても、アイディアが採用されていい気分だ。


「でしょ! それじゃあ、早速今晩から試してみようよ!」


「……ぅん」


 拗ねたような顔で頷くと、花鈴ちゃんが上目づかいで聞いてきた。


「……あたし、ずっと漫太の事バカにしてたのに、なんでそんなに優しくしてくれるの?」


「なに? 感謝しちゃった?」


 ニヤニヤしながら僕は言う。


 ついふざけてしまったのだけど、これは脛を蹴られるパターンだ。


 そう思って足元を警戒するのだけど。


「……まぁ、それなりに。おねしょの事知ってもバカにしないし。再婚相手の子供がオタ漫だったのはよかったかなって……」


 モジモジしながらそんな事を言われて、不覚にも僕はキュンとしてしまった。


 連日のおねしょのせいで心が弱っているだけかもしれないけど、美少女で天敵でトップカーストの花鈴ちゃんに認めて貰えたのは悪い気はしない。


「どういたしまして。あれだったら、僕の事はお義兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」


 上機嫌で両手を広げると、花鈴ちゃんの頬が膨らんだ。


「調子に乗んなし!」


「いだぁい!?」


 結局蹴られる僕なのだった。

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