第5話
「言っておくけど、アレはたまたまだから! 本当に久しぶりで、こんな事、滅多にないんだからね!」
「……僕、もう寝たいんだけど……」
げっそりして呟く。
あの後おしっこをして布団に入りウトウトしていたら、諸々の処理を終えてさっぱりした清水さんがドタドタと僕の部屋に乗り込んできた。
勝手に入ったら殺すとか言っていたんだから、僕の部屋にだって勝手に入らないで欲しいのだけど。
「なにその態度! オタ漫の癖に生意気なんだけど!」
「はいはいそうだね。それで、なんの用なの?」
あんな様子を見たせいか、僕は清水さんの事が全然怖くなくなっていた。
逆に清水さんの方が強気になった僕を見て「うぐっ」とたじろぎ泣きそうになっている。
こんな子にビビっていた自分がバカみたいだ。
「……だから、言ってるでしょ。お……しょの事、誰にも言わないで……」
「え、なに? よく聞こえないんだけど?」
恥ずかしそうにもごもごする清水さんが面白くて、僕はつい意地悪を言ってしまった。
今まで散々馬鹿にされてきたのだから、それくらいしてもバチは当たらないだろう。
そしたら清水さんは、「ひぐっ」と鼻を鳴らし、いよいよ泣きそうになった。
「意地悪、っひぐっ、しないでよ! あたしだっておねしょして恥ずかしいんだから!」
生意気で意地悪な清水さんが半泣きになってぐしぐしする様は、背徳的な可愛さがあった。思わず、危ない扉が開きそうになる。
「ていうか、僕は最初から誰にも言わないって言ってるじゃん」
「そんなの信じられるわけないでしょ! あたしは……オタ漫の事、ずっとバカにしてたんだし……」
アヒル座りの清水さんがカーペットをいじいじする。
「そうだね。この一年間、清水さんはずっと僕の事オタクだとか陰キャだとか言って馬鹿にして来たよね」
事実を言っただけなのに、清水さんの肩は脅されているみたいにビクリと震えた。
「……ごめんなさい。あたしが悪かったです」
いかにも不貞腐れた様子で清水さんが謝ってきた。
「別に僕は何も言ってないんだけど」
「じゃあ、どうしたら許してくれるの!」
「清水さんこそ、どうしたら僕がおねしょの事ばらさないって信じてくれるの?」
「おねしょって言わないでよ!」
「面倒くさいなぁ……」
「だって! こんな事知られたら、不安で寝れないでしょ!」
そりゃ、清水さん的にはそうなんだろうけど。
「そんな事言われても、清水さんが僕を信じるかどうかの話でしょ?」
「オタ漫もおねしょして。そんでその画像撮らして。そしたら安心できるから」
「バカじゃないの?」
「バカじゃないし! ガッコーの成績だってあたしの方が上でしょ!」
「じゃあ、お勉強の出来るバカなんでしょ」
「バカって言った方がバカだし! いいからおねしょしてよ!」
「しないってば。そんな恥ずかしい事、出来るわけないでしょ?」
「ひぐっ……あたしだって、好きでおねしょしてるわけじゃないもん……」
呆れた顔で言うと、清水さんがまた泣き出した。
「とにかくさ、考えてもみてよ。一応清水さんはクラスの中ではイケてるギャルで通ってるでしょ?」
「一応ってなに!」
「おねしょしててもって意味だよ」
「むうううううううううっ!」
言い返せなくなり、清水さんが涙目になってブルブル震える。
「清水さんが絡んで来なかったら僕も言い返さないんだけどなぁ」
「だって、ムカつくんだもん……」
「はいはいそうだね。話を戻すけど、清水さんは一応はクラスで一番のイケてるギャルでしょ? で、僕はクラスの冴えないオタク君なわけだ。僕達が家族になって一緒に住んでるなんて誰も知らないし、仮に僕が清水さんのおねしょの事を言いふらしたって、誰も信じやしないでしょ」
「……そんなの、わかんないじゃん……」
「わかるでしょ……。大体、言い触らす程の友達なんかいないし」
「いつも教室の端っこでキモイ話してるキモイ友達いるじゃん!」
「………………そういう事言ってると、本当にばらすよ?」
「やだ! ごめん! あたし、性格悪いの! そんなすぐ治せないよ!」
そんな事言われてもという感じだけど。
「じゃあ、こういうのはどう? 清水さんがおねしょした事を言い触らしたら、僕は父さんに物凄く怒られるし、清水さんのお母さんにも嫌われちゃう。そしたらうちは家庭崩壊だよ。そこまでしてばらす理由なんかないでしょ?」
「…………そうだけど。陰キャってなに考えてるかわかんないし、そういう自爆テロみたいな事やりそうじゃん……」
「今からでも清水さんのおねしょ布団の画像撮って来てもいいんだけど?」
「ごめんてば! 思った事つい言っちゃうの!」
それは人間社会を生きる上で割と致命的な欠陥だと思うんだけど。
「ともかく、僕は誰にも言わないし、清水さんの安心の為におねしょしてあげる気もないから。僕達、一応でも家族になったんだよ? 少なくとも、僕は父さんの為にそうなろうと努力するつもりだから。ちょっとくらい信じてくれないかな?」
天敵だろうと、清水さんは僕の家族で、妹なのだ。
喧嘩したって仕方ないし、無視する事だって出来るわけがない。
どうしたって共存するしかないのだから、上辺だけでも仲良くするしかないだろう。
そんな僕を、清水さんは値踏みするようにじっと見つめた。
おねしょをしていても清水さんが美少女な事には変わりないので、僕はちょっとドキドキしてしまった。
「……じゃあ、指切りして」
せめてもの証を欲しがるように、清水さんが小指を立てた。
「おねしょの事ばらしたら殺すから」
「お仕置きが物騒過ぎない?」
「ばらさなきゃいい話でしょ!」
まぁ、そうなのだけど。
めんどうだから、もうそれでいい。
「はいはい。僕は絶対にばらしません」
仕方なく小指を立てると、清水さんが小指をぎゅっと絡めてきた。
女の子とこんな風に接触するのは初めてなので、僕はどぎまぎして動けなくなってしまった。
そんな僕に気づかずに、清水さんは真面目な顔で指切りをした手を上下に振る。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます! 良い子と良い子のお約束! 指切った!」
あまりにも子供っぽい行動に、僕はなんだか呆れてしまった。
おねしょの時からずっと呆れてばかりだけれど。
「どう? ちょっとは安心した?」
「……まぁ、それなりに」
「そ。じゃあ、もう寝ようよ。僕も眠いし」
大欠伸をして僕は言う。
「あたしだって眠いし!」
清水さんは謎に張り合うと。
「……てか、おねしょしたのは本当にたまたまで、久しぶりだから! 絶対もうしないし、いつもしてるなんて思わないでよね!」
「わかってるって。その年でいつもしてたら流石にヤバいでしょ」
「………………ひっぐ」
この反応では僕が思っているよりも重症なのかもしれない。
その事について触れると長くなりそうなので無視するけど。
「じゃ、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
恥ずかしそうにむくれながら清水さんが部屋を出る。
ふと思いついて、僕は後ろ姿を呼び止めた。
「そうだ清水さん」
「……なに?」
「誕生日的には、僕の方がお兄ちゃんなんだって」
ニヤリとして言うと、清水さんがふくれっ面で中指を立てた。
「調子に乗んなし!」
捨て台詞を吐いて部屋を出ていく。
初日からごたごたしたけど、結果的に清水さんと打ち解けるきっかけになった気がする。
おねしょで深まる関係というのも妙な話だけど。
ともあれやっと解放され、今度こそ僕は眠りについた。
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