第2話

 翌日には、早速二人が僕の家に引っ越してきた。


 お母さんは僕が小さい頃に死んでしまったけど、元々うちは四人家族で、僕には四つ離れたお姉ちゃんがいる。


 お姉ちゃんは遠くの大学に通う為に一人暮らしをしているので、お姉ちゃんの部屋が清水さんの部屋になった。


「…………荷物、手伝った方がいいかな」


 清水さん家の私物が大量のダンボールで送られてきたので、我が家は朝からバタバタしていた。父さんは義母さんとイチャイチャしながら荷解きの手伝いをしている。


 そんな姿を見せられたら、僕も清水さんと家族になる努力をした方がいいような気がして、恐る恐る声をかけてみた。


「いらないから」


「でも……」


「いらないって言ってんじゃん! ていうか、あんたの父親があたしのマ……お母さんと再婚しただけで、別にあんたと家族になったわけじゃないから。勘違いしないで!」


 苛立った様子で言うと、清水さんがぐりぐりと爪の先を僕の胸に捩じり込む。


 ……本当、やな奴!


 やっぱり僕は、清水さんが嫌いだ。


 善意で言ってあげたのに、そんな言い方ないじゃないか!


「……なに? 文句あるわけ?」

「…………ないけど」


 ジロリと睨まれ、僕の視線が明後日の方向に逃げる。


 ……だって清水さん、怖いんだもん。


 僕はチビだし、清水さんは女の子にしては背が高い。


 あの怖い目で凄まれたら、誰だってビビると思う。


「……うっざ。あんたのそういうウジウジした所、本当ムカつく。当然だけど、勝手に部屋に入ったら殺すから。学校でも話しかけないで。あたしとあんたはこれまで通り赤の他人。わかった?」


「…………ぅん」


 バタンと清水さんがお姉ちゃんの部屋に引っ込む。


 扉に向けて、僕は両手の中指を立ててベー! っと舌を出した。


 これから清水さんと一つ屋根の下で暮らすと思うと気が滅入る。

 

 †


「どうだ漫太。義母さんの手料理は美味しいだろう?」

「うん、お店のご飯より美味しいや」

「あらあら。喜んで貰えたみたいで嬉しいわ」

「……………………」


 というわけで、夕食を食べている。


 引っ越し作業で疲れているだろうし、夕飯は出前を取ろうかという話になっていたのだけど、義母さんが折角だから手料理をご馳走したいと言い出して、肉じゃがやらお味噌汁やらを作ってくれた。


 以前はお姉ちゃんがご飯を作ってくれていたけど、大学に進学してからは父さんが買ってくるお惣菜がメインの我が家だ。


 一応僕もご飯は作るのだけど、その他の家事もあるので頻度はあまり高くない。

 味の方もイマイチだ。


 自分で作るとそれだけでお腹いっぱいな気分になってしまうし、人の作った手料理を食べられるのはシンプルに嬉しい。味の方もピカイチで、それだけでも父さんが惚れた事に納得した。


 父さんと義母さんはテレビを見ながら長年の夫婦みたいに楽し気に食事をしていて、僕も義母さんがずっと前から義母さんだったんじゃないかと錯覚しそうになる。


 本当のお母さんとの思い出もあまりないし、義母さんを受け入れる事は難しくなさそうだ。


 一方で、清水さんは不貞腐れたような顔で黙々とご飯を食べている。


 父さんが雰囲気で清水さんに話しかけてあげて欲しいと訴えているけど、僕は知らんぷりで通した。昼間にあれだけキッパリ拒絶されたのだ。金輪際、清水さんには関わりたくない。


 それで父さんは清水さんに声をかけた。


「どうかな、花鈴ちゃん。うちでの生活は?」

「……まぁ、ぼちぼちです」


 視線をオカズに向けたまま清水さんが呟く。


 なんだよ、ボチボチですって。


 いつも僕の事を陰キャのコミュ障だってバカにしてる癖に。


 清水さんの方がよっぽど引っ込み思案じゃないか。


 お腹の中で馬鹿にしていると、清水さんが横目でギロリと僕を睨み、テーブルの下で僕の足を踏みつけた。


「ふぎぃっ!?」


「どうした、漫太?」


「えっとその……ブラブラしてたら椅子に足ぶつけちゃって……」


 愛想笑いで苦しい言い訳を吐く。


 本当の事を言ってやりたいけど、隣で清水さんが言ったら殺すオーラを放っている。


 二人はなんとなく察している様子だったけど、触れない事にしたらしい。


 ただ、義母さんの目が申し訳なさそうにごめんなさいと詫びていた。


「……ごちそうさま」


 いち早く食べ終わると、清水さんが席を立つ。


「花鈴ちゃん……」

「なに?」


 心配そうな義母さんに、清水さんは俯いたままムスと尋ねる。


「新しい生活で不安なのよね? あの事もあるし……。二人には正直に言っておいた方がいいんじゃないかしら?」


 ボッと清水さんの顔が赤くなった。


「やめてよ! 余計な事言わないで!」


「でも……」


「あたしは大丈夫だから! 変な事を言ったら、ママだって怒るからね!」


 怒っていると言うよりも、泣き出しそうな顔だった。


 なにか事情があるのだろうけど、興味もないし知りたくもない。


 一緒に居ても気まずいだけだし、さっさとお姉ちゃんの部屋に引っ込んで欲しい。


 義母さんと清水さんは暫くの間見つめ合い。


「……わかったわ」

「絶対に絶対だからね!」


 念を押すと、清水さんはバタバタと逃げるように二階に上がった。


「……ごめんなさいね。康太さん、漫太君も。花鈴ちゃんは臆病な所があって、不安になるとプリプリしちゃうの……暫くしたら慣れてくれると思うんだけど……」


「年頃の女の子ならそんなもんでしょう。漫太も、お兄ちゃんなんだから助けてやってくれよ?」


「お兄ちゃんって、僕が?」


 話を聞くに、僕の方が少しだけお兄ちゃんという事になるらしい。


 そんな事清水さんに言ったら、足を踏まれるだけでは済まないだろうけど。


 僕まで臍を曲げたら家庭崩壊になってしまうので、良い子ぶって「努力はするけど……」と濁しておいた。

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