第6話

「ちょっと漫太! いつまで寝てるつもりよ! いい加減起きなさいっての!」


「ん~。花鈴ちゃん、まだ眠いよぉ……」


 性懲りもなく勝手に部屋に入ってきた花鈴ちゃんがベッドで寝ている僕を揺り起こす。


「夜中までゲームしてるからでしょ! もうお昼! お腹空いた!」


 衝撃的なおねしょ事件から数日が経っていた。


 僕達はまだ春休み中で、平日だから父さんも義母さんも仕事でいない。


 だから僕ものびのびと遅くまでゲーム三昧の生活を送っているのだけれど。


 料理が出来るのを良い事に、花鈴ちゃんが僕に昼食を作らせようとするから困ってしまう。花鈴ちゃんも女の子なんだから、自分の分くらい自分で用意して欲しいのだけれど。


 ちなみに、清水さん呼びは二日目から改めた。


 だってもう清水さんじゃないし、家族になったのにいつまでもそんな呼び方をしていたら変だろう。


 花鈴ちゃんも最初は渋っていたけれど、おねしょの件で打ち解けたのか納得してくれた。本当はさん付けだったんだけど、花鈴さんはなんかキモイという事でちゃん付けを強要されている。


「お腹空いたお腹空いたお腹空いたぁ!」


「わかったから、揺らさないでよぉ……」


 布団の上からぐしぐしされて、仕方なく僕は起床した。


「花鈴ちゃん、またおねしょしたでしょ」


「し、してないし! 変な事言わないでよ!」


 僕の指摘に、花鈴ちゃんが分かりやすくキョドって視線を逸らす。


「だって、寝る前とパジャマ違うし」


 花鈴ちゃんは可愛らしいジェラピケを寝間着兼部屋着にしている。


 昨晩はウサちゃんモチーフだったのに今朝はクマさんだ。


「寝汗かいたから着替えただけだし!」


「絶対嘘。廊下がおしっこ臭いよ」


「嘘!? バレないようにファブったのに!?」


 ギョッとした花鈴ちゃんがくんくんと廊下の匂いを嗅ぐ。


「嘘だよ。でも、マヌケは見つかったみたいだね」


 漫画のネタをかますけど、伝わらなかったらしい。


 花鈴ちゃんは真っ赤になって涙目で僕を睨み、ブルブルと震えている。


「いや、その、今のは漫画のネタでね」


「うっさい! 漫太のバカぁ! ノンデリ! 最低!」


 ゴツンと長身から拳骨を繰り出され、僕の眠気は吹き飛んだ。


 †


「……ご馳走様でした」

「……お粗末様でした」


 まだ怒っているのか、不貞腐れた顔で花鈴ちゃんが手を合わせる。


 ちなみに今日のお昼は漫太風適当チャーハンだ。


 昨日もチャーハンで、一昨日もチャーハン。


 他に作れるのはカレーとシチューと目玉焼きくらいの物で、だったらチャーハンでいいとチャーハンばかり作らされている。


 で、いつもの癖で食器を洗おうとすると、花鈴ちゃんが無言で食器を奪い取り、台所に持って行って洗いだした。


 初日のアレは単におねしょをしないか不安で何も手につかなかったというだけで、普通にしていればちゃんとお手伝いが出来る子だったらしい。


 それで僕がお昼を作った時は、率先して洗い物係をやってくれている。


「……花鈴ちゃん、まだ怒ってるの?」


 柱の影からひょこっと顔を出して尋ねる。


「……だって漫太がおねしょの事からかうんだもん……」


 唇を尖らせる花鈴ちゃんは鼻声で、今にも泣き出しそうだ。


 ……やばい。


 思ったよりも傷ついてるっぽい。


「からかったわけじゃないよ! 昨日もしてたし、今日もかなって思っただけで……」


 言ってから、僕はそれがなんのフォローにもなっていない事に気づいた。


 兎丸家の一員になってから、花鈴ちゃんは毎晩おねしょをしているのだ。


「ひぐ、えぐ、ひゅぐ、あだぢだっで、ずぎでおねぢょぢでるんじゃないもん!」


 僕は慌てた。

 本当に意地悪をするつもりじゃなかったのだ。


「わ、わかってるよ!? 僕はただ、心配っていうか、花鈴ちゃんが気にしてるんじゃないかと思って……」


「気にしてないわけないでしょ!? もうすぐ高二なのに、毎日おねしょしてるんだよ!? しかも家には同じクラスの男の子がいて、裸も見られて、陰キャのオタクでお義兄ちゃんなんだよ!? そんなの最低じゃん!」


 泣きべそをかきながら花鈴ちゃんが叫んだ。


 僕は余計に慌てつつ、裸の事一応気にしてたんだとか、陰キャオタクは関係なくない? とか、同級生にお義兄ちゃんって呼ばれるのヤバいなとか思っていた。


「な、泣かないでよ! 僕達家族なんだし、なにか力になれないかなと思って言っただけなんだ……」


 年頃の女の子のおねしょだ。


 これはかなりセンシティブな問題だ。


 父さんと義母さんは触れないようにしているけど、状況は一向に改善しない。


 恥ずかしい失敗を重ねる度に花鈴ちゃんが萎れていくようで、僕は気が気じゃなかった。


 それで声をかけてみたんだけど、言い方がちょっと不味かったらしい。


 反省だ。


「……うぇ、えぐ、えぐ……本当にバカにしてない?」


「してないよ」


「嘘だよ! 高校生でおねしょなんて、バカにする要素しかないじゃん!」


「花鈴ちゃんは妹だし、身内の事になったら笑えないよ」


「あぅ、あぐぅ、お義兄ちゃんぶんなし!」


 ぐすぐす鼻を鳴らしながら、花鈴ちゃんが肩にパンチしてくる。


 不思議なもので、ちょっと前まで赤の他人の天敵だったのに、妹なんだと思うと大事にしてあげたくなる。


 おねしょの事があってから、花鈴ちゃんの態度も柔らかくなっていたし、それを抜きにしたって、花鈴ちゃんなりに僕達と家族になろうと頑張っている気配は感じている。


 だから僕も、お義兄ちゃんとして応えてあげたいと思う。


「とにかくさ、僕でよかったら相談に乗るから、一人で思いつめないで欲しいって言うか……」


 ちらちらと花鈴ちゃんの顔色を伺う。


 花鈴ちゃんもまた、ちらちらと僕の顔色を伺っていた。


「……いいけど、笑わない?」


「笑わないよ」


「誰にも言わない?」


「言わないってば。もう一回指切りする?」


「……する」


 下唇を突き出して言うと、花鈴ちゃんは濡れた手で指切りをした。


 本当に、体が大きいだけで、年下の妹が出来た気分だ。

 

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